消費者保護。東日本大震災・津波避難・福島原発。子供安全。冤罪。警察不祥事。労働者権利。相川哲弥ブログ

消費者保護。市民意見を議会に反映。子供・おとな安全。大学の選び方。無実市民を有罪にするのを防ぐ。警察の裏ガネと不正。

東日本大震災の津波避難。すぐ高台に避難して助かった家族。たぶん大丈夫と油断して犠牲者を出した家族

2017年01月03日 | 東日本大震災津波とゲリラ洪水の対策成功失敗
東日本大震災の津波避難。すぐ高台に避難して助かった家族。たぶん大丈夫と油断して犠牲者を出した家族。

相川哲弥ブログ。 http://blog.goo.ne.jp/jp280

  2節。 相川の意見。
  1。 場所。
「NA:岩手県山田町織笠(おりかさ)で暮らしている昆野昭子さん。」とあるから、4節の地図によると
避難したのは、「織笠小学校」であることがわかる。
 4節の地図によると、「織笠小学校」は標高23メートル。
住んでいたのは、「海岸から150メートル」だから、山田町の「跡浜」であることがわかる。

  2。 避難したのは、「地震の後、すぐ」。
「NA:その時、夫は家の中で地震の後片づけをしていました。
昆野:「津波が来るから、そんな物、片づけなくてよござんす!早く薬と、これを持って学校に行くように」と。」
とあるから、「すぐ避難したのは、よかった。
最初、夫は、棚から落ちたものの整理をしていたが、(ボヤボヤすると津波に襲われる恐れが高いので)妻が『すぐ、避難』を言って、夫も妻の意見にしがったのが、避難成功の原因です。

  3。 海岸近くに住んでいる人は、『棚から落ちたものの整理』と『すぐ、避難』が、「生死の分かれ目』だった場合が多い。

==============================

  3節。東日本大震災アーカイブズ。「用意していたリュック」。
 すぐ高台に避難して助かる。岩手県山田町織笠(おりかさ)。

氏名:昆野 昭子 さん(81)
場所:岩手県山田町
番組名:あの日 わたしは
取材時期:2013年2月1日
証言まとめへ

  クリック 

  1。 用意していたリュック。
昆野:ここに来て、こうして見たんです。そしたら向こうから、もう家がバリバリバリ。濁流が、ものすごい勢いで流れてきた。何も言えない、「助けろ、逃げろ」の声で。そう言ったって、ここにいて、どうすることもできない。

NA:岩手県山田町織笠(おりかさ)で暮らしている昆野昭子さん。地震の後、ふだんから用意していた避難用のリュックを持って、すぐに高台へ避難しました。

NA:昆野さんの自宅は、海から150メートルの所にありました。あの日、部屋で激しい揺れに襲われた昆野さん。津波が来ると思い、すぐに避難を始めます。

昆野:津波が来ると思って、手早くふだんから用意していたこのリュックと毛布を部屋から玄関に出して。

NA:その時、夫は家の中で地震の後片づけをしていました。

昆野:「津波が来るから、そんな物、片づけなくてよござんす!早く薬と、これを持って学校に行くように」と。

  2。 高台の小学校へ。
NA:昆野さんは夫と一緒に、避難所になっている小学校に向かいます。

昆野:そして、ここは今雪だけど、ここに座って、荷物を降ろして、ハアハア言いながら。

NA:地震発生から20分後、小学校に到着します。避難を終えた人は、まだ少なかったといいます。

昆野:こうして見たんです。そしたら、向こうから家がバリバリ。濁流が、ものすごい勢いで流れてきた。その水で人が引かされていくのをこの目で見て、20~30人いたと思う。道路を人がいっぱい上がってきた。何も言えない、「助けろ、逃げろ」の声で。そう言ったって、ここにいて、どうすることもできない。

  3。 役に立った備え。
NA:昆野さんは、助かった住民とともに、体育館へ避難します。

昆野:体育館に入る時は、雪が降っていた、外は。そして薄暗くなって。

NA:中には、200人を超える住民が集まっていました。

昆野:寒いし、子どもたちは腹が減ったと。缶に入った乾パンと柿の種を、いっぱいこれ(リュック)に詰めていたから…。

NA:昆野さんは、持ってきたリュックから、非常食の乾パンや菓子、手袋などを取り出します。

昆野:この軍手も2人にあげた、「手が冷たい」というから。2人のお母さんにあげたし、食料も。それは役に立ったと、みんなに感謝された。
NA:昆野さんが持ってきたリュック。実は、町からすべての家に配られた物でした。しかし、避難所にこのリュックを持ってきていたのは、昆野さん夫婦だけだったといだけだったといいます。

