■日タイ&アジアの新潮流を探る■日タイ國際ソ-シァル情報Webサイト(Jtiro●Jpn)Editor:K.Yamada

■21世紀は日本とアジアとの協働の時代■ COPYLIGHT2017(C)/Jtiro●Jpn

■チェンマイ慕情9)

2018-02-07 | ●チェンマイ慕情

■■■■■■■■■■チェンマイな日本人■■■■■■■■■■
多文化都市として世界に名を馳せるチェンマイだが、ここには忘れえない
チェンマイな日本人がいる。
わざわざ 「チェンマイな日本人」 と言ったのは、この
人たちが、タイの人たち
以上にチェンマイに溶け込んで、ながきにわたり、
現地のために貢献する在
住日本人だからである。

●チェンマイ日本総領事館の統計によると、現在 チェンマイにあるタイ北部地方
(9県)には、3318人(平成28年現在)の日本人が在留する。
そのうち1761人が、定年後チェンマイにきた来たロングスティヤーである。因みに,
チェンライにも234人のロングスティヤ—が長期滞在する。残りの人たちは、現地に
ある企業団地にある日本企業の社員や家族や留学生とみていい。
今日ご紹介する誇り高きチェンマイな人たちは、いわゆるロングスティヤ―ではなく、
異国タイで活躍するユニークな チェンマイ在住の誇り高き日本人である。

■「後ろには夢がない
名取美和さん  バーンロムサム 代表
 

●[バーンロイサム]は、去る1999年,名取さんの肝いりでチェンマイ郊外に開園した
HIV母子感染孤児のにための生活支援施設である。
当時のタイは、まだ貧しい後進国だった。そして貧困からくるHIVに感染した子供
たちが、社会からの偏見の中で、家族から置き去りにされるという 苦渋に満ちた厳
しい社会環境だった。
感染経路の知識さえ持たない家族の存在は、当時のタイの悲しいしい社会状況を
物語っていた。
⚫️当時、雑誌のデザイナーとして取材のためにチェンマイを訪れた名取さんは、こ
こで HIV感染者の子供たちと運命的に出会う。そして彼らの救済のために、
生活
施設を作ることを決断する。 いささかも迷う事は無かったと言う。


    
●去る2014年5月の事、外務省のASEAN設立40周年記念行事として、私が代
表のNPO 日タイ国際交流推進機構(JTIRO)が、企画した 「日本のお茶会」 を
チェンマイで開催
した。
チェンマイの識者や行政のトップを招いて、大成功だったが、その後日、同行した
理事やお茶会スタッフを伴い「バーンロムサイ」に名取美和さんを表敬訪問した。


 
(去る2014年、バーンロムサイを訪れたJTIROの一団)              (名取さんと、ブロガーの私)


●車で約30分、チェンマイ郊外のナンプレー村。 
目指す「バーンロムサイ」 は、広大な緑あふれる森の中にあった。古都の趣きを
持った伝統的な様式の施設と 手創り工房のたたずまいである。

●名取さんは、HIVで苦しむタイの子供たちを救済するために、日本からここに
移住して施設を開設したが、当初から寄付に頼ることなく、自立の道を探った。
自立の核心は施設内の工房にあった、ここでは古都チェンマイの伝統的な服飾
雑貨を生産し日本で販売、その利益を施設の運営に充てるという独自の発想だ
った。
美和さんは、戦後日本を代表する写真家名取洋之助さんの子女として生
まれ、フランス留学を経て、雑誌の編集者として活躍したが、
施設や工房運営の
随所に、先人から受け継いだ類い稀な創意と、仕事から得た先取の気概や努力
の後が伺えて、実に頼もしい。
    
    
⚫️現在、2歳から18歳まで約30人の孤児が、ここで名取さんと暮らしている。 既に
ここから巣立って、
社会人として活躍する子供たちも多い。 名取さんは、この孤児
たちの母親として、いささかもひるむ事なく、親身に生活
支援にあたっている。
以前はHIVエイズで命を落とす子供たちも多かった。しかし医療の発展で、比較
的安価
に抗HIV薬が入手できるようになり、今では全ての子供たちが、正常に回
復するようになったという。


●「バーンロムサイ」 の凄いのは、その構想と、トータルな運営(経営発想)の仕
組みである。。
敷地内の工房の縫製場では、この村の中で織ってもらう染め布を材料にして、こ
の地域の貧困家庭の女性たちの雇用のために、手創りの服飾雑貨を製品化して
いる。
名取さんの娘さん美穂さんが代表をつとめる日本のNPOバーンロイサムジャパン
が、日本
国内の著名デパートと協賛して特別催事を開催し、古都チェンマイで作ら
れた
伝統的な服飾雑貨製品を展示販売する。 併せてバーンロンサムのHIV孤児
たちの生活の実情をパネルで展示して、HIV孤児への一般の支援を訴求していく
と言う仕組みである。

●私も阪急百貨店本店や高島屋の特別催事を見せていただいたが、いずこも盛況
で、注目を集めていた。そこには、
名取美和さんの 「生きるを創るモノずくり」 と言う
スローガンが随所に生かされ、顧客の感動を呼んだ。
この日本のイベントで美和さんの活動を知り、チェンマイの「バーンロムサイ」を訪れ
る人たちが後を絶え
ないという。

   


●従来から海外の支援事業の運営は、総じて行政の助成金に依存したり、支援
者の寄付金頼みが常識的だつたが、そのために何年か経過すると活動がスロー
ダウン
するのが常だつた。
ところがバーンロムサイは、独自の発想で、しかも自力で運営資金を稼ぎだして、
20年間の長きにわたり、貧しい孤児たちの国際支援事業を継続して構築してきた。
それらは、全て名取美和さんと美穂さん親子チームによる国際協働の成果であり、
日タイ両国の人たちの評価は、抜群に高い。
まさにチェンマイを代表する 「チェンマイな日本人」 と言っていい。

●「バーンロイサムのURL(下のURLをタップしてご覧ください)
                  http://banromsai.heteml.jp/     

 



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■2月の歳時記

2018-02-01 | ●歳時記

■■■■■■■■■■2月の歳時記■■■■■■■■■■ 
■「美しい風物詩
2月は、一年の中で一番寒さが厳しい時期である。
とはいえ
、やがて日差しが伸びて、春の到来が感じられるようになる。
来る4日は、旧暦の元日、立春である。 
まずは「鬼は外」 「福は内」と声を出して豆を撒き、鬼を追い払う。
そして冬の陰気と邪気を祓い 運気を呼び込んで迎春を祝う。

16日は中国の春節、全国的に訪日中国人の人たちで賑わう。
日本に
限らず、陸路観光バスでタイのチェンマイにも訪れる
らしく、現地
チェンマイのホテル
は、この時期、中国人観光客で満室だという。

  
■「
如月の歳時記

季句  窓の灯やわが家うれしき夜の雪  永井荷風

●時候  初花月 三寒四温 早春 春浅し 余寒 冴え返る 春一番

●祭事  北野菜種御供京都北野神社)25日 ・針供養(8日)
         麻耶詣(神戸)初牛の日 涅槃会(15日)
       バレンタイン(14日)
●風物  早梅 沈丁花 雪間草 わかさぎ うぐいす 寒ブリ 

●味覚  山葵漬 花菜漬 蕗味噌 若布和 目刺 春菜 菜の花 水菜
●花木  盆梅 紅梅 椿の花 彼岸桜 山茶花 雪割草 椿 福寿草
●挨拶  余寒の候 晩冬の候 向春の候 春寒のみぎり

  
■[日本と世界の行事]
03日●節分 農業と商業の繁栄を稲荷に願う
03日●イエレン米連邦準備理事会議長の任期終了
04日●山口県知事選挙、長崎見知事選挙 沖縄名護市長選挙開票
04日●立春 暦の上では春が始まる日
05日●札幌雪まつり
08日●御事始 針供養
09日●平昌冬季五輪(韓国)25日まで
11日●建国記念の日(祭日)
13日●大学入学共通テストの英語試行調査
14日●バレンタインデー
16日●ミュンヘン安全保障会議
16日●中国の春節(旧正月)
18日●
満月
23日●皇太子58歳の誕生日
24日●サッカーJ1開幕
25日●東京マラソン
28日●東京五輪マスコット作品発表

  
■[タイの行事
チュンマイ花祭り 6~8日
●万仏節(ワンマーカブチャー)

 

 
■■■余談 往来
■■■■■■■■■■■■■■■●

■「混沌の時代
●節目といわれる平成30年
も2月をむかえる。何しろ時のたつのが早い。
今年は明治150年、それに天皇退位による平成の終焉が重なる。こんな
日本近代の大きな節目にも拘わらず、昨年末から北朝鮮との一触即発
危機感が漂う。そして落ち着かない新春を迎えたが、その後、冬季五
輪が
らみの韓国による北朝鮮融和策が功を奏して、2月の競技中は、小
休止
という事にあいなった。

しかし、この南北協議の行方は、どう見ても北朝鮮ペースで非核化はゼ
回答である。しかも「南北問題は、当事者のわが民族が、自分たちで
解決
する」と米国や国連を寄せ付けない。左様に北の態度は固くなでで、
五輪
後は、再び核開発路線に戻るという。
大方の見方は、五輪利用による北朝鮮の時間稼ぎと見る向きが多い。
当然、アメリカは、これを許すはずはない。勿論、韓国の過度な融和姿勢
にも懐疑的で、警戒を強めている。


●日本と韓国は、古い同盟国だが、いま,慰安婦問題で微妙なすれ違い
係にある。しかも竹島は、いまも略奪されたままである。
五輪後の3月には、米韓大演習が始まり再び昨年末の緊張状態に逆戻
りする。外交専門家によると、北が核戦力化をすすめるとすれば、その先
には、米国の軍事オプションが待ち受けているという。


 

■「いい加減!]
●今年の元旦
は、一触即発の北朝鮮
危機をはらんだ異例の幕開けとな
った。産経、読売、日経各新聞の元旦社説は、いずれも直面する朝鮮半
島危機を念頭に平成最期の年を、日本国民の英知によって、限りない繁
栄で彩ろうと提起
した。
毎日は、北朝鮮危機への言及は一切なく、米国トランプ大統領の自国主
義を激しく糾弾した。 そして一民族一国家を目指すのは現実的ではない
と、暗に北朝鮮を擁護することで、国民の理解を求めた。
朝日は 北朝鮮危機などどこ吹く風、冒頭から安倍政権を場当たり的政権
と猛烈批判した。そしてわれら子孫のために民主主義の時間軸を長くす
べきと主張。
朝日、毎日とも、北朝鮮問題には一切ふれず、反安倍一色を色濃く打ち
出すことに終始した。

●特に朝日は
「森友学園問題」 (安倍晋三記念小学校の捏造記事事件)
に端を発した一連のフエイクニュースを発信したにも拘わらず、未だ公式
の謝罪も訂正もない。その対応ぶりたるや、かつての威厳はなく、哀れをと
どめる凋落ぶりである。

   

●朝日系列のテレビ朝日の「朝まで生テレビ」 は、30年も続く深夜の討論
番組だが、
昨年大晦日の特番では、初めて出演したお笑いのウーマンラ
ッシュアワーの村本から、驚くべき
国辱的な問題発言が飛び出した。
中国の尖閣沖縄の侵略問題に関して当の村本は 「もともと沖縄は、日本
が中国から奪ったものだから、中国が取りに来たら明け渡したらいい」 と
言い放ち
顰蹙をかった。

●漫画家小林よしのり氏は「知識は小学生以下、無知な反戦平和主義者」
とこき下した。
私も同番組を見ていたが、無能すぎるお笑いタレントを 視聴率期待のため
にキャステイングした
番組制作スタッフの無責任さと、番組の経過疲労から
くる根本的な欠陥を垣間見た気がした。
かくのごと 「朝日」の新聞に限らず系列のテレビまで、余りにもいい加減な企
業姿勢を指摘したい、そして 公正であるべき報道機関としての本質を取り戻
すよう猛省を促したい。
核爆弾を持つ無法者国家を隣国に持ちながら、いささかも危機
感を持たない
日本のマスコミが、現に存在することこそ、余り にもいい加減すぎる。
これが、日本の平和ボケの悲しい現実である。

 

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■Head Line News Jan.

2018-01-26 | (1)[総括的な情報]

■■■HEAD LINE NEWS■■■■■■■■■■
       (Jan.2018
(タイの情報■■■■■■■■■■■■■■■■●
■■「タイ総選挙、またまた延期か
(バンコク週報)
●プラユット副首相の資産隠しの疑惑、民政復帰の総選挙が2019年2月
まで延期の恐れがでてきた。軍政の延命という声もある。  国民の軍政離
れの可能性が大きい。

■■「タイ
の車生産好調、3年連続増」 (バンコク週報)
●ASEAN最大の自動車生産国タイの昨年生産台数は約199万台の3年
連続増。(輸出は112万、国内販売86万台
だった。 その全ては  日本自動
車メーカーのタイ現地生産である。

タイの自動車生産・販売台数
(項目)   (2017年生産台数)         (前年同期比)
生産台数    1,988,823     2,3%
国内販売      871,644    12,4%
輸出台数    1,139,696         4,15%
(出所: FTI (Federation of Thai Industries)(TMT),

  
■■「昨年の訪タイ外国人3260万人」(タイ観光スポーツ省)
●(昨年の訪タイ外国人数のランキング)
(順位)(国名)   (訪タイ人数)
1位  中国          約  876万人
2位  マレ―シア     約  353万人
3位  韓国          約  
146万人
4位  日本          約  144万人 
5位  ラオス           約  141万人
6位  インド          約  119万人
7位 ロシア           約  109万人
 
8位 英国             約  100万人
9位 米国         約   97万人
10位シンガポ―ル 
約    97万人

■■「日本人向けタイ初の介護施設住宅」 
●タイで介護を受けたい日本人を対象にした介護サービス付きの高齢者
住宅の
「バンコク、ウェック、ガーデン、ラプラオ」が、昨年秋オープンした。
既に5人が入居し 365日24時間日本人スタッフが常駐する。
安否確認  、生活相談、食事サービス、清掃、洗濯、整頓の無料サービ
スが付帯する。
有料サービスで、買い物代行、通院補助、役所手続き、外出同行がある。

    


●月額基本料金は (1バーツ、約3,48円)
・1階個室 35500
BT(バーツ)
・2階個室 28500BT
・3人部屋   23500BT
・4人部屋    18500BT
運営は仙台市本社のウェルスパートナーズ、本社から介護福祉士や機能
訓練士が、タイで技能向上に当たる。日本でいま要介護施設待ちが40万
人を超えるとき朗報だが、海外では介護保険を使えないのが悩ましい。

■■「救急車をタイ、ナーン県に贈与」(日本外務省)
●日本政府は、医療設備が不足するタイ北部地方ナーン県チェンクラー
ン病院に、最新の救急車や医療機器など、85万バーツ(約995万円)を、
昨年末に現地で、チェンマイ総領事を通じ引き渡した。

 (ナーン県贈呈式)

ASEANの情報■■■■■■■■■■■■■●
■■「アジアの学生、日本の医学部に」(厚生労働省)
●ASEANやインドの学生を対象に 日本政府が「学費や生活費を支給し
就学を支援する。「アジア健康構想」の一環としてアジア各国に広める。
日本政府が資金を拠出する国際シンクタンク、 東アジアアセアン経済研
究センター(ERIA)が受け入れ態勢を整える。 同時に日本の医者がアジ
ア各国で実務できる仕組みずくりを作る。

 

日本の情報■■■■■■■■■■■■■■■■
■■「株高6年 持続力試す
」(日経新聞)
●大発会日経平均26年ぶりの高値。昨年末より741円上昇し、26年ぶりに
23500円を回復した。
時価総額初の700兆円。GDPを上回る。

