■■日タイ&アジアの新潮流を探る■■( 日タイ國際コミュ二ィティ情報サイト Jtiro●Jpn )

■■21世紀はアジアとの時代■■ ( COPYLIGHT 2016(C) Jtiro●Jpn )

■人生90年、シニアの生き方'(1)

2016-09-24 | ●時代のキーワード

■■■■  生90年時代をどう生きるか(1)  ■■■■                                                                    
                                               

■【ハッピ―老人か下流老人か
●高齢者が3350万人、日本は,世界で も例を見ない 超高齢国家である。
予測していたとはいえ,様々な社会的な歪や現象が、一挙に この国を
襲い
つつつある。

そして、中間層が多かった高齢者社会が変容し、あっと言う間に貧困層が
跋扈
して、下流老人などという芳しくない言葉がマスコミを賑わし、高齢者
の格差問
題が噴出してきた。
戦後70年をかけ,豊かさを目指して来た日本が、貧困と格差という救いが

い社会問題に,いま直面している。

■[経済誌の表題が語る高齢者社会の現実
都心の書店を覗くと、シニアの目を引く表題の経済誌が、ところ狭しと並ぶ。
この雑誌の表題は、シニア問題の今を明確に伝える役割を果たすと言われる。



・「破綻夫婦、安泰夫婦」日経OFF 10月号
・「富裕層のカネと知恵」 二極化する富裕層激変(週刊ダイヤモンド10/20号)
・「金持ち夫婦,ビンボー夫婦2016」年収300万でも超リッチ(PRESIDENT9/12号)
・「納得のいく死に方、医者との付き合い方」(週刊東洋経済9./24号)

・「どう生きますか、逝きますか」(週間ダイヤモンド 8/06号)
・【実家の大問題】 空き家、かたずけ、相続まで (週刊ダイヤモンド 8/20号)
・[下流老人VSハッピ―老人「お金に困らない生き方] (PRESIDENT 6/13号)
・「金持ち父さんのマナー入門」一目置かれる人、バカにされる人(PRESIDENT)

いま経済誌は、書籍同様、発行日が過ぎても、タイトルで売れるという。
高齢者の消費が、年間100兆円とその凄さを書き立てたのも、つい最近
の事である。
「あなたは下流老人か、それともハピー老人か」、経済環境の移や、豊富
な経済データを駆使して、その真髄に切り込んでいく。
そして、日本を代表する経済誌が、臆面もなく度胆を抜くようようなタイトル
で、日本の
高齢者シニアの生活の現実に迫る。


●経済誌が、本来の読者領域を広げて、定年者シニアに、読者層の裾野を
広げていく所以だ。さすが頭がいい。
聞くところでは、完売どころか、時には、増刷もあるという。

■「日本の高齢者像の実態
■平成26年10月現在(万人)
(項目)      (総数)   (男性)  (女性)
総人口        12708   6180   6528
高齢者人口     3300  1423    1877
(齢者内訳)
65~74歳人口     1708     810   898
75歳以上人口   1592     612   979

●そこで、日本の高齢化について見るみるとと、ーーーーーーーー
1950年は、総人口のわずか5%だった
・1970年には7%
・1994年には14%を超える。
・2014年には26%
・ついに65年前の5倍を超えた。

 

■「高齢者の公的年金の実情
●高齢者の老後の生活で、一番大事なのが公的年金である。
いま、日本では、国内に住む20歳以上に国民が全員加入する
【国民年金(基礎年金)】とサラリーマンや、公務員が加入する「厚生年金」の
2つに分かれている。


その年金の平均的な支給額は(平成28年の新規裁定者の事例)
・国民年金(自営業やフリーターなどの方がもらえる)1人月額  6万5008円
・厚生年金(サラリーマンや公務員など)      夫婦2人月額 22万1507円 
                                                    (20歳から40年間保険料を払う)
 
■「厚生年金の受給者人数と金額別区分の概要」(参考資料)
(分類/年金月額)       (総数)人          (男子)        (女子)  
●1~    5万円迄    422,487    141,676     280,811

●5~ 10万円迄  3,512,589  1,147,451  2,365,138
●10~15万円迄  4,471,923  2,550,078  1,921,845
●15~20万円迄  4,104,310  3,728,841    375,469
●20~25万円迄  2,485,873  2,416,424     69,449
●25~30万円迄    398,669    393,905      4,764
●30万円~         26,163     25,765        398  
 (合     計)  15,422,014人  

 (平均年金月額)    144,886円   165,450円   102,252円
(出所 厚生労働省 平成26年厚生年金保険事業の概要)

●厚生年金受給額は、20歳から60歳までの40年間、その間の給与支給額に
よる
厚生年金保険料の総掛金額により、年金支給額が決まる、

●日本の年金事情の概要 (平成28年1月現在 厚労省)
・国民年金 加入者 1742万人(
受給額 1人月 5万4000円)
・厚生年金 加入者 3599万人(受給額 1人月14万7000円 平均額)
・国の年金支給総額 約 54兆円
・国の年金積立残額 約134兆円・
・国の年金債務残高 1500兆円
・高齢者世帯数     75万9000世帯
・生活保護世帯数    161万世帯
・国民医療費        70兆円
・高齢者の一人暮らし168、5万人(6人に1人)

 
●日本の年金は、日本年金機構が管理し年金積立金管理運用独立行政法人

(GPIF)が、資金の効率的な運用にあたっている。しかし、高齢化による年金
支給者が増大、年金破綻の危惧がささやかれはじめた

●しかし、定年高齢者の増大で、年金財政の危惧が、取沙汰されるようになっ
てきた。
かって民主党政権下で、「100年安全年金」といわれた日本の年金も、
国民年
金の積立率が50%に満たないことがわかり、一度に年金不安が広ま
った。
高齢者人口が、急速に増えることによって、貯蓄がなく、年金だけで生活する
高齢者が、3割を超すという事もわかってきた。それによって一挙に下流老人
の話が、真実味を帯びて来る。
    、
そこに、安倍政権の景気浮揚策としての追加予算で、所得税を納めない貧困
高齢者
 1000万人に1万5千円の無償給付をする事が決まった。      

●日本の高齢者3300万人のうちの1000万人、ほぼ3,3人に1人が、所得税を
払わない、少なくとも年収180万円以下の貧困層であることが、わかってきた。
毎日、家や巷のあちこちで出会う高齢者の約3人に1人が、貧鉱者とは、
同じ日本人として、高齢者として、まさに意外というか、青天霹靂の事実に直面
することになる。

最近の新聞論調によると、急速な高齢化と、長引く景気低迷で、日本の高齢
者の約9割は、下流老人になるという。政府の1000万人高齢貧困者への支給
報道で、高齢者社会の格差問題が浮き彫りになって来た。
次回は、社会保障と介
護と医療の問題、同時に、いま問題の大都市からの移住問題と海外ロングスティ
について、検証したい。                              
(続く)

 

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■日タイ仏教事情

2016-09-18 | ●タイ国情勢

SPECIAL特集
●21日
は、お彼岸の日である、ほとんどの家庭では、お先祖のお墓や菩提寺
にお参りして、供養する。
今日は お彼岸の日に因んで、仏教王国タイと日本の最新の仏教事情を特集
する。
■■■■■■■■■タイ仏教事情■■■■■■■■■

■「タイの仏教と僧侶
●タイと日本は、130年来の古くからの友好国であり、また同じ王国である。
しかもおなじ仏教国でもある。 そしてお寺が多い国として、世界的に知られて
いる。  
しかしタイの仏教は、日本と異なり  国民のほぼ93%が信者を占める
国教と
いうにふさわしい存在である。

●タイにはおよそ3万の仏教寺院と約40万人の僧侶がいる。彼らは「サンガ」
という
部教集団に属し、高僧も修行僧層も   すべて同じ木綿の黄衣をまとい、
厳しい戒律
のもとに、日々の修行に明け暮れている。  20歳までの修行僧は
「沙弥」(ネーン)と
呼ばれ10戒を守って修行する。

 
まとう黄衣は、還俗まで脱ぐ事は許されないという。そして20歳を超える出家
僧は、「比丘」
(プラ)と呼ばれ、227 にも及ぶ厳しい戒律すべてを守ることが
求めれれる。
●タイの仏教は、上座仏教(テーラワーダ)といい、 はるか スコータイ時代に
インドから
スリランカ、ビルマを経由して伝わったとされる。

日本の仏教の伝来は 1世紀ごろインドから中国に伝わり、その後儒教や道教
の影
響を受けながら、変容して「中国化」した大乗仏教画、朝鮮の百済を経由
して日本
へ渡来したと言われる。

 

■「仏教の信者、 国別ランキング
(順位)、 (国名)   (信者数)万人  (人口比)%
1位   中国      24,412    18,2
2位   タイ         6、442      93,2  
3位   日本         4,581      36,2 
4位   ミヤンマー      3,842      80,1
5位   スリリランカ    1,446      69,3
6位   ベトナム      1,441    16,4
7位   カンボジア      1,370    96,9
8位   韓国       1,103    22,9
9位   インド                 980        0,8
10位  マレーシア     
 503      17 ,7
11位  台湾              495      21,3
12位  ラオス             409     66,0
13位  米国                 373      1,2
14位  ネパール                9     33,9、
(出所 Pew Resrch Center 2014)  

■「価値ある出家とは
●タイの社会では、古くから男子は出家して初めて  1人前として認められるし
きたりがある。 
タイの人々にとって、出家する事は、最大の功徳であり、家族に
とっても 自分の息子を
出家させることは、世間に対して大きな功徳を積むこと
なると信じられてきた。

タイ仏教では、尼僧は認められていないが、修道院で白衣を着て修行生活を
送る女性
の修行僧「メーチー」が増えている。最近では「尼僧サンガ」を求める
運動もあるという。、

「タイの人たちにとって出家とは、どういうものなのか」
「タイの人たちは、なぜ出家するのか」
同じ仏教国の日本人にとって、大変興味ある課題である。

  

■「梅竿忠夫博士の実感
●梅竿忠夫博士の著書「東南アジア紀行」(中公文庫)は、今をさる約55年前
に、
学術調査隊を引きいて、メコン諸国を陸路調査した紀行文だが、 その中
にも
「山上の聖地」「お墓はない」「国民皆僧」の各項に、タイ仏教の国民皆僧
ぶりが
驚きの中に、鮮やかに紹介されている。

●中でも、高僧のお葬式に出あったくだりでは、大きな楽隊を配した極めて賑
やかな葬式の行
列にタイらしさを見出だした驚きの様子が見事に記されている。
特にタイには、日本と違いお寺の檀家や檀徒がないこと。 しかもタイには お墓
がない事が
、興味深く紹介されている。

