此処彼処見聞控-ここかしこみききのひかえ

興味の赴くままに見聞きするあれやこれやを綴ります。

江戸の町造りを支えた人たちは…ということ

2017-06-20 17:56:58 | 日記

「関東の連れ小便」としてよく知られておりますように、豊臣秀吉は小田原攻めに際して「関八州は家康殿に」と徳川旧領の駿遠三や信濃、甲斐からさりげなく(?)国替えを命じておりますな。結果的にこれを受け入れた家康、どこに城を構えるかと思えば、何と江戸!であると…。当時の江戸は(日比谷図書文化館 のミュージアム常設展示にも見られますように)今と比べて海からの入江が深く入り込んだ低湿地だったわけで、住まう人とて少ない寒村。そんな所に城を築き、城下町を造るとは「なんと無茶な…」と誰しもが考えたのではなかろかと。ですが、その後に成ったことはまさしく「家康、江戸を建てる」ということで、江戸は後には世界の大都市に匹敵(凌駕)するほどの殷賑を極めるに至るわけですが、そうした町の基盤造りが家康によって行われたことを描く本が「家康、江戸を建てる」というタイトルであって、まあ、何の不思議もないということになりましょうね。


 


・・・と、この後は「家康、江戸を建てる」という本になっていくのですけれど、続きはこちらをご覧願えれば幸いです。


 

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