■■対日消費4,4兆円5年連続最高」(日経新聞)
●訪日客の消費額は4兆4161億円になった。 中国人の爆買いが一服し
1人当たり支出は15万3921円、国別では中国が1兆6946憶円、訪日客数
は19%増の2869万人と最高を更新した。


    
■■大阪の訪日客初の1111万」(大阪観光局)
●2017年の大阪訪日外国人が1111万を突破した。2013年の4,2倍、中で
も関空の出入国数は,昨対3%増の2090万人、開港以来最高となった。

■■節約や美容白物家電絶好調」(日経産業新聞)
●白物家電の売れ行きが好調。国内出荷額は2兆3476億円の高水準だ。
大型の冷蔵庫や、健康、美容思考の広がりで高機能の家電が伸びている。
特にダイソンはじめ、特定家電に特化した新興メーカーの台頭が著しい。

 

■■外国人労働者最多の127万人」(厚生労働省)
●人手不足を外国人労働者で補う図式が定着してきた。 前期から18%
増えて過去最高
の127万8670人を記録した。5年間で約60万人増加した。
外国人を雇用する,企業も12,6%増えて19万4596ヶ所と過去最高となっ
た。国別には、中国29,1%の約37万人ベトナムの18,8%、フィリピンの
11,5%だった。

  
(シニアの情報)
■■■■■■■■■■■■■■
■■「日本の高齢世帯ひとり暮らしが急増
」(厚生労働省)
●「日本の世帯数将来推計」によると65歳以上の高齢世帯は、2040年には、
全世帯の44、2%、その4割が一人暮らしという、なお一層の高齢}化が進む
という。その理由は、まさに少子化で、社会保証政策
の見直しや、地域の共
助が急務となると分析している。


■■「公的年金の運用益6兆円」(GRIP)
●高齢者の増加で、運用が危惧される日本の公的年金だが、世界的な株
高と、昨年来のGRIP(年金積立金管理運用独立行政法人)の基金運用に
よって、6兆円を超える黒字になった。年金資産は、約半分を国内外の株式
で、運用している。

 

■■「
健康壽命が長い県プレジデント)
●人生百年時代、健康で長生きできるところはどこか、シニアの関心は高い。
「日本一健康で長生きの出来る県ほどこか」プレジデントがランキングした。
「平均寿命 全国平均73,9歳」
(順位) (県名)  (健康寿命)
1位   滋賀県   75,3歳
2位   長野県   74,9
3位   福井県   74,8
4院   奈良県   74,7
5位   京都府   74,6
6位   石川県   74,5
7位   岡山県   74,4
8位   三重県   74,3
9位   熊本県   74,3
10位  宮城県     74,2
10位  東京都     74,2
10位  神奈川県    74,2
10位  山梨県     74,2
10位  広島県     74,2
10位  福岡県     74,2
10位  大分県     74,2
因みに「健康壽命」 とは、健康上の問題がない状態で日常生活を
送れる期間をさす。

平均寿命の全国平均は83,2歳
●厚生労働省の発表によると、2017年の日本人の平均寿命は、
・女性が 86,99歳
・男性が 80,75歳
これは香港に次いで、男女とも世界第2位である。

高齢化と介護医療
で、政府予算の社会保障費が毎年1兆円規模
で拡大してゆく。
 そんな折から、まずは国を挙げて、平均寿命と
健康寿命の格差を縮めていくことが
、当面最大の課題となってきた。


 
■■「夫を捨てる作法」  (クロワッサン)
●男性、とりわけ高齢者の男性にとっては、恐ろしい雑誌が、シニア
の女性たちに売れている。「最も捨てたいのは夫」特集号(昨昨年1月
10日号の年1月10日号)が、今もamazon (本通販)で大変な売れ行き
だという。
そして、その続編 「捨てる殺法」が先日発売され、これまた大変な売
れ行きのょうだ。ここでは、
様々な熟練夫婦の事例を紹介しながら、と
もに歩むか、夫を捨てるべきんか、を考察する。
特に「百年ライフの人生」時代の到来で、シニアの余後は極めて長い。
にも拘らず
定年後離婚が増えているという。それを主導するのはほぼ
奥さんの女性。定年後離婚を言い出されて、驚きを隠せないのは、

の男性のようだ。ご用心、ご用心!



 

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■チェンマイ慕情(8)

2018-01-17 | ●チェンマイ慕情

■■■■■■■■チェンマイ新幹線夢紀行■■■■■■■■
■「チェンマイから日本へ
最近、珍しい案内をいただいた。
日本政府観光局(JNTO)が、古都チェンマイで初の「訪日旅行博]」を19日
から開催するという。

日本政府観光局は、いままで世界の国々の拠点的な首都で「訪日旅行博」を
開催して
きたが、 なに故に今回、16万人ばかりのタイ北部のチェンマイで開催
るのか、いささか訝っていた。 
タイ新幹線建設計画の進捗状況を見て、当面する日本政府
のしたたかで柔軟
な戦略が読めてきた。


   
下記が、最近の「訪日国別統計」 と「訪タイ国別統計」である。
■「訪日外国人観光客数」2016年
1位 中国   553万5125人    
2位 韓国   459万3527人
3位  台湾   398万1559人
4位 香港
   179万3358人
5位 タ イ    83万8092人 
(総数     2104万9676人)

■「訪タイ日本人観光客数」2016年(タイ観光スポーツ省)
1位  中国          
875万7466人
2位  マレーシア    353万3826人
3位  韓国       146万4218人
4位  日本       143万9629人 
5位  ラオス      140万9456人
6位  インド      119万3822人
7位  ロシア            108万9992人
8位  英国          100万3386人
9位  米国        97万4632人
10位 シンガポール        96万6909人
(総数             3258万8303人)

■「タイ新幹線の建設構想
いま日本政府には、タイ政府(暫定軍事政権)との間に、足掛け4年がかりで
り組む「バンコクとチェンマイ間を結ぶ新幹線の建設計画」がある。
タイ政府は,既に
日本政府との間に、日本の新幹線技術を導入する覚書を締結
している。
昨年末には、国土建設副大臣がタイ政府を訪れ、最終の建設構想計
画をタイ政府側に提示したところだ。

●今回のバンコクとチェンマイを結ぶ新幹線構想では、日本側で当初の新幹線
収支を試算したところ、沿線人口や産業の動向から、巨額の建設費の償却が困
難と出たという。
このタイ新幹線は、日本の東京・大阪間を上回る距離があるが、バンコクを除け
ば、沿線都市は、みな
10万規模の小都市ばかりである。
そのために、沿線の産
業開発と人口の集積を意図しながら、高速鉄道の建設を進める事になると聞いて
いる。 
●これはあくまで私見だが、今回の日本政府開催の「チェンマイ訪日旅行博」は
今後のタ
イ北部の人たちの訪日旅行需要をどう推進するか、ひいてはタイ新幹線
構想を盛り上げるための
深慮遠謀の計画とみた。
 

■「アジア高速鉄道計画ラッシュ

●タイに限らずインドネシアやインド、ベトナムなどアジアの主要国でも 主要都市
間を結ぶ高速鉄道の建設計画が軒並みにある。そしてその建設について、鉄道先進国の
日本と中国が競合するのが、いまや
常識になっている。「


●中にはインドネシアのように、当初、日本に決まりながら、政権が交代後 中国
が建設
費を値下げして横取りするという、醜い商戦が展開される事例もある。
タイの場合、既に他の鉄道路線の建設を中国が受注しており、 タイ新幹線建設計画
に、いつ中国の横槍が入るか、危惧する向きが多い。



●特に中国の場合、「一帯一路」という2つの広大な経済ベルト構想がある。
・中国西部から陸路で欧州を結ぶ 「シルクロード経済ベルト」と
・中国沿海部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島からアフリカ東岸を結ぶ
 「海上シルクロードベルト

この2つの一路地域で、インフラ整備と貿易促進を集中的に進めていく
という。

この「一帯一路構想」には、いま気候変動で氷解が進む「北極海航路開設」という
海洋計画も含まれている。

●実は、タイの鉄道計画の中には、中国と連携して、中国南部の海南省から、
ラオスを抜けてタイの東北部でタイの高速鉄道とつながり、バンコクやミヤンマー、
マレーシアを鉄路で結ぶという雄大な経済流通構想もある。  

予てから21世紀以降の中国の覇権の台頭は、多くの識者が予想してきた。しか
し中国の政治基盤に対する危惧や、中国経済の不透明さから、殆どの専門家
は、中国の実態経済に疑問符を呈し、近い将来の中国経済の崩壊の危惧を伝
えてきた。それがどうだろう。政治基盤は固まり、経済は膨大な内需を主軸にし
て「一帯一路」戦略で世界経済の覇権を狙う勢いである。

(●導入が予定されるJRのE5系新幹線)

■「本流日本の逆襲
日本の場合、親米路線の下で今後、隣国中国とどのように付き合うか、
極めて微妙な
対応を迫られている。国の存立をかけての大きな駆け引きと、
高度な知恵が求められる所以だ。

またタイの場合も、中国からの売り込みについて、輸出相手先1位の中国を
念頭にして、総合的な外交対応をせざるを得ない
という難しい事情も垣間
見える。


●とはいえ日本の場合、外国への高速鉄道の売込みには、国土交通省が中
心になり、関連業界と協働して、ことに当る。
日本が誇る新幹線の最新技術は、成長戦略のためのインフラ輸出の大きな柱
となる。
日本政府の省庁部局スタッフの活動については、平素、国会の関係答弁でし
か知る由
もないが、国家間の売り込みプロジェクトでは、大臣を先頭に所轄省
庁の
スタッフが、国益をかけてその売り込みに当る。頼もしい限りだ.
   


私どもは、予てからチェンマイロングスティ・プロジェクトを推進するにあたり、
約15年前より、タイ政府に、TG(タイ国際航空)の日本からチェンマイへの直接
フライトを何度となく公式に要請してきた。 一時実現の話はあったが、いまだ実
現を見ていない。
そのためにも、1日も早い新幹線構想の実現を待ちたい。



■「チェンマイの盛運を占う
●現在、バンコクとチェンマイを結ぶ基幹交通の手段は、
・バンコクとチェンマイ間の航空路線(約60分)1週間にタイ航空はじめ7社450便
・バンコクとチェンマイ間の最安値の往復航空券は、約5000円

●因みに在チェンマイ日本総領事館による「チェンマイ県(チェンマイ市16万人を
含めて160万人)の概要」 (2015年) はー
・チェンマイのGDP 1841億バーツ(約5500億円) タイ国全体の1,4%
・産業構造の内容
 
1次産業       22,2%(農業など)
 2次産業        9,5%(工業など北部工業団地に日系企業35社が進出) 
 3次産業       68,3%(観光業など)

・観光客は       約280万人(ただし訪タイ観光客3258万人の約8、5%

このデータから見ると、チェンマイを訪れる外国人は、タイを訪れる外国人観光客
3258万人
の1割にも満たない事が解ってきた。
因みに昨年の訪日外国人の都市別来訪統計では、
・京都府 661万人 
・大阪府 993万人
だった。
それだけに、交通インフラである新幹線の開通にかける チェンマイの人々の期待の
ほどが、痛いほどよくわかる。


 

●バンコクの新聞は、タイ軍事暫定政権のプラユット首相が、タイ新幹線の整備費
4200億B
バーツ(約1兆④700億円)の予算を減額するために、最高速度の300キロ
を180キロに減速するようタイの運輸省当局に検討を指示したと伝え、大きな波紋を
呼んでいる。
これを伝えた19日の日経新聞は、速度を落とせば、ただの鉄道で新幹線ではない。
これでは開業後の収益性が期待できないと指摘し、交渉巧者のタイだけに、日本へ
の揺さぶりの可能性もあると伝えている。
チェンマイをよく知る私どもを含め、このようなゆさぶり情報に またかの危惧を
禁じえないが、タイやアジア経済の大局に立って、1日も早くタイ新幹線工事が着
手できるよう祈るとともに、
心から期待して止まない。              (まだまだ続く)

 

 

 

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■国を守るという事

2018-01-08 | ●日本の国防

■■■国を守るという事■■■■■■■■■■■■■■■■  
■「戦争のない国
●日本は、戦後73年の長きにわたり「戦争をしない国」を守り通してきた。
戦後73年、その間戦争をしなかった国は、世界(国連加盟193ヶ国)で
8ヶ国だけという。その国の名は、ーーー
・アイスランド
・フインランド
・スエーデン
・ノールウエー
・デンマーク
・スイス
・ブータン
日本

戦争をしなかった国は、アジアでは、
日本とブータンだけである
日本の場合、これは世界に誇るべき事実ではあるが、自主努力の成果と
いうよりも、敗戦後の戦力を持たない
国際的な約定体制の中で常に米国
の強力な傘に守られ続けてきた極めて好運な結果と見ていい。

その結果、いま日本の国民の8割が、戦争を知らないという恵まれた境遇
にあるが、その結果、「平和憲法」があれば、再び戦争はないという妄想
に犯される事になる。 
いわゆる「平和ボケ」 である。
韓国による竹島の略奪でも、中国による「尖閣諸島への不法上陸」でも、
国民
感情は、さしてわかない。だから相手方は、それを弱みとみて、よりつ
け込むんで来る。

昨年来、北朝鮮の弾道ミサイルが、何度となく発射され世界を驚かした。
特に核ミサイル搭載のICBMの実験では、トランプ米大統領の怒りは、す
でに頂点に達した感が
ある。それにより一蝕即発の危機的状況が続いた。
既に日本では、緊急非常体制がしかれ、全国に地対空誘導弾ペトリオット
が対峙
する。
やっと国民は、自主防衛の重要性に目覚めたというか、憲法9条の改正論
議にも関心が集まるようになってきた。 そして緊張のさなか平成30年を迎え
た。
 
■「新しい動き
●米朝衝突の危惧が高まる中で、ほぼ2年ぶりに南北協議が石門店で開催
された。そして北朝鮮の2月の平昌冬季五輪への参加が決まった。
しかし韓国が要求した北の非核化は、一歩も進まなかった。しかし米韓の定
例合同軍事演習は、五輪参加の条件として五輪後まで延長される。

結果は、五輪参加を餌にした北朝鮮側の巧妙な作戦勝ちである。米国を
はじめ日本や国連は、北朝鮮への制裁と圧力は、継続するとしたが、当面は
北の勝利とみる向きが多い。
大国米国はじめ世界を相手にして、ここまで冷徹に対処する度胸と頭脳プレ
イには、ほとほと感心させられるばかりだ。あの巨頭トランプさんも、傍観する
しかない。
しかし北朝鮮は、オリンピック期間を核ミサイル弾道弾の開発に充
てるのではないのかという疑いは尽きない、北朝鮮が非
核化を約束しない限
り、五輪後
対立の危機は再び訪れるとみていい。


(出所 防衛省)

■「いま問われる甘えの構造
戦後73年、特に北朝鮮情勢が台頭するなかで 果たして米国依存の国防
体制だけで、日本の国が守れるのかとの議論がたけなわ。
抑止力の意味から
も 正式に自衛隊を軍隊にするための 憲法9条2項の改正論議も
現実味を
帯びてきた。

戦後の日本は、国防を全て米国に依存したため、防衛費用の負担が少なく、
戦後の復興と経済に集中することが可能となり、世界第2位の経済大国に上り
めることができた。

その甘えの構造が、日本人の国防意識の喪失に繋がったと言わざるをえない。
そこには、戦争罪悪論からの反戦論議や自主防衛を阻んだ戦後教育の問題
もある。
 併せて戦後の外交力の不備も大きかったといえる。