  

■「日本のお寺の現実
●日本にはお墓があり、お寺は檀家としてのつながりで、関係を維持しながら、
寺の経営を維持してきた経緯がある、

因みに、2014年の調査では、日本には7万5900のお寺があり、住職の数は、
9万3千人いる。
中でも愛知県が5,145で1位

大阪府が2位、
兵庫県が3位、
京都府が4位、
滋賀県が5位 
京都府が6位と
関西が主勢を
占めている。

しかし日本の仏教は、今では「葬式仏教」と批判されているが、その上、都市への
人口流失によって、
檀家が減少しお寺の経営難が指摘されている。しかも後継者
の僧侶がいないお寺が多いという。
お寺離れと、仏教離れが、現実の問題になっ
てきた。


■「世界の宗教の信者シエア別ランキング】
(順位) (宗教名)   (世界人口比率)
1位   未リスト教          31,5%
2位   イスラム教        23,2
3位   無宗教                16,3
4位   ヒンズ―教         15,0
5位   仏   教             7,1

■「タンブン(寄託行為)」
●タイの早朝、町の随所で見かけるタンブンは、日本人観光客にとって、珍しい
風景の一つだ。
タイの人たち、特に在家信者は、タンブン(寄託、寄付行為)を積
み重ねる事によって、来世
では、ますます幸せになる、いわゆる輪廻転生を信じ
ており、毎朝、おとずれる僧侶に托鉢
を怠らない。
タイの人たちの主な寄託行為とはーーーーーーー
・お寺に寄付する
・僧侶に托鉢する。
・自分自身が出家する。
・息子を出家させる。
・魚や小鳥を逃がす。
・仏教の五戒(殺生しない、盗まない、犯さない、嘘をつかない、酒を飲まない)
を守る。

●自制と人のためを思う、平和共存を求めた素晴らしい行為だと思う。
チェンマイなどを訪れて、まず、ほっとする街の感触とは、このようなタイの人達
が醸しだす
優しさからきていると判って来た、、そして托鉢などに出会うと、正直
いま、日本に失われ
ちゅつあるものに出会ったような気がして、ほっとし感動す
るのである。これも奥深いタイの
大きな魅力の一つだろう。、

 
  
■「タンブンとNPO
●日本の社会貢献活動を推進するためにNPO(特定非営利活動法人)法案が
制定されて、既に17年がたつ。
もとはといえば、
神戸淡路大震災におけるボランチア活動から、法制化が発案
された。
そのモデルは米国のNPO(社会貢献活動、社会ボランチア活動)が元
になつている、

●学説によると、その米国のNPOの発想の原点は、タイの寄託行為(タンブン)

起因するという。 
今をさる約55年前、ベトナム戦争のときに従軍した米国兵が、
戦闘後一時的に帰休した
のが、隣国タイ北部の古都チェンマイ、そこで毎日の様
に出会ったのが、今も変わらぬタンブンの風景だった。
穏やかでのどかに分かち合うタイ仏教の寄託行為に出会っていたく感動し、彼ら
の一部の人たちが帰国後、米国で、
ボラティア活動を立ち上げ、のちにNPOに
なったと聞いている。こんな素晴らしい話は、もう少し
喧伝されてしかるべきだと思
い、敢て紹介させていただいた次第。、

タイの人々の心に潜む優しさ、それが齎されたとされる国民皆僧の伝統的な文化
のしきたり、
欲望と混濁の世の中にあって、その揺るがない国を挙げてのタイの伝
統仏教のあり方に、敬服するのみである


 

■「仏教、王制、そして国家
●ただ、成熟化したかに見える中進国タイだが、仏教、王制、そして国家に替わる
社会制度が築かれたどうか、いま問われている。

タイに詳しい北海道大学大学院 桜井義秀教授は、最近の著書の中で、次のよう
に述べている。
国王は明示的意思表示を控えており、国王に忠誠を尽くし
国家を守る軍が直接
政治に介入することにも無理がある。仏教は、徳や善き行いを説くが、政治批判の
域を超えない。社会を形作つて来た
制度の限界が見えてきたこれからが21世紀
タイの正念場である」

●タイの国民にとっても、日本にとっても、ASEAN にとっても、一日も早い タイの
政情の民主化が待たれる所以だ。

 

 

 

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■タイの国名の由緒

2016-09-16 | ●タイ国政府情報

[Requesut]
●当ブログの読者から、タイの国名の由来について質問が寄せられた。


■■■■■■■■■■[タイ国名の由来■■■■■■■■■■

国名の伝説的由来
●国の名前には、驚きの秘密と、歴史が隠されているとよく言われる。
このブログでも、今まで何度か読者からの要望で、タイの国名の由来
を取り上げてきた経緯がある。
 

●特にタイの国を構成するタイ族の出目(起源)については、既に多く
の学者が取組み、大体わかって来たが、それでも大陸の陸続きのた
に今の中国南部,雲南あたりからの移動説が多数を占める。

●タイ民族は、一説によれば6,7世紀ごろ中国南部から南下し 現在の
地に来たと言われる。
そして13世紀にチェンマイで始まったランナー王国が、スコータイ王朝
を併合し、14世紀後半に始まったのがアユタヤ王朝である、

●この頃、日本との貿易も盛んになり、「アユタヤの侍」と言われた山田
長政が、縦横の活躍をしたという うれしい伝説もある。
後にビルマのタウングー朝の支配下になったが、20世紀初めにシャム
(タイ王国の前身)として、中央集権国家に統一される

 

■「シャムからタイに
●タイの識者に聞くと、
それまでの国の公式名称は「シャム」(サイヤーム)
だった。こ
の国名が「タイ」に変わったのは、第2次世界大戦後の1939年
の事
である。「タイ」は古代中国語の立派で大きい「」を表し、タイ語では、
自由」を意味するという。

このことは、去る8月15日のJTIROブログ「日タイ修好の歩み(2)「アジアの
独立」の中でも、タイの国名変更にについて触れているので、ぜひご覧いた
だきたい。

   

●タイの正式名は、「タイ王国」である。
人口は約6600万人、日本の半分である。
国土は約51万Km2、日本の約
1,4倍、 国の形は象に似ていると言わ
れる。
  

●首都はバンコク、一般的に「クルンテープ」(天使の都]といはれ、人口は
約830万人、全国の15%の人たちが首都バンコクに集まる。
東京同様一極集中の世界的な大都市である。気候は、総じて常夏である
 
そして、国のシンボルである国旗「3色旗」は、国名が変わる約22年前の
1917年タイが第1次世界大戦に参加した年に、正式に制定され現在に至る

 

国民はこぞって国王を崇拝する。どの家庭にも国王の写真がある。国王
誕生日の12月5日は、国を挙げて国王の弥栄を祝う。 国民は、こぞって心
やさしい国民性の持ち主である。

参考文献)
石井米雄著 「タイ近世史研究序説」 
林  行夫著  「タイを知るための72章」の中より。

 

 

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■タイ国政府貿易センター(政府広報)

2016-09-10 | ■生活文化事業

■■■「タイ国アクティブシニア製品展示商談会in大阪」■■■

 ●アクティブシニアをメインテーマに、タイの豊かな自然と伝統的な製法の
中で培われた、
ナチュラルで身体に優しいヘルシー&エコロジーを意識した、
個性的なファッション、
ライフスタイル製品、美容と健康、エステ&スパ商品か
ら食品まで、魅力的な商品がそ
ろう商談会。
日本の専門家により、日本のこだわり層が好むものばかりを中心に、セレ
クト
されたタイ企業29社が大阪に集結! 日本未入荷、初出店のメーカーも多く
あり、
きっと販売しやすいな商品が見つかるはず!皆様、多数ご来場下さい。

 

開催の概要
●日  時: 2016年9月15日(木)10:00~17:00 
                    9月16日(金)10:00~17:00(受付終了16:00)
●会  場:  御堂筋ホール心斎橋 
                  大阪市中央区西心斎橋1-4-5 御堂筋ビル 9F 
        TEL: 06-4704-2003

           【アクセス】地下鉄御堂筋線
            「心斎橋駅」7番出口より徒歩1分(アクタス心斎橋と同じ建物)

●主  催: タイ国政府貿易センター大阪   
●共  催: 大阪商工会議所
●後    援: JETRO大阪本部、大阪産業振興機構、IBPC大阪、
             京都商工会議所、神戸商工会議所、中小企業基盤整備機構

●参加料:無 料    ☆日タイ通訳をご用意しております
参加申込:ご来場の際には、当日受付にて参加申込みをご登録ください。

●参加タイ企業: 29社(初出店は16社)詳細は参加企業リストをご覧下さい。

 参加企業リスト
  http://www.ditp.go.th/japanadmin/ewt/japan/download/article/article_
  20160811095624.pdf

  

主な出展品目

《雑貨》ソラフラワー、ディフューザー、ピューター製品、グラス、ガラスペン、
     室内用スリッパ 

《ファッション》衣料品、革バッグ、革小物、布小物、ホームインテリア製品、
       オーガニックコットン、シルク 

《美容・健康》アロマ、スキンケア、メイクアップ、コスメ製品、アロマオイル、
     シャンプー石鹸、ゴールデンシルク商品、ナチュラルソープ 

《食品》ジンジャードリンク、タイ米おかゆ、ハーブディー、ココナッツオイル、
     ヘルシースナック、ザクロジュース、マンゴスチンジュース など

    

出展メーカーについて
タイ政府が日本から専門家を招聘、「アンチエイジング」「ナチュラル」
「ヘルシー&ビューティ」
「エコロジー」をテーマに、高いデザイン性や新たな商品
コンセプトを持つ企業の中から、
アクティブシニア層にアピールするタイならでは
の製品をセレクトしております。

                                                      
●「アクティブシニア」とは
自分なりの価値観を持ち、仕事や趣味社会活動などに意欲的で見た目も若々
しく美しく元気な
50〜60歳代を中心とする層。高度成長期に若い時期を過ごし、
高級品や個性的なアイテムを使い
こなし大量消費文化を牽引、現在も流行に
敏感で多彩なライフスタイルにもこだわりを持つ。

「シニア」と呼ばれたくない方も多く、金銭的余裕もあり消費意欲も旺盛で時代の
最先端をゆく
商品やサービスにも興味を持つ、今後大きく発展する市場。日本で
は現在、化粧品、ファッション、
食品、エステ関連企業が、中心的ターゲットとして、
積極的に商品開発を行っている。
※企業詳細情報 http://www.ditp.go.th/japan/ 

