きらめき便り

石原 条 こんな感じでやってます。

市民の皆様方へ12

2011年03月31日 | Weblog
福島市役所を出ると今度は3月23日にオープン予定であったミニボートピア福島へ向かった。本来ならばこの日に福島市長・いわき市長も列席のもと笑顔でセレモニーが行われたはずであったが・・・
ミニボートピアに到着し、会場に入り、課長からの説明や当時の様子などを聞いたが、幸いにもこの施設は被害が最小限であり、何よりケガ人もひとりもいなかったことでひと安心した。館内の施設を視察した後は再び車に乗り込み、今度はいわき市へ車を走らせた。同じ県内といっても移動距離は100kmを楽に越える。途中、簡単な食事を済ませ、午後3時過ぎにはいわき副市長のいる市役所ではなく消防本部へ伺った。
ところで、いわき市へ向かう途中、東北道郡山JCTから磐越道に入ると、高速道路も片側規制でしかも路面がゆがんでおり、補修はされているものの低速安全走行を余儀なくされ、東に進むにつれ道路から見える民家の屋根のビニールシートもその数がどんどん増えていった。
副市長の話では、月曜日から企業もようやく動き出し、だいぶ物流も改善してきたが、やはり震災後は地震対策よりも放射能対策に追われ、特に風評被害はより事態の深刻さを招いているとのことであり、一時はマスコミ各社も避難しいわき市内には報道機関が全くないということもあったとのことでした。
ところで、ここいわき市の中心市街地も建物被害はそうひどくなく、これから急ピッチでインフラ整備を進めるとのことでしたが、今のところ原発情報の推移を見ながらということでした。もちろんここいわき市にも少しながら支援物資を届けてきました。

なお、明日4月1日からわたらせ渓谷鐡道・両毛線ともに通常運行となる予定です。

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市民の皆様方へ11

2011年03月30日 | Weblog
約3時間弱で福島西ICから福島市内へ入った。福島市役所へ向かう道は比較的に空いていたが、沿道のガソリンスタンドへはまだ車の長蛇の列ができていた。それに市街地周辺の建物は一見した感じでは被災の状況がわからないくらい落ち着いていて普段とは変わらないようであったが、あくまで外見的であります。
市役所に到着すると積み込んであった支援物資をおろし、早速瀬戸市長がわざわざ時間をとってくださり、少しの時間ではありましたがお話をさせていただきました。以下、瀬戸市長のお話の概要を書きます。

市長によると、現在は落ち着いてきたものの地震災害対策というより原発対策が主な対策となっている。ここ福島市も毎日様々な数値には気を遣っているが、基本的に何ら問題はない。しかしながら、風評被害は甚大で、とても地方自治体レベルで対応できるものではなく、国レベルの支援が必要である。福島市は比較的被害が少なく浜通り圏の方々の避難先となっているが、今一番心配なのが子どもたちの新学期を迎える学校(通学)の受け入れの問題である。・・・このほかにもたくさんのことをお聞きしました。最後に今一番必要なモノをたずねると“水”という答えでした。
この日も水を持参しましたが、瀬戸市長からもみどり市の皆様方へくれぐれもよろしくとのことでした。そんなに大きな力にはなれないかもしれませんが、できる限りのご支援はさせていただきますという気持ちを伝えて参りました。

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市民の皆様方へ10

2011年03月29日 | Weblog
午前8時半前には自宅を出発し、水などを積めるだけ積み込み北関東自動車道に入り一路福島県へ向かった。こんな形で全面開通となった北関東自動車道の初利用をするとは思ってもいなかったが、走ってみるとやはり便利である。東北自動車道に入り北上していると、トラックを中心に被災地に向かっていると思われる車両も多く、中には関東圏以外のナンバーも見られた。ただ、週明けの月曜日ということもあってか上下線とも全く混雑はなく、スムーズに車を走らせることができた。今年に入り3度目の東北入りで、車では2度目となるが、過日の東北行きで車窓から見える景色より若干緑が増えたような気がするが、東北自動車道沿いの田園風景はいつもと変わらない・・・。途中、上河内SAで休憩をしたが、ここでも自衛隊員や作業服姿の方々がたくさんおり、まさに現地に向かう途中であった。またSAのガソリンスタンドは平時に戻ったようで特に混雑はありませんでした。

約2時間で栃木県を抜け福島県に入りしばらく走っていると普段ではあまり感じない道路の段差を感じるようになった。同じ福島県でも東北道は内陸側なので海岸沿いとは被災も少しは内輪かもしれないが、それでも民家の屋根などは北上するにしたがいブルーシートでおおわれている数が多くなっているし、高速道路上の構造物も明らかに修復をした様が見受けられる・・・。