いま北朝鮮のミサイルの脅威を目前にしながら、自主平和憲法さえあれば、
無謀な戦争も避けられると思っている人が多い。
自主といえば責任、責任を負
わずして安全を求める矛盾「何とかなるわ」といういい加減
さが、日本人の体質
の中に根強く存在する。

       
■「国を守るということ
いま世界は、国連を軸に協働することで共栄を目指す方向にある。そこには
当面 抑止力としての戦力はあったとしても、不戦、ひいては戦争のない世界が
共通の目標となる。しかし国境が存在する限り、国と国との諍いは、つきない。
特に、あの過酷な戦争と核被爆を実体験したわれわれ日本人としては、核不拡
散、非核保持は永遠の課題といえる。
自国防衛のための憲法論議にとどまらず、
目をアジアや世界の平和に向ける時だと思う。

●わたしは、20年近くを日タイ国際交流活動に費やしてきたが、そこで知りえた
事で
ぜひ、日本の若い人たちに伝えたい事がある。
それは、タイを始め多くの国の若者たちが、国の決まりとはいえ、祖国のために、
兵役
義務についているという事だ。 
兵役といえば、その国に住まう国民の義務として、いたって必然のように見えるが、
このような友好国の若者の姿をみて、今まで戦争と無縁できた日本の若者たちは、
果たしてどう思うのか、またこれからの祖国の防衛について、聞きたいと思う。


●因みに、世界で祖国防衛のための兵役制度(徴兵制)がある国家は、--・
・デンマーク
・フィンランド
・ノールウエィ
・ドイツ

・スイス
・オーストリア
・ロシア
・ギリシャ
・イスラエル(女子も)
・トルコ
・エジプト
・アルジェリア
・キューバ
・コロンビア
・シンガポール
・カンボジア
・ベトナム
・タイ・
・マレーシア(女子も)
・中国
・韓国
・北朝鮮

 
■「改めて考えよう
●日本は、あの大東輪戦争で230万人という膨大な同胞の犠牲により、今までに
ない自由を手にすることができた。しかし他国
の侵略から自国を守るという気概
の人は、極めて少ないように映る。
確かに日本の戦後の自由体制の下では
、義務的な徴兵制など、大きな異論が
あろう。 だけど激動する国際情勢の中、座して待つだけで、平和が訪れるほど
世界は甘くない。
徴兵制をとる国は、総じて隣国と国境を接する国が多い。やはり国境紛争が、後
を絶たない事の確証ととれる。地政学上から見て、海に囲まれた国は、比較的恵
まれているといっていい。
どもの社会同様、世界には不平等もあれば、経済や教育の格差も現存する。
そして時には、不理解や不疎通が生む国家間の衝突も出てくる。

●国防の目的は、直接侵略と間接侵略を抑止し、もし侵略があればこれを排除し
て、国の独立と平和を守る事である。 しかしそれ以上に頼もしいのが、
お互いの
国同士の人達による民間交流である。

世界の平和は、世界の国々共通、永遠の課題だ
しかし身近な北朝鮮問題や、竹島占拠問題や、尖閣不法侵入問題などまだまだ
異国間のトラブルが続く。求められるのは、国と国の理解もさることながら、両国の
国民同士の理解が、先行する。
先進国で、屈辱的な敗戦体験を持つ日本人としては、現実的な祖国防衛のあり方
を研究して行動に表すことがのぞまれる。
当面のアクティブアクションとしては、他国との民間の国際交流活動の拡大に尽きる。
若い人ばかりか、定年後シニアの皆さんにも、国際交流活動に参加していいただき、
民間の友好交流、情報交流を深めてほしい。

■「国防と軍事のデータ」(参考資料)

 

 



  
■「東南アジアの国防力の現状
タイをはじめ東南アジアの国々の政治は安定し、経済は
きわめて順調に発展の
過程にある。 ほとんどの国が、軍事的にも経済的にも米国との
協力関係にあり米
国のプレゼンスが大きい。  

●最近では、中国の南沙諸島問題もあり、各国とも空軍、海軍力の整備に力点が
おかれる。
経済規模の割には、どの国とも国を挙げて国防(抑止力)に力を入れて
いる様子がうかがえる。 
しかも、タイを含め若い人達の国防意識は、きわめて高い。 

東南アジアの軍隊の現況
 (項目)     タイ王国)      (ベトナム)    (カンボジア)     (マレーシア)   (シンガポール)
人口     6813万人   B8902万人    B1505万人      2700万人       500万人
●GDP名目   3457億ドル   1227億ド         132億ドル    2786億ドル     2598億ドル
           (27、3兆円)   (9兆7千億円)(1兆428億円)      (22兆円)       (20兆円)
軍事予算  1685億バーツ              1億千万ドル         45億4千万ドル 国予算の26%
●兵役        2年        2年            18ヶ月     志願制            2年 
総兵力    30,5万人    48,2万人      12,4万人    10,9万人      7,2万人
●陸上戦力    19万人  B41,2万人        7,5万人        8万人         5万人
●   戦車   283両       1115両          150両         48両         196両
●海上戦力   4,6万人     B  4万人   B 2800人           1,4万人     9000人
●  総隻数   119隻         74隻           11隻         52隻          54隻
●空軍戦力   4,6万人       3万人     1000人          1
,5万人       1,3万人
●  作戦機   165機         223機          24機          82機         148機
●  海軍機    39機
出所 2015年防衛省

 

 因みに日米両国の軍事力は   
(項目)     (日本自衛隊)   BB(米国
●人口     1億2699万人   3億2647万人
●兵役        志願制     NN 志願制
●総兵力       24,7万人   156,3万人
●陸上戦力    15,1万人    63,9万人
●戦車        850両      6242両
●海上戦力        33,6万人 20,4万人海兵隊
● 総隻数      115隻        255隻
●空軍戦力        4,7万人        34万人
●作戦機       374機       2485機
●海軍機        95機       1202機
(主な参考文献、平成24年防衛白書他)

 

 

 

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■年賀と1月の歳時記

2018-01-01 | ●歳時記

■■■■■五福祥来■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 
       
新年あけまして おめでとうございます。
Happy NewYear. May thisyear be happy and fruitful

■平成30年は----

●西  暦    2018年
昭和      92年
●戦後      73年
明治      150年
●日タイ修好  131年 です。 


内外ともに、異例の年明けです。
どうか、お元気でご活躍ください。
今年も、JtiroJpn のWebサイトをよろしくお願いします。

平成30年元旦

     

山田  清之
日タイ&アジアの新しい潮流を探るーーー
日タイ国際ソーシアル情報Webサイト JtiroJpn)
Japan&Thailand International Website of Social Information
(URL) http://blog.goo.ne.jp/jtirojapan  Email: jpn@jtiro.org   

         
■■■睦月の歳時記■■■■■■■■■■■■■■■■■■

■「
新春1月の歳時記
●季句     初日指す硯の海に波も  正岡子規  

時候   淡雪 麗か 風光る 寒明 春陽 芳春 春の寺 冬暁、日脚伸ぶ、

●祭事   歌会始め 拝賀式 御用始め、新年会、出初、

      成人の日(8日) 十日戎、
               奈良の山焼き(27日) 大寒(20日)  初天神(25日)

●風物   年立つ、松の内、小正月、初日、初風
●味覚   葵酒、晩三吉、鯖, 鰯、寒鰤、甘鯛,、ひらめ,,牡蠣
●花木   寒菊,、水仙、冬葵、カトレア、枯菊、枯連
●野菜   冬采、白菜、玉ねぎ、大根、人参、セロリ、パセリ
●住い      春の炉、春暖炉、釣釜、春障
●遊楽    歌留多、双六、羽子板、蹴鞠、独楽、初芝居 

●挨拶   春の候、寒冷の候、
   
   

■「日本内外の主な行事
」(
1月)

01日●元旦 初詣、書初め、お屠蘇 年詞
01日●配偶者控除の減額150万円に引き上げ

02日●東京箱根往復大学駅伝
03日●アメリカンフットボール日本選手権ライスボール
04日●御用始め
04日●通常国会召集
04日●東証大発会
05日●経済団体共催新年祝賀会
05日●小寒
07日●七草

08日●北朝鮮金委員長の誕生日
08日●
成人の日(祝日)
09日世界最大の家電見本市CES(ラスベガス)
1日●鏡開き
11日●北米国際自動車ショー(デトロイト)

12日●安倍首相、バルト3国&東欧3ヶ国訪問(17日迄)
14日●大相撲春場所始まる
15日●小正月  どんど焼き
15日●テニス全豪 オープン
16日●藪入り
17日●阪神大震災から23年
20日●トランプ米大統領就任1年

21日大寒
    中 旬●経団連の春期労使交渉の指針発表
22日●通常国会招集、
23日●世界経済年次総会フオーラム(スイス)
28日●フィンランド大統領選挙、
30日●米大統領一般教書演説

   

■「タイの主な行事」(1月)ーーーーーーー

ポーさん傘祭り(チェンマイ県)
●タートパノム祭り(ナコン・パノン県)  

      
■■■余談・往来■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■ゃ

■「天皇のご苦労
●今年は、明治維新から150年という異例の年に当たる。そして今年、平成は
終りを告げる。
シニアと言ってもいまや数少ない昭和シングルの私どもは、昭和と平成 2つの
時代を生き抜いて
きた。振り返ると、それは、戦争、敗戦、再興、国際化と、まさ
に波乱万丈の道のりだった。
平成天皇も同じ世代として、84歳の今日まで 気配りの多い国事行為を、よくぞ
お元気でお勤めになった事と、 ただただ敬服している。

    

●因みに、明治以降の変遷は
・明治44年
・大正14年
昭和64年
・平成30年
元号が変わる年は、同一年のために新旧元号が重なる。そのために今年は
明治(改号)より数えて 150年という事になる

●私ども昭和シングル世代は、戦争にはいかないまでも、銃後戦士の一人と
して、終戦当時、その後のわが国の国体や行方について、大きな危惧と不安
を抱
いた事を覚えている。

戦勝国によって、敗戦国日本の国体や天皇制の存続の是非が議論され時に、
米国から新しい平和憲法による象徴天皇制が提起された。 爾来、現在まで 
日本の国体と天皇制が維持
されてきたことは、衆知の通りである。
それにより、戦後の昭和と平成2代の天皇が、70年以上の長きにわたり、国民
象徴として、日本の再興に大きな役割を果たして来た事は、私ども国民にと
って極めて幸せな事
だった。

●ここで、昨年末上梓された
内田樹著「街場の天皇論」の第一章「死者を背負
った
共苦の象徴」の一節を紹介したい。
「憲法第一条は、天皇を「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴」であると
定義していますが、この「象徴」という言葉が何を意味するのか、われわれ日本
国民はそ
れほど深く考えていませんでした。
天皇は存在するだけで、象徴の機能は果たせる。 それ以上何か特別なことを
天皇に期待すべきではないと思って
いた。けれど、陛下は「おことば」を通じて、
「儀式」の新たな解釈を提示する事で
、そのような因習的な天皇制理解を刷新
された。

日本国憲法下での天皇制は「いかに伝統を現代に生かし、生き生きとして社会
に内在し、人々の期待に応えていくか」という陛下の久しい宿題への、これが回
答だったと私は思っています。」
そして、
「象徴的行為」という表現を通じて、陛下は「象徴天皇には果たすべき具体的な
行為があり、それは死者と苦しむものの傍らに寄り添う鎮魂と慰籍の旅のことで
ある」という「儀式」の新たな解釈を採られた。
そして、それが遠路に及ぶ旅であれば、相当の身体的な負荷がかかる。だから
「全身全霊をもって象徴のつとめを果たしていくこと」 が困難になったという実
感があった。」 

    

■「思想家内田樹の慧眼
●「思想家で武闘家でもある内田樹さんは、全共闘世代ながら三島由紀夫に傾
倒した正統のナショナリストであり、日本の行方を憂う哲学者の慧眼を持つ。
いよいよ平成が終るに際して、あらためて天皇の存在理由について知るため、この 
街場天皇論」 を読むことにした。
題名に惹かれたこともあるが、面白く読ませてもらった。著者が名だたる哲学的思
想家だけに、語彙は決して優しくないが、論旨は一貫して解りやすく、素晴らしか
ぅた。
●後半 明治の剣客山岡鉄舟の足跡に及ぶ、独特の幕末論が格別面白かった。
著者は、あとがきで「ある種の難問を抱え込むことで人間は地勢的・感性的・霊性的
に成熟する。天皇制は日本人にとってそのようなタイプの難問である」 と述べて
いる。
●以前に同じ著者の「日本辺境論」と、続いての著作「町場のメディア論」で感銘を
受けたが、一昨年のこと、大阪の「天満繁盛亭」での寄席セミナーで、武闘家として
のたけだけしい羽織袴姿の著者を目の辺りにして、たちまち大フアンになった。

それはともかく平成天皇が退位されるに際して、
「街場の天皇論」 を多くの皆さんに
お読みいただくことをお勧めしたい。

   

      

              
     
  

コメント

■チェンマイ慕情7)

2017-12-26 | ●チェンマイ慕情

■■■タイの森林事情■■■■■■■■■■■■■■■■■

■「
古都の四季

雨季が終わると、古都チェンマイにも待望の乾季がやってくる。
タイ北部地方にあるチェンマイには、
俗に3つのシーズンがある。
・乾季、11月~3月前半まで (雨はほとんど降らない)
・暑季、 3月後半から5月まで、 東南アジア特有の暑さになる。
・雨季、 6月から10月まで、比較的雨が多い季節、

●少し南の国マレーシアがあるマレー半島は、モンスーン気候帯に入
るため、
年間通じて 気温の変化はなく、年中暑い。
しかしチェンマイは、街全体が、平均高度350メートルの高原
盆地にあ
るため乾季の12月から1月は、平均最低気温が15度前後で、思いの
ほか過ごしい。
タイの首都 バンコクに住む富裕層の人たちが、週末の避暑地として
チェンマ
イを選ぶのも十分うなずける。  チェンマイが、タイの軽井沢と
言われる所
以である。
 
タイの森林(全て国有林)は、かってタイ国土面積の53%を占め 世界
的な銘木の産出国として、農業国の一翼を担ってきた
しかし戦後の資源枯渇による木材需要で、度重なる乱獲伐採で森林減
少が続き、国土面積の25%に激減した。
また タイ東北部に群生する銘木のチーク材は、タイの主要輸出品目だ
ったが、ヨーロッパ企業による伐採で、ほぼ姿を消した
この結果、森林伐採による森林減少が原因の大洪水や 土壌侵食や干
や塩害が多発し、タイの農業にも大きな影響を与えている。      

  
                            〈シリキット王妃)
●チェンマイの北部,メーサ渓谷にある「シリキット王妃植物園は、1993
年に
タイ王室の肝いりで、タイの植物や森林などを広範に研究するため
設立された世界的な植物園である。 
今やチェンマイの貴重な観光スポットとして内外から多くの観光客が後を
絶たない。

●2000年に入り、日本から数多くの環境NPOの団体や、大学などの環
境研究のグループが、マングローブやタイ北部地方の植林活動のため
に、相次いで訪タイした。
その活動は、今も次世代に引き継がれ、タイの森林復興に貢献している。
2006年に開催されたチェンマイ国際園芸博覧会には、日本からも多くの
企業や団体が参加
したが、その郊外の跡地は、大きな緑地公園として市
民に公開されている

  
因みに タイ王室森林局によるタイ国有林の区分

森林のタイプ)                (分布状況)          (分布エリア
マングローブ林、海岸林 南部と東部                 (南部)(東部)
常緑樹林 、乾燥常緑林 海抜1000米以下の立地
            山地常緑林  抜1000米以上の山地
松林                        
 山地と低地の境界部辺り
混交落葉樹林          海抜1000米以下の低地          (北部)
落葉フタバガキ林         海抜1000米以下の低地
サバナ               抜1000米以下の低地の乾燥地  (東北部)


