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JSPから発信するビジネスブログ

そして冬の夜空と夢の論理

2016-12-28 11:44:52 | 日記
今年も早いもので年内の最終営業日である。こんな日にブログ当番が回ってくるのはなんとも陰謀めいたものを感じるのだが、真実はどうなのやら。
何はともあれ、年明け最初の営業日までこの記事がトップに居座り続けると思うと書く側としては緊張する。


・・


・・・


などという事はなく、いつも通り字数を稼いで締めくくれるのだか締めくくれないのだか良くわからない記事で進めよう。うん、心理的ハードルは低いに越した事はない。


さて閑話休題。


白い息を吐きながら真冬のオリオン座を見上げる。勤め始めてからの自分の中の冬の風物詩だ。
自宅の門をくぐる前にふと上を見上げるといつも屋根越しに出迎えてくれる。オリオンの帯にあたるミンタカ、アルニラム、アルニタクの三つ星の見つけやすさも手伝って、月が出ている夜であってもその存在感は大きい。
職場の近くでも見られればいいのだが、生憎と都市部の明るさの中ではどうにも見つからない。そこ、田舎に住んでるんですねとか言わないように。

まだ自分がマネージャとなる前、作業担当やチームリーダとしてお客様先の現場で七転八倒しながら仕事をしていた頃、丁度年末の忙しいこの時期に白い息を吐きながらオリオン座を見上げ、「今日も全力で頑張ったな、俺。」と自らを労いながら玄関に入る。そんな日々を送っていた。

今は以前と立場も違う。それで違った思いを抱きながら見上げる事が多くなってきた。
この夜空の下で夜空を見上げる事も叶わず煌々としたディスプレイの前で奮闘する仲間達を思いながら、「まだ頑張っているのだろうか」「疲れが溜まって体調を崩さなければよいが」といささか心配の念を抱く。

こう書くとブラック企業かと思われてしまうが、どんな仕事にも大変な時期はある。お客様の為に全力で頑張ろうとしている仲間に対して頑張るな、とは言えない。ただ少しでも大変さを和らげられるマネジメントをするのが自分の役目である。
以前は自分のためだけの努力で済んでいたのだが、今はそれだけでは足りない。自分は自分の仲間の為に最善を尽くしたか?と問われればちょっと首をかしげて唸ってしまう自分が少々残念だ。

また今年は役職も変わり、体感で今までの経験や力が9割方通用しない事態が続く年でもあった。
そもそも実力不足なのでは?という観点に行ってしまうと身も蓋も無いので聞かなかった事にしておくが、諸事に於いて色々と不十分であった事は反省しなければならない。

「経験則で通用しない事が起きた時、唯一頼れるのは論理である。」
先日某番組を見ていた時に数学者の先生がそう言っていたのが記憶に残っている。確かに世の中には自分の経験したことの無い事で溢れている。経験をしたことが無い事に対して経験則のみで立ち向かう、とは缶詰の中の缶切りではないか。その論理でいけばやったことの無い事は一生出来ない事になる。
未知のものに対しては似たような経験則から来る推測も使えるかも知れないが、物事を正しく丁寧に観察し、道筋を導き出す力も総動員する必要がある。

上記はいささかリスクや危機に対して、という感じに寄ってしまう話だが、夢を未来における未だ経験したことのない到達点だとし、上記の経験則で通用しない事に置き換えれば、そこに辿り着くにはやはり論理の積み重ねと準備が必要と定義できるのではなかろうか。
夢こそ論理が必要であり、論理は夢の為に積み重ねる事が必要なのかもしれない。論理はそのまま準備につながり、準備を全うするには努力が必要だ。頭から煙が噴きそうな程考えて、死ぬほど準備して、人が努力をしていない時に努力をしなければ、今より高みを目指して進んでいく事は出来ない。そこまでやって失敗したのであれば、口惜しさはあっても少なくとも後悔はしないのではないだろうか。

「人は、夢で描いた自分の姿以上にはなれない。」最近よく聞く言葉だ。ああ、そういえばガッキーもCMで言ってた。
明確な目標なくしてそこに到達する論理も準備も努力もやりようが無いという点で言えばなるほど納得できる。自分がある日突然想定以上の姿に変身できるのであれば話は別だが、残念ながら人と世の中はそういう感じには出来ていない。
そして夢はただ明確なだけではいけない。無機質なものではなく、血の通ったものであり、論理を積み上げる価値のある目標でなくてはならない。そうでなければ、それは目標などとは程遠いただの記号か符号だ。偉そうに言える立場ではないが、よくよく気を付けなければならない。

来年の年末は良い気分でオリオン座を見上げる事が出来るだろうか。
少なくとも今年よりは自信を持ち、やり切ったと言えるかは、今からすべて始まっている。そして今から始められる。
場の空気や相手の気持ちを読んだ気になって、遠慮してモジモジしていても何も良い方向には行かない事を肝に銘じ、ひとしきり反省したところで今年を締めくくろう。



「上を見てどうしたんですか?」
「・・・オリオンビールは安いよね。」
「(既に納会気分か・・・)」



それでは良いお年を!

