此処彼処見聞控-ここかしこみききのひかえ

興味の赴くままに見聞きするあれやこれやを綴ります。

せせらぎに涼を感じて…ということ

2016-07-06 15:18:06 | 日記

エアコンの壊れたのが喫緊の課題だったもので、ちと後回しになってしまったお話を。
夕立豪雨の日ですから一昨日になりますか、雨の後にはいささかひんやりしましたけれど、
日中は暑かったですなあ。折りしも外回りをしていて、汗だくだくでありました。

そんな炎天下の外回りの最中、訪問先へと向かう道すがらに「ん!あれは何ぞ?」と。
どうやら住宅街の合間にせせらぎでもあろうかというようすが伺えたものですから。

近付いてみれば、なるほどなかなか綺麗な水が流れておるではありませんか。
辺りは木陰のあって、ほんの一瞬ながらもほっとひと息つける心地ぞするてなもので。

解説板を発見し、これに当たってみたところによれば「六郷用水」という水路の跡。
このような説明が書かれてありましたですよ。

六郷用水とは、六郷領(現在の大田区の平地地域)の灌漑を目的として、江戸時代初期に幕府代官
小泉次太夫により開削された農業用水路です。徳川家康の新田開発政策の一環として行われた六郷
用水の工事は慶長2年(1597)の測量に始まり、慶長14年(1609)に主要水路が完成、小堀と呼ばれる
各村への分水路工事も含めると終了までに14年という長い年月を費やした大工事でした。

現在の狛江市和泉(小田急線が多摩川を渡るあたり)で多摩川から取水された水は
途中で二分されて北掘は大森方面へ、南堀は蒲田方面へと繋がって、全長は約30Km、
50もの村々が恩恵を受けたということなのですね。

ちなみに上の地図で言いますと、左上の赤丸が取水口あたりと思われ、
また真ん中の赤丸が今回「六郷用水」に出くわしたあたりで、その右手方向の平地に
新田開発のための水として供給されたということなのですが、
すぐそばに多摩川が流れているのにずいぶんと遠くから水を取り込んでいるものだなと。

もそっと近くから取水した方が工事も楽であろうに…と考えるのは
モノを知らない浅はかさということになるようでありますね。

なんとなれば、地図でも分かりますように多摩川もずいぶんと河口近くになっている。
つうことは海の影響を受けるわけで、要するに真水ではなくなってきてしまうために、
遠くから水をもってこないといけんのだというのですなあ。
水も近くにあれば良いというものではないようで。

しかし、近辺には田園調布なんつう地名もありますけれど、今でこそ高級住宅街ながら、
その名のとおりに農地であって、六郷用水を有難いものと受け止めていたことでありましょう。
すっかり宅地化されて面影とてありませんですが、郷土史を語り伝えるものとして
この六郷用水は保存されているということなのでしょうね。

これは「ジャバラ」と呼ばれる足踏み水車だそうですが、
これでもって用水から水田に揚水していたということで再現されているようです。

ま、今はせせらぎの散歩道として親しまれているのでしょうなあ。
外回りの途次ではありましたが、暑さにふぅ~という時に
幾分かの涼を感じることができたのでありました。

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