倉富和子の女のひもとき in USA

生活に緊張感を与える為に、ブログを書く事にしました!心導・縄文ストレッチ・DNAメソッドを広めるため、世界中を巡ります。

神道を世界平和に役立てないか、竹村健一未来経営セミナー(4)

2007-06-30 08:20:07 |  縄文心導ヒーリング



_960 片山宮司「日本海は良いものとるが悪いもの捨てる。孔子とるが孟子捨てる。それが出来たのは大陸が繋がっていないから」。竹村先生「これからはそうはいかないのでは、誰がみても良い事を提案したらどうか。氏神、血縁の流れ、鎮守の神、とコミ二ティなど住民票あったようなもの。世界にアピールするには、自然を大事にするとか、子孫の為に植林するとか、木を切って滅んでいる文明、次のサミットを日本でやったら、こういう森が残っているのが日本」。片山宮司「自然の中で生きる、縄文の信仰に帰れとという、文明の没落歴史からわかっているのだから」。竹村先生「環境問題と神道の考えが、これから未来に向けて光にならないか。神道を勉強しようとは思わないけど、年配の人は神道を右翼みたいに思うけど、歴史の必然性でやもうえなかった」。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

神道を世界平和に役立てないか。竹村健一未来経営セミナーへ(3)

2007-06-29 08:20:55 |  縄文心導ヒーリング

_955 片山宮司は「日本人は自然宗教、自然発生で”神”は怖かった。山の神(女房)怖い、死んだ人生まれ変わると怖いから屈葬して埋めた。怨霊鎮める為どうやるかばっかり、この世では人に生まれ変わらない事ばっかりやって来た日本人。神と穢れの思想がある。葬るというのは”掘る”という事、そこには御参りに行かない、参り墓作った、遺骨がない墓を。意識や穢れが強いから、”禊払い”する。厄払い圧倒的に多い、風呂に入らないとアカが溜まるように。自己主張しないは神道」。



竹村先生「現代人にも原始宗教的な考えあるのでは、バカにするんではなくて、トンガやフィジー島に残っていて日本にも。文明社会でありながらユニークな日本、「日本の常識は世界の非常識」、はそこらへんから生まれた。日本しかないと腹の奥底では思っているのではないか。そこのところの考えで行くと争う事しなくなるのではないか」。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

反転住宅は蚊帳三昧(1)

2007-06-28 00:11:27 |  縄文心導ヒーリング



荒川修作のテントの作品



_1138_1 荒川さんを初め周りの方は今蚊帳作りをしてあるみたいです。私も前に反転住宅を見に来た時、103号にあった白い丸い小さな形をして吊り下げられた蚊帳を見て羽衣を着た天女が反転住宅に降りて来ている気がしました。入居を果たした後その蚊帳が欲しくてたまらなくて松田さんにお願いしたりしましたが、あの蚊帳は岡さん(ニューヨークの9.11の跡地のモニュメントをデザインした彫刻家の岡さんの作品)で、フランスの美術館で展示するかも知れないという事であきらめました。東京芸大の授業で正木氏のテントの話から、、蚊帳に意味を見出し、蚊帳を手にいれました。反転住宅には蚊帳が美しくマッチします。白く丸い蚊帳にはかなわないけど竹炭入りの黒い蚊帳で今満足しています。蚊帳についての記憶を辿ろうと思い製造元の梯チズコさんに「蚊帳の思い出」を書いてもらいました。私達の年代では蚊帳の記憶はハッキリしません。もう少し年配の人で梯チズコさん(72歳)にお願いしましたら、それを読んでまたまた蚊帳に魅せられました。



蚊帳のおもいで



1、雷が鳴ると、早く早くと蚊帳の中にはいった幼少の頃



今思えば麻だったから、電磁波予防の科学的根拠があった昔の人の知恵



2、麻の蚊帳は重かった。布団を敷いた後、部屋の四角に吊るした紐に結びつける。たたむのは一層苦痛、四角を合わせてふり払うのに小身の私にはかなりの負担。



3.嫁入り道具の一つだった。今でも大事にとっている。



この頃化繊混じりの蚊帳が出てきた(s30年頃)



