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伊豫松山、天山神社周辺整備事業が完成・奈良県橿原市南浦町からも式典に参列

2017年07月11日 | 伊予松山歴史散策

平成29年7月9日、天山神社周辺の整備事業が完成し天山神社で完成式が行われた。

愛媛県松山市天山町は、天山神社周辺の整備事業を行ってきたが、このほど完成し、野志松山市長、白石天山町区長はじめ関係者、天香久山のある奈良県橿原市南浦町から,辻井総代、造田天香山神社宮司、市議会議員他関係者臨席のもと、神事と完成式典が境内で行われた。

今回整備されたのは、参道の整備、掲示板の設置(天山と奈良県橿原市南浦町、天香久山の説明版)、灯篭、玉垣、整備事業の記念石碑、水洗式お手洗い等々が整備された。

昭和52年5月8日、当時の天山町岸区長他25名が橿原市南浦町を訪れ姉妹町の交流が始まった。その後疎遠となっていたが、平成27年11月28日、松山市天山町から白石区長他18名が、21年振りに橿原市南浦町を訪問し交流を確認した。

そして今回は、橿原市南浦町総代、市議議員、天香山神社宮司さん他5名の皆さんが松山市天山町を訪れ天山神社周辺整備事業完成の神事・式典に参列、両町の絆を深めた。

 

松山平野の中心にある天山の位置。

天山は、風土記 日本古典文学体系・風土記逸文・伊予の国に出て来る歴史のある山で、奈良県橿原市南浦町にある天香久山と姉妹の山である。

天山は慶長6年、加藤嘉明が伊予松山城築城に際し、徳川家康に築城許可を願い出た候補地として、1番候補地としたと言う逸話のある山である。

伊予松山城本丸から見た天山三山。

伊予四山を上空真上から見た空撮画像。

愛媛県松山市天山町にある「天山」標高、50,4m、天香久山とよく似ている。

我が家は近くにあり、毎日天山に登っている。113段の石段が今回の整備事業で116段になった。

奈良県橿原市南浦町にある「天香久山」標高、152、4mで、日本100名城巡りで、松坂城から高取城に移動中に撮影した。山の形が、天山とよく似ている。

この度の整備事業で設置された大和三山の画像。

松山市教育委員会が設置している、天山の説明版。

天山神社の参道入口で、今回の整備場業で設置された「大和三山の説明版」と「天山説明版」は参道(石段)の途中に設置された。

参道入り口に建立されている「天山神社」の揮毫は、三輪田米山である。

天山神社の石段は116段ある。

天山神社拝殿。

天山神社は、松山市南久米に鎮座する日尾八幡神社の15社ある 末社の一つで、本殿は、宝暦6年(1756)6月、「第9代将軍・徳川家重時代、第8代伊予松山藩主、松平定静の時」本殿及び拝殿が整備されたと、天山町に記録が残されている。

 また、天山は旧記によれば、上古高原にありて香山と云へりが、二つに分かれて、大和国と伊予国とに落ち故、大和に落しを「天香久山」と云ひ、伊予に落しを「天山」と云ふ。天山の所在伊予郡の郡家より東北の方に当れり。

昔天底立命(天櫛真智命の御子)の孫、天日別命の裔この地に来り、天照大神、天櫛真智命及び伊邪那岐命、伊邪美命を祭祀せりと。徳川御所にますます征南将軍宮常社に参詣あり武器を奉納し「天山の 夕日にたてる 花すすき むかしになびく 色は見えけり」と言う國風一首を献詠し給へり。

明治四十三年六月七日神饌幣帛料供進の指定に預り石井村長参向供進せり。・・とある。記述は日尾八幡神社縁起より引用

 

整備完成に当たり、神事が行われた。祭壇も準備OK。

日尾八幡神社の三輪田宮司をお迎えして「天山神社周辺整備事業完成神事」が行われた。祝詞を挙げる三輪田宮司。

天山神社周辺整備事業の内、主たる整備は参道であった。

三輪田宮司は此れから天山神社とその氏子達の更なる発展を祈念しお祓いをした。

神事が終わり、奉納子供相撲が行われた。

天山神社周辺整備事業完成神事が終わり、野志松山市長をお迎えして完成式典が開催された。

天山神社周辺整備事業整備前の参道。

天山神社周辺整備事業整備後の参道で立派になりました。

天山神社周辺整備事業整備で建設された水洗式のお手洗いを完備。

天山神社周辺整備事業整備で建設された画像入りの天山の説明掲示板。

天山神社周辺整備事業整備で建設された天山の説明掲示板

天山神社周辺整備事業整備で建設された画像入りの大和三山の説明掲示板。

天山神社周辺整備事業整備で建設された大和三山の説明掲示板。

文章は、奈良県橿原市南浦町の谷口源雄氏が作成されました。

天山神社周辺整備事業整備で建設された天山と大和三山の説明板を並列にして掲示。

天山神社周辺整備事業整備で建設された玉垣。

天山神社周辺整備事業整備で建設された整備事業の趣意が書かれた記念碑。

昭和52年5月8日、天香久山の地、橿原市南浦町と天山の地、松山市天山町との交流を記念して記念碑が建立された。天山神社本殿南側にある。

交流20周年記念碑の裏面に「昭和52年4月交流開始、古代よりの由緒と歴史をここに刻む・平成9年7月吉日」と揮毫されている。

天山神社周辺整備事業整備で建設された、天山から見た伊予松山城の説明看板。

天山から見た伊予松山城天守。

伊予松山城天守は、天山から見るのが一番綺麗と言われている。

画像は、1300mm相当で撮影。

天山神社の略縁起説明版。

 

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