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秋山眞之生誕149年祭 開催されました

2017年03月20日 | 伊予松山歴史散策

明治の気概に学び、国家存亡の危機を克服した明治の先人の一人である秋山眞之生誕149年祭が、本日(3月20日)、愛媛県松山市歩行町の、秋山兄弟生誕地で、愛媛県知事、松山市長さん始め、関係来賓者参列の下盛大に秋山兄弟生誕地武道館で開催された。

式典は、秋山兄弟生誕地を管理している、公益財団法人常盤同郷会、平松昇理事長の挨拶で始まり、式典後はお茶会、お琴の演奏会で秋山眞之を暫しの間偲びました。

秋山眞之は、伊予松山藩士・秋山久敬の5男として慶応4年3月20日、に生まれ幼名は淳五郎で、元服し名を眞之と改めました。

眞之は、兄である好古の支援をえて東京大学を目指し、東京大学予備門に入学、東京帝国大学を目指しますが、尊敬する兄、好古に学費、生活費の負担を掛けることは偲びがたしの思いを持ち、兄を説得し了解を得て海軍兵学校17期生として進学しました。(なお、東京大学予備門の同級生に夏目漱石がいました。)

海軍兵学校では、終始首席で卒業し海軍大学校教官を経て、日露戦争勃発には、日本海軍連合艦隊司令長官東郷平八郎の下で、作戦担当参謀となり、旗艦「三笠」に乗艦、日本海海戦では、帝国ロシア海軍太平洋第二艦隊・第三艦隊(日本ではバルチック艦隊と呼んだ)を日本海で撃滅その作戦を全て秋山眞之が専任参謀として立案し勝利に導き世界を驚かせました。

その後大佐となり、海軍少将と昇進、大正6年12月1日中将に昇進、大正7年2月4日、小田原の山下亀三郎(山下汽船創設者)の別宅で盲腸炎を患い腹膜炎を併発し亡くなりました。享年49歳、海軍中将従四位勲二等旭日重光章であります。

墓所は、東京青山霊園に兄好古と一緒でありましたが、昭和62年鎌倉霊園に改葬しました。

画像は3月20日開催された秋山淳五郎眞之の生誕149年祭。

                   記

 1、日  時  平成29年3月20日(春文の日)

        午前 9時30分 式典

        午前10時00分 伊豫売茶流・天山会の茶会 ・正派邦楽大師範箏・三絃「前谷雅貴社中」

        小・中学生の琴演奏会

2、茶  会  生誕149年祭式典後お茶会開催・午後2時 閉会

3、場  所  秋山兄弟生誕地 武道場「松山市歩行町二丁目3番地6」

4、来  賓  愛媛県知事代理・松山市長代理・山下亀三郎氏の孫、山下洋次郎氏(東京在住)

        山下家本家、山下重蔵氏 (宇和島市)

5、参  考  秋山眞之誕生日  慶応4年3月20日

午前9時30分開式、生誕149年祭開催の挨拶を述べる、公益財団法人常盤同郷会、平松昇理事長。

東京在住の山下汽船創設者、山下亀三郎氏の孫、山下洋次郎洋氏の挨拶

山下汽船は現在商船三井。

挨拶の中で、眞之は小田原の山下亀三郎氏の別荘で亡くなったが、山下亀三郎氏が日記に書いていた当時の様子の一部を披露した。

当時山県有朋が小田原の別荘に居た。眞之は、これから近代的な日本の国造りは山形閣下が中心となり建国されていかれるお方です。お願いは米国とだけは事を構えないようにお願いします。物量、資源豊かな米国と事を構えると日本は駄目になってしまします。・・この様な事柄をお願いに小田原の山下亀三郎氏の別荘で居た時に盲腸を患い腹膜炎を併発して亡くなった。小田原には腹膜炎を治す医師が居なかったと言われている。

素晴らしい琴の演奏を聞き入る参列者。

愛媛県知事は議会開催の為代理者が参列、松山市長も公務の為代理者が参列、生前秋山眞之と深い交友のあった山下亀三郎氏の関係者の皆さんが参列し眞之を偲んだ。

伊豫売茶流天山会、家元がお手前を披露。

公益財団法人常盤同郷会・藤島理事が眞之に献茶。

参列された来賓者に対し、伊豫売茶流天山会、家元がお手前を披露。

生誕149年祭式典後、お茶会が始まり琴の演奏を聴きながら、眞之を偲んだ。

琴の演奏は、正派邦楽会、大師範・琴・三弦前谷雅貴社中の皆さん。

 

来賓の方々と149年祭会場で。

秋山兄弟生誕地では、6年前の眞之生誕祭から、眞之の大好物であった「いり豆」を秋山兄弟生誕地・女性研究員が、伊予の名産「伊予絣」で袋を作り、その中に「いり豆」を入れて限定頒布しました。準備をする河端研究員。

その様子を取材する地元TV局。

いりまめ頒布前で眞之談義。

秋山眞之生誕149年祭、お茶会の受付でお持て成しをされる、伊豫売茶流・天山会の皆さん。

秋山眞之胸像の後ろに今年は、旭日旗を掲げた。

愛知県から来た少年少女、来年受験希望校に入学できますようにと祈願していた。

5年前、東京のある女子高生3人が秋山眞之生誕祭に来て希望校(東大、早稲田、津田塾)に入学出来ます様にと祈願した。すると願いが叶い、翌年の生誕性にその報告をしに来た。・・その事を話すと画像のように祈願していた。

眞之生誕149年祭式場で琴の演奏指された正派邦楽会、大師範・琴・三弦前谷雅貴社中の皆さん。・・名演奏ご苦労様でした。来年もよろしくお願いします。

 

 大師範・琴・三弦前谷雅貴社中の皆さん。

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