4.何より大事だったのは蚊帳



出入りを機敏にしないと同時に蚊が入る。蚊帳の中で蚊を追って叩いたものだ。



扇風機もなく、ただ暑い暑、と云いながらうちわを使っている内に何時の間にか眠りにつく。家族5人一つの蚊帳の中に、テレビがなく話しが出来る、一体感のようなものがあった。



5.子供の昼寝用に拡げて使うものができ、重宝した。



キャンプに持っていった事もある。草原に張って友達と寝た事もある。 



















コメント
この記事をはてなブックマークに追加

神道を世界平和に役立てないか、竹村健一未来経営セミナー(2)

2007-06-27 01:01:43 |  縄文心導ヒーリング

_958 医者で花園神社の宮司である片山文彦宮司が今日の講師でした。片山宮司は「”何故日本人は無宗教でいられるか”の著書を出した。昔お寺は怖かった、軍備を持っていたが、信長以来弾圧した。秀吉、家康の時代も軍備を持たせなかった、自分達の権力守る為に。そういう意味では信長は先駆者だった。江戸時代に石田梅岩は、始めは神道の話していたけどだんだん神道は話すこと無くなるので仏教の話しだした。神道の信仰は”和”乱すと村八分にされる、田んぼの水引いたりするから。死ぬ時と火事の時2分は付き合うとか、家族の延長で、村で祈った。今は職業バラバラ、、個人バラバラ、企業軟弱している。縄文時代は自然神道で人骨に戦いの後がない。弥生時代は稲作で格差社会、貯める事で貧富の差がでてきた、人骨に戦争で傷ついた骨が出てきた。日本は島国だけど、大陸から余り離れていない外から余震受ける、決定的要因。日本最初は争いしていたがあるときから壮絶な戦いを封じ込めた。日本は100国くらいに分かれていた時があった。一本化する事で収まった。神話の中に語られている事、実話。国譲りは実際はそうではなく、表では大国主の命も怖い印象ないが・・・神話を藤原ふしとが書いた、古事記とかに。ゆいし以来殺戮ない、天皇中心。「和をもって尊しとなる」と聖徳太子がいった。日本民族”和”が大事と遺伝子の中に入った。そこで天皇制が出来た。実際王朝変わらなかった。昭和天皇「アッ,、ソウ」だけで自己主張していない。その意味物凄い事、「何もなくてもある」竹は中が抜けていて強い。



竹村「国際会議では、”アッ,ソウ"といってたら判らない、世界のやり方見ていたら、喧嘩ばっかりしている。日本は違う考えを主張していったらどうか」。続く



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

田舎をありがとう

2007-06-26 08:06:57 |  縄文心導ヒーリング

 



玄米とお野菜ありがとうございました。啓衣さんがお母さんの手伝いをして百姓したいと言い出したと聞いていましたが、本当に実行しているんですね。啓衣さんのお便りによると「半分ぐらい倒れそうになりながら過ごしています」。と書いてありましたが、労働の喜びを得れる人が一番幸せだと思うようになって来た矢先でした。佐々木さん母娘が一生懸命米や野菜を作り、このようにりっぱな作物を送って下さり、もう感激です。山椒の実を一粒、口元に含んで噛んでみたら、唾液が一杯出て来て胃の調子が良くなって来たようです。最近20代の若者達を指導させてもらっていますが、日本にも素晴らしい若者が居るところには居るんですね。日本はこの若者達にゆだねられます。あなた達の手で日本を良き国に仕立てて下さい。私は若者に期待します。先日もキャリア・コンサルティングの社員29名の人達と新宿のテイケイ道場で縄文ストレッチを2時間みっちりやりました。昔の日本人の考えに戻らなければ、日本の復活はありえません。啓衣さんが心導インストラクターで、また、百姓する事に期待しています。がんばって下さい。反転住宅にも遊びに来て下さい。この度ラウリー君が啓衣さんの家を訪問し、宮島や広島原爆記念館に案内し、またホームステイして下さりありがとうございました。_973 _979



