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1987年6月民主化抗争30周年の日

2017-06-10 16:41:57 | 日記

今日、6月10日は30年前にソウル市内で全斗煥軍事独裁政権に立ち向かって民主化の道を開くきっかけとなった集会の記念日です。実はその日私は現場にいて目撃しました。前日の9日、次の日の集会に向けた準備集会を開いていた延世大学で警察の催涙弾直撃を後頭部に受けた李韓烈という学生が倒れて意識不明になりました。写真はその時のものです。10日には徳寿宮の近くにある聖公会聖堂で国民集会を開く予定でしたが、警察が周囲を完全に封鎖したために市民が集まることはできませんでした。それでも学生を中心にゲリラ的なデモが始まりました。私がいたのは明洞のロッテデパート前。延世大の語学堂で勉強していましたが、構内の貼り紙に「行こう、ロッテ百貨店前へ!」とあったので12時に合わせて待っていました。すると光化門の方から来たバスが、ロッテデパート前に差しかかり、窓が全部開けられて学生たちが拳を突き出しながら「護憲撤廃、独裁打倒!」のスローガンを叫びながら停まったと思うと、出てきた学生たちが隊列を組んで奇襲デモを始めました。警察もかけつけ辺りは催涙ガスで見えないほどになりました。市庁前の方を目指して行ったんですが、ここも状況は同じで、とうとう南大門市場に逃げ込むことになったんですが、その人ごみの中にまで警察は催涙弾を撃ちこんできたので、大混乱になりました。その中で一部の人たちは明洞聖堂を目指して行きました。それから4日間、聖堂に籠城した数百人の市民、学生と完全包囲した警察との厳しいにらみ合いが続きましたが、結局強行鎮圧は行われずに無事に解散したという歴史がありました。今日はソウル市内で、ソウル駅前、西大門刑務所歴史館、清雲洞住民センター、明洞聖堂、タプコル公園などに分かれ、それぞれに5月光州軍、4月革命軍、キャンドル市民軍、6月抗争軍、三・一運動軍として集会を持ち、光化門を目指してデモに出発しました。私はやはり明洞聖堂に向かいました。着いたとたんに労働者の作業服を着た人たちがデモを始めたのでびっくり!手に持っている花瓶のようなものは火炎ビンのつもり。あの時は本気で歩道のブロックをはがした投石や、火炎瓶が機動隊に向かって投げつけられたものです。警察の方は、リンゴ弾という手で投げつける催涙弾や、ネズミ花火のように落ちてから足元でくるくる回ってガスを出すチラル弾、車の脇から催涙ガスを噴出するペッパーフォッグ、一度に20発くらい同時に催涙弾を発射する多連発弾など、催涙弾のデパートと呼ばれるような多彩な武器で襲いかかってきました。目の下に歯磨きのチューブを塗り、サランラップで目を覆えば催涙ガスを浴びても大丈夫などと学生たちから学んだりもしました。当時の歌を今の若い歌手たちが歌っているのを見ると、あの頃の若者たちを思い出して自然と涙が出てきました。デモは順番に三・一運動軍、四月革命軍(当時の女学生のコスプレ!)、5月光州軍(のぼりには「非常戒厳解除せよ」「民主主義守護」と書かれています)の人たちです。今日の午前中は大統領も出席して光化門広場で記念式典が行われましたが、きのうから江華島に行って一泊したので参加できませんでした。今夜はまたソウル市庁前広場で「国民大会」があるので、そちらには足を運べそうです!
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