■「
タイの森林事業」(
コミュニティー・ホレスト)
●タイでは、森林を国有林として国が管理してきたが、その木材の約6割
は、農家などの燃料として使われてきた。全国の総エネルギィ―消費量
の4分の1はこの木質燃料に依存していた。伐採が進めば、木材再現
は枯渇していく。

それを防ぐ方法として、台頭したのが「コミュニィティ・フオレスト」である。
地域の森林を地域のコミュニィティで管理し、利用するという考え方であ
る。 タイ王室森林局も、このコミュニィティ林の設立を支援しており 全
国的な管理組織が できあがりつつある。
特にチェンマイ県のようにど、周辺の山岳地帯にカレンなどの少数民族
の村を抱えるところでは、早くから少数民族の自治的な「コミュニティホレ
スト」の設立に力を注いでいる。
 
棚田の畑で、野菜や豆類や果樹を作り、その上の森林をトウモロコシ畑
に転用し
ていたが,ホレストの始動で、森林破壊農業はなくなり、車用の
道路が開通し、1998年には、待望の電気が開通した。

 (
 (
山岳民族の女性)                         (森林にあるホレストの表示板)

 

●ここにいたるまでには、日本のOISCA (世界規模の環海支援組織)
などを
通じて多く若者が、ボランティアでタイの植林プロジェクトや、環境
教育プロジ
ェクトや、タイの有機農業普及プロジェクトに参加し貢献した。

折しも1995年の神戸淡路大震災で、日本の若者や企業が、こぞってそ
の支援活動に乗り出し、日本に新しい協働の仕組みが、花開いたころの
事である。
今から20年前のタイは、農業国から産業国へシフトし始めたころで、まだ
公式のチェンマイロングスティは始まっていなかった。タイがまだ新興国
の表情を、随所にとどめていた当時の事である。

●その農業支援活動に参加し、タイの貧しい子供たちやエイズで親のな
い子
供達の存在を知った複数の日本女性が、
チェンマイで子供たちのた
めの収容
施設を立ち上げ、その活動は、いまも
続いている。
国際協働の鏡として 内外の尊敬を集めているが、その実情については、
次号で触れたい。


 
 
                   (プレー県・赤印)

 ■「世界の銘木チーク
私は
予てよりチーク材の重厚な家具に格別の興味を抱いていた。
その銘木のチーク材が、タイの北部地方、プレー県の特産材と知った
のは、ごく
最近の事である。
去る3年前、知人とチェンマイを訪れた際、旧知のチェンマイ国際財団
理事長にお願いして、チークの聖地、プレーを案内して貰った。

●チェンマイの市中を出た車は、日本のODAの支援で作られたスーパ
ーハイウエイ(俗に
タクシン道路という) を一路東へ、 
仏都
ランプーンを駆け抜け、いくつかの山並みの山間を走り抜ける事、
3時間ばかり、待望のプレーに到着した。

●着くとすぐ プレー国際交流協会理事長に、案内され華麗な「チーク
の館」に向かった。 階段を上りつめて館に入ると、一斉にタイの伝統楽
曲の演奏が始まった。藍染めのユニホームをきた男女14人からなる高齢
者の伝統楽器集団のお出迎えである。
予想もしない歓迎のおもてなしに、しばし
立ちつくしていた。
 
          (チークの館のホールでの演奏)
  
     
  

●ほぼ70代という高齢者のタイ伝統音楽団だが、その演奏は素晴らし
かった。その後、皆さんと昼食をともにし、日常生活について尋ねた。
この人たちは、定年後、あくまで趣味で毎週2回、「チークの館」に集い、
タイの伝統音楽と取り組んでいるという。
約半数の人たちが農家、残りの人達は教員や公務員の定年者だった。

プレーは、かって15世紀にランナータイ王国の都市国家として栄えた
由緒ある小都市である。
人々の表情は、総じてほりが深く気品にあふれている。私どもが持つ
タイの高齢者のイメージを大きく変えるに足る、素敵な出会いだつた。

●かってこの地方は「チーク材の聖地」と言われ、その集積地として盛況
を極めたという。チーク材は世界の3大銘木と言われ、美しい木目と強靭
な耐久性が格別。 あの世界一の豪華客船クイーンエリザベスや、オリエ
ント急行の内装にも使われている。
しかし、タイのチーク材の資源管理や育成保全の不備に加えて、伐採権
を買い取った英国企業の過剰伐採で、19世紀末の森林資源の枯渇と破
壊をもたらしたと言われる。
その為にチーク材は、既にこの地方の歴史的な遺産となってしまったが、
中進國タイの新しい輸出品目として、チーク材の
森林の再興が、始まりつ
つあると言う。資源育成後の成果に期待したい。

  
(チーク材の高級インテリア製品)

                           
■「日々是好日

ともかくもあなた任せの年の暮れ 小林一茶

●元旦まで余すところ、あと数日。
平成
最後の新年を迎え、新しい年、平成30年を寿ぐ事になる。
 しかしタイは、
旧正月に新春を祝うしきたりである。。
                  (まだ続く

 

 

 

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■Head Line News Dec

2017-12-18 | ●Head Line News

HEAD LINE NEWS■■■■■■■■■■■■■■■■■
        (Dec.2017)
■■■タイの情報■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■「タイ新幹線,総整備費1兆4千億円

国交省の牧野副大臣が訪タイして、タイ政府が導入を前提に計画中の
日本の新幹線方式による建設計画について、事業性計画総事業費4200
baht(1兆4600億円)の報告書をタイ側に渡した。区間は、首都バンコクと
チェンマイ間約670で第1期はバンコクとピザヌローク間380kmで、2025年
業を目指す。
ただ、いつものことながら、中国からは「日本は高い」 という横やりが入る。
見識もプライドもない中国の汚いやり方に、非難の声が上がる。

■■「タイ通貨最高値更新
●タイの通貨バーツが31ヶ月ぶりの最高値を更新した。
好調のタイの観光や輸出などのタイ経済への影響懸念があり、中央銀行
新たな抑制政策を求める声が上がる。タイGDPの6割を占める輸出や、
外国人観光客にも影響が出始めた。
タイでロングステイする人たちからも悲鳴が
聞こえてくる。因みに今日の
為替兌換率では、1万円で2893円しかない
かつては 1万円で4000円あつただけに、さぞかしお困りだと思う。

●「世界の為替アプリ」をお勧めしたい。
タイ旅行の際の円換算に最適、
下記をタップして、ショートカットを自身のパソコンに保存可能)
  為替電卓 - 世界の株価sekai-kabuka.com/kawase.htm

■■「チェンマイでアジア太平洋地域安全保障会議
いま、世界の注目を集める北朝鮮の核問題を緊急討議する国際会議が、
チェンマイで
14日から始まった。
会議には日本や米国はじめ、韓国の外交専門家と北朝鮮
外務省の研究所
から4人が参加する。
米国国務省の北朝鮮担当のジョセフ・ユン特別代表
の参加も予定されており、
北鮮側との接触が期待される。
  

■■[タイとEUでFTA交渉再開
EU(欧州連合)は、凍結していたタイとの自由貿易協定(FTA)を、タイ軍事
権の民政復帰の総選挙を評価して、再交渉に応じるとした。、
14年5月の軍事
クデター以降、外交関係とFTA交渉が棚上げされていた

■■■(ASEANと世界の情報)■■■■■■■■■■
■■「東南アジアの日本企業好感度調査
タイとベトナムとインドネシアといえば、今やASEAN 6億市場の先進中核
を占める
3国だが、
「日用品」
「食品」
「電機IT」
「フアッション」
「自動車

「レストラン」
「ネットサービス」
の各分野で、専門調査会社が、1000人の一般消費者アンケートによる
日本
企業の高感度調査を行った。

  

■■世界のビジネス環境ランキング
●これは、毎年世界銀行がビジネスのしやすさを公表するランキオング調査。
調査の要素葉、「起業の手続きなど10項目。
●「ビジネス環境ランキング」 2016
(順位) (国名)
1位  ニュージランド
2位  シンガポール
3位  デンマーク
4位  香 港
5位  韓 国
●「日本のビジネス環境ランキング」2016
項目)        (順位)

起業のテ続き    89位
建設認可       60位
電力調達         15位
資産登記        49位
資金調達       82位
少額投資者保護   53位
納税           70位
通関行政         49位
契約履行        48位
破綻処理          2位
総じて出遅れていることが解る。

評価基準は、手続気にかかる回数、日数、コスト。至急の改善が求められる。

■■■日本の情報■■■■■■■■■■■■■■■■
■■「皇位継承と改元決まる
●皇室会議と閣議を経て正式に天皇の退位と新天皇の即位、改元が決まった
約200年ぶりの生前退位が実現する。
そして
来る2019年5月1日より、新しい元号が始まる。


 

■■「
新任大使信任状捧呈式の馬車列
●新任の外国大使が信任状を天皇陛下に奉呈するための場車列が、東京
駅前工事の完成で再び、東京駅を
スタートする事になった。
11日、西アフリカ、ペナンの新任大使を乗せた儀装馬車列が、皇居に向か
った。その優雅で豪華ななたたずまいに、内外の人たちが、感嘆の声を上げ
た。

 

■■人生百歳時代の到来

●日本人の高齢化率がハンパじゃない。いまや「人生百歳時代」などといわれ
世界の注目を集めている。

来年は明治150周年だが、この間に日本人の寿命は、ほぼ倍に伸びたことにな
る。文明や科学、特に医学の力とは言え、驚きの進化である。

なかでも戦後の伸び率は、驚異的である。 まもなく寿命百年時代の到来は、
違いないといわれる所以である

●「日本人の寿命の足跡
(時代名)  (寿命)
縄文時代       31
・弥生時代       30
・古墳時代       31
・室町時代      33
・江戸時代       37
・明治25年       43歳●
・大正15年      46
・昭和10年      48
昭和22      52歳●(戦後)
・昭和25年       60
・昭和35年      68
・昭和45年      72
平成  2        79
・平成12         81
・平成22        83
・平成28年         84歳●(現在)   

   

■■「最後まで健康に生きる」東大流の方法論
高齢化最先進国日本。人生100年時代の人生設計をどうするか。
健康、就労、介護、お金、年金、テクノロジー、街ずくりなど高齢化に関する基礎
知識を取りまとめた東大が作った「高齢社会の教科書」のユーニクな概要である。
高齢者が、健康に楽しく生き抜くための秘訣と、蘊蓄が面白く構成されている
●(健康に生き抜く東大流方法論
「歯磨きは、10分以上かける」     歯と歯茎の不調は命に関わる。
・「まめに,葉書を送る」            友人知人に、人間味のある絵葉書を
・「モテるために聞き役に回る」       生きる喜びを感じるためにトキメキが大切。
・「乗るべきは小さな高級車」       視野が広く、税金も安い、質のいい高級車
・「蕎麦を食べる、ゆでるときは大鍋で」 アミノ酸バランスが最高、
・「夫婦の寝室は、別々に
        


 
詳しくは、
「東大がつくつた高齢社会の教科書」  東京大学出版「会,刊 1950円

 

■■「アンガーマネージメント大賞」2017
●今年、怒りを上手くコントロール出来た常識人に贈る大賞が決まった。時節柄、
怒りをあらわにする人が多い時だけに、貴重な表彰と評価が高まりつつある。

■■■シニアの情報■■■■■■■■■■■■■■■■
■■「シニアの日常消費
●消費者庁の高齢者調査によると、高齢者ほど消費が増える項目は、
・食料    
・光熱
・水道
・保健
・医療
・教養娯楽

家計支出に占める食費の割合を示す「エンゲル係数」は、30~59歳は25%だが
70歳を超えると、約31%になる。高齢者ほど上がる傾向にある。総じて食料は、少量
でも良いものを食べている事を示す。

コンビニの来店客のほぼ3分の1は、50歳以上、高齢者になると、生活圏が小さく
なるので、コンビニの利用率は高まる。
大都市圏では、約350メートルの間隔でコンビニがある。これは高齢者が疲れず歩い
行ク距離と一致する。
コンビニの新しい動向としては、高齢者を対象に、お惣菜の品揃いや、イートインコ
ーナーの充実を急いでいる。
顕著な事例としてはーーーーーー、
・セブンイレブンの「近くて便利」というスローガン
・全てのコンビニ商品の小口化、小型化、ダウンサイジング(牛乳やチョコレートなど)
高齢者人口の急増化と、都心の高齢者の増加傾向に対応して、コンビニの市場戦略
は、益々高齢者志向を強めつつある。

        
●そのほかにも
・コメダ珈琲店の 高齢者のための早朝開店サービス、
・新機能の「宅配ボックス」の登場、(宅配人手不足の折から不在でも受け取れる機能)
高齢者の世代交代が進み、高度成長期に豊かさを享受してきた団塊世代の高齢者が
シニア消費の主役に登場してきた。 企業は、その新しい世代に対応した
個々のニーズ
にあった戦略商品の開発を急ぐ。
 
■■「孤独死を生むニュータウン

●今から約半世紀まえ、大都市の郊外に鳴り物入りで続々誕生した当時の理想の住処
「郊外ニュータウン」が、住人の高齢化で、いまや孤独死の巣窟となり、大きな社会問題
になっ
ている。
   

●多くの「ニュータウン」 は、大都市郊外の丘陵地帯を開発したもので、緑あふれる住環
境と大型団地内に、公立の小学校、中学校、高校やスーパーマーケットを併設、、中には
団地内のバス路線や、私鉄路線」を延伸して通勤の利便性を確保、当時のサラリーマンに
とって垂涎のモダンリビングの王国だった。

●典型的なのは、東では、副都心新宿から電車で30分の「多摩ニュータウン」 西では大阪
梅田から地下鉄で、約30分の「千里ニュータウン」がある。
高齢化率は、25%を越え、高齢単身世帯の割合も30%~40%。最近では、団地内バス路線
も廃止され、少子化で、小学校や中学校も廃校となる。団地内は,坂道が多く、高齢者にとっ
ては、決して住みやすい住環境とは言えない。

死んだら、早く見つけて!」 
先日このニュータウンの高齢化を伝えた朝日新聞の大見出しはなんとも悲しく
衝撃的だった。
そして大阪の老け行く「千里ニュータウン」では、空宅が目立ち、6割が高齢単身化世帯であ
ると伝えている。 行政の抜本的な施策が待たれる。


■■「
シニアのスマホとパソコン」60歳を境に男性が高い
●総務省の「社会基本調査」によると、スマホやパソコンの利用率は、60歳を境に
男高、女低にんるという。
・15歳~59歳の各世代では女性が高い。
・60歳以上では、男性が女性を上回った。
75歳以上では、男性が15,4% 女性が7,7% 
・全体では、男性61,9% 女性58,4%・
理由は、時間に余裕のできた高齢者男性が、ネット検索などに時間を費やすから、
と分析している。

 

 

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■続、76回目の開戦記念日

2017-12-12 | ●大東亜戦争

■■■■■■■■■■日本再興■■■■■■■■■■
■「歴史から真実を探る
太平洋戦争の76回目の開戦記念日にあたり、前回は、改めてこの戦争の
起因
と敗戦に至る経緯を総括した。そして戦争の結果がいかに悲惨であるか、
戦争を知る高齢者
の減少に伴う  戦争風化の危惧についても指摘した。

●しかし、そこで触れた太平洋戦争の発端や、端緒などについてのことは、
あくまで、私どもが知りうる資料に基づき、パールハーバーの奇襲攻撃から
4年後の原爆投下による敗戦に至るまでを、改めて概況したものである。

