書籍之海 漂流記

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呉座勇一編  日本史史料研究会監修 『南朝研究の最前線 ここまでわかった「建武政権」から後南朝まで』

2016年10月16日 | 日本史
 出版社による紹介

 要するに『建武政権・南朝は滅びたのだから、制度・政策に欠陥があったにちがいない』という先入観に基づいて史料を解釈するので、建武政権・南朝の悪いところばかりが目についてしまうのである。 
(呉座勇一「はじめに」 本書9頁)

 先入観が研究者の頭脳に存在すること、それによって研究の目が歪み史料読解もまた歪むことを認める歴史学者はそれだけで尊敬に値すると思う。
 ある種の中国史学者においては、先入観を「問題意識」と見なしているようかのようなふうが、ときに見受けられる。その種の研究者には問題意識=先入観は議論の前提のごときものであるようで、それに依拠した研究が行き詰まり、あるいは時勢や学界内の流行が変遷するようなことになれば、中身一式を別の一式に取り替えるまでのことであって、それ自体を廃することはないと見受ける。そしてその問題意識によってゆがめられた史料や過去の研究結果をあらためて見直すこともあまりないようだ。研究対象そのものを換えてしまい、よって後ろを顧みる要はないということらしいと推察している。
 そういった人たちは、結論が間違っていたという認識はあっても、前提の存在を疑うことはないらしい。前提と結論とを結ぶ論理の正しさにのみ自らの責任はあり、前提が誤っていれば当然ながら結論も誤まりだが、それは自分の責任でないというかのように、さして気にはされていないように思える。
 それともこの心的態度は、日本史学界と中国史学界の体質的な差であろうか。

(洋泉社 2016年7月)
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