(刑事長)

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旧交

2016-12-27 08:30:00 | 日記
 話は今年が明けて間もない2月頃に遡る。大学で同じサークルだった友人が地方勤務から東京勤務に復帰して、久しぶりに会おうということになった。いまだに親交を続けている数少ない友人との飲み会は気を使うこともなく非常に楽しいものであったが、その際にやはり同じサークルで同じ学部の友人の話となった。その友人は地元に就職し、卒業以来一度も顔を合わせていない。久しぶりに会う機会を作ろうという話になり、サークルの定演に合わせて、集まろうという話になった。

 時間はあっという間に流れ去り季節は秋。すっかり記憶からとんでしまっていたが、東京の友人から、地方の友人と連絡が取れたので、12月に大学で会おうという連絡があった。早速我家の財務大臣と交渉し、何とか旅行費用を確保。予約も無事とることができ、当日を待つだけとなった。

 以前実家に帰った際は深夜バスを利用したが、今回は日程的にも体力的にも厳しいと判断し、宿泊付の新幹線パックを利用した。独身の頃は何故か旅行会社を使うことを面倒に思い、切符と宿泊を別々に手配していたが、パックを使えば、新幹線の往復代よりも安い金額で宿泊も可能だ。何となく自由が利かない印象で避けていた当時を思うと無駄遣いをしていたものだと感じる。

 いよいよ当日。若干早目の新幹線で出発し、14:00頃無事岡山に到着。学生時代の痕跡を求めしばらく街を彷徨ってみることにした。当然ながら、周りの様子はずいぶんと変わってしまっている。駅前からかつての中心部の商店街までのんびりと歩いてみた。商店街は想像していたよりはシャッター商店街ではなかったが、休みにも関わらず、歩いている人は本当にまばらでしかなく、募金を求める高校生の声だけが響きわたっている状態だった。商店街の端に学生時代よく訪れていた珈琲のうまい喫茶店があり、そこで飲むことが目的だったが、商店街を進むにつれてそのさびれように段々とあきらめの気持ちが強くなってくる。いよいよ外れに到着、店は残っている様子。心躍らせ近付くと「closed」の表示。諦めきれず周りうろうろしていると、店主が出てきて開店してくれた。おかげで久しぶりの珈琲をゆっくり味わうことができた。

 その後、一旦ホテルにチェックインした後、演奏会の会場に向かう。会場で無事友人達と落ち合い、後輩たちの演奏に聞き入った。自分たちが現役のころもかなり人数が少なくなり、サークル存続の危機に陥っていたが、今回の現役は全学年合わせて16名、想像以上に人数が少なくなっている。5年ほど前に横浜で開かれた演奏会に聞きに行ったときは、60名程度はいたはず。毎年人が入れ替わっていく学生サークルならではの難しさを感じた。

 人数が少ない割には一人一人の声がよく出ていて、演奏も安定している。最終ステージでは自分達のころには想像もできなかった演出もされていて、とても満足することができた。アンコールから終幕までは、自分たちが現役のころからの流れが踏襲されており、あまりの懐かしさに少し涙腺が緩んでしまった。

 演奏会終了後はいよいよプチ同窓会。一旦駅前まで戻り店を探すことにした。昼間の様子からは考えられないくらいどこの店も満席。最初は学生時代に通っていた店限定で探していたが、早々にあきらめ、数店巡った上でようやく座席を確保することができた。酒を飲み始めれば話の花が咲きまくる。演奏会の感想、それぞれの仕事、家庭の近況、昔話、他のみんなの近況等々。たっぷり30年分、時間が経っても話は尽きることは無く、ふと気付くと3時間以上が経過していた。

 不思議なもので、四半世紀以上前の気分に飲み始めたとたんに戻ってしまう。みんなそれぞれオッサンになってしまったが、あのときの3時間は、間違いなく下宿に寄り集まって飲んでいたときと同じ気持ちだったと思う。その後、学生のころによく通っていたラーメン屋に行き、締めの一杯を食べ、名残を惜しみつつ解散となった。