物事も80年近く経過すると、それは「物語」となり「歴史の一駒」という事になる。
いままで「敗者は語らず」で、日本は隠忍自重してきたが、76年経つ事で 米国
の著名な学者からも、この戦争を再検証する動きが出てきた。
また最近になって、米国による戦争仕掛け説まで浮上してきた。 歴史から新し
い史実が掘り起こされる可能性が出てきた。



■「記憶と歴史の違い
●ハーバード大学のクラック教授によると、―――――
「アメリカ人の中には、パールハーバーを日本のだまし討ちと言い、別の人は
奇襲攻撃だと
言って、日本に対する敵対心を持ち続けてきた。

しかし若い世代の人たちは、それを「だまし討ち」と呼んだとしても、そこからは
「反日」と
いう意味は抜け落ちている。それは歴史から得たものではなく、共通
の記憶が長い年月
の中で変わってきた結果とみている」という。

「多くの日本人は、真珠湾を奇襲攻撃して戦争がはじまり、原爆の投下で戦争
が終ったと認識しているが、 この戦争の始まりは、37年の中国の盧溝橋事件で
あることが
抜け落ちている。 
そして真珠湾の始まりには、あまり関心を寄せず、広島長崎の原爆投下に格別
の関心を持つ」 と指摘する。

一方米国人は、真珠湾攻撃に格別の関心をもち、広島への原爆投下は 問題
ないと思っ
ている。米国はなぜ核戦争時代のきっかけとなった戦時中の自国の
行為に 向き合
わないのか」 と疑問を呈している  。
どうあれ両国とも開戦の歴史に真摯に向き合わずして、相互の理解はできないと
警鐘をならしている。

 
     (左より英国、米国、ソ連の首脳)

■「
真実は小説よりも奇なり
●昭和20年の敗戦後、日本は、講和条約が発効するまでの7年間、米国を中心
とする連合国に占領された。日本にとって屈辱の日々だった。 そんな中で大空
襲により焦土と化した国土の復興に努めた。

●そして 翌年の昭和21年には、勝者である連合国による敗者への侵略政策を
糾弾する「東京裁判」が始まった。
東京裁判(極東国際軍事裁判)の構成国は、日本の降伏文書に調印した9ヶ国
米国
・中華民国
・英国
・ソ連
・カナダ
・ニュージランド
・オランダ
・フランス
・豪州
植民地として下記の2国が参加した。
・インド
・フイリピン

●英国は、未だ国際法が整備されていないことを根拠に、この裁判自体に
反対し
た。結果は、アメリカによるアメリカのための裁判となった。
 そして
東条英樹大将ら7人のA級戦犯には、極刑の絞首刑が下された。

被告たちは、黙して語らず、進んで責任を負うという潔さで 死徒についた、。
この裁判では、陸軍の侵略政策への共同謀議の事実が問われたが、その事実は
なかったとされるだけに、この裁判の妥当性とその功罪が、今もなお問われてい
る。 そして、この人たちは,いまだ靖国神社に祭祀されていない。

●東条首相の処刑について、日米関係に詳しいある識者は「一応処刑の絞首刑
になったが、 東条の次男は、後に三菱重工業の社長になっている。事の経緯か
ら処刑になったが,遺体は処刑後、家族のもとには帰っていない。遺骨は散骨した
とされるが、限りなく怪しい。東条は
米国の手配で、どこかで余生を過ごしたのでは
ないか』 という噂も後を絶たない。

  

●公表された東条の処刑前の(英米人に告げる手記)には、次の文面がある。

今や諸君は勝者であり、わが方は敗者である
この深刻な事実は認めることに、
やぶさかではない。
しかし諸君の勝利は、力によるもので、正理公道によるもので
はない。
いま私はその事実を列挙する時間はない。
しかし、諸君が虚心坦懐、公平なまなざしで最近の歴史の推移を観察するなら
その思いはなかばにすぎるものがあると思う。
いかに戦争は手段を択ばないとはいえ、原子爆弾で罪なき老弱男女を数十万人
を殺戮した事
は許せない。」


■「ハルノートの怪
太平洋戦争については、東京裁判でも、日本の侵略謀議など戦争についての
異が問われた。
しかし開戦直前に、ABCD包囲網の米国ハル国務長官から日米
交渉の米国側からだされた
最終案「ハルノート」の存在が明らかになった。
それによると、日本は米国と和解の道を懸命に模索しているにも拘らず、米国は

めから、日本と和解する意思が全くなかったことが、わかってきた。

   
(米国ハル国務長官)
ハルノートの主体者ルーズベルト米国大統領は、10項目の提案中、いささかの
妥協も譲歩もしない、日本が拒否することを前提にした提案であることを承知して
いたいう。日本に対し戦わずして降伏を要求する屈辱のしろものだったようである。
勝つためには手段を択ばない、硬骨な大国の本質が垣間見えて悲しい。

●東京裁判でこれを見たパール判事は 「ハルノート」のような通牒を受け取った
ら、モナコのような小国であれ、名誉のために米国に対し矛を取り立ち上がった
だろう」と述べた。 また別の関係者は「日本は
戦争のボタンを押さされた」と述べ
ている。

●当時は、世界の国際環境と対局する大国の論理や思惑が交錯して、それぞれ
軍事力を背景にした外交の駆け引きが、常識化していた。
大国の主張がまかり通り、列国勝者の中で、日本は敗者の道を歩むこ
になる。


ブログのスペースがないので、「ハルノートの全容や、盧溝橋から太平洋戦争
に至る複雑怪奇な外交の経緯は、添付資料(URL)で詳細をご覧いただきたい。
(下をクリックしてください
 
ハル・ノート - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/ハル・ノート

 どちらにしても76年前の「太平洋戦争は、この戦争を経験した人々の苦悩の知見
が、やがて体験者が亡くなる事で、「物語」になり[歴史の一齣」へと代わっていく。
一部には「負け戦ながら、負けてよかった」 と語る識者もいる。
また「
どうあれ、太平洋戦争からは、早く脱却して、新しい日本を構築すべきだ」と
する見方も多い。
いまの日本は、まがいなく新しい日本を目指して日ごと前進していると確信したい。


■「
強運日本の行方

●この文面をまとめるに際し、日本は、文脈や理屈ではつながらない「強運」で守
られている事に気ずいた。
例えば、日本の敗戦を契機にして、欧米の大国の植民地だったアジアの国々は
期せずして、全て独立することになる。 そして,そのアジアの国々からは、アジア
のお母さん
」 とあがめられる。しかも日本の敗戦が、 後に、アジアの国々による
ASEANの経済統合に発展してゆく。驚きの結果である。 

「強運」は「モノ」ではなく「コト」に起因する。しかもこれは、何もしないで、
もたらされるものではなく、平素の努力の集積から生まれ
る。「考える葦」に
相応しい成果といえよう。

いよいよ平成もあと1年、
・新天皇の即位、
・そしてオリンピック、
・株価と企業業績の好調が続く。
・そして万国博の誘致へと続く。
来たるべき日本の未来に思いを馳せて、かけがえのない平和な平成30年が 到来
るように祈念したい。

    
     
  

参考文献)
●「渡部昇一の昭和史」 渡部昇一著
●「日本は勝てる戦争になぜまけたのか」 新野哲也著
●「真珠湾の真実」ロバート・B・スティネット著
●「日本の戦争」田原総一郎著
●「昭和史の論点」 保阪正康著

●「東京裁判を裁判する」 渡部昇一著

 

 

コメント

■76回目の開戦記念日

2017-12-06 | ●大東亜戦争

 

■■■■■■■■大日本の終焉と新日本の誕生■■■■■■■■
ますます風化する太平洋戦争
戦後76回目の開戦記念日がやって来た。
昭和16年の開戦当時10歳以上で戦争を知る人は、いま86歳を超
える。
76年前のこの日、30隻からなる日本海軍の大艦隊が、遥か北太平洋
を渡洋し、精鋭の艦載機が
大挙してハワイの米国太平洋基地を奇襲
し、米国太平洋艦隊を壊滅した。こうして第2次世界大戦が始まる。

●戦争には、それぞれ戦わざるを得なかった理由があると言われる。
太平洋戦争は、今では第2次世界大戦といわれるが、その端緒は、
旧く満州、支那事変に遡る。

・1928年 中国での権益拡大を狙う日本 。 
・      日本は国際連盟を脱退。
・      ドイツ、イタリアと日独伊3国同盟を結ぶ。
・1931年 満州事変起きる。
・1940年 日中戦争始まる 中国内部まで空爆’(重慶)
・      日中戦争の長期化、日本国内の物資不足拡大
・      欧州で第2次世界大戦始まる
・      日本軍の仏印進駐、米国の石油など対日経済制裁始まる。
・      近衛内閣崩壊、東条軍事内閣登場、
・1941年 米国との石油解禁の交渉が決裂、(俗にいうハルノート)
・      そして日本は、ハワイの米国真珠湾海軍基地を急襲、開戦
 

再び、第2次世界大戦の開戦当日、
続々と飛び込んでくる大勝利を告げる大本営発表のラジオ報道。
 ・ハワイ真珠湾攻撃の奇襲による大勝利報道。

次いで12月8日から15日に至る、日本陸海軍の快進撃が続いた。
 ・マレー半島沖の英国不沈戦艦「プリンスオブウエールス」を撃沈 
 ・マレー半島、香港、フイリピン、ビルマへの快進撃報道などなど。
 
●やがて戦争が激化するさなか、街や村の隣組には、こんなポスター
が貼られ、国
民を鼓舞した。
 「欲しがりません、勝つまでは」 「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」
なかなかの名文句だった。

 

しかし4年足らずの戦争の結末は、余りにも無残だった
犠牲者は310万に及んだ。
そして本土空襲、沖縄地上戦、
そして広島、長崎の原爆投下で止
めを刺された。
こんな悲惨な結末が予測できれば、たれしも開戦はしないはずだ。
少なくとも戦争当事者は、勝てると思って戦いを始めただけに、負
けるとなると誤算では済まされなくなる。

しかも世の常として、勝てば官軍、負ければ賊軍の汚名を被ること
になる。とはいえ国民は、勝敗に限らず迷惑至極、敗者になると、
それは迷惑では済まされない事態になる。

●至近な話で恐縮だが、
いま 高齢者の大勢を占める団塊世代の人達は、いずれも敗戦で
招集解除になり、無事帰国した当時の若者達が、後に結婚して、
戦後生まれてきた人たちばかりである。
中でも、戦中生まれの75歳以上の高齢者の中には、父親を戦争で
亡くしたり、母親まで空襲でなくした人が多い。どうあれ戦争は悲惨
極まりない。

  

■「太平洋戦争の直接被害の実情
           (死亡)       (行方不明)
軍人軍属  155万5308万人    30万9402人
・銃後国内   29万0948万人   36万8830人

同じ高齢者でも戦前生まれか、戦後生まれかによって、戦争に対
する意識は相当異なる。 しかしそれ以上に 小さい時に親を戦争で
亡くした原体験を持つ高齢者の戦争観とは、雲泥の差があると言っ
ていい。
そんな見地から、戦争を知る85歳以上の高齢者で、いささかでも知
見を持つ人に、日本の国防や戦争について、どんどん語って貰いた
いと思っている。

■「戦前生まれの
高齢者世代
少なくとも戦争を知る日本の戦前生まれの高齢者は、ーーーー
85歳~89歳 約312万人(男性106万人 女性206万人)
・90歳以上  約177万人(男性 40万人 女性137万人)
因みに日本の総人口は1億2693万人、
戦争を知る85歳以上の高齢者は、日本人の約3,9%という事になる。

そして、戦争体験のある高齢者は、年ごとに減少しそれに伴い太平洋
戦争の風化も進む。まさに風前の灯という状況にある。

 
(出所 日本政府2016)

 
■「
戦後 戦争をしなかった世界の国
戦争のない世界は、人類永遠の命題である。
しかし宗教の違いや、国境や領土のトラブルなど、小競り合いを含
めて国際紛争は後を絶たな
い。
戦後72年間、戦争をしなかった国は、国連加盟193ヶ国中、わずか
8ヶ国しかない。
・アイスランド
・フィンランド
・スェーデン
・ノルウェー
・デンマーク
・スイス
・ブータン
日本

北欧諸国が殆どを占めるが、何故か、
俗に地政学的な理由と、大戦後の紛争要因がすくなかったためといわ
れるが、何か、この国々に、不戦
の重大な秘密が隠されているように
思えてならない。

 
司馬遼太郎)
■「求められる国民の気概
●作家の司馬遼太郎は、著作の中で 「日本は峠を過ぎて、これか
あるのは、
静かな停滞だけだ」 と述べている。
また作家の石原慎太郎は、著書「歴史の十字路に立って」の中で、
今の日本について、「ものを考えなさすぎる」 と述べている。
そして、「我々の精神や
意識あるいは情操の中から何かとても大切な
ものが、ボロボロ欠け落ちて
消えていくような気がしてならない」 
と嘆い
ている。


●平穏な日々が続くと 、人々は過去の貧困や苦悩を、敢えて忘れ
いとする習性があるといわれる。 だがそれは理に合わない。
なぜなら、貧困や苦悩を
克服したからこそ結果として 日々の平穏が
あるわけで、その道筋を決して忘れては
なるまい。

●風化する日本にも同じことが言える。

世の多くの識者が、「静かな停滞」 とか「風化」と指摘する通り、その
過去を忘れ
ないとする意識が、今の日本 に欠けるとすれば、また同じ
過ちを繰り返すことに
なるからである。


●石原慎太郎は、「この国はもう半世紀以上を平穏に過ごしてきた
その間
ともかくも僥倖にも無難に過ごせてきたと多くの者は、そう信じて
きたわけだが、その
実、どれほど高い見えざるツケを払わされた来たか
という事にいい加減気ずかなけ
ればなるまい」  とも記している。

そして「日本人の思考に本来欠けていた相対性は、戦後、アメリカによる
我々の
下意識にまで及んだ統治によって、無為のままの他力本願、
虚弱な国家の人格と
体質を作ってしまったいう事だろう」 と述べ 、改め
て「戦後日本に国家意識はありや」 
と国民に問いかけている。

●私自身、思想的に極右の慎太郎さんに組しないが、戦後72年の日本
の平穏に潜む実態の表裏については 
十分に頷ける指摘であると思う。
だが、どちらにしても中国が世界の大国として台頭してきた以上、国とし
ての「ツケ」は別と
しても、いつまでも我が国の国防を米国に依存したまま
で いいとは思えない。

また現行の戦争放棄の平和憲法だけで、今後の日本が、平和を維持で
きる国際環境で
はない事は、いまや国民周知の現実でもある。
だからこそ、この開戦記念日の機会に戦争の経緯を通じて、先人がなぜ
戦争を
せざるを得なかったのか。  そして、「国とは何か」 「国防とは」に
ついて、
いささかでも 戦争を知る高齢者の人たちが、進んで戦争体験を
次世代に語り継ぐことによって、
戦争を知らない多くの次世代の人々が、
日本のこれからの平和の在り方を真摯に
考える端緒になればと考えている。

戦後の平和ボケ」とか
「静かな停滞」 とか
ものを考えすぎない
それだけでは済まない時が、
いま日本に迫りつつあると自覚したい
それを裏ずける「30年後の国際的なDATA」を、次世代の皆さんに見て

きたい。

■「驚くべき30年後の世界」(
GDP上位10ヶ国の変化予測)
(順位) (国名)   (2016年)    (国名)    (2050年
1位   中国           21269          中国       58499 
2位   米国            18562         インド       44128
3位   インド              8721      米国           34102
4
位   日本               4932       インドネシア   10502
5位   ドイツ              3979           ブラジル    7540
6位   ロシア             3745           ロシア       7131

7位   ブラジル          3135          メキシコ     6863
8位   インドネシア     3028        日本            6779
9位   英国                2788          ドイツ       6138
10位     フランス       2737          英国         5369
[出所 The World in 2050]
(購買力平価ベース 短歌10億ドル)