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

竹村健一先生のオフィス帝国ホテルを訪問

2007-06-26 07:28:21 |  縄文心導ヒーリング

_1156 月曜日は会社訪問の日で外出します。昼2時に帝国ホテルにある竹村先生のヒーリングにラウリーと堀真由美さんを同行して伺いました。先生とは19年前からご縁をいただいています。縄文心導の見込みがある生徒達に一度は先生にヒーリングをさせていただく事で腕を上げ霊格を高めます。二人共少し緊張していましたが、先生は対個人に接する時は気取りがなく、心を開いて何処からでもどうぞと体を預けられます。足のスパイラルを堀さんが15分やってラウリーが背中をやり最後に私がお腹をやる頃にはスウスウと眠られました。先生は、「みんな倉富さんと同じタッチだね、こうやって体をやってもらっているから、元気なんだね。みんなから顔色がいいですね、と言われるよ。倉富さんはまだあのデコボコの家にいるの?日本に長寿の為に世界から来るようにしたらええ、食事も寿司ブームで日本にみんな集まってる、しかし、日本人は自殺者が3万2000人、アメリカは人口は日本の2倍だが自殺者が3万と日本と同じだよ。倉富さんもすこし大きなスペースに道場を持ったらどうですか」と言われていました。ラウリーと堀さんは始めてみる政治経済評論家で業界トップの竹村先生のオフィスを訪ねて、先生の著書500冊以上に囲まれ、壁に貼ってある世界の要人レーガン、クリントン、サッチャー、日本の歴代の総理大臣などの写真を見てラウリーは覚えたての日本語で、「貴方は有名ですね」と言ったら先生は笑ってありました。私は彼等に、「竹村先生に会いに来るのは、神社にお参りに行くようなもので、良いエネルギーをもらえるんですよ」。と彼等にいいました。76歳で現役、しかも第一線で、本当にすごい先生です。_1161 _1163 _1166 _1165



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

雨の日の24日の日曜日

2007-06-25 00:57:40 |  縄文心導ヒーリング

_1084_1 ゆっくりと自分の時間を楽しみました。といいましても午前中は、ブログやメー_1120 ルのチェツクでつぶれてしまいましたが、習いたてなのでスローテンポで、5時間くらいコンピューターに向かっています。昼から小雨の中を散歩に行き、畑で草取りとダリアやコスモスの植え替えなどいました。野菜も反転住宅の皆さん順調に育っていて、キュウリやナス、ズッキーニーもとれました。トマトもすぐに食べきらない位、10月くらいまで出来るとか、お隣の畑の人や三鷹の職員の指導員のおじさんから始めてにしては出来がいいですね、とほめられました。注文していた蚊帳が福岡の梯紀久子さんからとどきました。竹墨入りで真っ黒に赤い縁取りで縄文カラーの三帖です。デコボコ床に吊ってみると、中々いいもので反転住宅にピッタリです。インテリアとして昼間は使えます。蚊帳がエレガントに見えてしまう反転住宅に満足しています。



塩野七生のローマ人の物語と開高健の本を愛読していて、時間をみつけてはベランダなどでウィンナコーヒーを飲んで楽しんでいます。反転住宅はどうしても外から見られるのでどうしたらみられないですむかを今までは工夫していましたが、最近は居直ってこちらから外をみてやろうという気持ちになって来ましたら気持ちが楽になり、反転住宅を人生の舞台として考えようと思うとなんだか楽しくなりました。本のプロデュースの池羽田さんが多忙の中やっと、私の本の構想が出来、取り掛かって下さる事になりました。ゆっくりするのも今日迄で明日からは原稿の下書きで忙しくなります。今話題の「江戸しぐさ」越川艶子著は池羽田さんがプロデュースされました。池羽田さんの手によって反転住宅女の紐どきがどう演出されるのか楽しみです。_1034_1





