卍の城物語

弘前・津軽地方の美味しいお店と素晴らしい温泉を紹介するブログです

津軽観音巡礼第二十四番 入内観音堂

2009-02-27 01:19:59 | 神社・仏閣
津軽三十三観音霊場カジュアル巡礼第二十四番札所の入内観音堂に行く。

浪岡中心街から県道27号線を走ると青森空港への有料道路がある。わざわざ金払うのも馬鹿らしいので、迂回して一般道を通る。峠を抜けると青森市の中心街が見渡せる。今では新幹線の陸橋が延々と続き、開通が待ち遠しく思うところだ。
そうしてすぐ入内へ向かう道があるので右折。小舘という集落があり、観音巡礼の案内があったので向かうと、そこは納経所であった。手元の地図では観音堂の場所がよくわからず、かなり迷ったので地元の人に場所を聞いてようやく辿り着いた。

集落からは少しばかり離れた杉林の中にあり、日光は遮られて仄暗かった。杉林は巨木が多く、中でも小金山神社の参道には二本の巨大な杉が聳え立ち驚かせる。
まず左手に観音堂があり、右手に小金山神社の社殿がある。少し山を登ると薬師如来と阿弥陀如来を祀った小堂があり、その上には白山神社がある。

806~810年に、征夷大将軍の坂上田村麻呂が蝦夷の首長・大獄丸を討ち取り、その首を埋めた上に観世音を祀ったのが始まりとされる。
938~947年、平将門の孫の信田小太郎が家臣の謀反に遭い、難を逃れてこの地に辿り着き、白山権現社と観音堂を建立した。
1596~1616年、津軽為信が観音堂を再建。華福寺の寺格を与えられるも、住職がいない為、更に火事に遭い荒廃してしまう。
1641年に村人達によって観音堂が再建される。
明治の大悪法・神仏分離令によって観音堂に神体が祀られ、小金山神社になる。
明治の中期には、村人によって守られた観音像が再び祀られる。
昭和初期には小金山神社の社殿が別個で建てられ、神体はそちらに移る。
昭和20年に堂宇が家事に遭うも、再建され現在に至る。

観音堂内に入って拝む事が出来たが、本尊は見ることが出来なかった。本尊は聖観世音菩薩像で、慈覚大師作とされている。

青森市の峠の森林だけあり、豪雪で巡礼にも苦労を要した。春はまだまだ遠いのだろうか・・・。

最後に入内観音堂のご詠歌
~おしなべて 貴く賤しき 者までも ここに歩みを 運ぶなりけり~

住所・青森市入内字駒田116-4

※無人神社です

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。