 思い出の場所に訪れ、思い出の人達と会うことで、自分の気持ちを簡単にその時代に戻すことができる。楽しかった時代に気持ちが戻ることで「今」に対する活力も湧いてくる。これから、時間の許す限りこうした機会に積極的に作っていきたいと思う。(池)

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凧と父と

2016-12-26 08:27:33 | 日記
 クリスマスを過ぎると凧を作った。私がまだ小学校低学年だった頃の話だ。模型屋さんに出かけて竹ひごを買い、凧の枠を作った。やっこ凧のような曲線を必要とする形はうまく作れないので何の変哲もない長方形になった。接合部分は凧糸を結んでつなぐ。風で骨組みが折れてしまわないように念入りに竹ひごを補強してセロハンテープをグルグル巻く。骨組みが出来上がると、ふすま紙を張る。糊は残ったご飯だ。張ったふすま紙に水彩絵の具で絵を描く。下書きも何も無しにいきなり当時大好きだった鉄腕アトムを描く。変な顔だが悪く無い。背景を青く塗って出来上がりだ。絵が入った凧の枠に凧糸を結び、重心を調整する。新聞紙を5センチ幅ぐらいに切って糊で繋ぎ合わせ2メートルほどの帯を作る。これを2本作って凧の足にする。
 
 父は年末休みになると「行こうか」と誘ってくる。むろん「凧揚げに行こうか」という意味だ。父との思い出は数少ない。そのうち一つが凧揚げだ。父は凧揚げが好きだった、と思っていたのだが本当にそうだったのかどうか。子供と遊ぶほかの方法を知らない。家にいれば母に大掃除を頼まれる。そんなことの複合的な結果が、この季節の凧揚げ習慣になっていたのかもしれない。よく揚がる凧が押し入れに入っていて、それを引っ張り出して新聞紙で足を付け、出かける。行く先は田んぼだ。当時住んでいた家を出てゆるやかな坂を下りれば、もう一面田んぼだらけ。電信柱もない。つい数か月前までは金色の海のようだったところも、刈り入れが終わって広々とした野原のようになっている。
 
 父にアトムの凧を持ってもらって、私は田んぼの中を走り出す。うまくすれば父が手を放すと同時に凧は高く舞い上がる、はずなのだが、おそらく糸の重心調整がうまくないために凧はくるりと回転して頭から地面に突き刺さってしまう。少し調整しては走り少し調整しては走りを繰り返す。凧の足がちぎれてしまうが、これも修繕してまた走る。風と走り出しのタイミングがうまく合ってぐんぐんアトムが空に昇って行く。少し離れたところで父は一人で凧を風に乗せてしまう。「いいなぁ、アトム。よくできた」父は私の凧を見てそんなことを言う。私は凧以上に舞い上がってしまう。北風が冷たかったはずなのに、そんな記憶はまるでない。ただ遠くのたき火の匂いはなぜかよく覚えている。
 
 呆れるくらい長い時間凧を揚げて家に帰ると、風呂を沸かして父と入る。家で遊んでいた妹を風呂に誘っても、凧揚げに誘ってくれなかったことをすねていて「お母さんと入る」と断られてしまう。転んで稲の切株で怪我をさせてしまってはいけないし、クリスマスプレゼントの人形に夢中になっているからと誘わないで出かけたのだ。
 
 その日の夕飯のことまで思い出すことは出来ないが、きっと母のことだから「揚げる」にかけて天ぷらでも作ったのではないかと思う。そしてその食事中に翌日の大掃除計画を発表していたはずだ。年末の大掃除も父との数少ない思い出のひとつなので、父の大掃除脱出計画が成功したはずがない。(三)


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2016-12-22 12:40:41 | 日記
テレビを見ていながら会場(現場)の雰囲気にのまれた経験が2回ほどある。ひとつは、競馬。もうひとつは、高校野球。
競馬の方は1990年に行われた有馬記念、オグリキャップという競争馬が引退したレースだ。
有馬記念はその年の最後に行われ、その年の最も強い馬を決めるレース。毎年、今の時期にCMで有馬記念という文字を見ると、このレースで伝説として語られるような感動的なラストランを演じたオグリキャップを思い出す。