お申込み・問合わせ先:タイ国政府貿易センター大阪(担当:瀬田、スパワディ)
    〒541-0056 大阪市中央区久太郎町1-9-6 バンコック銀行ビル8階
  Tel:06-6262-4418 Fax:06-6271-1053 E-mail:ttcosaka@thaitrade.jp

 

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■タイを知るための最善の方法

2016-09-07 | ■国際交流活動

■■■■■■■■「タイを知るための70章」■■■■■■■■
 
■「改めてタイの全貌を知る楽しみ
●今日は、タイの事を知る、最も優れた本をご紹介したい。
この本の名は, [タイを知るための72章]
●国史、
●政治、
●経済、
●産業、
●教育、
●宗教
●言語、
●エスニック、
●社会、
●イメージ、
●都市、
●現代の点描 
●日タイ関係
などについて、72の項目〔章〕に分けて、56人に及ぶタイの各分野に精通
した学者や研究者が、薀蓄を傾け執筆。
それを編者の綾部真雄さんが、
12分類まとめて構成したタイを知るための
玉珠の一冊である。



■「一華開五葉
●「一葉開五葉」とは、禅の言葉だが、一輪の花が、いくつかの花弁を開き、
やがて実を結ぶというもの。
本の72章を、それぞれの分野を研究し尽くした識者が、健筆をふるい読者
を「一葉開五葉」の世界に誘ってくれる。

72章からなるこの本の全容を語るにふさわしい言葉である。
●56人の執筆者は、編者が冒頭で述べているように、全てタイを愛してやま
ない学者や研究者ばかり.。
それぞれの分野で、長年研究された成果
が、まさに凝縮され花開いた感じで、
読みやすく、実に理解しやすい。 
タイを知るために、よくできた本だと思う。



●タイ・ロングスティを考える人も、
タイを訪れる人も、
タイでビジネスを始める人も、
タイ人とつきあいを始めたい人も、
まず、この本をひも解いて、タイの事を知っていただきたいと思う。

 
●初版は去る2003年、この種の本では、珍しく4版を重ね、昨年内容を刷新
して、第2版が新しく出版され、静かな売れ行きを、見せているという。
この本の名前は、「タイを知るための72章(第2版)綾部真雄編 明石書店刊」
2000円(税別)

  
 
●ブロガーの知己である
・赤木功さん(前大阪外語大学学長)、
・馬場雄司さん(京都文教
大学教授)
末廣昭さん(東京大学教授) も、
この本の中で健筆を振われている

中でも、赤木先生の「山田長政は日本人ではない?」という
一章では 「山田
長政は実在せず」とした異説が面白い。

また、大阪大学大学院の河原雅子さんの「ロングステイ」の一章は、
成熟期を
迎えて低迷するタイログステイの現状をよく解明しており、今後、海外
ロングステイを目指す方々にぜひ
お読みいただきたい一章だと思う。

 

 

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■9月の歳時記

2016-09-01 | ●歳時記

■■■■■■■■■■9月長月の歳時記■■■■■■■■■■ 

■「風薫る初秋
●いつになく夏が長く、秋の気配がない。しかも大型台風の本土襲来が
続く。
自然の織り成す四季の生業が、豊かな秋の収穫をもたらすだけに、
一日
も早い秋の到来が待たれる。
 
●9月は、日本全国、収穫にまつわる感謝の祭りが多い。

秋のすみきった夜空に、ひときわ輝く月を眺める風情もまた格別である。
今年は、インバウンドで日本を訪れる外国人の人々のために、日本各地
でお月見
の催しが開かれるという。素晴らしい秋のおもてなしになると、大
いに期待したい。


敬老の日に思う
●今年も19日から恒例の「敬老週間」が始まる。
高齢者が3300万人、4人に1人が高齢者の時代を迎えて、私ども日本の
高齢者からすると、まともに敬老していただきにくい環境になりつつある。
特に最近では「下流老人」とか「浮遊老人」とか、「おひとりさま老人の悲劇」
とか、ますます高齢者イメージが、日増しに低迷するばかりである。



者だからといって、何から何まで甘えていい時代は、既に終わった。
高齢者自身も、どうすれば、高齢化社会で、それなりに貢献できるか 独自
の視点で提案すべき時が来ている。
今のままだと社会の敬愛対象どころか、厄介もの対象になりかねない現実
が待ち構えている。
また支援する社会や行政側も、
高齢者の体験と体感を生かして、どうすれ

ば 高齢者の満足が得られるか 真摯に考えて対応するべき時が来たと思う



●そのためにも 今の「敬老の日」を、余後と取り組む高齢者自身のための
新しい祭日に変更して、高齢者全員が自己啓発したり、自立意識に目覚め
る活動など、啓発的な新たな創造機会にしてはと 考えるが、どうだろう。 

作家、森村誠一さんからの提案
■「老いる覚悟
老後は20年、
余生は余った人生ではない!
老いるのも楽ではない、

(作家 森村誠一さん)


国や社会に頼らない。自立して生涯現役で,老いるための9つの覚悟
東日本大震災でわかった。この国は老人に優しくない。
子どものことを想うなら、決して頼らず自立する。
なんでもしてもらうバリアフリー根性が、ダメ老人を作る。
大企業の社長でも、辞めれば「タダの老人」に過ぎない。

配偶者に先立たれる前に、炊事、洗濯の練習をせよ。
八十歳になっても、エベレストに登るくらいの夢を追え。
お金がなくても「いいじゃないの幸せならば」の精神で生きる----etc
(
出所 老いる覚悟 森村誠一著  KKベストセラーズ刊 762円(税別))

        

■「長月の歳時記」ーーーーーーーーーーーーーーーー

●季句   柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺  正岡子規  
●時候  白露 秋分 秋社、仲秋 秋めく 秋涼 秋の朝 秋の夜 秋長 
祭事  震災記念日(1日)敬老の日(19日)、秋分の日(23日)
              逆髪祭(陰暦9月23日)  

●味覚  西瓜、りんご 葡萄 栗 無花果 秋茄子、里芋,オクラ、玉蜀黍、
●草花  秋の薔薇、木犀 芙蓉 南天の実、萩の花、葛、秋の七草、野菊、、       
挨拶  新涼の候、初秋の候、 涼秋の候

■「主な内外の行事」(9月)―――――――――――――--
 1日 八朔 献茶祭・宇治神社 新学期、 防災の日
  4日 G20首脳会議(中国。浙江省杭洲
 7日 リオ、夏季パラリンピック開催(18日迄
  7日 白露
  9日 重陽の節句

10日 二百二十日
11日 G7保健相会合(神戸)
12日 ゴルフ日本女子プロ選手権大会  春日祭

15日 十五夜
15日 ゲーム見本市東京ゲームショウ(幕張メッセ)
19日 彼岸の入り
19日 敬老の日
20日 世界最大の鉄道技術見本市「イノトランス」(ベルリン)
22日 ハノーバー国際商用車ショウ
22日 節分
22日 時代祭
22日 秋分の日
24日 G7交通相会合(軽井沢)25日迄
24日 社日

25日 彼岸の明け
26日 米国大統領第1回候補テレビ討論会
26日 国際原子力機関(IAEA)総会 ウイーン
29日 パリ国際自動車ショー(パリ―)

 

■「タイの行事」------------------------------
ナラティワート祭り(ナラティワート県)

 

  

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■日タイ修好の歩み3)終戦から現在まで

2016-08-20 | ●日本国情報

■■■■■■■■■■■日タイ修好の歩み■■■■■■■■■■■
               (第章)(戦後から、現在まで

■「戦後昭和」(終戦後から現在まで)
              (日本の出来事)   /   (タイの出来事)                       ・

・1946(昭和21年)●天皇人間宣言         ●クーデターでア―ナ
                           
●極東軍事裁判始まるプーミポン(ラーマ9世)現国王即位
  
タイ国民から絶大な信頼を寄せられるタイのプーミポン国王は、戦後すぐ
の1946年、弱冠19歳でラーマ9世として王位についた。

爾来 戦後の極めて厳しいアジア情勢の中で、国威の振興と、経済
の発展
のために尽くしてきた。 タイの国民から絶対的な信頼と敬愛を寄せられている
89才である
 

・1947(昭和22年)●日本国憲法が公布、
・1950(昭和25年)             米国と経済技術)協力、相互防衛援助協定締結、
・1951(昭和26年)●サンフランシスコ平和条約締結(日本の国際社会への復帰)
・             ●日米安全保障条約を締結、


1952(昭和27年)●            タイ、日本との国交回復
・1957(昭和32年)              クーデターでポット内閣成立

・1958(昭和33年)●             クーデターでサリット内閣成立

   
●人類学者の梅竿忠夫博士は、1957年,大阪市立大学学術調査隊の
一員として、初のメコン諸国の調査に出かけた。

その時、ランナータイ王国の首都チェンマイを訪れた時には、日本人は
国連職員の生駒さんと田中写真館の田中盛之助さんなどわずか3人の
み、戦争中は、日本軍が、3万人駐屯していたという。
それが、58年後の現在、ロングステイヤーを含め、約4500人の日本人が
快適に生活している。まさに先立の人達の努力と、修好の成果といえる。


・1960(昭和35年)●池田首相、高度経済成長政策を打ち出す。 
・1967(昭和42年)               東南アジア諸国連合[ASEAN]成立
・1969(昭和40年)●日本のテレビ受信台数1269万台、世界一位 

・1970(昭和45年)●日本万国博覧会開催(大阪)
 
・1973(昭和49年)●石油ショック起こる
・1975(昭和50年)●ベトナム戦争終結
・1976(昭和51年)●ロッキード事件発覚軍クーデターで、ターニン内閣成立
・1977(昭和52年)              軍クーデターで,クリアンサック内閣成立
・1989(昭和64年)●ベルリンの壁 崩壊

■「平成時代」--------------------------------
             (日本の出来事)     /  (タイの出来事
・1991(平成3年)●ソ連邦が消滅を宣言 クーデターでア―ナン内閣成立、
                               独立国家連合体CISとして活動開始、
・1993(平成5年)●55年体制の崩壊
・1994(平成6年)               タイ、ラオス友好橋開通
・1995(平成7年)●阪神淡路大震災
・1997(平成9年)               バーツ暴落による通貨危機発生
                          
   IMF緊急支援要請
・1999(平成11年)                 バンコク初の都市鉄道(BTS】開通
・2000(平成12年)                  タイ商務省 タイ・ロングステイ推進活動を開始
            ●タイロングステイ推進活動開始(NPO・JTIRO)