昆野:ずっと何年も準備して、1年に1回、9月に避難訓練がある時、全部これ(中身)を出して、下着とか靴下を干したり、その時に食べ物を取り替えたり。ふだんの心の準備、そういうのが私は大事だと思う。
==============================
  4節。 地図。 岩手県山田町織笠地区の地図。

国土地理院地図。   クリック 

その地図画像見本





=========================================
  5節。 東日本大震災アーカイブズ。「津波対策への過信」。
油断して避難せず。 岩手県山田町大沢地区

氏名:箱石 廣治 さん(63)
場所:岩手県山田町
番組名:あの日 わたしは
取材時期:2014年7月1日
証言まとめへ

  クリック 

  1。 津波対策への過信。
NA:岩手県山田町の箱石廣治さん。母親を連れ、自宅の2階に上がろうとしたところで津波に襲われました。

NA:あの日、箱石さんは高台にある自動車整備工場で仕事中、揺れを感じました。

箱石:揺れはそんなにね、震度5まではない感じだったんだね、ここでは。おふくろが1人で(自宅に)いるんでね、一応心配なので。

NA:自宅には90歳の母親がいました。箱石さんは15分かけて、海沿いの自宅に戻ります。この時、津波が来たとしても、大したことはないと考えていました。それは、昭和35年のチリ地震津波で、難を逃れた経験があったからです。箱石さんが住む大沢(おおさわ)地区を高さ2.9メートルの津波が襲いましたが、自宅は床上まで水につかる程度の被害で済みました。その後、この地区では、高さおよそ4メートルの防潮堤が造られました。

箱石:今回も、(津波が)ちょっと来ても、床上くらいかなと思ったんだけど。

NA:さらに避難場所になっていた高台は、自宅から100メートルほどの距離にありました。

箱石:防潮堤があるのと、避難所がすぐ近いのと。そこに油断があったんじゃないかと思います。

  2。 気が付いたら、津波が。
NA:母親と自宅にいた箱石さん。大きな余震が続いていたため、外の様子を見に行きます。その時でした。

箱石:家から出て、堤防を見たら、堤防から水があふれていた。

NA:急いで自宅の中に戻り、母親と一緒に2階に上がろうとします。その途中、津波が家の中に一気に押し寄せてきました。

箱石:階段をおふくろが前に上がって、僕が押していたんだよね。「早く上がれ」って。

NA:この時の津波は、およそ1分後に水位が下がりました。箱石さんは、階段の下に転げ落ちた母親に声をかけます。

箱石:「母さん、大丈夫か」って言ったら、「大丈夫だ」って。まだ息はあったんだよね。

NA:しかし、その5分後、次の津波が2人を襲います。

箱石:だいたいこの辺(あご)まで水が来たんだよね。おふくろはずっと下だから、完全に水の中だね。水が引いた時に声かけたけど、ぐったりして返事もなかった。確認しようにも、もう体が曲げられない状態だから、ほとんど手も届かないような状態だからね。

  3。 避難しなかった後悔。
NA:自宅は、およそ30メートル流されました。箱石さんは、わずかな隙間を見つけて屋根に上り、何とか避難することができました。その後、母親はがれきの中で、遺体で見つかりました。

NA:最愛の母親を亡くした箱石さん。防潮堤など、過去に行われた津波対策を過信し、すぐに高台に避難しなかったことを悔やんでいます。

箱石:海の変化で(を見て)、みんな避難したりすると思うんですよね。堤防があると、全然海が見えないんだよね。今回も堤防を越えて波が来ているので、いくら堤防ができても、(肝心なのは)1人1人の心がけだね。早く避難させなくて、おふくろを死なせてしまったことだけが、悔いが残る。

============================

  6節。 岩手県山田町大沢地区の地図。
オレンジ色の長方形の1個1個が、住宅や建物です。
海岸近くには、「オレンジ色の長方形」が、ないが、これは、津波に襲われて、住宅がガレキとなって、撤去されたのです。
2重線の道路は、自動車が、楽の通れる道路です。高齢の母親でも、車に乗せれば、楽に避難できた。住宅がすくナウいから、車避難で渋滞する恐れが少ない。道の最高地点は標高35メートル以上です。
現在の地図でも「オレンジ色の長方形」が残っている範囲は、津波に襲われなかった範囲です。

国土地理院地図。    クリック 

その地図画像見本。





  9節。資料出典。
別の記事『インターネット版のニュース記事を、記憶容量が最小のファイルに保存・整理』(2010年2月19日)
 クリック 
を使って、
(記事がインターネットから削除されないうちに)ファイル保存・整理してください

NHK  「」  2017年1月3日
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 岡山県の実質経済成長率が、... | トップ | そば店が全焼 準備中に出火か... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

東日本大震災津波とゲリラ洪水の対策成功失敗」カテゴリの最新記事