競馬には、中央競馬と地方競馬というものが存在し、「中央」はエリートだけが集まりレースを繰り広げるが、「地方」はそれ以外、ノンキャリアのような存在の馬たちが集まりレースを繰り広げる。この「中央」と「地方」には、実力も人気も大きな隔たりがあり、大きな壁が存在していた。
その壁をぶち破り「地方」から「中央」に殴り込みをかけたのが、オグリキャップ。地方出身のノンキャリアの彼がキャリア組を次々と打ち破る痛快劇で、一躍競馬界のスターにのし上がった。
「中央」に移籍した年、エリートの中でも頂点に君臨していたのが1歳 年上のタマモクロスで、この馬にオグリキャップは3回挑んでいる。馬の年齢の1歳は人の4倍と言われているので、小学生の足の速い子が、高校生に挑む感じか。タマモクロスに2回敗れながらも3回目で勝利した姿は、当時、小学生だった私の記憶に今も残っている。

そんなオグリキャップも年齢を重ね、ケガもあったと思うが、1990年の今頃は限界と言われ、レースでも惨敗を喫していた。関係者もこれ以上は無理と判断したのか、有馬記念を引退レースに決め、誰もが有馬記念は最後の記念に出走するものだと思っていた。
だが、オグリキャップの闘志は消えていなかったか、頭角を現してきた若い世代のエリート達を抑え込み見事1着でゴールする。
オグリキャップが最後に見せた熱い思いが18万人の観客に伝播し、一斉にオグリ・コールが湧き起こる。TV越しの私も鳥肌を立て、伝わるはずのない熱気の中に居た。

先日、ある企業の会社説明会に参加した。前半は外部から人を招いた講演会、後半は部門責任者による説明。
前半の講師の方は、近い未来の世界を熱く語り、その世界を創り出す中心に我々参加者がいるのだと鼓舞していた。
一方、後半の説明は淡々としたものであった。説明だけを聞いていたらそこまでは思わなかったかもしれないが、前半の熱量に対し、後半は熱さが無い。「一緒に頑張っていきましょう!」と言われても「オゥー」とは言えず、「はァ」となってしまう。
伝える側が熱い思いを持たなければ、人の心は動かないと改めて感じた。
オグリキャップまではいかないまでもJSPが創り出そうとしている世界を社員全員が熱く語れるようにしたいものだ。
なお、競馬を見るのは好きでしたが馬券は買っていないのでご安心を。(ほ)

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見習い

2016-12-21 13:47:17 | 日記
年の瀬です。毎年のことですが、そんなに代わり映えしない毎日を送っていても、何となく気忙しく感じてしまうのは師走、年の瀬効果だろうか。

昨日、帰宅後テレビをつけるとガッキー主演のドラマが最終回を迎えていた。「逃げ恥」ってやつですな。うん、ガッキーかわいい。エンディングテーマに合わせて出演者が踊る「恋ダンス」も話題になり、アメリカ大使館の皆さんが踊っているバージョンもあるとか。

我が家にはこの逃げ恥のエンディングテーマに反応して体が動き出してしまう生物が一人生息している。娘だ。Youtubeで動画を漁っては踊り、別バージョンの動画を探しては踊りしているうちにそれっぽく見えるようになってきた。

初めは両腕の動かし方も覚束ない。ちょっとやってみては「あー、分かんない」、またやってみては「あれ?あれ?」とフリを忘れて初めから。今度は動画自体をじっくり観察してからもう一度。ちょっとは様になってきたかな?

次は足の動き。上半身と一緒に動くので意識が上半身寄りに。「ん?ん?」ちょっと違うんじゃない?外野からの指摘にもう一度動画を観察。

そんなこんなでいつの間にやら習得したらしい。最近は何だか得意になっているらしく、「ねぇねぇ躍ってみて」というと、「えー」とか言いながら準備万端、踊る体勢を整えていたりする。うちの娘もかわいい。

ダンスやスポーツでは初級者は必ず、「よく見ろ!」と上級者に怒られたりする。また、文化芸能の世界でもその世界に入ってきたばかりの人は見習いと呼ばれている。

見て、習う。

ものすごく簡単なようでいて日々できているか自問してもだいぶ怪しい。また見て習うことができる環境を提供できているかというのもだいぶ怪しい。周囲の皆さんごめんなさい。

やってみせる。
見て、習う。

これには上級者の積極的な姿勢が不可欠だし、口だけが積極的でもうるさいだけ。
下級者は上級者を一人にしないフォロワーシップと学ぶ気持ちが大切になる。

一年の計は元旦にあり、というが何も元旦を待たずに今から始められることもある。(野)

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