  
         
  (タイ商務省貿易センター&NPO・JTIROによる 初のタイロングステイに着手)


・2001(平成13年)              タクシン内閣成立
・2003(平成15年)              ●スポーツ観光省新設、
                           ロングステイ業務を観光庁に移管

・2004(平成16年)               スマトラ沖地震による津波被害甚大
・2005(平成17年)               総選挙で愛国党圧勝, 第2次タックシン内閣発足

 
 
・2006(平成18年)               反タックシン運動活発化
                            憲法裁判所、総選挙卯無効宣言
                              軍事クーデターでタックシンが失脚 
                                      ●スラユット内閣が発足

・                           
スワンナプーム新空港開港
・2008(平成20年)●リーマンショック」         
・2011(平成23年)●東日本大震災   インラック氏が第28代首相に就任
             ●米軍 イランから完全撤退 
                           タイ、大水害発生、工業地帯被災、空港被災
 
・2013(平成25年)●インラック首相来日、安部首相と会談
 
・2014(平成26年)●JTIRO主催ASEAN40周年記念催事「チェンマイお茶会」開催
  
・2014(平成26年)               ●省庁が、デモ隊の支配下に、●下院を解散
・2014(平成26年                           国軍によるクデター、暫定政権発                                                     
 
                        (暫定首相に就任したプラユット国軍司令官)
2015(平成27年)●日本の戦後70年                                                       
・2016(平成28年)●第3次安倍内閣発足暫定政権による新憲法草案の国民投票(8月)
             いま日タイ間で、バンコク、チェンマイ間の新幹線構想が具体化。
2017(平成29年)●やがて日タイ修好130年が訪れる。


■■(参考資料)■■
■「日本の戦後復興期の全容
               (期間)     (実質平均成長率)
●戦後復興期     1945~55        9%
●高度経済成長期  1956~73       9,2%  
●安定成長期     1974~85         4,0%
●バブル経済期    1986~91         4,9%
●平成不況期     1992~             1,2% 
出所 内閣府経済統計資料) 

■「日本人の海外長期滞在者数ランキング(平成26年現在)
(順位)    (国名)    (長期滞在数)人
●1位    米国      240,481
●2位    中国      130,687
●3位    タイ        63,061
●4位    英国          49,683
●5位    豪州          36,494
●6位    シンガポール   33,732
●7位    フランス      30,848
●8位    ドイツ       29,873
●9位    韓国       28,558

●10位   カナダ      23,350

●「日本の
都道府県別、総生産と世界各国のGDPの比較」
(順位)(府県名) (県内総生産) (府県と同じ経済規模の国) 2013年調査
第1位  東京都    91,1兆円   韓国(GDP 89,1兆円)
第2位  大阪府   36,4兆円  イラン

第3位  愛知県   31,6兆円  南アフリカ
第4位  神奈川県  29,8兆円  
タイ  

第5位  埼玉県   20,1兆円  香港
第6位  千葉県   19,0兆円  イスラエル
第8位  兵庫県   18,3兆円  アイルランド
第9位  福岡県   18,0兆円  フイリピン(GDP 17,5兆円) 
第10位 静岡県   15,8兆円  パキスタン(人口1億7千万人)

●第11位 茨城県   11,2兆円  ハンガリー
●第12位 広島県   10,8兆円  クエート
●第13位 京都府    9,4兆円  バングラデシュ(人口1億5億千万人)
●第14位 新潟県    8,6兆円
●第15位 宮城県    8,0兆円  モロッコ
●第16位  長野県     8.0兆円
●番外 
   高知県       2,2兆円  ヨルダン
●       鳥取県     1,8兆円   南米パラガイ

(出所  経済産業省 経済統計資料)
21世紀は ASEANとともに
■「終わりに際して
来年の日タ修好130年に先駆け、明治から平成にいたる激動の
日タイ修好の足跡を、日本の史実とともに検証してきた。
そこから見えてきたことは、
修好130年を契機にして、日タイ両国が、、
6億人を容する巨大な
ASEAN共同体市場のために、いかに協働し、貢献することができる
かという事ではないかと思う。

 

 

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■日タイ修好の歩み2)敗戦&アジアの独立

2016-08-15 | ●政治・経済情報

■■■■■■■■■■日タイ修好の歩み■■■■■■■■■■                        
              
                (第章)日タイ修好条約の締結から敗戦まで

●来年は、日タイ修好130年である。改めてその偉業ともいえる、長い日タイ
両国の修好交流の足跡をたどってみたい。
特筆すべきは、
国交が始まった当初から、日本の敗戦時まで、アジアには、独立国は日タイ
の2国しかない極めていびつな、欧米列強の植民地支配の状況が続いていた



明治時代■ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
■              (日本の出来事) /   タイ国の出来事)                       ・
・1887(明治20年)●東京に電灯が灯る日タイ修好条約締結宣言調印、国交開始

・1889(明治22年)●大日本帝国憲法が公布される。
・1890(明治23年)●第1回総選挙       ●第1回帝国議会召集
・1894(明治27年)●日清戦争 敗北の清国は朝鮮国の独立、
・            ●台湾の日本への割譲を認める。
・1897(明治30年)               ●タイ初の官営鉄道バンコク、アユタヤ間開通
・1902(明治35年)●日英同盟締結 (時の日本GDP12億ドル、英国94億ドル)「
・1904(明治37年」●日露戦争 日本は戦力と国力で勝るロシアに勝利した。
・                             メコン右岸をフランスに割譲 
・1905(明治38年)●日本海海戦、日本の勝利、ポーツマス条約調印、
・1909(明治39年)               マレー4州を英国に割譲
・1910(明治43年)●韓国の併合
 

大正時代■ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1914(大正 3年)●第1次世界大戦勃発、連合国がオスマン帝国に宣戦布告
・1917(大正 6年)             タイ第1次世界大戦に参戦、
                                                        タイの国旗を3色旗に制定

   
10(大正 9年)●国際連盟の成立(加入)
・1922(大正12年)●関東大震災

昭和時代(終戦まで)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・1931 (昭和  6年)●満州事変起きる。
・1932(昭和
  7年)●満州国の建国 ●5,15事件
・1933(昭和  8年)●国際連盟を脱退
・1936(昭和11年)●2,26事件起きる
・1937(昭和12年)●日中戦争、勃発
・1939(昭和14年)●ノモンハン事件起きる 国家信条で国名を「シャム」から「タイ」に変更
              ●第2次世界大戦 勃発(~1945)
・1940(昭和15年)●日独伊3国同盟を締結英仏日3国と不可侵条約を締結、、
                              ●仏蘭西と失地変換をめぐる紛争勃発
・1941(昭和16年)●日ソ中立条約締結、
                ●真珠湾功撃、●第2次世界大戦勃発
・1942(昭和17年)                 英米に対し宣戦布告泰緬鉄道の着工
・1945(昭和20年) ●広島、長崎に原子爆弾投下 
                 ●ソ連が参戦 ●国際連合が成立
                ●ボツダム宣言受諾,終戦日本のボッダム宣言受託宣戦布告無効宣言
  
 (米英露3首脳によるヤルタ会談)  
        (広島の原爆)      終戦当時のタイ王国政府首脳)    

日本の敗戦、アジアの国々の独立」
戦後昭和
・1946(昭和21年)●天皇人間宣言●極東軍事裁判
・                           プーミポン(ラーマ9世)現国王即位
1947(昭和22年)●日本国憲法が公布、
・1950(昭和25年)               ●米国と経済技術協力、相互防衛援助協定を締結、
・1951(昭和26年)●サンフランシスコ平和条約締結(国際社会への復帰)  
                            ●日米安全保障条約を締結、
__________________________
■  日本のお陰でアジアの国々は独立を勝ち取った
アジア諸国の独立
● 戦後私どもは、第2次世界戦争なかんずく大東亜戦争は、日本が
起こした侵略戦
争だったと教え込まれてきた。
ところがネット情報が、世界から集まるようになり、日本の大東亜戦争は、
500年も続いた
欧州の白人国家の世界支配と人種差別による植民地
                  
タイ元首相、クラリックド・プラモード氏は
日本のお蔭で、アジアの多くの国々はすべて独立できた。
日本と言うお母さん
は,難産で
母体をいためたが、恵まれた子供
達は、いますくすくと育っている」と、この日、日本は一身
を賭して
重大決意をした、我々にとってわすれることのでき
ない日になった
と語っている。
日本の終戦を契機にして 冷戦下アジアではフイリピン、ビルマ、
インドネシア、インドなど欧米の植民地だったアジアの国々の独立
が相次いだ。

後に日本は、これを機に盟友関係を深め、ASEANにおける外交で
も、貿易でも 極めて密接な友好関係を加速している

        
植民地国あふれる 日本敗戦前のアジア地図
 (日本の敗戦前)

       (全ての植民地国が独立を果たしたアジア地図)        (日本の敗戦後

アジアの植民地国は、相次いで独立を果たした
●左の植民地地地図が、全ての国々の独立で、右の地図のように変容
する事になる
全ての国が独立を果すまでには、中には独立戦争も
あったし、足掛け17年を要した。
  (独立年)         (国名)    (植民地支配国名
●昭和21年(1946)  フイリピン            米    国
●昭和22年(1947)  インド            英     国
●昭和24年(1948)   ビルマ(ミヤンマー)   英    国
●昭和24年(1948)  インドネシア         オランダ
●昭和28年[1953)   ラオス            フランス
●昭和28年(1953)   カンボジア         フランス
●昭和29年(1954)   ベトナム           フランス
●昭和32年(1957)   マレーシア         英    国
●昭和38年(1963)   シンガポール       英    国  
   
 ___________________________
■   廃案になった幻の日本分割統治案の真相   ■ 

■「サンフランシスコ講和会議
●敗戦から6年たった昭和26年(1951年)9月8日、サンフランシスコ
講和会議が開催され、出席の世界49ヶ国、全員が著名して、日本は晴
れて独立国となり、世界の仲間入りを果たした。
これによって、日本は、完全に自主独立を果たしたことになる。

■「恐怖の日本4分割案
●このサンフランシスコ講和会議では、その席上、先勝国は、敗戦国
の日本に対し、厳しい賠償と制裁を求め、協議がなされたという。
その時、ソ連から提起されたのが「日本分割占領案」だった。
 その概要は、
ソ連支配統治  北海道/東北
米国支配統    関東/中部/関西/沖縄    
●英国支配統治  中国/九州
中国支配統    四国

