書籍之海 漂流記

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高崎直道/木村清孝編 『シリーズ・東アジア仏教』 5 「東アジア社会と仏教文化」

2017年06月16日 | 地域研究
 中国人は原典あるいは原意に即してその教理を理解するのではなく、インド仏教思想とは思想類型のまったく異なる中国独自の伝統思想に基づき、あるいは中国古典との類比によって理解しようと試みた。あるいはそれが必然であった。このような解釈法を「格義」といい、それに基づいた仏教を格義仏教という。 (丘山新「序章・漢訳仏典と漢字文化圏――翻訳文化論」 本書24頁)

 中国の場合に限らず、外来の思想・宗教あるいは広く文化一般に接し、受容する際には、自国の伝統的文化に基づいて解釈し受容することは必然の道である。白地の布が染料に染められていくのとは異なり、受容する側にはすでにその国・民族の色彩がある。そしてそこには常にその国・民族独自の受容の仕方があるのである。中国の場合、仏教を受容するにあたり、翻訳にせよ、インド仏教の教理解釈にせよ、あるいはさらに自己の教理構築にせよ、明白な漢字文化・中国文化意識に基づき、それに引き寄せ、あくまでのその土台の上で解釈し受容する、と要約されるようなきわめて独自の特色があきらかであることは、不十分にせよこれまでの論述から理解されたであろう。 (丘山新「序章・漢訳仏典と漢字文化圏――翻訳文化論」 本書31頁)

 “外来の思想・宗教あるいは広く文化一般に接し、受容する際には、自国の伝統的文化に基づいて解釈し受容する”ことが“中国の場合に限らず”なのであれば、その中国が、“仏教を受容するにあたり”、“明白な漢字文化・中国文化意識に基づき、それに引き寄せ、あくまでのその土台の上で解釈し受容”したこともまた、“独自の特色”とはいえないのではないか。

(春秋社 1996年2月)
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