ペルーでガイドをしている秋田君からメールが来て6月30日、18時30分にNHKラジオ「世界遺産の街から」に出演し、「ナスカの地上絵」の話しをするそうです。お時間があったら皆様聞いて下さいね。秋田君は自転車で6年世界一周した後ペルーが気に入り住んでいます。何と10ヵ国以上しゃべれます。英語スペイン語は通訳でる程です。縄文心導のインストラクターとしてもペルーで活動しています。_894 _999



反転住宅長屋の住民の畑で出来ました野菜です。





コメント
この記事をはてなブックマークに追加

週末の反転住宅のお客さま

2007-06-24 11:22:14 |  縄文心導ヒーリング

_1114 23日土曜日は3組の訪問者があり、とても忙しかったです。ここに来て反転住宅を見に来られる人達が増えてきした。道路をはさんで外観だけの写真を撮られている人、中まで入って来て階段などで撮影されている人、反転住宅は、どこを見ても絵になるので部屋の中まで入らなくても、満足感があるのでは。たまたま私と出くわした方は、できる限り部屋の中も見て頂いて、と思っています。この反転住宅を見学に来ている頃の自分にダブらせて見ますと、多分部屋の中の住んで居る様子を知りたいと思うからです。遠方から来ていたられる人もいます。今日はお昼の2時に中国の人民日報の日本特派員の女性記者がインタビューに来られました。何時、何処で、どうして、どうなった、という質問をされました。入居当初の頃とを少し感じ方が違って来ているので、時折このようなインタビューを受ける事で再度自分の確認になって気付きの世界が広がって行きますね。2組の方達を寄せ書き帖から紹介いたします。



_1110 中野泰明(武蔵野大学建築科)



突然の訪問にも親切に対応して下さりありがとうございます。今年大学に入学し、建築士になる事を目指して勉強して行くのでまた、こちらに見学に来させていただけると嬉しいです。お話を聞き荒川修作さんについてもっとくわしく学んでみょうと思いました。



倉富からのメッセージ(荒川さんは、20代で家を持てるようにしたい。そこには、地下や部屋の中で有機農法が出来る、保育園、病院、ヒーリングルーム、等ある集合住宅を急いで作りたいといわれてあます。”環境が人を作る”人間は人の”間”だから、この間のある住宅、使用法を読みながら使う家、それが反転住宅、使用法がない住宅なんて人が住む家ではない、といわれています。ここのところが最近になって私もわかって来たところです。若い人達に未来の夢を持てるよう、貴方達も将来このような、”人間を作る家”の設計をされて下さい。お友達にも知らせて下さい。また一緒に訪ねて来て下さい)。







_1123_1 _1122_1



K.M.



本日はありがとうございました。お話を拝聴し、普段から感じている「必ず人や物事は何処かでつながっている」という考えがあって、その事を改めて今日強く感じました。そして縄文ストレッチ!。I、T関係で勤務している私にはとても良く効きました。(肩と腰が特に)一人で出来るストレッチ。ご教授いただいたので、自宅で実践しょうと思います。ありがとうございました。



各務沙理



今日は様々な偶然か必然か、倉富さんとお会い出来嬉しく思います。今でもモダンバレエを長く習って来たので、先生のストレッチは正反対の発想とカラダの使い方で、正に目からウロコでした。体の内からスッキリと気持ち良く、今日からは電車の中で出来る事が増えて、楽しみです。小豆寒天もとてもおいしかったです。ご馳走さまでした。体の外から内臓までリフレッシュさせていただき、素敵な一日になりました。ありがとうございました。



神田尚登



くもり、良い気分、モモおやく、サラ、マイ。よく解からないけど、ここはすごい。何となく落ち着く、なつかしさが少しこみあげる。ありがとうございました。



(本間さんのご紹介でお見えくださいました。お三人は大分県出身、名前が始めてのお会いする方でした。神田さんはアメリカでお寿司屋さんを経営していられるそうです。九州の人は美男、美女が多く、お三人もエキゾチックな風貌が漂っていられました)。



