考える英語 (英作のススメ)

身の回りの事から、社会情勢まで、幅広い事柄を、自分の知っている簡単な英語で表現する。

英作『忖度11(忖度があったのかが争点)』答と考え方

2017-11-16 21:00:57 | 英作 解答

 『忖度(そんたく)』

11.首相への忖度があったのかが争点である。

⇒ 今回で『忖度』のシリーズが終わりである。

『忖度』とは一体何か。

忖度とは、ある人が、それが欲しいとは言わずとも、周りの人が、その人があるものを欲しいと思っていると考えて、その人にそれをあげること、もしくは何かをしてあげること。何か辞書の定義みたいだが、『忖度』という語の私なりの定義である。まあ実際こんなものであろう。

一応広辞苑を引いてみる。

【忖度】他人の心中をおしはかること。推察。『相手の気持ちを忖度する』、とある。

他の国語辞典も似たり寄ったりである。

 

これを簡単な英語で表現してみる。

・People try to think of what he wants, and they actually give him that. (周りの人が彼が何を欲しているかを考えて、実際にそれをあげる)

・People try to think of what he wants, and they actually give him what he wants. (欲しているものを実際にあげる)

 

need でもよい

・People think of what he needs, and they give it to him.

 

忖度するのは何のためかというと、助けるためである。help を使って

・People think of what he needs and help him. 

 

忖度するということは、欲しいと言わなくても、周りが察してそれを用意することである。

・People give him what he wants, though he never says he wants it. 

though = although, even though ⇒ ~だけれどもの意。文の前後を替えたら、もっと簡単になる。but を使って

・He never says what he wants, but people give it to him. 

他にも

・He doesn't say anything, but people around him know what he wants and give it to him. 

 

もっと簡単に『忖度』を考える。

What is sontaku? と聞かれたとして、

You think about someone. You think (wonder), "What does he or she want?" And you try to help them. 

こんな感じだろうか。

 

忖度とは、心中を推し量るわけである。推し量るとは、言い換えれば、相手の心中を想像することである。imagine を使って

・You imagine what they want. And you help them before they say they need your help. 

(彼らが何を欲しているか想像する。そして彼らが助けてという前に彼らを助ける)

 

他にも『忖度があったのか』という文脈で

・They wanted to make sure things would go as he pleased.

・They tried to think of what he wanted, and made it happen. 

 

『争点である』とは、要は『そう考えている人がいる』ということである。some を使い

・Some people think that people around him tried to think of what he wanted, and gave him what he wanted. 

 

忖度という言葉自体は、辞書にもあるように、心中を推し量る、ということで察するという、日本の文化を代表するような良い言葉だと思う。しかし今の時事における忖度という言葉の使われ方には、あまり良いイメージはない。

その辺りを考え、忖度があったのか、という語感を考えると、忖度があったのか、という発言は、要するに過剰な手助けがあった、ということだろう。そうすると過剰を表す too を使い

・People close to him tried to help him too much. 

・People close to him wanted to help him. And they did it too much. 

・People were too nice to him. 

・People were too helpful to him. 

過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し、と論語にあるように、過剰さは弊害を伴う。この too も 過ぎるということで、例えば

It is very /so hot. すごく暑い。というのも、It is too hot. となれば、暑すぎて困る、暑すぎて~できない、といった感じとなる。

・It is too hot to run outside. 暑すぎて外で走られない。

・It is too cold to eat ice cream. 寒すぎてアイスは食べられない。

 

忖度自体に罪はないのだが、忖度がなされる状況やタイミングによって、結果的にその忖度される事柄がルール違反の場合、それは争点や議論の的となる。であるから、上記のような英語にプラスして、

・People close to him tried very hard to help him. And what happened is, maybe, against the rule (law). 

・People close to him are nice to him, and they were sometimes too nice. What they did was against the rule, maybe. 

 

考えてみると、忖度とは、人の気持ちを察する行為であり、人として当たり前なことである。忖度する気持ちがあるからこそ社会が、人間関係が成り立つ。察する文化である日本を代表するものでもあるし、日本だけでなく、世界中どこの社会でも、忖度はある。

子を思う親、親を思う子。大事な人の心中を察する行為である忖度。

・Sontaku means, before you say something, before you tell me what you want, I just know what you want. That is sontaku. Sontaku means understanding people. Sontaku means imagining what people are thinking about. You try to be nice to someone. You want to help them. You try to understand what  someone really needs. That is sontaku. 