 
■「30年後の世界経済は 新興国が席捲する
今の世界経済は、米国と新興中国が世界の覇権を争う図式だが、
ほぼ30年後の2050年の世界経済はどうなるのか。
世界主要経済大国7ヶ国の6ヶ国が、新興国で占められることになる。

「21世紀は、先進国から新興国へのパワーシフト」が予測されるが、
具体的には
インドとインドネシアとブラジルとメキシコの新興国が台頭
し、かろうじて日本とドイツと英国が、ベスト10に後塵を配するという
構図である。
・その時、世界の覇権、アジアの覇権は、どうなるのか。
・戦略核の保有が、相手国から攻められない抑止力として有効なのか。


■「世界の核保有国」(資料)
  ●「NPT批准の核保有国(五大国)」
(国名)(戦略核弾頭数)(核弾頭数合計)(初核実験の年) 
・米国      2126            9400
            1945年
・ロシア     2668       13000            1949年
・英国      160           185              1952年
・フランス    300           300              1960年
中国      180           240              1964年
    ●「NPT非批准の核保有国  
・インド        60       60~80          1974年
・パキスタン     60        70~90        1998年

北朝鮮          10以下  10以下         2006年
    ●「核保有の疑いが強い国」
・イスラエル  80               80        未

●大国同士は、既に戦略核を強力な抑止力として保有する。
に国策として核を持たない日本は、友好国米国の強力な核の傘の下
で、同盟国として国を守って貰う。 しかし北朝鮮が、国連決議を無視し
て核保有を進めているが、国交なき近隣国としては、不気味さが誘う。

世界の選ばれた政治家やリーダーが、自国ファーストを標榜して悪評を
呼ぶことも多い。それだけに小競り合いも続く。
ただ過去のような大国間の争いは、さすが核の効用か、ほぼ姿を消した。

●それぞれ価値観の違いや、中には北朝鮮のように大国の論理に
反発する小国も出てくる。 その国にとっては、核保有は大国と対峙
する有効な武器となる。
但し小国の無頼のリーダーが、戦略核を自国だけのために、武器と
して保有する事例が、後を絶たない。

●ここまで書き及んだのも、この開戦記念日があったからこそである。
メモリアルディの存在の所以であろう。考える葦にとって貴重なコトである。

最近では、稲盛和夫さんの経営哲学理念「利他の心」に傾倒している。
トランプ大統領と、併せて金将軍さまに、この言葉を贈りたい、
自利と利他」のために戦争は駄目よ」
アメリカ・ファースを標榜する狩猟民族のトランプさんには、理解が及ばな
いと思うが、東洋人の金将軍さまには、ご理解いただけると思うが、どうだ
ろう。

  

■「更に求められる 日本の気概
●なぜ、日本人がこんな忌まわしい戦争をしたのか、76回目の開戦記念日
を迎えて、疑問をもつ人が多い。
今となると、よくもこんな無謀な戦争をした
もんだと、悔やまれてならない。まさに後悔、先に立たずである。
だが「自虐史観」だけでは、何も生まれてこないし 過去を非難するだけでは
前進はない。
とはいえ 北朝鮮問題や改憲論議などの当面する課題と、日本の高齢者や
社会保障問題など、他人任せでは、正論は生まれて来ない。

誇りと自信を持てる国を創ると言う気概が、日本の国民に求められている事
確かなようだ。

 

 

 

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■師走の歳時記

2017-12-01 | ●歳時記

■■■■■■■■■■■■師走■■■■■■■■■■■■
■「年の暮れ
●師走。またの名を年満月(としみつずき)ともいう。  この1年、
満ち足りて無事にこの1年が終るように、との人々の願いが込め
られての異称である。

●今年は、森友,加計問題、小池旋風、総選挙、北朝鮮のミサイ
ル、そして
トランプ大統領の来日など、いつになく慌ただしく混迷
の11ヶ月間だった。 
願わくは、残されたこの1ヶ月を「年満月」に
因んで無事に終えたいものである。
   

●来る12月8日は、われわれ日本人にとって決して忘れる事ので
きない大東亜戦争
の76回目の開戦記念日に当たる。
この日本は、年々高齢化が進み、戦争を知る人が少なりつつある。
当時10歳の少年は、今はもう86歳の高齢者である。
戦争は,再び
やらないというのが、日本人全ての願いだが、北朝鮮の
核保有の問
題などもあり、今後の改憲の行方や集団的自衛権について、
日本人
の見識が問われるところである。

 
内閣総力戦研究所という驚くべき存在
毎年師走なると、決まってひも解く 日米開戦に因んだ座右
の名著がある。
昭和16年夏の敗戦」  猪瀬直樹著    中公文庫
・「アジア・太平洋戦争」 吉田 稔著    岩波新書
・「軍事学入門」      別宮暖朗著    ちくま文庫

・「昭和史」         半藤一利著    平凡社
・「あの戦争と日本人」  半藤一利著   文芸春秋
・「図解 太平洋戦争」  後藤壽一監修 西東社
 
●あの忌まわしい12月8日の開戦は、当時 専制権力を持つ
軍部
の独断先行の愚行だとする意見が大勢を占めてきた。

猪瀬さんの 「昭和16年夏の敗戦」によると、当時の内閣が平均年齢
33歳の俊英研究員を官民各層から抜擢して 「内閣総力戦研究所
(所長
は陸軍中将 飯村穰)を組織し、日米戦争の勝敗シュミレーシ
ョンを行つ
たという。

そして開戦よりわずか4ヶ月前に、この内閣総力戦研究所の模擬
内閣が、日
米戦争の日本必敗の結論をだして、それを内閣に提起
したと言う。 にも拘わら、開戦する事になったのは何故か、詳しくは
この本の中にある。
軍部専制の当時、国の要の内閣に、かくも若い英知を結集した戦略
な組織が機能していたという事は、敗れたとはいえ 凄い話だ。
その顛末を、詳しくドキュメントしたのが、猪瀬直樹さんが30代後半に
書いたノン、
フイクションの力作である。

日本の近代史をリカレントするシニアの皆さんにもぜひ
お読みいただ
き、この開戦時の出来事を後世に語り次いでいただきたいと思う

ただ、この著者が,後に東京都知事になって失脚したのが 悔やま
れて
ならない。


        
    
■「師走の歳時記              
●季句  漱石が来て虚子が来て大晦日  正岡子規 
             ともかくも あなた任せの年の暮    小林一茶

●時候  冬将軍、玄冬、冬暁、山眠る 雪明かり、寒夜、冬の暮、風花   

祭事  ・針供養(関西では8日ごろ)  ・事始め(13日)・松迎え(13日)
            ・秩父祭(2日)・義士会(14日)・終天神(25日)・終大師(21日) 
        ・第2次大戦開戦記念日(8日) 終弘法(21日)

●野菜   冬菜 白菜 花キャベツ 葱 大根 蕪 

        果物   柑 冬林檎 晩三吉 柿落葉 
●魚介  鮪 かじき 鰤 寒鯛 甘鯛 寒鯔 むつ ひらめ 河豚 牡蠣   
●草花  寒菊 水仙 冬葵 カトレア 葉牡丹 枯芭蕉
●樹木   冬紅葉 木の葉 落葉 冬木 寒林 枯木

情緒   風邪 湯冷め 咳 雪見 懐手 日向ぼこ
●挨拶   師走の候 寒冷の候 
  
 
   

■「
主な日本内外の行事
  1日 皇太子夫妻長女、愛子さま11歳誕生日
  7日 大雪
 
8日 事納め  針供養
 
8日 ●第2次大戦開戦71回記念日

  9日 皇太子妃雅子さま53歳の誕生日
10日  ●ノーベル賞受賞式
13日 正月事始め すす払い
13日 南京事件から80年

14日 EU首脳会議(ブリュセル)
15日 12月日銀短観

16日 歳の市

21日 冬至 ゆず湯
23日 天皇84歳誕生日 (休日)
28日 餅つき 門松の準備
29日 東証 大納会
31日 大晦日  

 
   
■「主なタイの行事
  5日 前国王誕生日(父の日)
10日 憲法記念日
31日 大晦日 

 

 

 

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■日タイ修好130周年の足跡(3)

2017-11-27 | ●日タイ修好130周年

■■■■■■■■■■■日タイ修好の歩み■■■■■■■■■■■
                 
戦後から、現在まで
●「戦後昭和」は、戦争で敗北した日本の 0から復興への苦衷と再構築
時代であつた。日タイ修好の足跡を振り返ると「史実はミラクル」の言葉
通リ、歴史がもたらす
不思議な結果に驚く。
■「戦後昭和(終戦後から現在まで)
                  (●日本タイの出来事) ・
・1946(昭和21年)●天皇人間宣言         
                           
●極東軍事裁判始まる
                          プーミポン(ラーマ9世)前国王が即位

 

・1947(昭和22年)●日本国憲法が公布去れる、
・1950(昭和25年)  
米国と経済技術協力、相互防衛援助協定を締結、
・1951(昭和26年)●サンフランシスコ平和条約締結(日本の国際社会への復帰)
・               ●日米安全保障条約を締結、

1952(昭和27年)   タイ、日本との国交回復
・1957(昭和32年)   クーデターでポット内閣成立

・1958(昭和33年)   クーデターでサリット内閣成立

タイ国民から絶大な信頼を寄せるタイの前プーミポン国王は、戦後すぐ
1946年、弱冠19歳でラーマ9世として王位についた。
爾来 戦後の極めて厳しいアジア情勢の中で、国威の振興と経済の発展
のために尽くした。タイ国民から絶対的な信頼と敬愛を寄せられていたが、
昨年死去された。

 

● 
人類学者の梅竿忠夫博士は、1957年,大阪市立大学学術調査隊と
して、初のメコン諸国の調査に出かけた。

古都チェンマイを訪れた時には、日本人の在留者は、国連職員の生駒
さんと田中写真館の田中盛之助さんなど わずか3人のみ、しかし戦争中
は、日本軍が、3万人駐屯していたという
それが60年後の現在、ロングステイヤーを含め、約3800人の日本人が
余後の生活をしている。まさに修好の成果といえる。


・1960(昭和35年) ●池田首相、高度経済成長政策を打ち出す。 
・1967(昭和42年)  東南アジア諸国連合[ASEAN]成立
・1969(昭和40年)●日本のテレビ受信台数1269万台、世界一位 

・1970(昭和45年)●日本万国博覧会開催(大阪)
 
・1973(昭和49年)●石油ショック起こる
・1975(昭和50年)ベトナム戦争終結
・1976(昭和51年)●ロッキード事件発覚
              
軍クーデターで、ターニン内閣成立

・1977(昭和52年)    軍クーデターで,クリアンサック内閣成立
・1989(昭和64年)●ベルリンの壁 崩壊 
 
■「平成時代]
・1991(平成3年) ●ソ連邦が消滅を宣言 独立国家連合体CISとして活動開始、
                              クーデターでア―ナン内閣成立、
・1993(平成5年) ●55年体制の崩壊
・1994(平成6年)   タイ、ラオス友好橋開通
・1995(平成7年) ●阪神淡路大震災
・1997(平成9年)   バーツ暴落による通貨危機発生●
               IMF緊急支援要請
・1999(平成11年) バンコク初の都市鉄道(BTS】開通
・2000(平成12年) 
タイ商務省 タイ・ロングステイ推進活動を開始
                タイロングステイ推進活動開始
(NPO・JTIRO)
 
・2001(平成13年) タクシン内閣成立
・2003(平成15年) 
スポーツ観光省新設、ロングステイ業務を観光庁に移管
・2004(平成16年)   スマトラ沖地震による津波被害甚大
・2005(平成17年)  総選挙で愛国党圧勝, 第2次タックシン内閣発足
・2006(平成18年) 反タックシン運動活発化
           
    憲法裁判所、総選挙卯無効宣言
                軍事クーデタータックシンが失脚 スラユット内閣が発足
・             
スワンナプーム新空港開港
・2008(平成20年)●リーマンショック
・2011(平成23年)●東日本大震災   
                インラック氏(タクシン氏の妹)が第28代首相に就任
       
 (当時のタクシン首相)


  
         
・2011(平成23年)  タイ大水害発生工業地帯大被災、
             ●米軍イランから完全撤退 

・2013(平成25年) ●インラック首相来日、安部首相と会談港被災
 


   

                                 暫定首相に就任したプラユット国軍司令官

・2014(平成26年) ●JTIRO主催ASEAN40周年記念催事「チェンマイお茶会」開催
・2014(平成26年)  タイ省庁が、デモ隊の支配下に 下院を解散
・2014(平成26年)   国軍によるクデター、暫定政権が発足                                                  2015(平成27年) ●日本の戦後70年                                                       
・2016(平成28年) ●第3次安倍内閣発足
               
暫定政権による新憲法草案の国民投票、民政化延期
               
日タイ間でバンコク、チェンマイ間の新幹線構想が具体化。
                タイ、プミポン国王死去、ワチラロンコン皇太子が新国王に。
・2017(平成29年) ●日タイ修好130周年

■■(参考資料)■■
■「日本の戦後復興期の全容
              (期間)    (実質平均成長率)
●戦後復興期     1945~55    
9、0%
●高度経済成長期  1956~73    9,2% 

●安定成長期     1974~85       4,0%
●バブル経済期    1986~91     4,9%
●平成不況期     1992~           1,2%(失われた20年、1991~

出所 内閣府経済統計資料) 
■「日本人の海外長期滞在者数ランキング」(平成26年現在)
(順位)    (国名)    (長期滞在数)人
●1位    米国      240,481
●2位    中国      130,687
●3位    
タイ          63,061
●4位    英国           49,683
●5位    豪州            36,494
●6位    シンガポール    33,732
●7位    フランス        30,848
●8位    ドイツ          29,873
●9位    韓国          28,558
●10位   カナダ        23,350

■「
日本の
都道府県別 総生産と世界各国のGDP比較
(順位)(府県名) (県内総生産) (府県とほぼ同じ経済規模の国) 2013年調査
第1位  東京都    91,1兆円   韓国(GDP 89,1兆円)
第2位  大阪府   36,4兆円  イラン

第3位  愛知県   31,6兆円  南アフリカ
第4位  神奈川県  29,8兆円  タイ     

第5位  埼玉県   20,1兆円  香港
●第6位  千葉県   19,0兆円  イスラエル
●第8位  兵庫県   18,3兆円  アイルランド
●第9位  福岡県   18,0兆円  フイリピン(GDP 17,5兆円) 
●第10位 静岡県   15,8兆円  パキスタン(人口1億7千万人)

●第11位 茨城県   11,2兆円  ハンガリー
●第12位 広島県   10,8兆円  クエート
●第13位 京都府    9,4兆円  バングラデシュ(人口1億5億千万人
●第14位 新潟県    8,6兆円
●第15位 宮城県    8,0兆円  モロッコ
(出所 経済産業省)


                                      出所 経済産業省 経済統計資料)2013年

■「日タイ両国に栄光あれ
日タ修好130周年に当り、史実とともに、激動の日タイ修好の足跡を
検証し
てきた。
そこから見えてきた事は、世界の人々の思いやりと手厚い支援で、日本
もタイも大きく飛躍してきた事である。
不思議というよりも、両国の「好運
ひいては「強運」と「」を強く感じる。
なにはさておき、修好130周年を契機に、日タイ両国が協働して、アジア
と世界のために、
限りなく貢献する事を期待したい。        (終)



 

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■日タイ修好130周年の足跡(2)

2017-11-25 | ●日タイ修好130周年

■■■■■■■■■■史実はミラクル■■■■■■■■■■
                                                (日タイ修好条約の締結から敗戦まで)
●日タイ修好130年である。改めて、偉業ともいえる 日タイ両国の修好交流
の足跡をたどりたい。