                       隠された真実に迫る
米英ソ中4国による日本分割統治案           


 
 (セイロン、ジャヤワルダナ大統領) 

■「日本分轄案に猛烈反対
●この講和会議に出席していたセイロン(スリランカ)のジャヤワルダナ
大統
領は、特別に演説し、ソ連の日本分割統治案には賛同できないと、
猛烈
に反対する意見を唱えた。
我々は、アジアの一人として、アジアの共存を唱える日本に畏敬の
念を持っている、また共通の文化を共有している。」
この感動の演説によつて、ソ連の提案は廃案になり、日本の国際復帰
の道が開けたと言はれる。

●またGHQでは、時の主権者マッカーサー元帥が、外務大臣重光葵
の強い主張である象徴天皇による間接統治案を受け入れた、
想像しただけでも、ゾウとするまさに恐怖の統治計画といえる
こうして、心ある世界の識者の人たちに助けられて、今の日本がある事
を、私たち日本人は、決して忘れはならない。
(連合国軍總司令官マッカーサー将軍)

■改め自立自存を考えるとき
終戦から7年後の1952年4月、日本は、サンフランス講和条約の発行
で独立を回復
した。その占領状態は7年間に及んだ。
連合軍の占領政策は、日本を本質的に弱体化
し、日本人を徹底的に
変質させる為のものだった。

その主なものを列記すると、
憲法制定
・皇室の改革
財閥解体
・農地改革
・教育制度改革
・家族制度の解体
・伝統的な文化の否定など

●その結果、自由と言う名のもとに個人主義が台頭し、日本本来の伝統的
な風土や
家族制度や先祖への敬慕までが軽んじられる様になってしまった。
●教育では、日教組の存在が,教育の根幹を変え愛国心を持たない国民
を育む事
になった。
振り返れば、これらの政策は占領政策の結果であって改めて憲法はじめ、
自前の政策を決める時期に来ているという声が高くなりつつある。

●英国の著名な歴史家アーノルド・トインビーは、

「日本は食うかくわれるかの帝国主義国家時代に、日本の選択肢は一つし
かなかった。
それで、明治維新を断行し、近代国家に生まれ変わる事がで
きた。
大東亜戦争の批判評価はさまざまだが、植民地支配を解体しアジア
の自立をもたらした
事は、十分に評価したい」と述べている。

21世紀は、アジアの時代といわれる
激動の世界のさなか、焼土廃墟の中から戦後昭和を立ち上げ、経済と平和
で世界を
リードしてきた日本だけに、戦後68年改めて全ての国民の自覚と
日本の政治の改革が
真摯に求められる所以だ。         
これを契機に、日本に生まれてきて良かったと誰もが思える日本に変容して
欲しいと
切に願っている。
                           (続く) 

 
 

 

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■暑中お見舞い

2016-08-10 | ●歳時記

■■■■■■■■■■■■残暑お見舞い■■■■■■■■■■■

 残暑お見舞い申しあげます
 
立秋ながら,猛暑厳しい毎日です、どうかお元気でご活躍ください

   秋待や径ゆきもどり日もすがら   室生犀星

  
  
●8月の世界からは、新しい鼓動が、脈々と伝わってきます
・第31回リオ・オリンピック競技大会の開幕
・第98回全国高校野球選手権大会の開幕、

・小池東京都知事の選出と、第3次阿倍改造内閣の船出、
・タイでは、民政化を目指す新憲法草案の国民投票

そして間もなく、戦後71回目の敗戦記念日が訪れます

                        平成28年晩夏

  

■国際コミュニティ情報Webサイト■ (JtiroJpn)
http://blog.goo.ne.jp/jtirojapan 
Emailjpn@jtiro.org

 

  

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■余談往来「移ろふ戦後昭和」

2016-08-03 | ●公式ブログの見方

■■■■■■■■「戦後昭和の哲学と覚悟■■■■■■■■
■「下山の夏
●今年3月 16年に及ぶNPOの仕事から離れて、人生初の定年、
いわゆる第2の人生なるものをスタートしたところだ。
現職の定年後 すぐNPOを立ち上げたために、一般の人より本当
の定年が16年遅れでやって来た、遅かりし下山という訳である。
長年にわたる仕事のドキュメントや、デジタルフアイルの整理に加
えて長年世話になった公式ドメイン(コンピュータ上の住所の事)や、
メールアドレスの変更手配に時間をとられて、あっという間に、4ヶ月
が経過してしまった。

■「戦後昭和への回顧
●気が付けば、もう8月である。
毎年の事ながら8月になると、なぜか「戦後昭和」の様々な思い
出が
甦ってくる。あの終戦からもう71年になる。 当時の少年たち
は、いま生存してい
れば、少なくとも80歳を越える事になる。
●私が中学1年の夏,1945年昭和20年8月15日, 屈辱の敗戦
を迎えた。
そして今年もまた、わたしども日本人にとって決して
忘れることの
事のない、日本敗戦の日がやってくる。
 

敗戦直後の焦土と化した敗戦の街々から、人々は再興を目指
して立ち上がつた。そして、ただひたむきに走り続けついに世界
経済第2位まで、のぼりつめる事になる。

その昭和の輝かしい偉業の足
跡は、いまも世界史に語り継がれ
ている.


その戦後昭和が終焉して平成になり、それから既に28年がたつ
戦後昭和を築いた歴戦の戦士達は、とっくに定年を迎え、次世代
団塊にシフトしたのもつかの間「失われた20年」という大低迷時代
に突入。

その間、政治の混迷で経済や外交は翻弄され,日本は極度に疲弊
した。そして安定政権の出現で、ようやく愁眉を開
いた所だ。
 
■「日本の再起点

●私も戦後昭和人の端くれの一人だが、いまある日本の再起点は
何かと問われれば、紛うことなく「大東亞戦争の敗戦」だと答えたい。


●戦後の渇望社会の中で、戦後の経済を一から構築した人たち。
いまでいえば、90歳以上の人達のひたむきな努力に 脱帽である。
その確証の一つに「月月火水木金金」(ゲツゲツカースイ,モクキン
キン」と言うフレーズがあった。 
これは一週間を7日、フルに働くぞいう意欲を込めて熱唱した戦後
企業社会のスローガンでもあった。
今から思えば、愚痴もいわずみんなよく働いたもんだ。
だからこそ敗戦を再起点にして、戦後昭和の経済が拡大し、いまある
麗しくも巨
大な日本ができたと思う。

■「移ろふ戦後昭和
●「戦後昭和の哲学と覚悟」とは、史家で作家の半藤一利さんが、
戦後昭和の再興に貢献した日本人を称賛した言葉だと記憶するが、
そこでまず求められるのは、この先人たちが培った「戦後昭和の哲学
と覚悟」を、現存する日本人の私たちが、どう心に刻むかである

しかし現実は、自分本位の現実主義がまかり通る。
目先で移ろふ人がいかに多い事か。
昔と違ってあらゆる情報が手近に入る世の中だけに、現実逃避する
事になるのかも知れない。
改めて温故知新が求められる所以である

          
■「日本の命運と命題
●この日本の戦後昭和の輝かしき再興の歴史と知恵と哲学と覚悟を、
・どう次世代に継承していくか、
・また次に続く世代がこれをどう伝承していくか、
これがこれからの日本の命運を決める事になる。 
まさにこれこそが、当面の
日本最大の命題だと思うが、どうだろう。 
                                                                            

 

 

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■8月の歳時記

2016-08-01 | ●歳時記

■■■■■■■■■■■葉月・8月の歳時記■■■■■■■■■■

■「葉月のしきたり
●葉月とは、葉が散り始める季節から名ずけられたが、旧暦では
もう秋半ばである。恒例行事にはお盆がある、人々は故郷に帰り
家族やご先祖様に再会する。
日本各地の民族行事を見ると、ご先祖様は、故郷が見える山や
海や川辺に鎮座し、子孫を守るとされる。 そしてお盆には、お迎
えのある家に帰り、家族と過ごす。。

    

●人々は、16日にご先祖様が喜ぶものを用意してお迎えする。
送り火や鮮やかに大空を彩る花火は、伝統的な去り行く夏の府物
詩である。
●古くからお盆には、氏神を祀り祖先を供養するため、殺生を禁じ
出漁をしない。
23日は処暑、暑さも盛りを過ぎると、朝晩、涼風が立ち始め、虫の
声が聞こえてくる。もうそろそろ秋が迫りつつある。

 
■「葉月の歳時記」 
季句  夏草や兵どもの夢のあと  松尾芭蕉
●季節  秋近し 残暑 秋を待つ 夜の秋 夏の果て 夏深し 風薫る 
●祭事  竹生島祭(15日、琵琶湖) 三島祭(16日) 吉田火祭り(26日)
       地蔵盆(24日) 弘前ねぶたまつり
●食    新酒 枝豆 新豆腐 梅酒 新茶 葛水 葛饅頭 蜜豆 水貝 
●魚    落鮎 鱸 鰯 太刀魚 秋刀魚 鮭 

●野菜  西瓜 南瓜 秋茄子 芋 自然薯 落花生 間引菜 生姜
●草花  秋の薔薇 芙蓉 合歓の実 芭蕉 蘭 朝顔 コスモス  

●挨拶  残暑の候、新涼の候 夜の秋と申しますがー
暑中見舞い 8月7日迄
 
■【日本内外・8月の行事】■
●  5日  リオ、オリンピック夏季五輪開幕(21日迄)
● 6日 広島原爆忌

● 6日 土用の明け
● 7日 立秋
● 9日 長崎原爆忌
●11日 祭日 山(の日
●12日 日航機墜落事故から32年
●12日 阿波踊り
●13日 お盆 15日まで
●15日 大東亜戦争終戦記念日、(戦後71年)
●15日 全国戦没者追悼式  ●精霊流し
●16日 五山送り火
●23日 処暑
●29日 横浜市長任期満了
●29日 ベネチア国際映画祭
●31日 二百十日
  
■【タイ・8月の行事】■

● 7日 新憲法草案に関する国民投票の実施日

● 今月 日本企業受注のタイ都市鉄道[パープルライン]運行開始

● 王妃誕生日(母の日)全国

   


 

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■日タイ修好の歩み1)日本の開国

2016-07-20 | ●政治・経済情報

■■■■■■■■かけがえのない日タイ修好の歩み■■■■■■■■                        
                                               
(第1章 日本の開国

■「日タイ修好130年の足跡
●来年2017年、日本とタイは、修好130年を迎える。
いま日本のシニアの間で、日本史やアジア史を学び直して、歴史の知識を身
着ける事が、静かなブームになっている。
その証左としてか、書店では「危機の時代こそ、その答えは日本史に」を標榜
する外交評論家 佐藤優さんの著書「いっきょに学び直す日本史」が、空前の
売れ行きを見せている。
おりしも放映中のNHKの大河ドラマ「真田丸」の影響も見逃せない


