世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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時の香炉・5

2017-07-13 04:16:47 | 夢幻詩語


長い話をしている間に、ノエルもすっかりこのシリル・ノールという老人に魅せられていた。押しつけがましいかとも思える口調に、驚かされることもあるが、心の中から発露する言葉には、澄み渡る空を見るような明るい何かがあった。庭の薔薇を見ていながら、はるかに違う何かを見るような目つきをすることがある。ノエルはこの老人に何かをやりたいという気持ちが起こり、ポケットからオルゴールを取り出した。例の、ふたの模様が少し気に入らないオルゴールを開けると、音楽が流れ始めた。

シリルはそれにはっとした。

「おや、童謡ですね」

「ええ、この国に古くから伝わる、子供の歌です」

「国には不思議な王様住んでいる、ですね」

「ええ、誰も知らない王様が」

そういうと、シリルはあごを撫でながら、少し考え込んだ。ノエルはオルゴールの蓋を閉め、それをテーブルの上に置いた。ふと、ふたに描いてあるうすべにの薔薇の模様が、何となく気に入らなかったわけがわかった。そうだ、この薔薇は、薔薇らしく咲けなくて、それに引け目を感じているんだ。だから、どこかぎこちないのだ。

薔薇らしく咲けない薔薇って、どんな薔薇なのか。ノエルは興味を持って立ち上がり、庭の薔薇に近づいてみた。そして薔薇の花に顔を近づけ、よくよく薔薇を見てみた。

たしかに、普通のうすべにの薔薇にしては、形がおとなしい気がする。色がくすんでいるような気もする。

わたしは、まだ薔薇としては、がんばらなくてはいけない花なのです。

ノエルは驚いた。誰かの声を聞いたような気がしたからだ。だがそれを花が今いったのだとは、とっさにはわからなかった。不思議なことを、自分が想像したのだと、彼は思った。

「アマトリア東部地方の民謡が、元なんですよ、その歌は。こんな伝説があるのをご存知ですか?」

突然シリルが言ったので、ノエルは振り向いた。

「え?」

「この国にまだ王制があったころ、変わった王様がいたでしょう」

「ああ、ギー18世のことですか。当時の大国だったカラヴィアに対等の親書を送ったという」

「ええ、誇らしくね。しかしあの王は、後に王位をはく奪されて、都を追い出された。それ以後の行方はようとして知れない」

「われらのアマトリアは、時の神のすべる国である。あなたの国はいかなる国か。たしかそういう手紙を、カラヴィアの王に送ったのでしたね。それでカラヴィアが怒って、戦争になりかけた」

「有名な手紙です。すばらしい。自分というものが何かを、ギーは知っていたのだ。だが」

「確かギー18世を追い出したのは」

「カジミール1世です。傭兵上がりの大臣ですよ。ギーははめられたのだ。嫌な噂を流されてね。民意を失った。政治というものは、民のためにやるものだが、民がいつも政治をわかっているかというと、そうではない。馬鹿なやつというものは、いつでも単純な嘘に騙されるのだ」

「わかります」

シリルは喉の奥で、何かうめくような声を一瞬あげた。決して言ってはならないことを、言おうとしているように思えたからだ。

「こんな伝説を知っていますか。今でもギー18世は生きていて、不思議な香炉で香を焚いているんだそうです」

「香を?」

「ええ。その香が焚かれている限り、この国の時は永遠に流れて行って、どんな試練があろうとも、決して滅びはしないそうです」

「滅びはしない? ギーが」

「ええ、王様が、国を忘れない限り」

「いいお話ですね」

ノエルは微笑んでシリルを見た。シリルはずっとノエルより年上のはずだが、その目はまるで愛おしい子供を見つめているような目だった。

(つづく)




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