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松山市内の銅像巡り18 井上正夫 像

2017年07月23日 | 伊予松山歴史散策

井上正夫 銅像

 井上正夫の銅像は、伊予鉄市駅(市内電車の構内西端)に建立されている。

 明治14年(1881)に浮穴郡大南村(現、砥部町)の出身で、本名は、小坂勇一。

 明治・大正・昭和の俳優・映画監督。演劇を大衆文化に育てた人で、新派俳優であった。

大阪の陶器商に奉公中、大阪成美団の芝居を見て俳優を志、帰省の折、松山新栄座で興行していた敷島義団に入り、初舞台を踏む。

地方の劇団を転々とし、上京の折、真砂座の伊井蓉峰(いいようほう)一座に加わり、「女夫波」によって人気を得る。一時、映画作りにも参加する。

また、芸術的な大衆演劇を目指して、井上演劇道場を作り、後進の指導養成と商業演劇の向上にも努める。

終生、セリフの伊予なまりは抜けず、リアリズムを根底とした演技は魅力的で、舞台に大きな包容力があった。

『愛媛人物博物館~人物博物館展示の愛媛の偉人たち~』より引用。

昭和27年建立された井上正夫の胸像は、市駅の市内電車乗り場の西片隅に建立されている。

台座にある揮毫は、親交の深かった親友、山本有三である。

生誕地である、砥部町にも銅像がある。

井上正夫の胸像の裏面。

胸像の裏面左側に文字が刻印しているが判読不明。

胸像の裏面左側に文字が刻印しているが判読不明。

画像の様に胸像は、かなり汚れています。伊予鉄道の皆さん銅像建立とは関係がないかもしれませんが、清掃活動をされては如何ですか?

台座裏面に埋め込まれている銘板。

台座に揮毫されている文言。

胸像左側に建てられている説明柱。

胸像の題字は、親交の深かった、山本有三の揮毫。

 

井上正夫の胸像は、市駅の市内電車乗り場の西片隅に建立されている。

市内電車に、乗車する人々を見送るような格好で建立されている。

市内電車、市駅ホーム。

松山市駅前に建っている。

 

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