 
●作家の佐藤優さんは、世界で唯一、安全安心と言われる日本の由縁につ
いて、
私たち日本人が、改めて日本史をひも解く事によって、そこにその答え
があるのではないかと書き記している。

■「史実は、縦と横から見る事
そこで、私もこれを契機に、改めて日本史とアジア史をひも解くことに決めた。
しかし、読み始
めると史実が膨大で、今更ながら知る事の多さに驚いている。 
そして佐藤優さんの指摘にそって、史実を縦(日本)からと、横(タイ)から、交
して見ていく事にした。すると物事の時代背景や、事象の関係性がよく解り、
極めて解りやすく、面白いことに
きずいた。

●史実によると、日タイ修好は1887年、明治時代に入って、アジア初の外交
の条約締結だった。
しかし、その口火を切ったのは、まだ日本が鎖国だった 江戸時代の1854年
幕府が、
外交圧力に屈して欧米列強5ヶ国(米国、英国、仏国、露国、蘭国)と
締結した通商
交易条約が最初の事だった。

  
■「鎖国から開国へ,激動の足跡」(1
■(江戸時代/鎖国
  
日本の出来事)          /     ●(年度(タイの出来事)          ・
・1603(慶長03年)●徳川家康、江戸幕府を開く   
・1614(慶長19年)●大阪冬の陣
        1612 山田長政が朱印船でアユッタヤへ
・1633(寛永10年)●第1次鎖国令       1630 長政ナコーンシータマラートで死去
・1635(寛永12年)●参勤交代制確立
・1639(寛永16年)●鎖国制完成
1641(寛永18年)●オランダ商館を長崎出島に移す

                                   1656 ナーラーイ王即位 
                                   1687 フランス使節団がバンコクを占拠

・1702(元禄2年) ●赤穂浪士吉良を討つ
1778(安永7年)  ロシア船来航、通商要求
                                    1767 ビルマによりアユタヤ陥落 
・1779(安永8年)) ●松前藩ロシア船要求拒否
                               1768タークシン王即位,トンブリ朝成立
                                1782  タークシン王処刑、
                                 1782チャックリーが即位
                                 1782 ラーマ一世が即位、
                                 1785 ビルマ軍、タイを再攻撃
・1792(寛政4年) ●ラクスマン、根室に来航、通商要求
・1804(文化4年) レザノフ長崎に来航 1809 ラーマ2世即位
・1816(文化13年英国船琉球に来航、貿易を要求
・1822(文政5年) 英国船浦賀に来航飲料水を求む
                                        中国華僑,タイへの移住(203万人)
・1825(文政8年) ●幕府諸異国船の打払指示
                            1824 ラーマ3世即位
・18
36(天保7年) ロシア船 択捉に来航
・1844(弘化1年)オランダ国王の親書届く
・1853(嘉永3年) ペリー来航開国を迫るラーマ4世即位
・1856(安政3年) 米国ハリス、下田に来航
・1858(安政5年) ●日米、日英、日露、日蘭和親条約を締結
・1856(安政5年)●日米修好通商条約に調印 


当時の東南アジアは、タイ王国を除いて、全ての国は、欧米の植民地だった。

●19世紀初頭の東南アジア情勢は、どうだったか。
日本は江戸幕府、鎖国さなか産業革命を得て、力をつけた欧米諸国は、大量
生産時代に入り、新しい市場を求
めて、積極的に海外に乗り出して来るように
なった。
●日本では、1808年にオランダ船が長崎、1811年には樺太サハリンや択捉
をロシア船が攻撃している。
1837年には、アメリカ商船が時の長崎奉行の異国船打払令で撃退されている。

●おりしも当時のタイでは、こんな史実があった。欧米の列強諸国の蒸気船が、
大洋をわたって、日本やアジアを頻繁に訪れるようになった1820年頃から100
年にわたって、中国の広州や福建から、東南アジアへ移住する中国
人、いわゆ
る「華僑」と言われる人達が、1000万人を超えた。

そのうちタイには、203万人が移住し、互いに強い絆でネットワークを形成して、
後に商人として成功する人達が輩出したという(「華僑」 斯波善信著 岩波新書) 
●実は、タイ・ロングステイの発想の原点は、既に、ここにあったのではないかと
思い至った次第。

 
 
●同じころ1824年、タイの隣国ビルマは、英国との戦いに敗れ、英国の植民地
になった。まそれを見たタイは、いち早く英国と通商の自由化を試みるが、
[不平等な治外法権」、「完全自由権の撤廃」を強いる不平等条約をむすぶ
結果になる。
●時のタイの国王モンクットは、危機を読み取り 当時
タイが宗主国だったカン
ボジアとラオスをライバルのフランスに渡し、英国と仏国の中立地帯を確保して
国体を守ったといわれる。

●東南アジアでは、タイを除くほぼ全ての国が、欧米の列強国の植民地になっ
てしまったが、ただ1国、タイ国だけは、時の国王の優れた才覚と日非凡な外交力
によって、欧米列強の魔手から逃れて、自立を保つことができたという。
今もタイの王室が、国民から格別の敬愛を受ける、今も世界の外交史に残る特別
な存在だと言われる所以だろうか。

    
■「鎖国から開国へ,激動の足跡」(2)
■(江戸時代鎖国日本の出来事)     / タイの出来事)                 
・1858[安政7年)●井伊直弼が幕府の大老に就任、米英仏露蘭5ヶ国と修好条約を結結
・1859(安政8年)●安政の大獄
・1860[安政9年) ●勝海舟訪米使節団、咸臨丸で訪米、日米修好通商条約の批准書を交
・1860(万延1年)●桜田門外の変
・1862(文久2年)●坂下門外の変、●生麦事件
・1863(文久3年)薩英戦争                  カンボジアのフランス保護国化決定
・1864(元治1年)4国連合艦隊、下関を攻撃 ●第1次長州征伐
1865(慶応1年)●第2次長州征伐   ●条約を勅許にする   
・1866(慶応2年)●薩摩と長州が連合して薩長連合を結成 統幕を進める、
             ●家茂が死去、徳川慶喜が第15代将軍になる
・1867(慶応3年)●大政奉還 ●5ヶ条のご誓文 ●王政復古、●国交樹立
・1868(慶応4年、●江戸城開場 ●戊辰戦争  

●勅許をまたずしての条約調印した事は、無効だという、井伊直弼大老の独断
専攻を非難する尊王攘夷運動が、水戸藩から全国に広まった。また長州藩で
は、藩を挙げて統幕運動が 一気に高まって行くことなる。 

日本の開国を勧めた幕府の大老井伊直弼)

●その尊王攘夷運動を弾圧した大老井伊直助の、いわゆる「安政の大獄」に
反発した尊王攘夷派の人々は、遂に桜田門外で井伊大老を刺す事になる、
そして、これ契機にして、坂本竜馬など勤皇の志士が主導す統幕運動が全国
的に高まっていく。因みに、当時の日本の人口は、約2000万人だった。

●これにより「鳥羽伏見の戦い」や「戊申戦争」など、討幕と開国のための小競り
合いが続くが、遂に幕府の大政奉還、王制復古が実現する。 そうしていよいよ
日本の近代化が始まる。


■「鎖国から開国へ,激動の足跡」(3)
■(明治時代    ●
日本国の出来事) /    ●(タイ国の出来事)                     ・
・1868(明治元年)●明治と改元 
             ●明治天皇が即位          ラーマ5世即位   
・1869(明治2年) ●江戸を東京と改称 ●四民平等 
・1871(明治4年) ●廃藩置県3府72県に統合
・1871(明治4年) ●郵便制度始まる
〒  ●大久保利通ら欧米視察団
・1872(明治5年) ●義務教育の学制小学校●電信東京ー大阪開通●太陽暦を採用
・1873(明治6年) ●徴兵令 ●地租税(3%)公布 ●西郷隆盛が征韓論を主張
・1874(明治7年) ●藩閥政治の不満から板垣退助が民選議院制度を建議(自由民権運動)

・1877(明治10年)●西郷隆盛、西南戦争起こす
・1881(明治14年)●国会開設の詔(1890年議会開催を予定)
・1882(明治15年)●大隅重信が立憲改進党を結成
・1884(明治16年)●鹿鳴館で舞踏会が盛ん
・1885(明治17年)●内閣制度が確立 伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任
1887(明治19年)●東京に電灯がともる。    
●日タイ修好条約締結宣言調印、国交開始 

●鎖国状態の中、ぺりー来航後初の5ケ国修好条約が締結されてからわずか
15年で幕府が倒れた、そして明治政府が誕生した。日本の近代化が始まる。

それから16年後には、日タイ修好が始まる事になる。新しいアジアのスタート
である。

●振り返ると、日タイ修好の歴史の開花の道のりは極めて長かった。
しかも、世界の近代化や、列強国が覇権を競いあう大転換期の中で、よくぞ
130年の長きにわたり、修好の日々が順調に続いたものという思いが強い。
そこには戦争と戦後の激動期を、英知で切り開いてきた日タイの先人たちの
苦闘の足跡がうかがえて、ただただ頭が下がる。

 

なにおさておき、鉄道も空路も電話もなかった時代に、当時の人々は、よくぞ
遠い異国との交易を成し遂げたものと、その先取性に、ただただ頭が下がる思
いがする。

 
■「日タイ修好130年の重み
●日タイ修好130年の修好とは、日本国とタイ国が、公式に修好通商
条約を締結した事である。

●130年前の1887年9月26日、当時のタイ国外相テーワオン親王

は、英国のビクトリア女王の即位50周年祝賀式典に参列した帰路来日
「修好通商に関する日本とタイ国間の宣言」に調印し,日タイの国交が
式に始まったといわれる。
●日本の歴史をたどると、日本の首都東京に初めて電灯がともった時に、
日本とタイの国交が始まった事になる。


●それにより1996年に時の日本の首相大隈重信は、外交拡張政策の
一環として、首都バンコクに日本公使館を設置した。タイ国もアジアで
最初、世界で5番目のタイ在公館を東京に開館した。