特筆すべきは、国交が始まった明治年間から、日本の敗戦当時に至るまで、
アジアにおける独立国は、
欧米列強による植民地支配のために、日本とタイ
の2国しかないという  極めて歪な
状況が続いていた。

 
  (明治の銀座通り)               (明治天皇)                   (創業130年の大丸百貨店)

明治時代■ (日本タイ国の出来事)・
1887(明治20年)●東京に電灯が灯る 
                              
日タイ修好条約締結宣言調印、国交開始

・1889(明治22年)●大日本帝国憲法が公布される。
・1890(明治23年)●第1回総選挙       
                           
●第1回帝国議会召集

・1894(明治27年)●日清戦争 敗北の清国は朝鮮国の独立、
・            ●台湾の日本への割譲を認める。
・1897(明治30年)  タイ初の官営鉄道バンコク、アユタヤ間開通
・1902(明治35年)●日英同盟締結(時の日本GDP12億ドル、英国94億ドル)
・1904(明治37年」●日露戦争 (当時の日本は、戦力と国力で勝るロシアに勝利した)
              
メコン右岸をフランスに割譲 

・1905(明治38年)●日本海海戦、日本の勝利、ポーツマス条約調印
・1909(明治39年)  マレー4州を英国に割譲
1910(明治43年)●韓国の併合
   
大正時代■  (●日本●タイ国の出来事
1914(大正 3年   ●第1次世界大戦勃発、連合国がオスマン帝国に宣戦布告

・1917(大正 6年)      タイ第1次世界大戦に参戦
                                      タイの国旗を3色旗に制定

・1910(大正 9年) ●国際連盟の成立(加入)
・1922(大正12年)●関東大震災


昭和終戦
・1931(昭和  6年)●満州事変起きる。
・1932(昭和  7年)●満州国の建国        
                ●5,15事件
・1933(昭和  8年)●国際連盟を脱退
・1936(昭和11年)●2,26事件起きる
・1937(昭和12年)●日中戦争、勃発
・1939(昭和14年)●ノモンハン事件起きる
                 
国家信条で国名を「シャム」から「タイ」
              ●第2次世界大戦 勃発(~1945)
・1940(昭和15年)●日独伊3国同盟を締結
                  英仏日3国と不可侵条約を締結、、
                  仏蘭西と失地変換をめぐる紛争勃発
・1941(昭和16年)●日ソ中立条約締結、
・1942(昭和17年) ●真珠湾功撃、        
                   第2次世界大戦勃発              
                  英米に対し宣戦布告
                  泰緬鉄道の着工
・1945(昭和20年) ●広島、長崎に原子爆弾投下 
                  ●ソ連の参戦 
                 ●ボツダム宣言受諾,終戦
                 ●日本のボッダム宣言受託
                   
宣戦布告無効宣言
 
            (米英露3首脳によるヤルタ会談)    

日本の敗戦とアジアの国々の独立
■「戦後昭和  
・1946(昭和21年)●天皇人間宣言●極東軍事裁判
                 
プーミポン(ラーマ9世)前国王即位
・1947(昭和22年)●日本国憲法が公布、
・1950(昭和25年)        米国と経済技術協力 相互防衛援助協定締結、
・1951(昭和26年)●サンフランシスコ平和条約締結(国際社会への復帰)
                         
日本のお陰でアジアの国々は独立を勝ち取った
■「
アジア諸国の独立
● 戦後私どもは、第2次世界戦争,なかんずく大東亜戦争は、日本が起こ
した侵略戦争だったと教え込まれてきた。
ところが,
ネット情報が、世界から集まるようになって、500年も続いた欧州の
白人国家による世界支配と,人種差別による植民地支配が、日本の大東亜
戦争によって、払拭され、戦後すぐアジアの植民地国が、相次い独立出来
たことが明確になってきた。

         
タイ元首相、クラリックド・プラモー
日本のお蔭で、アジアの多くの国々はすべて独立できた。
日本と言うお母さんは,難産で母体をいためたが、恵まれた子供達は、いま
すくすくと育っている」と、この日 日本は一身を賭して重大決意をした、我々
にとってわすれることのできない日になった
」と語っている。

●日本の終戦を契機にして 冷戦下アジアではフイリピン、ビルマ、インドネ
シア、インドなど欧米の植民地だったアジアの国々の独立が相次いだ。
後に日本は、これを機に盟友関係を深め、ASEANにおける外交でも、貿易
でも 極めて密接な友好関係を加速している

アジアの植民地国は 相次いで独立した
●左の植民地地地図が、全ての国々の独立で、右の地図のように変容す
る事になる全ての国が独立を果すまでには、中には独立戦争も
あったし、
足掛け17年を要した。
   
          (植民地支配当時のアジア地図)                      (戦後、独立後のアジア地図)

 (独立年)         (国名)    (植民地支配国名)
●昭和21年(1946)  フイリピン            米    国
●昭和22年(1947)  インド            英     国
●昭和24年(1948)   ビルマ(ミヤンマー)   英    国
●昭和24年(1948)  インドネシア         オランダ
●昭和28年[1953)   ラオス            フランス
●昭和28年(1953)   カンボジア         フランス
●昭和29年(1954)   ベトナム           フランス
●昭和32年(1957)   マレーシア         英    国
●昭和38年(1963)   シンガポール       英    国  

廃案になった幻の日本分割統治案の真相 
■「サンフランシスコ講和会議
●敗戦から6年たった昭和26年(1951年)9月8日、サンフランシスコ講和
会議が開催され、出席の世界49ヶ国、全員が著名して、日本は晴
れて独
立国となり、世界の仲間入りを果たした。

これによって、日本は、完全に自主独立を果たしたことになる。


■「恐怖の日本4分割案
●このサンフランシスコ講和会議では、その席上、先勝国は、敗戦国の日
本に対し、厳しい賠償と制裁を求め、協議がなされたという。
その時、ソ連から提起されたのが「日本分割占領案」だった。
その概要は、
ソ連支配統治  北海道/東北
米国支配統    関東/中部/関西/沖縄    
●英国支配統治 中国/九州
●中国支配統    四国

 
( セイロン、ジャヤワルダナ大統領) 
■「日本分轄案に断固猛烈反対
スリランカ大統領の感動スピーチが日本分断の危機を救った
●この講和会議に出席していたセイロン(スリランカ)ジャヤワルダナ大統領
は、特別に演説し[ソ連の日本分割統治案には賛同できない]と猛烈に反対
する意見を唱えた。

我々は、アジアの一人として、アジアの共存を唱える日本に畏敬の念を持
っている、また共通の文化を共有している。」
この感動の演説によつて、ソ連の提案は廃案になり、日本の国際復帰への
道が開けたと言はれる。

●またGHQでは、時の主権者マッカーサー元帥が、外務大臣重光葵
の強
い主張である象徴天皇による間接統治案を受け入れた、

像しただけでも、ゾウとするまさに恐怖の日本分割統治計画案といえる

こうして心ある世界の識者の人たちに助けられて、今の日本がある事を、私達
日本人は、決して忘れはならない。
  (連合国軍總司令官マッカーサー将軍)

■「決して忘れてはならない事
●日本国民として決して忘れる事の出来ない恐怖の時事がある。終戦後
7ヶ月後に突然おきた「恐怖の預金封鎖」である。
日本政府は昭和21年2月17日、すべての銀行を封鎖し、個人法人問わず
預金の引き出し制限を実施した。俗に言う「新円の切り替え」である。
旧紙幣の預金は完全封鎖され 世帯主は新円で300円、家族は1人100円
のみ、それ以外の国民資産は、全て切り捨てになり、ほぼゼロになった。
 
     

           (新円交換のために銀行に並ぶ人々)(    ( 紙幣に証紙が張られた新円)

●これは太平洋戦争で積みあがった戦費などの政府債務(政府借金)の
帳消しや、戦後の復興予算の捻出や所得格差の是正のために やらざる
を得なかったと言われている。連合軍の占領下だったこともあり、暴動など
も起こったという情報はない。
しかし戦後すぐの日本は、物資がなく 悪性インフレがはびこり 政府は天文
学的な借金で、国家の予算も組めない最悪の財政状況だった。

後72年がたち、当時を詳しく知るは少ない。
最近では、欧州ギリシャのデフォルト危機の話が耳新しいが、日本国民は、
預金封鎖と極貧に耐え、英知と努力で戦後昭和を切り拓き、世第界3位の
民経済を構築したものと敬服している。
この素晴らしい史実を後世に語り継ぎ、
決して忘れてはなるまい。
の預金封鎖の実証は、まさに日本国民挙げての不戦の証に他ならない。

 
■「改めて自立自存を考えるとき
●終戦から7年後の1952年4月、日本は、サンフランス講和条約の執行で
待望の独立を回復した。その占領状態は、7年間に及んだ。
連合軍の占領政策は、日本を本質的に弱体化し、日本人を徹底的に変質
させる為のものだった。

その主なものを列記すると、ーーーー
憲法制定
・皇室の改革
財閥解体
農地改革
教育制度改革
・家族制度の解体
伝統的な文化の否定など

その結果 自由と言う名のもとに個人主義が台頭し 日本本来の伝統的
風土や家族制度や先祖への敬慕までが軽んじられる様になってしまった


●教育では、日教組の存在が,教育の根幹を変え愛国心を持たない国民
を育む事になった。
振り返れば、これらの政策は占領政策の結果であって改めて憲法はじめ、
自前の政策を決める時期に来ているという声が高くなりつつある。

●英国の著名な歴史家アーノルド・トインビーは、
日本は食うかくわれるかの帝国主義国家時代に、日本の選択肢は一つし
かなかった。それで、明治維新を断行し、近代国家に生まれ変わる事がで
きた。大東亜戦争の批判評価はさまざまだが、植民地支配を解体しアジア
の自立をもたらした事は、十分に評価したい」 と述べている。


21世紀は、アジアとの時代といわれる
激動の世界のさなか、焼土廃墟の中から戦後昭和を立ち上げ、経済と平和
で世界をリードしてきた日本だけに、戦後72年、改めて全ての国民の自覚と
日本の政治の改革が真摯に求められる所以だ。         

これを契機に、日本に生まれてきて良かったと誰もが思える日本に変容して
行かなければと切に願っている。                      
(続く) 

 

 

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■日タイ修好130周年の足跡(1)

2017-11-18 | ●日タイ修好130周年

■■■■■■■■■歴史があるから今がある■■■■■■■■■
                        日タイ修好130年の軌跡

■「日タイ修好130年の意味
日本の今年は,日タイ修好130周年、来年は,明治開国150週年と
栄光の歴史年が続く。 そのせいか、
いま日本のシニアの間で日本や
世界の歴史を学び直す「リカレント」が静かな
ブームである。
その証左か都心の書店では「危機の時代こそ、その答えは日本史に」
標榜する 外交評論家 佐藤優さんの著書「いっきょに学び直す日本
」が、ベストセラーになって
いる。

●先日行われた 衆議院総選挙での与党の圧倒的な勝利を見て、海
外のジャーナ
ルは、「安部首相ひきいる連立与党は、北朝鮮リスクが台
頭するにも拘らず過半数に
議席を伸ばし、憲法改正発議に必要な議席
を確保した」と伝えた。
それを見た評論家の佐藤優さんは、「現存する日本人が、改めて日本
史をひも解く事によって、
これからの日本の危機の時代を、どう切り拓い
ていくべきか、その答えが生まれてくるのでは
ないか」と書き記している。

                                        
■「史実を並列して見る
佐藤優さんの指摘に従い、日本の史実をA軸、タイの史実をB軸とし
並列
表示して歴史の流れを見ていくと、物事の時代背景や 事象の関
係性が よく解って
面白い。

日タイ修好条約は、明治に入り1887年,アジアでは初の外交交易の
締結
となった。 しかし この口火を切ったのは、まだ日本が鎖国状態だ
った1854年に、江戸
幕府が外交圧力に屈して 欧米列強5ヶ国(米国、
英国、仏国、露国、蘭国)と締結
した通商交易条約だった。
勅許をまたずして外国の列強と調印した 幕府井伊大老の独断を非難
する尊王攘夷
の運動は、水戸藩を機にして全国に広まり、とくに 長州
藩では、藩を挙げての政治
運動にまで高まっていった。 

●その尊王派を弾圧した大老 井伊直助の安政の大獄に激怒した尊王
攘夷派
は、桜田門外で井伊大老を刺し、これを契機にして坂本竜馬の
統幕運動がお
きた。
続いて「鳥羽伏見の戦い」や「戊申戦争」など、討幕と開国のための小競
り合い
が続いた。 そしてついに大政奉還が実現する
鎖国状態の中、ぺりー来航後、初の5ケ国修好条約が締結されて 15年
で幕府
が倒れ、明治政府が誕生し、日本の近代化が始まる事になる。
それからわずか16年後には、日タイ修好条約が締結されたことになる。
  
●タイを研究する識者によると、
・約600年前には、琉球との間で朱印船による民間貿易が頻繁にあった
こと、・タイのアユタヤでは、1604年当時、日本人町が形成され1500人
の日本人がいたという事など、
日本とタイの関係は意外と旧いという事が
明確になってきた。

●なにはさておき、空路も電話もパソコンもなかった時代に当時の人々
が、よくぞ遠い異国との交易を始めたものと、その先取性に、ただただ頭
が下
がる思いだ。
●ふりかえればこの130年は、世界にとっても、アジアにとっても、日本
にとっても、
まさに激動の1世紀だった。 特に明治から大正、昭和への
移り変わりは、明治
維新開国後、急速に進歩する世界の近代化の中に
あって、第1次、第2次の世
界大戦をはさんで特別の時代だったと言って
いい。

 
■「鎖国から開国へ,激動の足跡
■(江戸時代/鎖国
 (年次)         日本の出来事)   (年度)     (タイの出来事)  ・
・1603(慶長03年)●徳川家康、江戸幕府を開く    
1612                     山田長政が朱印船でアユッタヤへ
・1614(慶長19年)●大阪冬の陣 
1630                                           長政ナコーンシータマラートで死去
・1633(寛永10年)●第1次鎖国令      
・1635(寛永12年)●参勤交代制確立
・1639(寛永16年)●鎖国制完成
1641(寛永18年)●オランダ商館を長崎出島に移す
・1656                    ナーラーイ王即位 
・1687                    フランス使節団がバンコクを占拠
・1702(元禄2年) ●赤穂浪士吉良を討つ
1778(安永7年)  ロシア船来航、通商要求
・1767                    ビルマによりアユタヤ陥落 
・1779(安永8年)) ●松前藩ロシア船要求拒否
1768                    タークシン王即位,トンブリ朝成立
・1782                    タークシン王処刑、
・1782                    チャックリーが即
1782                    ラーマ一世が即位
・1785                    ビルマ軍、タイを再攻撃
・1792(寛政4年) ラクスマン、根室に来航、通商要求
・1804(文化4年) レザノフ長崎に来航          
・1809                    ラーマ2世即位
・1816(文化13年英国船琉球に来航、貿易を要求
・1822(文政5年) 英国船浦賀に来航飲料水を求む
                                  中国華僑,  タイへの移住(203万人
・1825(文政8年) ●幕府諸異国船の打払指示
・1824                      ラーマ3世即位
・1836(天保7年) ロシア船 択捉に来航
・1844(弘化1年)オランダ国王の親書届く
・1853(嘉永3年) ペリー来航開国迫る
・1853                    ラーマ4世即位
・1856(安政3年) 米国ハリス、下田に来航
・1858(安政5年) ●日米、日英、日露、日蘭和親条約を締結
・1856(安政5年)●日米修好通商条約に調印 
  
