おあしすライブ無事に出演して来ました。
ライブに飛び入り出演を誘ってくれたザッキーさん、主催者と司会の女性、とってもフレンドリーでした。
他の出演者のパフォーマンスも圧巻で素晴らしかった。音楽の好みうんぬんより、とにかく熱いパフォーマンスでした。勉強になりました。
今回は強力なサポートとして、キャトルマンが頑張ってくれました。早めに集まりカラオケ屋で練習もし、遠くから愛らしい彼女さんも応援に駆け付けてくれました。
本当に感謝の気持ちで一杯です。
やはり梅沢さんといい、キャトルマンといい音楽仲間の存在は心強いです。
大切な存在です。
肝心の俺のパフォーマンスですが、とりあえず全力で熱唱しました。
ジョージ・アツーシの世界を全く知らない客に良さを知ってもらおうと最大限アピールしました。
結果はイマイチだった。届かぬ想い。俺と客には距離があった。近そうでいて、果てしなく遠い距離が確実にあった。
特にダンディーン。この曲に込めた俺の想いは、客には届かなかった。
理由は様々あるだろう。表現力不足。歌唱力不足。演奏力不足。アピール不足。たくさんの要因がある。
俺がどんなに歌に想いを込めて歌っても、客にそれが伝わらなければ一方通行なのである。
ダンディーンは既に人前で三回歌った。だがしかし一度も手応えが無い。
じわりじわりと良さが分かる歌なのだろうか。
ダンディーンのCDを手にした女性が、「おっちゃんのスパゲティーは入ってないの?おっちゃんのスパゲティーは気に入ったのよね。」と言ったのには、絶望的に心が折れた。
ダンディーンじゃなくて、おっちゃんのスパゲティーの方が、客の心を掴んだという事実。
悲しいし悔しい。本来なら褒められて嬉しいはずだが、空気のように存在感が無いダンディーンが残念だ。無念だ。
ダンディーンには客を魅了する力は無いのか?
それとも、ダンディーンの歌のせいじゃなく、俺自身のパフォーマンスに問題があるのだろうか?
ダンディーンの歌の世界に聞き手を夢中にさせる道しるべが無いのかもしれない。
人の心は道しるべが無く、フワフワと彷徨い宙に浮かんでいる状態。
それを魔法の信号機を照らしてあげる事により、正しい道を通過させて、最終地点である俺の歌への想いに導いてあげれば、ダンディーンの世界の素晴らしさが自然に空気を吸うように伝わるのだろうか?
届かぬ想い。その想いが純粋で何よりも熱いだけに燃えるだけ燃えて、誰の心も温める事も無く散って灰になり消えていく。
それが芸術の悲しい死に様であり、だからこそ美しい。
俺の歌は耳が無い世界で一生懸命鳴いている蝉のようだ。
魂を込めて鳴いても鳴いても耳が無い世界では、それは無音である。
夏が終われば死んでしまうのに。
俺の歌を聞いてくれ。俺の想いを感じてくれ。例え耳が無くても目で見て感じてくれ。
何を歌っているか分からずとも、歌っている姿から感じ取ってくれ。
届かぬ想いが、いつの日か届く奇跡は訪れるのだろうか?
そういった奇跡を起こしてきたのが歴史に残る芸術作品なのである。
素晴らしい物は素晴らしいのだ。理由も何も無い。ただただ素晴らしいのだ。
それが芸術の神髄。
その域に達した時に俺の目指す究極のコミカルソングが誕生するのだろう。
今は届かぬ想いでも想い続けよう。どこまでも果てしなく、出口の無い暗闇の中でも何も恐れずに想い続けよう。
いつの日か肉体も消えた後に想いだけが生き続け、その想いに気付いて涙を流してくれる人が一人だけ現れる。
それだけで良い。幸せだ。
何を書きたいのか、何を伝えたいのか、上手く言葉に出来ずに全く理解不能な独り善がりの文章を書いてしまった。
ここまで読んでくれた貴方。根性と忍耐力があります。そして変態です。
ありがとう。
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