●第1回は、日タイ修好130年に因み、まずその友好通商条約が結ばれた経緯
や当時19世紀前後の世界や、アジア情勢を探ることにした。
その結果「史実を知れば、新しい世界がどんどん広がる」事が、わかつて来た。
次回第2章では、1887年、日タイ修好条約が締結されてから戦後に至る日タイ
両国の交流を探る予定。                  
                続く

  (タイ現代陶芸作品、作者/HAPP)
■「参考文献」■
●「物語タイの歴史」     柿崎一郎著  中公新書
●「日本史」                      佐藤 優著   東洋経済
●「タイ 中進国の模索」    末広昭著      岩波新書
●「タイ 開発と民主主義」  末広昭著       岩波新書
●「東南アジア紀行」      梅棹忠夫著    中公文庫
●「華僑」                斯波義信著  岩波新書

●「図解 日本史」            河合敦著      成美文庫

 

 

 

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■HEDE LINE NEWS 2016 JUNE

2016-07-05 | ●公式ブログの見方

                  ■■■[HEAD LINE NEWS]■■■ーーーー
                                 
 2016 JUNE) 
■■■■■■■■■■日本の経済・社会情報■■■■■■■■■■

●日銀6月短観、全産業の業況判断指数(DI)プラス1、前回を2ポイント下回る。
●英国のEU離脱で、円高、株安傾向に急旋回 、 

●上場企業の2016年3月決算、4社に1社が最高益を計上、収益改善企業は約6割。
●アマゾンジャパンは、15年度小売り業でネット通販初の1兆円を記録、第20位に
●日本の雑誌売上高は、書籍を下回り、前期比5%減の4737億円(トーハン)

●日本初のジェット旅客機三菱MRIは、来年から、月1畿生産を開始


頑張れ!本初のジェット旅客機、三菱MRJの概要
・全長35,8M ・巡航速度 マッハ0,78 ・乗客数92席 ・後続距離3310㎞ 
・燃費20%ダウン、・価格約58億円 ・受注状況 約423機(確定233期他)
・納入就航予定 2021年。 

●熊本地震(4月14日)の被害、建物損壊7万棟、被害最大4,6兆円(内閣府試算)
●関西初の海外ロングスティフエア、大阪で開催, 予想外の低調。
 (大阪発のロングステイフエア、タイ観光庁ブース)

●訪日外国人客、5月の高額消費、爆買い、百貨店の売上が減速
●大阪府の訪日外国客の消費額、1人平均6万49000円、’3月調査)
●政府「明日の日本を支える観光ビジョン」 発表、訪日外国
人数2920年4000万人8兆円
●タイなどの富裕層を対象に森トラストが事業費6000億円で北海道に大型リゾートを開発、

 

■■■■■■■■■タイチェンマイ最新情報■■■■■■■■■

●タイ中央銀行は、6月22日政策金利を1,5%に据え置九ことに決定
●タイ王国初の土地家屋税が内閣の承認で可決された、
・農地から    600億バーツ
・商業ビルから 40億バーツ
・住宅から       5億バーツ
これは、所得格差を改善するために、予てから懸案だったもので全ての資金は、タイ
国内の地域開発のために使われるという、



●スワンナプーム(9000万人利用)チェンマイ(2000万人)国際6空港の増強整備決定
●5月のタイの自動車生産台数、前年同月比25%増の16万394台(タイ工業連盟)
●ダイキン、タイにエアコン新鋭工場開設、基幹部品の生産能力8割増、年産350万台、 

●タイの高架鉄道BTSの車両、中国企業から330億円購入

チェンマイロングステイの日本のシニア)
●5月30日 日本地方有力紙の注目記事「高齢在留邦人の)孤独死急増、日本に帰りたい」
第2の人生に人気のチェンマイが異常!定年移住後に貯金が底をついて孤立、毎月15人
が相次いで死亡、

■■■■■■■■■■■■「アジア最新情報■■■■■■■■■■■
●日本の政府と企業が官民連携して日本型介護サービスをマレーシアに輸出、資金はクー
ルJAPANが融資、アジア人口22億の高齢化率20%を想定、アジアの富裕層を開拓する。
●日経アジア10ヶ国若者調査、ネット通販利用者平均49,2%,利用8時間(タイ
1位)
●南シナ海テロ安全化のためインドネシア、マレーシア、フィリピン3ヶ国共同監視体制発



●「アジアの大学ランキング
(英国教育誌タイムズハイヤー)   昨年1位の東京大学が7位に後退。
(順位) (大学名)      ・
1位  シンガポール国立大学
2位   東洋工科大学(シンガポール)
        北京大学
4位  香港大学3
5位  清華大学(中国) 
6位  香港科学技術大学
7位  東京大学 
8位  浦項工科大学(韓国9
9位  ソウル大学
10位 韓国科学技術院

11位 京都大学 ●
23位 東北大学
24位 東京工業大学
30位 大阪大学
34位 名古屋大学
46位  筑波大学
48位 九州大学
49位 北海道大学


■■■■■■■■■■■「日本のシニア情報■■■■■■■■■■■

高齢者世帯数は1221万世帯、うち生活保護受給世帯は約6%の82万6656世帯
生活保護受給世帯のうち、高齢世帯が50、8%過去最多、うち単身世帯が9割を占める。
●認知症で行方不明は13%増の過去最多の1万2000人(2015年警察庁調べ)

●特養の待機老人数、全国で52万人(要介護4~5)、在宅介護老人は8万7千人(厚労省)
●介護現場の人手不足が深刻、理由は低所得(平均月収22万円) 全産業平均は33万円

●「日本の健康長寿都市・ランキングベスト10

男性
(順位)
(都道府県) (平均寿命) (健康寿命
1位   長野県    80,88    71,45
2位     滋賀県      80,58    70,90    
3位   福井県    80,47    71,97
4位   熊本県    80,29    71,75
5位   神奈川県   80,25    71,57
6位   京都府    80,21    70,21
7位   奈良県    80,14    71,04

8位   大分県    80,06    71,56
9位   山形県    79,97    71,34
10位  静岡県    79,95    72,13
女性
(順位)(都道府県) (平均寿命)   (健康寿命)
1位    長野県    87,18    74,45
2位       島根県    87,07    73,80
位       沖縄県    87,02    74,34    
4位   熊本県    86,98    74,40
5位   新潟県    86,96    74,79    
6位   福井県    86,94    75,09
7位   広島県    86,94    72,84
8位   岡山県    86,93    73,83
9位   大分県    86,91    75,01
10位  石川県    86,76    74,66
(出所;都道府県平成22年県別生命表)

■「世界の長寿ランキング
順位) (国名)     (平均寿命)  (
男性 ; 女性)
1位     日本         84歳      80歳   87
2位     シンガポール  83       81    85
      イタリア        83
             80    85
      スイス
        83       81    85
      スペイン        83
       80    86 
3位    アイスランド   82歳
     81    84
      スエーデン    82       80    84
      ノールウエイ   82       80    84
      フランス      82       79    85
      ルクセンブルグ 82       80    84
      ニュージランド  82       80    84 
出所 総務省 世界の統計2016)

●100歳を超えた高齢者が、初めて6万を人超える 日本は世界一の超高齢国家となる、
日本の80歳以上の人口が、初の1000万人台に、総人口比7,9%、 
●平成26年国民医療費は約40兆円、消費税引上げ延期で、原資をどうするか喫緊の課題

 

■■■■■■■■■見タイ、行きタイ、参加しタイ■■■■■■■■■

参議院議員選挙(全国) 7月10日 
●ダリ展 京都市美術館(岡崎公園) 7月1日~9月4日 1600円
●祇園祭 京都
●天神祭 大阪
 

■■■■■■■■■■■■「価値あるひとこと■■■■■■■■■■■

■東大寺別当、華厳宗管長 清水公照さんの自戒自守」の言葉---
なまけるな 
おこるな  
●いばるな 
あせるな 
●くさるな 
おごるな

■■■■■■■■■■「特にお勧めしたい本■■■■■■■■■■■

●「真贋」 吉本隆明著 講談社文庫 495円+税
●仕事ができる人の「アジア史」入門 夏川賀央著 きずな出版  1600円+税

●「日本文明77の鍵」 梅沢忠雄編著 文春文庫  760円+税
●「京都ぎらい」 井上章一著 朝日新書   

●美術手帳 特集号「伊藤若冲」 
美術出版社 1600円+税
●PEN (5/15号)特集 「愛しの歌謡曲」     650円

●文芸春秋 7月号 特集  「2020年日本の姿」    815円 
週刊東洋経済(6/18号) 特集「学び直し日本史」 690円
●週刊東洋経済(7/2  号) 特集「健康格差」     690円
    

 

■■■■■■■■■■■日タイ芸術文化講演会■■■■■■■■■   
    
■「現代アートで京都と世界をつなぐULTORA X HAPS TALK 001■

 「チェンマイ・ソシアル・インスタレーションとその背景」講演会

開催日時 7月20日(水)19時~20時30分
・会場    京都岡崎 ロームシアター京都ノースホール
・講師    クリッティヤー、カーウィーウォン氏  (英日通訳あり)
        タイ ジムトンプソン芸術監督 タイの代表的なアーティスト

・主催    京都造形大学大学院(HAPS)  
・定員    先着100人  無料
・申込    ・氏名 ・人数 ・連絡先電話ま田は、アドレス、・職業を添えて 
        ULTRA_HAPS@office..kyoto-art.ac.jp  までメールで  

■「魅力的な講演の概要」
●今回のULTORA X HAPS TALK では、古く、タイの古都チェンマイで
1990年代に実施された、余りにも著名な
パブリックアート、プロジェクト
「チェンマイ、ソシアル、インスタレーション
(CMS)について、社会政治的背景
とともに紹介してもらいます。


●その中核となったのは、先進的な思潮を持った 世界的なタイのアーテ
ィストと、
チェンマイ大学芸術学部の教授陣でした。 そしてこの草の根的
な運動は、3世代
にわたるタイの芸術運動の素地を築き、国内外の知識人のコミュニティを超えて、
広く社会にかかわっています。CMSが、タイのアートに何をのこ
したか、その実態
を探ります。 


クリッティヤー、カーウィーウォン氏の略歴
●1996年 バンコクで「プロジェクト304」創設、現在、世界的なシルクブランドで
著名な、ジムトンプソンセンターの芸術監督。
冷戦以降のタイやASEANの社会変革に対峙する芸術活動に取り組んできた。
・2000國際交流基金、東京オペラシティアートギャラリー
・2005ベルリン世界文化の家
・2006サイゴンオープンシティ
・2016チェンマイの現代美術館MAIIAMで、「狂気の晴朗」を企画


   jpnjtiro

 