19世紀初頭の東南アジア情勢は、どうだったか
日本は江戸幕府、鎖国さなか産業革命を得て、力をつけた欧米諸国は、
大量生産時代に入り、新しい
市場を求めて、積極的に海外に乗り出して
来るようになった。

●日本では、1808年にオランダ船が長崎に、1811年には樺太サハリン
や択捉
をロシア船が攻撃している。1837年にはアメリカ商船が、時の長
崎奉行の異
国船打払令で撃退されている。

●同じころ1824年、タイの隣国ビルマは、英国と戦い敗れて ビルマは
英国の
植民地になった。 それを見たタイは、いち早く英国と通商の自由
化をするが、
英国とは、「不平等な治外法権」や、「完全自由権の撤廃」な
どを強いる不平等
条約を結ぶことになる。

●時のタイの国王モンクットは、危機を読み取り 当時タイが宗主国だった
カンボ
ジアとラオスをライバルのフランスに渡し、英国と仏国の中立地帯を
確保して
国体を守ったといわれる、先進の英国の知識を取り入れるために、
英国女性の
家庭教師を雇った伝記「王様と私](アンナとシャム王)は、映
画化されたことでも
知られる。

●この頃の東南アジアは、タイを除くほぼ全ての国が、欧米の列強国の植
民地になっ
たが、ただタイのみ、時の国王の優れた才覚と外交力によって、
欧米列強の
魔手から逃れ、厳然と自立を保ってきた。
今もタイの王室が、国民から格別の敬
愛を受ける理由がうなずける、今も
世界の
外交史に残る特異な史実と言われる所以である。

 
■「
鎖国から開国へ,激動の足跡2)

1858[安政7年)●井伊直弼が幕府の大老に就任、
                    米英仏露蘭5ヶ国と修好条約を結結

・1859(安政8年)●安政の大獄
・1860[安政9年) ●勝海舟訪米使節団、咸臨丸で訪米、
                     日米修好通商条約の批准書交換

・1860(万延1年)●桜田門外の変
・1862(文久2年)●坂下門外の変、
                    ●生麦事件

・1863(文久3年)薩英戦争       カンボジアのフランス保護国化決定
・1864(元治1年)4国連合艦隊、下関を攻撃 
                 ●第1次長州征伐

1865(慶応1年)●第2次長州征伐   
                 ●条約を勅許にする   

・1866(慶応2年)●薩摩と長州が連合して薩長連合を結成 統幕を進める、
             ●家茂が死去、徳川慶喜が第15代将軍になる
・1867(慶応3年)●大政奉還 
               ●5ヶ条のご誓文
                     ●王政復古
                 ●国交樹立

・1868(慶応4年 ●江戸城開場 
                        ●戊辰戦争  

 

●勅許をまたずしての条約調印は、無効だという、井伊直弼大老の独断
専攻を非難する尊王攘夷運動が、水戸藩から全国に広まっていった。
また長州藩で
は、藩を挙げて統幕運動が 一気に高まって行く。 


●その尊王攘夷運動を弾圧した大老井伊直助のいわゆる「安政の大獄」
反発した尊王攘夷派の人々は、遂に桜田門外で井伊大老を刺す。
そして、これ契機にして、坂本竜馬など勤皇の志士が主導す統幕運動が
全国
的に高まっていく。因みに当時の日本の人口は約2000万人だった。

●これにより「鳥羽伏見の戦い」や「戊申戦争」など、討幕と開国のための
小競り
合いが続くが、遂に幕府の大政奉還、王制復古が実現する。
そうして、いよいよ
日本の近代化が始まる。
  

■「鎖国から開国へ,激動の足跡
  (明治時代)    (日本国の出来事)   タイ国の出来事          ・

・1868(明治元年)●明治と改元 
             ●明治天皇が即位   ラーマ5世即位   
・1869(明治2年) ●江戸を東京と改称
               ●四民平等 

・1871(明治4年) ●廃藩置県3府72県に統合
・1871(明治4年) ●郵便制度始まる
                      
●大久保利通ら欧米視察団
・1872(明治5年) ●義務教育の学制小学校
                 ●電信東京ー大阪開通
              ●太陽暦を採用

・1873(明治6年) ●徴兵令
                    ●地租税(3%)公布

               ●西郷隆盛が征韓論を主張
・1874(明治7年) ●藩閥政治の不満から板垣退助が民選議院制度を建議
             (自由民権運動)

1877(明治10年)●西郷隆盛、西南戦争起こす

・1881(明治14年)●国会開設の詔(1890年議会開催を予定)
・1882(明治15年)●大隅重信が立憲改進党を結成
・1884(明治17年)●鹿鳴館で舞踏会が盛ん
・1885(明治18年)●内閣制度が確立伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任
1887(明治20年)●東京に電灯がともる 
・1887(      :     )                               
日タイ修好条約締結宣言調印国交開始 

■「歴史があるから今がある
●鎖国状態の中、ぺりー来航後 初の5ケ国修好条約が締結されてから
わずか
15年で幕府が倒れ、明治政府が誕生する。そして日本の近代化
が始まる。 
それからわずか16年後には日タイ修好が始まる事になる。
新しいアジアのスタート
である。

日タイ修好130年の修好は、日本国とタイ国が、公式に修好通商条約
を締
結する事で始まる。
130年前の1887年9月26日、時のタイ王国の外相 テーワオン
親王が、
英国ビクトリア女王の「即位50周年式典の帰路に来日し、「修好通商に

する日本国タイ国間の宣言」に調印、日タイの外交が公式に始まる。

1996年に時の日本の首相大隈重信は、外交拡張政策の一環としてバン
コク
に公使館を設置し、初代公使に稲垣満次郎が任命され、公式に国交が
始まる。
首都東京に、日本で初めて電灯が灯った年に、日本とタイの交易が公式に
始まったという事は、なんといしても、凄いの一語に尽きる。

●「歴史があるから今がある」
どうあれ、先人が築いた130年に及ぶ輝かしき足跡を大切にしたい。
次回からは 明治、大正、昭和、平成と、2つの世界大戦を挟んで日タイ両国
が、どのように協働してきたか。つぶさに見ていきたい。       
(続く)

  

 

 

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■チェンマイ慕情(6)

2017-11-08 | ●チェンマイ慕情

■■■チェンマイ慕情 (6)■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

タイの観光戦略
●古都チェンマイの秋は,「灯篭流し」の行事で始まる。
4月の「ソンクラン」(水かけ祭り)と並ぶチェンマイの2大イベントである。 観光
先進国として世界に誇るタイの目玉的なお祭りで、チェンマイ挙げて観光で賑
わう。
 

●タイはもともと農業国だったが、第2次世界大戦後のタイ経済は 政府策定の
経済開発計画によって強力に進められてきた。中でも地勢を生かした観光産業
は、1970年以降、国策として飛躍的に伸展した。

その結果、1
970年以降40年間に工業国に変容し、急速に経済成長を遂げる事
になったが、観光分野では、
国内外の民間資本を呼びこんで、 リゾートやホテル
の開発に務め、1982年には、
主力の米輸出を抜いて外貨獲得の最上位になった。 
そしてタイの年間観光客数は、2015年
には3000万人を超え、いまや 世界有数の
観光大国に躍り出た。

●そのタイの国際観光の魅力は、極めて多彩である。
・歴史的な仏教寺院などの文化遺産、
・宮廷料理から屋台料理に至るバラエティにとんだタイ料理、
・伝統的なタイのリラクリゼイション、マッサージやスパ
・シルクや陶器や民芸など、伝統的なブランドの商品
・特にアジアに冠たる世界的な山岳リゾートホテルの存在、
そしてその魅力のほとんどが、チェンマイを中心に存在する事に注目したい。

■「山岳リゾートの趣き
●あくまで私見だが、タイ北部地方にある古都チェンマイの、観光の最たる象
徴といえるのが、世界的な山岳リゾートの存在である。
私も当初は、なぜこんな立派な山岳リゾートが、チェンマイにあるのか、目を疑
ったほどである
日本のリゾートとは、全くスケールが違う。
1泊10万円を超えるチェンマイの山岳
リゾートにたれが泊まるのか、果たしてこ
の広大なリゾートの経営が成り立つのか、大いに訝った
ものである。

 

(フォーシーズンズ)

●まず数多くある チェンマイの山岳リゾートのなかから 「フォーシーズンズ」と
ビェランダハイリゾートチェンマイ」をご紹介しよう。
私も去る15年ほど前に初めて、ここを訪れたことがある、後に4回ほど訪ねたが、
いまだ泊まった事はない。ロケーションを見て食事をするににとどまる。大自然
と伝統美の調和が素晴らしい。  
しかし泊まるには、高すぎて手が出ない、因
みに平均1泊10万円から20万円である。

●顧客は、タイや欧州や中近東の富裕層の長期保養の人たちだという。
タイは、徹底した階級社会、タイのお金持ちといえば、日本とケタ違い超ド級の
人たちが多い。タイには相続税がないので、親譲りの金満家でが多い。羨まし
い限りである。中には、前のタクシン首相のように海外の著名なサッカーチーム
を持つオナーもいる。 
チェンマイは、街全体が標高約4百m。日本の軽井沢と同じ趣である。バンコク
は、どこえ行っても人、人、人、年中暑い。
前にもご紹介したが、現役のビジネスオーナーは、週末、自家用ゼットヘリで、
暑いバンコクをさけて、チェンマイの山岳リゾートで週末を過ごすという。
チェンマイのリゾートの存在を知ってから、タイ国の観光に対する私の理解が、
全く変わったのは事実だ。
  
●「観光」には本来、物見雄山的な概念があり、いささか贅沢で特別なものだっ
た。それが戦後の日本では、所得の中層化が進み、観光の大衆化が進んだ。
海外旅行は、その最たる現象と言っていい。海外ロングステイも本質は異なるが,
形態はその一端といえるかもしれない。 ただここにきて検証すると 「観光」を
ここまで大衆化したのは、「情報」の力が大きかったと認識している。。

  

■「ロングステイは観光ではない
●日本におけるタイロングスティの業務は、もともとタイ商務省の貿易センター
が担ってきたが、2003年のタクシン政権の登場で、スポーツ観光省が発足し、
外局の観光庁(TAT)に業務が移管された。
ロングステイは、観光の範疇であると認識されたうえでの業務移管だった。

●タイ観光庁の日本
事務所は、東京と大阪にあり、日本を二分してタイ観光の
広報や海外旅行の促進業務、旅行企業とのコンタクト、加えてタイロングステイ
の広報促進を担当することになった。

●私達が2000年に立ち上げたNPO・JTIROは、当初タイ国商務省貿易センタ
ーと日本初のタイ・ロングスティのプロモーションを協働したが、その後業務移管
に伴い2003年からは、タイ観光庁と協働することになった。

●その時、タイ観光庁が打ち出したタイロングスティの利点は
日本の約3分の1の生活費で暮らせる
。(夫婦で月額平均15万円)
・どの国よりも手軽なロングスティ査証取得条件(例、80万バーツの銀行預金証明
・チェンマイの環境のよさ、
だった。
参考資料「国別・ロングスティ査証取得条件一覧
(国名)    (ロングステイ査証名)              (主な取得条件)
タイ     「ロングステイ・ビザ  」      80万BT(約280万円)の預金証明
・マレーシア 「長期滞在ビザMM2H]  約1650万円の財産証明(期間10年)
・豪州     「投資退職者ビザ405     75万豪ドル〈約6600万円)と
                            年間50、000豪ドルの不労所得

  
●タイロングステイは、参加条件の魅力と、タイで生活経験のある定年者が加
わった事もあり、参加者数は好調に推移し、2006年のチェンマイ滞在者数は、
6年間で約2000人に達した。

それ以降ロングスティ滞在者が急速に伸びたのは、携帯電話やスマホの出現
による情報通信の普及や、2008年以降の 700万人を超える 団塊世代の一斉
退職が好影響したと想定される。
  

■「
チェンマイ在住日本人の足跡
」(参考資料)
 (年次)         (在住人口)人           (備考)       

平成12年(2000)          タイ政府商務省ロングステイ開始         
・平成13年(2001)
・平成14年(2002)    
・平成15年(2003)          ●タイ観光庁ロングステイ(業務移管)
・平成16年(2004)
・平成17年(2005)      
・平成18年(2006)  1,965人●クーデター)

・平成19年(2007)  1,733              ●日本、民主党政権
・平成20年(2008)  1,970  ●空港占拠騒動  ●           ;
・平成21年(2009)  2,247                 ●           ;
・平成22年(2010)  2,407    ●団塊世代700万人の定年退職
・平成23年(2011)  2,616  タイ大水害発生)
・平成24年(2012)  3,573
・平成25年(2013)  3,867   
・平成26年(2014)  3,843  ●国軍クーデター)ロングステイ減少始まる
・平成27年(2015)  3,733 (-  2,9
・平成28年(2016)  3,318 -11,1

(出所:日本外務省、「海外在留邦人数調査統計」)

 

●私どもは、社会貢献事業に携わる立場から、海外ロングステイを、観光では
なく「老後の海外生活」として、広報し催行するよう常に観光庁に要請してきた。
たとえば長期に及ぶ海外生活滞在の場合、自己責任とはいえ予期しない現地
での病魔の危惧もあるし、年を取れば介護の手配も必要になる


私どもは当初から、タイ観光庁に「海外ロングステイ」は、観光ではなく、これは
「定年後シニアの海外生活」という視点で、広報とプロモーションをして欲しいと
いい続けてきたが、国情の違いからか、なかなか理解が及ばなかった。

いまチェンマイでは、3800人の日本人ロングスティヤーのなかで、30人近い
孤独死が出たり、高齢化による介護者が増えているという厳しい現実がある。

にも拘らず、今年もタイ観光庁主催・ロ ングステイ財団の共催による、チェンマイ
ロングステイをプロモーションするフーォラムが、
日本からの定年後シニア参加者
を集めて、チェンマイのホテルで華やかに開催された。

今年は盛況とはいかず40人程度の参加だったようだが「チェンマイロングスティ」
の二律背反的な厳しい実情を知る私どもからすると、非常に心が痛む。

   

●先日も知り合いのシニアの方から問い合わせの電話をもらった。
最近、「定年後の楽園の見つけ方、海外移住性向のヒント」太田尚樹著 新潮
新書刊 を読んで、以前 行ったことのあるチェンマイでロングステイしたいが、
最近のチェンマイ事情を 伺いたいとの事だった。
この方は、パソコンをやらないので、私のこのブログを読んでいないという事な
ので、一部をコピーして送ることにした。

私は 「あくまで日本に生活の本拠を残して、1年程度を限度に出かけてきて欲
しい。日本より安い暮らしのロングステイを目的に行くのなら、やめたほうがいい。
タイは、急速な経済成長によって、物価が上がり、いうほど安くない。
行くのであれば、ちょっと贅沢で、貴重なチェンマイでの海外ロングスティを体験
してきて欲しい。 3年前のタイとは相当変わったことを前提に出かけるように」 と
伝えた。
  
日本の定年後シニアのライフスタイルを変えたい。 タイをはじめアジアの実情を
日本のシニアに体験して欲しい。

そんな熱い熱い思いで取り組んだ「シニアのための海外ロングステイ・プロジェクト」
だったが 壁は極
めて厚かった。しかし貴重な体験だった。
海外ロングステイを通じて、多くの人達との
出会いがあった。そして多くの方々にお
世話になった。
チェンマイやアジア事情についても深く知る事ができた。

この17年間で大きく変化した事は、内外の情報と通信事情だろう。それに伴い
内外
の人々の交流が頻繁になり、いまタイが大きく変ろうとしている。
しかし古都チェンマイだけは、いつまでも変わらないで欲しいと願っている。             
                                          (まだまだ続く)

 

 

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