(忖度とは、あなたが何か言う前に、何が欲しいか言う前に、あなたが何を欲しているかを分かること。忖度とは人間を理解することであり、人の心を想像することである。人を思いやり、親切にすること、それが忖度である)

 今この時点の私なりの『忖度』の英語による定義(説明)である。大した英語ではない。忖度という語に対する私の感覚を言語化するとこうなる。

私は定義を重んじている。私は英語学習における定義(definition) という行為、心の動きを大変重要視している。

上記は、今この瞬間、忖度という語をどう思うかを率直に英語で表現したもので、明日になれば、定義はもしかして変わっているかもしれない。忖度という奥深い日本語を、私がどの程度理解しているかどうかは、わからない。しかし今の時点での私の理解力で、それを英語で表現すると上のような英語になる。

我々は自分の理解力を超えることを英語で言うことはできない。

語学は暗記と言われて久しい。

しかし『忖度』という語を英語にする力は、記憶力ではない。

その事柄を理解しようとする、極めて人間的な努力であり、忍耐力である。

 

 

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『日にち薬』とは?(近況を英語で言う)

2017-11-02 17:35:54 | 英語学習

レッスンでは、大抵、生徒さんから近況を英語で言ってもらう。他の英会話でも、だいたいネイティブが What's new?  とか Anything new? とよく聞くものだ。外国人は気軽に聞くのだが、これほど日本人を悩ますものもない。近況と一言で言うが、英語で近況で言うのは、なかなか難しいものである。

この間のレッスンでは、ある生徒さんに近況をお聞きすると、少しお肌のトラブルがあったので病院へ行ったとのこと。熱心に英語を練習されている方で、教室のドアを開けた瞬間から英語を話し始め、こちらが説明のために日本語に切り替えたとしても、すぐ後に英語で話し始めるという気合の入れようである。難しいな、何て言うのかな、と言いつつ、一生懸命英語で話し続ける。それでこの間病院へ行った経緯を英語で説明をなさった。医師に薬を処方され、『いつ治りますか』と医師に聞いたところ、『日にち薬ですね』と医師に言われたとのこと。この『日にち薬』を英語で何というのかと教室で質問を受けた。

『日にち薬』とは一体何だろうか?

こういった場合、私はすぐに答えない。生徒さんと一緒に答えを考える。私が言えても仕方がない。私達の仕事は、生徒さんが自力で英語を話せるように手助けをすることだ。私は、答えない代わりに質問をする。質問をすることで、自分で考える習慣を身につけてもらう。質問をして、自分の頭で考えて、自分の中に答えを見出すように仕向ける。

さて『日にち薬』とは英語で何と言うのだろうか。直訳して day medicine 等と言ったとしても、何のことやらわからない。

どういう状況で『日にち薬』と言われるのだろうか。

医者は、患者に適切な薬を処方する。患者は言われた通りに、薬を飲む。あとは薬の効能により、自身の体の自然治癒力にまかせる他はない。

回復をあせるのではなく、じっくりと時間をかけて回復を期待することが『日にち薬』ということだろう。ということは、簡単に言うと、医者は患者に『日にち薬』と言うことで、どういう意図でアドバイスをしているのかと考えると、薬を飲んだら効果が出るまで、じっくり待ってほしい、ということ。要するに『待つ』。待つということは英語で wait 。したがって、

・The doctor said I should wait for a while.

 いつまで待つか。よくなるまでである。

・The doctor said I should wait for a while until I get well. 

get well は回復するという意味。

 

さらに考える。

回復するということは、いつも通りになること。いつも通り=元気=オーケー。よって、

 

・After 2,or 3 days, you will be O.K. 

 

回復ということは、再度オーケーになること。again を使い

 

・After several days, you will be O.K again. 

