心證寺住職のブログ

諸天昼夜 常為法故 而衛護之 諸天善神に護られて

大須観音の大須文庫

2017年03月15日 | 仏教全般

名古屋の大須観音です。

観音さまと下町風情に溢れる門前の商店街が名古屋の人々に親しまれています。東京で言えば浅草のような感じです。

この大須観音には、現存最古の古写本で国宝に指定されている『古事記』をはじめとして国宝4件、重要文化財37件、総数1万5千冊を越える古い書物があり、「大須文庫」と呼ばれています。


仏教、神道はもちろん、歴史、漢詩文などさまざまなジャンルの書物があり、日本最古、世界唯一という書物も多く含まれているそうです。
寺院の蔵書としては、日本で3本の指に入るほどの質と量です。

大須観音が創建されたのは、鎌倉時代末、後醍醐天皇の時代です。もとは現在の岐阜県羽島市にあったそうです。江戸時代のはじめ、名古屋の城下を整備するにあたって、現在地に移されたのだといいます。

かつて大須観音があったあたりは、現在も大須という地名で、そこにも「北野山 宝生院 真福寺」が建っています。

かつての大須観音は寺領が一万石を越える大寺院で、多くの僧侶が学び、国内外の数多くの書籍を意欲的に書き写し、学問に励んできました。創建された当時は尾張国でしたが、大雨で木曽川の流路が変わり、尾張と美濃の国境が変更されたため、秀吉の時代に美濃国に入れられました。大須という名が示すとおり、木曽三川に囲まれた大きな中州で、たびたび大洪水に見舞われまてきましたが、文庫の書物は大切に守り通されてきました。

さすがに戦国時代末期には、戦乱と度重なる洪水で荒廃していたそうですが、徳川家康が大須文庫の散逸を心配し、現在地に移転したのだそうです。

名古屋空襲で大須観音は焼かれてしまいましたが、大須文庫だけは大切に保管され、消失を免れました。

書物は、大切な知の遺産です。何百年にわたる多くの人々のなんとしてもこの書物を残したいという強い熱意によって今に伝えられてきました。これからも大切に受け継いでいきたいものです。

 

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