話は変わりますが、本日からわたらせ渓谷鐡道に新車輌が走りました。なお、わたらせ渓谷鐡道そして両毛線の不通についても4/1からの運行復旧について全面とはいかないまでもなんとか見通しが立ったようです。詳しくはあらためて決定次第報告いたします。

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市民の皆様方へ9

2011年03月28日 | Weblog
東北関東大震災後の環境変化に伴い、みどり市でも予定されていた行事が中止や延期となる中、市立神梅小学校の閉校式が児童をはじめ学校関係者や地域住民が中心となり、厳粛な雰囲気の中、滞りなく行われた。138年の伝統と歴史を誇る神梅小学校がその歴史に幕を閉じるということもあり、ひと言ではとても表現することが出来ない複雑な思いが込み上げてきた。ピーク時には100名を超える児童数も現在は28名となり、様々な議論が交わされた結果、この春の新学期より大間々北小と統合することとなったが、何より児童の教育環境を最優先に考え、市としても全面的にフォローをさせていただきます。そして、小学校閉校後の地域の活性化についてもしっかりと対応をさせていただきます。
本日は早朝からみどり市を出発し、福島県福島市へ行ってきます。予定では市議会閉会後翌日の23日(水)に場外舟券売場(ミニボートピア福島)がオープン予定で、私も現地へ行き、ごあいさつをさせていただく予定であったが、大震災で中止となった。以前に福島市長にもごあいさつ方々お伺いし、ゆっくりとお話をさせていただいたということもあり、現地の視察と激励を兼ねて迷惑のかからないようこの日の訪問となった。今のところ予定は立っているが、どういう状況になるかわかりません。支援の水を積めるだけ車に積んで福島市に向かいます。このレポートは明日以降に!

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市民の皆様方へ8

2011年03月25日 | Weblog
昨日、群馬県知事からの呼び出しで、県内35市町村の首長が県庁内に集合し今般の東北関東大震災の対応や現況など様々な報告と意見交換が行われました。詳しくは群馬県のホームページで確認していただきたいと思いますが、議題は大きく県の被災者の支援の取り組みについてと県と市町村が連携して行う当面(緊急)の被災者受入れについての2点であります。
概要をお話いたしますが、基本的に群馬県としては震災被災者の支援については各市町村がそれぞれということではなく新設した「震災被災者支援室」が総合調整の窓口で担当することとなります。もちろん各市町村独自の支援はそれぞれ引き続いて行ってまいりますが、県とも情報の交換共有はしっかりとしていきます。なお、本日みどり市を含めて主要な水道水の放射線量などの数値が発表されましたが、全て心配するものではありませんのでご安心下さい。そして今後もこれらの数値については可能な限りの調査と情報の早期提供には県と協力して全力を挙げてまいります。
また、昨日の会議でJRからも説明があり、みどり市を走る両毛線については何とか新学期に間に合うように努力をしている旨の報告がありましたが、今後も全線復旧にはみどり市としても強く働きかけてまいります。これらのライフラインについても新しい情報があり次第アップしてまいります。迅速で正確な情報提供を心がけておりますが、このブログでは限界がありますので、詳しくはオフィシャルなサイトで情報を確認して下さい。

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市民の皆様方へ7

2011年03月24日 | Weblog
先般、被災地のひとつである福島県郡山市の市長より送付された文章を原文のまま本日のブログといたします。

                          平成23年3月21日

みどり市長 石原 条 様
                         郡山市長 原 正夫

東北・関東大震災の支援にかかる御礼並びに原発事故への対応について

今回の災害にあたりましては、温かいご支援をいただき、心から感謝と御礼を申し上げます。
郡山市民の避難状況につきましては、懸命な復旧活動の結果、当初の約1万人から約1,700人に減少をしております。
大震災発生以来、関係者の方々と市民の安全・安心の確保のため、全身全霊を持って対応してまいりました。
しかしながら、この度の原子力発電所の事故に関しましては、依然として、予断を許さない厳しい状況にあり、郡山市民の不安が増大しているところであります。
このため、本市においては、将来にわたる市民生活の安全・安心の確保を図る観点から、事故処理にあたっては、「廃炉」を前提とした対応を図るよう海江田経済産業大臣に直接要請をしたところであり、先日、別添のとおり記者会見を開催いたしました。
つきましては、国及び東京電力に強く訴えてまいりたいと考えておりますので、貴自治体におかれましても、ぜひこの趣旨にご賛同いただき、「廃炉」を前提とした原発事故の早期沈静化について、強く関係機関に働きかけていただきますようお願い申し上げます。





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市民の皆様方へ6

2011年03月23日 | Weblog
昨日、みどり市議会も無事終了いたしました。今議会での議決事項の中でも震災関連の予算を計上させていただきましたが、市内でも少なからず影響は出ていますが、可能な限りの対応はしていきます。また今議会をもって、今任期4年を終えることになり、来月に予定される統一地方選挙に臨むこととなる。尚、統一地方選挙についてはその施行の是非について様々な議論のあるところであり、私たちとしてももちろん様々な思いはある・・・

