世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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時の香炉・3

2017-07-11 04:19:02 | 夢幻詩語


ベルタがもう一つのお茶と小さなラジオを盆に載せて持ってくる頃、ノエルはシリルからアンブロワーズのことを説明されていた。目の前の美しい薔薇の庭は、彼が世話しているのだ。不思議な庭師で、薔薇の言うことがわかるという。

「薔薇の言うこと?」

「ええ、彼によると、花はいつも話をしているらしいんです。花も、花によって性格が違うらしいんですよ」

「へえ、それは不思議だな。しかし見事な秋薔薇ですね。たくさん咲いてる。まるで小鳥の群れみたいだ」

そういうと、シリルはノエルの表現が面白かったのか、ふっと笑って目を細めた。そのとき、ベルタがさりげなくお茶をテーブルに置いた。シリルは軽く御礼をいうと、隣に置かれたラジオのスイッチを入れた。音楽が流れる。ベルタがおかし気に笑いながら去っていくのを見送りながら、シリルは続けた。

「秋薔薇と言いますが、この薔薇の木は春にも花を咲かせるんですよ。春と秋の二回ね。珍しいでしょう。なんでかっていうとね、アンブロワーズによると、この薔薇の木が、ほかの薔薇の木に引け目を感じてるからなんだそうですよ」

「ひけめ?」

「ええ。よくわからないんだが、この薔薇は、ほかの薔薇ほどに、薔薇を咲けないんだそうです」

「へえ? そんな風には見えないけれど。とてもきれいな薔薇ですよ」

「わたしもそう思います。だがアンブロワーズには何かがわかるらしい」

シリルはお茶を一息飲みながら、言った。頬が少年のように赤らんでいる。客人の声がやわらかいので、なんだか言わなくてもいいようなこともペラペラしゃべり始めていることに、彼はまだ気づいていなかった。

「本当にありがとう。アンブロワーズは小さい時に犬に足を食われてしまいましてね、ああなったのです。それでよく、子供にいじめられてしまう。悲しいことです」

シリルがそういうと、ノエルも顔を曇らせた。

「今は、時代が時代ですから。子供たちの心もすさんでいるんでしょう」

そうノエルがいうと、シリルは一瞬、石を飲みこんだように黙り込んだ。庭の薔薇を見ると、薔薇が彼を見つめているような気がした。

「ジャルベールが当選しなければ、こんなことにはならなかった。ふん、人民は何もわかっていないんだ。民主主義なんて言いますがね、いやらしいと言ったらない。馬鹿なやつらが選挙のためにどんなことをしているか、何も知らないのだ」

声の調子が強かったので、ノエルはシリルを見た。シリルはくちびるを噛んで、薔薇を睨んでいた。薔薇の香りのする風がふと頬をなで、ノエルはやっと、シリル・ノールという名前に聞き覚えがあることに気付いた。だがそれをどこで聴いたかを思い出す前に、空が鳴った。

見上げると、また戦闘機の一群が空を横切っていた。ノエルは言った。

「あれも、キールに行くんでしょうか」

「キール海に戦艦がいるんですよ。その応援です。ですが、無駄骨でしょう。我が国が、ロメリアに勝てるわけがない。何もかもは、馬鹿の猿芝居だ。国がどんどん迷っていく。人民が疲弊していく」

「ジャルベールは勝つと言ってるそうですね」

「ふん」

鼻で息を吐くと、シリルはお茶を持って立ち上がり、薔薇の木に近づいた。そして薔薇を眺めながらいったのだ。

「こんなことになったのは、ほんとは隣国カラヴィアのせいなのです。カラヴィアがロメリアをつっついたんですよ。そしてロメリアが、我がアマトリアの誇りを突っつくような馬鹿をやったのです。ジャルベールはなんで気付かないのか。鼻っ柱を傷つけられたくらいで、大国に戦を吹っ掛けるなど、一国の大統領のすることではない。カラヴィアはタタロチアともつるんでいる。我が国との協定に違反してタタロチアが裏切れば挟み撃ちだ。アマトリアは負けます」

そのとき、ラジオから流れていた音楽がとまり、突然ニュースが始まった。シリルはラジオを振り返り、しばし黙ってそれに聞き入った。ノエルはその顔を見て、やっとそれが誰なのかを思い出して、驚いた。いや、最初は自分が勘違いをしているのではないかと思った。

(つづく)




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