書籍之海 漂流記

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『論語』子罕第九「牢曰:「子云,『吾不試,故藝』。」について

2016年10月16日 | 東洋史
 このくだりを現代漢語に訳せば、たとえば“牢說:「孔子說過:『我沒有被重用,所以學會了許多技藝。』」”となる。「吾不試」は「我沒有被重用」、つまり受動態(受身)の意味であるとして解釈される。訓読ならば「吾れ試(もち)いられず」と読む。古代漢語のさらに古い時代には受動態はなかったという説があるが、その一例となるのではないか。そもそも受動態とは主語と目的語という概念がないと存在しえない構文である。しかしそれらの概念は古代漢語には存在しない。受身という情況は、形式のみならずものの見方・考え方としても古代の中国にはなかったのかもしれない。もしそうだとすれば、いま挙げたこのくだりに対する現代漢語訳も、また伝統的な我が国の訓み下し文も、自らの言語へのもしくは文体への翻訳としてはまさに正しいが、原語の言語的な解釈としてはまったく間違っていたということになる。
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