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■夏の歳時記

2016-07-01 | ●歳時記

■■■■■■■■■■■7月の歳時記■■■■■■■■■■            

■「日本の夏、祭りの夏、混迷の夏
●7月は「文月」という、旧い文献によると、短冊に詩歌をしたためる
ために、書の上達を祈る七夕行事に由来するという。
梅雨が明けると、いよいよ盛夏がやってくる。
暑中見舞いを書き、そしてお世話になった方に贈るお中元に頭を悩ます
ことになる。しかしこれも日本ならではの、麗しいしきたといっていい。
 

 

7月は、日本挙げての夏祭りの月である
博多祇園山笠、あばれ祭、宮城の御田祭、祇園祭、天神祭、那智の火祭、
住吉祭など
、今や世界的に著名な日本の夏祭りが続く。
夏祭りと浴衣と、七夕という伝統的な日本のしきたりに、最近では、海外
から体験の旅の訪日客が絶えないという。 

●しかし世界や政局や経済を見渡すと、いつになくカオスの状況が続く。
英国のEUの離脱・それに伴う300兆を超える金融資産の消失と円高
米国次期大統領トランプという危惧
中国経済の失速と、景気への影響
・東京都知事の辞任騒動と政治不信、
・消費税中止と財政赤字の問題などなど、
・ますます進む高齢化、4人1人が高齢者という社会保障負担社会、

●「月は晴天にあり、水は瓶に在り]これは禅の教えだが、ありのままの姿が、
一番大切な生活のスタンスである」ことを示唆している。

  

■「文月の歳時記

●秀句  涼しさや鐘をはなるるかねの声 与謝蕪村 
         

●季節  炎暑 夏の色、夏の夕、炎ゆ、涼し、夏深し、三伏、夏の暁、朝凪
●時候  文月、半夏生(2日) 小暑(7日)、梅雨明け、大暑(23日)、
●祭事     独立祭(4日)、パリ祭(14日) 海の記念日(18日)
      鬼灯市(9日浅草)、朝顔市(7日)、黒船祭(14日九里浜) 

      祇園会(17日京都)、天神祭(25日大阪)、住吉祭(31日大阪)

      
●風物  納涼、川床、露台、噴水,団扇、走馬灯、打ち水、花火、風鈴、                                   
●味覚  柏餅、冷汁、冷奴、瓜漬、茄子漬、冷酒、葛水、鮎、岩魚、石鯛                          
●花木  マロニエ、白丁花、百日紅、紫陽花、牡丹、余花、合歓の花                
●挨拶   盛夏の候、猛暑の候、書中お見舞い

  
 
■【日本と世界の行事
01日 日銀短観発表
●01日 16年の路線地価の発表
●07日 小暑

●07日 関西電力高浜原発1,2号機の運転延長の認可期限
●08日 北大西洋条約機構[NATO]首脳会談
●10日 ○参議院議員選挙
●14日 ゴルフ全英オープン
●15日 プロ野球オールスター戦 
●18日 海の日 祭日

●18日 米国共和党全国大会
●20日 米国とキューバの国交回復から1年
●22日 大署

●22日 ザルツブルグ音楽祭
●27日 鹿児島県知事任期満了 
●28日 ゴルフ全米プロ選手権

  


■【タイの行事

●ろうそく祭り(ウボンラチャタニー県) 
●三宝節(全国)
●入安居(全国)

 

 

 

 

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■「利他の心」

2016-06-25 | ●時流・潮流

■■■■■■■■■■■■現代社会に潜む謎■■■■■■■■■■■■

■「果してFAKEなのか
題のドキュメンタリ―映画「FAKE」を見た.
約2年前、難聴の著名な作曲家が、ゴーストライターなる蔭の作曲家の登場
で、マスコミから世間の偽善者として暴かれた。

●全てのマスコミは、覇を競ってこの話を書きたて、ゴーストライターの作曲家
脚光を浴び、逆に、かっての作曲家は、奈落の底へと落ちて行った。
そして、ゴーストライタ―の作曲家は、正統派の作曲家として、頻繁いにテレビ
に登場する
事になる。 まさに主客転倒の結果となった事は、記憶に新しい。

●いつしか1年が経過した。そして18年にも及んだ作曲偽装疑惑をスクープ
した週刊文春の
記者は、その年のドキュメンタリー大賞に輝いた。



●そしてまた1年がたった。
かってのゴーストライターの作曲家、新垣さんは、
タレントとして、テレビでも活躍
中である。

この作曲家ゴーストライター事件は、既に世間では一件落着しており、殆どの人
の脳裏
からは、忘れ去られていると言っていい。

●そこへ、今回の映画による佐村河内さんの突然の再登場である。

しかも、偽善者としての汚名を被ってから約2年、当時は反論さえも許されなかつ
た事の真相が、赤裸々なドキュメンタリー映像として、6月4日全国一般に公開

れた。

今さらという声や、往時のゴーストライター全面勝利の結論に、いささかの疑問を
抱く人々など、
改めて、この作品に世間の注目が集まることになった。



■「最後の12分は、他人にしゃべらないで
●この映画の公開に先立ち、この事件をスクープした文春記者や、ゴーストライ
ターだった
新垣さんサイドから、大きな問題提起があったと聞いている。
またこの作品の森監督との製作論争を
危惧する声も取沙汰されていたという。

そうしてマスコミや業界を挙げて、この映画の完成への期待感が、順次形成さ
れていった。


●東京はじめ、主要都市の上映観客動員は、予測通り成功した様だ。

ドキュメンタリー作品とはいえ、1年半もかけて製作しただけに、製作経費もば
かになるまい。
事前のPRにも力が入っていた。

●6月中旬、話題の公開作品を見る機会に恵まれた。
映画、問題後、悲嘆にくれる佐村河内夫妻のマンションでの生活から始まる。
その後の現実描写が、淡々と続く。 
ナレーションはほとんどない。 
森監督と佐村高知さんとの会話と、時折、近くをゆく電車の音が、印象的だ。

状況説明するナレーションを極力なくして、画像をみてもらうことで、観客それ
ぞれに 事の判断をゆだね
ようという、森監督の新しい手法が、新鮮に映る。

●まず画面からは、
スクープ当時、巨大マスコミの一斉
報道の前に、ただただ屈従せざるをえなか
った佐村高知夫妻の苦渋と、
それ以降、反論の方法もなく 悲しい日々の連続
であ
った事が、たんたんと語られていく。

●森監督は、佐村河内夫妻の悲しい日常生活の密着取材を通して、客観の
目で、事
の真相に迫ろうとしている事がよくわかる,

●ある日のこと、フジテレビのプロヂュサーなど番組幹部が大挙して佐村河内
を訪ねて来た。そして大晦日の時事的なイベント特別番組に出て、あの事件
の真相を語ってほしい旨の申し入れを受ける。 だがお笑いタレントの番組MC
に危惧を抱いて彼は、
敢て出演を辞退する。

そして迎えた年末大晦日当日、当の特番テレビを見ると、断った佐村河内さん
の代わりに、皮肉にも 
問題のゴーストライターだった新垣さんが登場、、お笑
いタレントと絡むドタバタの構成ではないか。

  

ただ目先の視聴率にしか目がいかない、しかも悲しみに沈む人の心さえも、
もて遊ぶ無慈悲なテレビ
局のやり方に、本人はもとより、観客の私どもまでも、
怒りをあらわにすることになる。

●次いで取材に訪れた米国の雑誌記者は、楽曲の構想原案だけでは、世間
の人たちは、真の作曲者と
認めないのではないかと、疑問を投げかける。

彼は、それに答える。、
耳が聞こえない、
難聴のために、交響曲のグランドデザインといわれる、着想
(コンセプト)や、起承転結の筋書きを創って、
具体的な曲想(メロディ)を、
スタッフにゆだねる道筋を説明した。 
そして、その実証として、具体的でしかも精緻
に記された何枚にも及ぶ着想の
文面が示された。      但しここにもナレーションもコメントはなし。

●森監督は、佐村河内さんに、再度、自力で作曲することを促す。

そして迎えた問題の最終章
(全く語りかけのないアクションの12分間である)、
新たに買い入れた着想用のシンセサイザーの前で、新曲に挑む佐村河内さん。
キーボードを豪快にたたく指。
試行錯誤のあと、次々に楽曲が生まれていく。
片隅で聞き入る奥さんのプロフィールに、あたらしい楽曲のメロディが流れる。

●やがて、終わりを告げるエンディングタイトル、スタッフタイトルの後に、
再び作曲に取り組む佐村河内さんに、森監督が語りかける。
佐村河内さん、今回の私の取材に対して、些かも偽りはありませんか」、
ここで映画は終わる。

●何とも 時代背景にある出来事の両極を意識してか、全ての答えは見る人に
託したと言わんばかり
の森監督の描き方である。

聞くところでは、この話題をスクープした週刊文春の記者にも取材申し込みをし
たが、拒否されたという、 しかも
この映像作品に対しての、酷評が、Web上で
流されたという。、
またゴーストライターだった新垣さんにも森監督は、取材申し
入れをしたところ、拒否されたという。
それはそれで、正当な論陣の展開が、欲しかったと思う。
 
 

■「利他のこころ
●いま、日本は、世界でも有数の平和で静かな国である、
しかし平和ボケというか、安閑、安寧の中に、思ひもよらない社会現象が見うけ
られる。
ある出来事が、ある日、一方的にマスコミ報道に流され話題になると、何時しか、
容赦なく正当化され、問題の人は、情け容赦なく、視界から消えていく。
そして、話題の人たちは、さびしく孤高を保たざるをえない事例が多過ぎる。
よしんば敗者の場合でも、復活の機会は少ない。

●なんでも安易に四捨五入してしまうメディアに対する違和感は、ぬぐい去る事
は出来ない。また何に限らず、1か0かの世界は、どうかと思う。
是か非かは、確かに解りやすい。しかしこの2極化は、必ず格差に繋がる。
いつからこんな情け容赦ない世の中になってしまったのか。

●こうしていま日本では、成熟社会ならではの、悲しい事例が、ひそかに増えつ
つある。だからと言って人を騙していいはずはないし、また騙されて、黙っていて
いいはずはない。いろんなことを考えさせられたいい映画だった。

●社会は、一人では成り立たない。仕事も家庭も同じである。  
「利他の心」を持ち合わせた協働体ならば、こんなぶざまな出来事は、まず起こら
なかったはず.
 この事件に関係する両極の人たちが、これを機会に、どのように
変わって行くのか、見つめていきたいと思っている。
            (Yama)



 

 

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