世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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ファンゴーの猿・5

2017-08-12 04:17:19 | 月夜の考古学・第3館


「あら、おばさん」
「ちょうどよかった、紹介しとくよ、ファンゴー。この娘はあたしの姪のアネッサ。昨日からあたしの店を手伝ってるんだよ」
「今日は、ファンゴーさん、よろしくね」

アネッサは、きらきらとした目をファンゴーに向けてにっこりと笑った。ファンゴーは、一瞬、どうしていいかわからず、「うは、はい」と、間の抜けた返事をして、ぺこりと頭を下げた。

その晩、猫姉さんは、ファンゴーと親方を呼んで、自分の店でパーティーを開いた。最初は嫌がっていた親方も、猫姉さんが好きな酒をいっぱい飲ませてやると言うと、しぶしぶながら席についた。パーティーと言っても、ささやかなもので、客は親方とファンゴーの二人だけだった。自分がよけいな口を出したせいで、ファンゴーにいらぬけがをさせたと思った猫姉さんが、おわびの意味で、二人を食事によんだのだ。パーティーの名目は、一応アネッサの歓迎パーティーということになっていた。

アネッサは、まるで陽だまりに咲いたタンポポのような少女だった。酒場の下働きという、どちらかと言えば、暗く重苦しい仕事をしているはずなのに、そんな雰囲気はみじんも見えず、そこらじゅうにころころと鈴のような笑い声をふりまき、彼女がそこにいるだけで、まわりがぱっと明るくなるような、そんな少女だった。

ファンゴーは、パーティーの間中、ちらちらと目を走らせて、ずっとアネッサを見ていた。アネッサは、亜麻色の髪を二つに編んで、細い茶色のリボンをつけていた。ミルクみたいに白いほおに、ふっくらとしたうすべにの唇が、ときどきついととんがってきて、微笑みがくっきりと浮かぶ。瞳は茶色で、ころがる水晶玉みたいに、彼女が笑うたびにきらきらと光を反射する……。

アネッサは、ファンゴーの視線に気がつくと、少しほおを染めて、にっこりと笑顔を返した。すると、ファンゴーはどぎまぎして、あわてて目をそらした。だけどやっぱり、しばらくするといつの間にか目がアネッサにひきつけられてしまうのだった。

そんなファンゴーを、猫姉さんはほほえましく見ていた。親方はと言えば、パーティーの間中、ほとんど口を利かなかった。

その夜、ベッドに寝転んで、ファンゴーは、ぼんやりとアネッサのことを考えていた。窓の向こうの月を見ると、アネッサのばら色の笑顔が、ありありと浮かんでくる。すると何だか、急に胸が苦しくなって、ファンゴーは藁の枕を抱きしめる。

「やれやれ、ひとめぼれたあね」

不意に、あの猿の声がした。ファンゴーははっと身を起こした。猿はベッドの縁に座って、にやにやと笑ってファンゴーを見ていた。

「うるさい! あっちに行け!」
ファンゴーがそう言って枕を投げつけると、猿はからからと笑いながらさっとよけて、今度はファンゴーのすぐそばに座った。
「けけけっ、おまえもようやく色気づいたかい。おやおや、顔が真っ赤だぜ、ファンゴー」
「こん畜生!」

ファンゴーは、猿ののどくびをつかもうとした。だが、猿は間一髪でファンゴーの腕をよけ、ファンゴーの頭の上にとまった。猿は、からかうようにくすくすと笑いながら、自分を捕まえようとむちゃくちゃに振り回すファンゴーの腕を巧みによけ、彼の回りを踊るように跳ね回った。ファンゴーは、猿のしっぽに触れることもできなかった。しまいに、何だか馬鹿馬鹿しくなって、彼はベッドの上にどたっと寝転んでしまった。

域をはずませながら、低い天上の模様を見ているうちに、ようやく、心が落ち着いてきた。するとまた、アネッサの笑顔が目に浮かんだ。
「かわいい娘じゃねえか。ものにしろよ」

枕もとで猿がささやいた。ファンゴーは、はっと我にかえった。そしてはじけるようにとびおきて部屋を見回した。だがもう、猿の姿はどこにも見えなかった。ファンゴーは、闇に向かって、ささやくように言った。

「だれだ、おまえは……、どうして、おれだけにしか、見えないんだ……」
すると、どこからか、かすかな声が返ってきた。
「まだわからないのか、ファンゴー……」

(つづく)


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