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5月といえば…

2017-05-18 19:50:09 | 日記

やはりバラの花でしょうか。清渓川の入口にきれいに咲いています。もう一つ忘れられないのが光州の民主化運動です。1980年5月18日に軍部が全国に戒厳令をしいて権力を奪おうとしたときに、果敢に立ち上がって犠牲になった光州の市民たち。今日はその37回目の記念日でした。毎年記念行事が行われますが、これまで2008年から去年まで保守政権が続いたために、式典なども充分に行えていなかったそうです。特に問題になっていたのは、光州市内で行われる式典には選ばれた人しか参加できなかったことと、「ニムのための行進曲」という歌が合唱団が歌うだけで、参加者全員がそろって歌えなかったことだったそうです。たかが歌一つで、と思うかもしれませんが、この歌は戒厳軍の弾圧がひどくなり、27日には全南道庁にたてこもった市民たちに軍が一斉射撃を加えて虐殺したとき、市民軍のスポークスマンを務めていたユン・サンウォンさんと、夜学などを運営していた労働運動家のパク・キスンさんという青年男女が独身のまま亡くなったため、「魂の結婚式」をあげさせ、その時に歌われた歌だということで、光州民主化運動の象徴的な歌だったという由来があります。キャンドル集会でもよく歌われました。参加者全員が政府の人も含めて心をこめて歌うことで気持ちを一つにする、光州精神を忘れないという意義があるんですね。政権が代わって、今回は大統領も含め、全員が歌うことができました。式典参加も自由にできるようになったので、去年までは3000人ほどの規模だったのが、今年は1万人を超えたそうです。遺族の人たちも「ようやく本当に犠牲者の慰霊ができる」と涙を流していました。光州の空はソウルと違って真っ青ですね。共同墓地にはこうして犠牲者が眠っています。さすがに平日でソウルでの式典は700人ほどしか集まっていませんでしたが、光化門広場の北の端で行われたので、この場所は少し前までキャンドル集会が毎週行われた”聖地”のような所だと、光州とキャンドル集会の連続性を訴えていました。ある牧師さんが言っていた「光化門」とは光になる、ということなので、この精神を受け継いで韓国に新しい光をもたらすという言葉が印象的でした。その場では写真展も行われていました。カラーと白黒があって戒厳軍から奪った装甲車に乗った市民の表情は明るいですね。この時はまだ…。その写真の横につい、感想を書いてぶら下げてしまいました。スペルが間違っているかも…。実は25日まではソウル市民庁の地下でも写真展をやっています。中には当時の毎日新聞なども展示されていますが、見出しをみると「暴動」なんて書かれていますが、これを見たら韓国の人は怒りそうですね。限られた情報の中ではこんな表現しかできなかったんでしょうね。最後は日本人の画家、富山妙子さんの版画作品です。一度は光州にも行ってみたいものです。
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