というのもよいだろう。

 

他にも

・You will need a couple of days. Then, you will be fine. なども簡単かつ正確であろう。

 

『日にち薬』というのが、考えたら、こうも簡単になるのである。

数個の質問だけで、先の生徒さんは上記のような英語を自力で出すことができた。

 

大事なのは答えではない。

問いである。

 

 

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ネットと英語

2017-10-18 13:31:22 | 英語学習

次回で英作問題の『忖度』シリーズも最後である。英作の要は頭の柔軟性である。頭の柔軟性は、自分で考えることから始まる。自分で考えることなしに、英語が上手くなることはない。この英作問題シリーズも、ただ読んでいるだけでは、特に上手くなることはないだろう。『考える英語』と言っているくらいなので、自力で考えることが大事なのは自明のことである。今の時代は特にそうだろうが、インターネット全盛であり、みんな何かを知りたいとき、手軽にネットで調べて答えを求める。我々現代人は答えをすぐに求めたがる。答えをすぐに求めるということは、考えることが面倒だからだ。今の世の中ほど、考えることが難しい時はないだろう。我々は困ったらすぐに人に聞く。知らないことはすぐにネットで検索して調べる。そういう私だって、調べることが好きなので、かなりネットで検索をする方だと思う。ネットの普及によって、簡単に様々な情報にアクセスすることが可能となった。ネットが無い生活は、もう我々には考えられない。

しかし、英語の上達をしようと思えば、この便利なインターネットが邪魔になることがある。情報がありすぎるのだ。情報があり過ぎるとどうなるか。迷いが多くなる。迷いが多くなるとどうなるか。決断力が無くなる。なぜ決断力が無くなるか。情報が多すぎて、自分の判断力が信じられなくなるからである。情報が多ければ多いほど、他人の意見、知識に圧倒され、自分の感覚を軽視してしまう。情報が多すぎて、情報が消化しきれない。情報の消化不良が生じる。情報を読むことに忙しい。読むことが忙しいということは、その分自分で考えなくなるのである。

ショーペンハウエルという19世紀のドイツの哲学者がいる。著書に『読書について』というものがある。当時も既に出版洪水で、多くの下らない本に、良書がうずもれてしまうことを著者は嘆いた。多くの人は、学者や知識人も含めて、次々と出版される書籍を一生懸命追いかけて、読むことに必死である。しかし読むということは、どういうことかとショーペンハウエルは問う。読むということは、著者の言うことを必死に追いかけるだけであり、何も自分の頭で考えていない。目は忙しく字を追いかけているだけではないか。頭の中も、著者の言うことで頭が一杯になるだけで、自分の考えというものは駆逐されてしまう。本を読むということは、一見まじめな行為であるけれども、もしただ盲目的に読むということだけであれば、それは自分で考えるという努力を放棄した、いわば怠慢であると言っているのであろう。

ショーペンハウエルの嘆きと警鐘は、インターネット全盛の現代、特にあてはまる。ネットによって、日々膨大な情報がもたらされている。ネットによって便利になった社会。しかし『好事魔多し』と昔の格言が教える通り、うまい話には何かあるもの。便利さと引き換えに、一体何を失い、何を犠牲にしているか、秋の夜長に考えるのも長い人生、無駄ではない。

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英作『忖度10(真相は闇の中)』答えと考え方

2017-09-28 19:33:16 | 英作 解答

 『忖度(そんたく)』

10.真相は闇の中だ。

⇒ 前後関係、文脈ということを考えるのが、簡単な英語だけでより正確に表現するために必要である。文脈を考えるというのは、どういう場面で使われているかを想像するということである。

日本語と英語は全く別の構造を持つ。そのまま単語レベルで並べ立てても英語として意味をなさない。

『真相は闇の中だ』とはある種の比喩表現である。

なぜ『闇』というのか。

闇というのは暗いことである。明るい、暗いとは、何かを知っているかどうかを表す。例えば私は地理に明るい、とかこの辺りの事情に暗いというのは、その事柄、分野をよく知っているか知らないかということである。知るは、英語でknow である。真相は『真実』と考えて truth を使うとよい。誰がかというと、関係者、当事者であるが、そのうちの誰も真相を知らないというわけで、単純に no one を使って

・No one knows the truth. 

となる。

 

他にも『真相は闇の中だ』ということは、言い換えれば、そのことについて『誰も何も知らない』ということである。よって、

・No one knows anything about it. 