 _1125  





 





コメント
この記事をはてなブックマークに追加

神道を世界平和に役立てないか。竹村健一未来経営セミナへ

2007-06-23 08:07:21 |  縄文心導ヒーリング







_953 20日水曜日は帝国ホテルで朝7時からの竹村健一未来経営のセミナーへ行きました。この日のゲストは花園神社の片山文彦宮司でした。先日、竹村先生に片山宮司を紹介させて頂きました。神社本庁主催の記念行事で1500人の東京の宮司さんや関係者に竹村先生が記帳講演“これからの日本はどうなる“をされてからのご縁から、今回は竹村先生と片山宮司の対談の本を出版するにあたり私が仲介役をさせて頂きました。、前宣伝の為とデモンストレーションとして、先生と宮司のやりとりの中でどんな本にして行くか方向性を見るためのものでした。竹村先生はこのような宗教家の方を竹村会でお呼びしてお話されるのは、始めての事だそうです。先生もどのようにこの手の話をセミナースタイルで参加者に興味をそそらせるか、考えられていて、単なる神道の話ではなく、オーナー社長の経営セミナーとしての構成を考えられ、前日先生が直接宮司に電話をされて、「用意はしなくても良いです」といわれて来られたそうです。竹村先生の報道2001のテレビ番組でも、「21世紀の現在は、ユダヤ、キリスト、イスラムが角突き合わせて戦う事になる、3大宗教の支配じゃなく古くからある和の文化の神道が世界を救う道があるのでは、環境がおかしくなっている今。自然を大切にしたお宮には必ず森があるが、教会には建物はりっぱだが、森はない。世界に日本の考え持って行く事出来ないか。神道のように争わないで、話し合いで行ける道を国連でやったらどうか、世界のやり方みたら喧嘩ばかりしている、日本にはちがう考えがある、“和を持って尊しとなる”そういう考えを主張して行ったらどうか。島国で出来てユーラシア大陸では出来ないとか言っていられない。環境問題には国境はないのだから」。と続く















コメント
この記事をはてなブックマークに追加

22日反転住宅のお客さま

2007-06-22 20:50:40 |  縄文心導ヒーリング



_1016 _1015_2 小雨の中反転住宅にはお客さまが二組ありました。午前中、反転住宅を見学に来られていたので、私がお声を掛けてお部屋の中を見て頂きました。寄せ書き帖に書いて下さいました。「今日は突然お邪魔して、あがりこませていただき、大変うれしかったです。予想していたより、ずっときちんと、それ以上にここちよく住む事ができる感覚におどろきました。色も。色があるのは、人を力ずけるのを確認しました。まきわきこ



まきさんは建築設計士のお仕事をしてあるそうです。



_1031 お昼からは、本のプロデュサーの池羽田靖子さんと脚本家の芦刈いずみさんと写真家の飯富崇生さん、お二人はアメリカのガイドブック&アメリカ国立公園本を作成中です。2007年に写真による世界平和、環境保護プロジェクトを立ち上げ、地球の大切さを伝える活動を始めた。日本ではあまり知られていない技術を使って自然写真を撮るプロ。カルフォルニア州立大学映画学部映画製作学科卒業で今は日本を拠点に世界で活躍中とか、海外が多いので住居をウィークリーマンションにしょうと思っていたが、この反転住宅をすごく気に入ったので、ここだったら日本に居て住みたいと入居希望されました。皆さんがお帰りになられた後ベランダを掃除していたら門のところに5,6人の男性が入って来られました。お一人は袴姿でした、一本歯の下駄履きで武道家の甲野善紀氏だとすぐにわかりました。203号の鈴木さんを訪問されたようです。甲野先生が反転住宅をどのように体感されたのか、お聞きしたいところです。この反転住宅はこのように長屋風なので人の出入りが一目瞭然、総ガラス張りで人の影や気配などで五感が研ぎ澄まされるのを最近とみに感じられますね。_1027 _1036 _1038









_1009



コメント
この記事をはてなブックマークに追加