ところで、今日も市内を回ってきましたが、ガソリンスタンドがだいぶ落ち着いてきました。また停電についても皆様方の節電などのご協力により、市内エリアの大部分を占める第1グループの計画停電が本日も回避されましたが、危機的状況には変わりはありませんので、引き続きの節電のご協力をお願いいたします。また本日は東電の方がきて経過説明や現況報告を受けましたが、ここでアップするような状況の変化やお知らせはありません。
心配なのは農作物対策であります。今のところみどり市産の野菜などは全て安全ですが、今後の数値により一層の注意を払っていきます。


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市民の皆様方へ5

2011年03月22日 | Weblog
報道各社からの情報も刻々と変化し、みどり市としても正確・迅速な対応を心がけていますが、震災関連情報には充分に注意をして下さい。
この3連休については予定されていた行事は全てキャンセルとなり、時間を見つけては市内各地を見て回ってきました。ガソリンスタンドやコンビニエンスストア、そして大型小売店などでありそれぞれの訪問先で現場の話を聞いてまいりましたが、現場にいる皆様は異口同音に“普段通りの生活サイクルをしてくれれば何ら不足する物はない”とのことであり、あらためて市民の皆様方には落ちついた対応をお願いいたします。

次に、みどり市としての被災者受け入れ状況についてお話をいたします。先週末には32名の被災者を受け入れ、現在も受け入れ施設の整備が出来次第可能な限りの受け入れを群馬県と協力をしながら実施いたします。
また、本日の市議会において市民の総意として100万円の寄付を被災地にさせていただくことを決定いたしました。なお、群馬県を含む北関東各県のほうれん草などの葉モノ野菜の出荷停止につきましては、野菜農家をたくさんかかえる新田みどり農協と協力し情報収集と対応をさせていただきます。

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市民の皆様方へ4

2011年03月18日 | Weblog
被災後一週間が経過しました。地震・津波・原発・・・数限りない問題をあふれる情報の中で混乱する中、様々な思いを巡らせて見るが、自分自身の中でもとても消化処理できるものではなく、ただ気持ちだけがあせっている・・・・自分では何もできなくても力を合わせればきっと何とかなると信じて・・・
朝起きて、自宅の外から周りの景色をみるといつもと何ら変わらない風景がある。家の中に入りテレビを見るとそこには目を疑うような光景が写し出され、被災者の悲痛な気持ちがマイクや画面を通じて伝わってくる。
昨日は2度の停電があり、2度目は夜であった。暗くなった役所で打ち合わせを終え自宅待機となり、信号さえ消えた真っ暗な道を走り自宅に到着し、車から降りて見慣れた場所から景色を見ると市内は真っ暗である。この日は冬に戻ったような寒さとは別に雲ひとつない夜空で、月あかりがとても明るく真っ暗なまちをとても明るく照らしていてくれた。
耳を済ましてもまったく音がない・・・時折通る自動車のエンジン音がやけに大きく聞こえ、どの方向に行ったのかも分かるくらいだ。被災地の方々も同じ空を見ていると思うと・・・
“誰にでもできることは必ずある”

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市民の皆様方へ3

2011年03月17日 | Weblog
東北地方太平洋沖地震関係の情報を収集する中、こんな記事を見つけました。

福島第1原発の事故で、情報提供の遅れなど東京電力の対応に批判が集まる一方、最悪の事態を避けるため、危険を顧みず作業に当たる同社や協力会社の社員もいる。地方の電力会社に勤務する島根県の男性(59)は、定年を半年後に控えながら、志願して応援のため福島へ向かった。
会社員の娘(27)によると、男性は約40年にわたり原発の運転に従事し、9月に定年退職する予定だった。事故発生を受け、会社が募集した約20人の応援派遣に応じた。
男性は13日、「今の対応で原発の未来が変わる。使命感を持って行きたい」と家族に告げ、志願したことを明かした。話を聞いた娘は、家ではあまり話さず、頼りなく感じることもある父を誇りに思い、涙が出そうになったという。
東京電力側の受け入れ体制が整った15日朝、男性は自宅をたった。特別なことにしたくないと考えた娘は見送りはせず、普段通りに出勤した。「最初は行ってほしくなかったが、もし何かあっても、自分で決めたことなら悔いはないと思った」と話し、無事の帰宅を祈る。
男性の妻(58)は「彼は18歳の時からずっと原発の運転をしてきた。一番安全なものをやっているという自信があったんだと思う」と話す。出発を見送り、「現地の人に安心を与えるために、頑張ってきて」と声を掛けたという。

“涙をふいてみんなで頑張ろう”

(「時事通信」HP 3/16配信記事より)

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