 

no one (nobody) と nothing を同時に使うと、いわゆる2重否定となり文法的には不可。nothing を使うのならno one 以外で。

・He/she knows nothing about it. 

・They know nothing about it.   they なら漠然と『関係者その他』の感じが出せてよい。

 

・Is there any one who knows anything about this? というように『誰かこれについて何か知っている人いるの?』と反語の形式にしても面白い。

 

・Who knows the truth?  No one.  誰が本当のことを知っているの? 誰も(知らない)。

 

まあ実際は知らないわけがない。中国の故事にあるように 『天知る、地知る、我知る、人知る』であり、誰かは知っている。いわんや当事者をや。知っているが語らないだけである。だから『真相は闇の中』ということは、表面的には『誰も知らない』ということであるが、正確には『誰も言わない』というのが正鵠を得ている。言うは tell を使って

・Nobody will tell the truth. 

 

・Somebody must know but nobody will tell the truth.  『誰かが知っているに違いないが、誰も言わない』というのもよい。

 

have で考えるとどうなるか。

No one has ~ と考えると、何があてはまるか考える。

 

真相は闇の中、ということは、誰もその事柄について何ら情報を持っていないわけである。よって

 

・No one has any information about it.  となる。

 

以上。

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英作『忖度9(証人喚問)』答えと考え方

2017-09-21 14:00:04 | 英作 解答

 『忖度(そんたく)』

9.国会において籠池氏に対する証人喚問が行われた。

⇒ 身の程を知って、身の丈に合った英語で表現する。徹底的に自分の知っている英語で戦う決意をすることだ。

 

『証人喚問』とは何か。

 

想像力を働かせる。(Give free rein to your imagination!) 

『証人喚問』という日本語をいったん捨てて(!)イメージで考える。

 

証人喚問とは、まず大阪にいる籠池氏が上京して東京へ出向くこと。go to を用いて

・Mr. Kagoike goes to Tokyo.  過去の話なので

・Mr. Kagoike went to Tokyo. 

どうしてか? 簡単に言うと、国会に呼ばれてのこと。国会とは政治家で構成されているので簡単に考えて、政治家 politicians. を使う。要するに証人喚問とは、政治家が渦中にある人から事情を聴くことである。簡単に言うと、政治家達が話(story)を聞きたい、として

Mr. Kagoike went to Tokyo. Because all the politicians wanted to hear his story. 

 

聴きたいというより、聴く義務があるなら、必要があるということなので need にして

・Because all the politicians needed to hear his story. 

 

なぜ証人喚問を行うのか? 真実が知りたいから。真実は truth である。証人喚問を行うのは、真実を知るためである。よって、

・Mr. Kagoike went to Tokyo. Because all the politicians wanted to know the truth. 

 

証人喚問を行うということは、事情の説明を行うことである。説明 explain を使って

・Mr. Kagoike went to Tokyo and explained. 

・Mr. Kagoike went to Tokyo and explained what really happened. (何が起きたか説明した)

・Mr. Kagoike went to Tokyo and explained what he knows (knew).  (何を知っているか説明した)

どこでか、というと国会である。国会ということは言い換えると、政治家たちの前である。in front of (前)をつけて、

・Mr. Kagoike went to Tokyo and explained what he knows in front of politicians. 

 

国会ということは国会中継である。中継とはテレビで観られるということである。

・Mr. Kagoike went to Tokyo and explained what he knows in front of politicians, and everybody was watching him (it) on TV. 

 

国会という英語は通常 the Diet である。

・The Diet asked Mr. Kagoike to come to Tokyo and talk about what he knows. 

 

いっそのこと『政府』government と言ってもいいだろう。厳密には国会は三権分立でいうと立法で、政府は行政府という区分けだと思うが、

・The government wanted Mr. Kagoike to come to Tokyo and asked him to talk.

政府(government) という単語は、もちろん上記にあるように、厳密には当然、国会と同義ではないだろう。しかしgovernment (政府)という単語は『権威』や『お上』のようなニュアンスを出すのに便利である。少し定義として曖昧であるが、要は『証人喚問』という日本語の意味を表現することが主目的である。細かい定義に拘泥して、主目的を忘れてはならない。

以上。


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