青年海外協力隊応募促進 JOCA全国キャラバン2号車(九州) ただいま全国行脚中
青年海外協力隊を日本の隅々まで理解してもらい、そして参加・応援してもらおうと地球柄のワゴン車が全国行脚を始めました。
 



 今日は、小郡市・朝倉市郡を訪問しましたキャラバン隊です。そんな我々に強力な助っ人が駆けつけました。寺原裕明さん―朝倉郡で人生の大部分を過ごされた、いわゆる『地元のおじさん』です。そして、朝倉以外で過ごした殆ど唯一の場所が、マレーシアでの2年間。もちろん青年海外協力隊員としての活動でした。我々からすると大先輩で、昭和58年度の派遣。職種は体育だったそうです。
  普段から、市長村など団体を回っている我々ですが、それらの長たる方々とお会いする時は、やはり一方ならぬ緊張の念を抱くわけです。それが寺原さんの地元ならではの結び付きのおかけで、話も弾みまして大分和やかに訪問を進めることができました。
  その寺原さん。なんと、福岡県の条例で現職派遣で協力隊に参加した初めての人物だったそうです。つまり、行く前も行った後もずーっと朝倉地域で小学校の先生をされていたのです。
  それが、2年前に一念発起。「ちょっと早期退職して新しい事業を始めたんです。」とさらりと言いながらくださった名刺に目をやると、飛び込んできた文字はなんと、
 
「スカルプケア&育毛サロン」

最初は「通ってらっしゃるサロンの名刺を間違えてくださったのかな?」と、チラリと氏の頭部を横目にしながら、しょうもない妄想を走らせたのですが、やはり間違いではない。ご自身の名刺だ。
「何か、この年になって新しいことをやってみたくなった。」そう言って、育毛事業の色々なことを語ってくださいました。「この道30年の師がつくる漢方による育毛剤」「カツラや従来の育毛・増毛とは違い、その人自身の自己発毛能力を高める」「無添加・ラベンダーのエッセンシャルオイルのシャンプー」など。
育毛なんてどうせ「高い料金だけで、効果は無いのでは?」という先入観を私も持っていたのですが、お話を聞いて、少しだけ「これなら効果あるかも」と思ってしまいました。

50代にして、全然違う畑への職種転向。たくさんの苦労もあったでしょうが、人生いつにしても遅すぎるということは無いんだなぁと改めて思わされました。
お子さんがいる中での当時の「どうしても諦めきれなかった」協力隊参加。その挑戦する気概やあくなき執念が、今もそのまま宿っているように見えました。

育毛に関して、詳しくは下記のウェブサイトをごらんになるか、お問い合わせください。

・スカルプケア&育毛サロン「シード」
・所在地:福岡市中央区今泉2丁目4−30 松尾ビル401
・電話:0120-804-480 / 092-713-1402
・ウェブサイト:
http://seed-hair.com/index.html

 

■本日の訪問先

小郡市役所
http://www.city.ogori.fukuoka.jp/content/root.jsp?cp=YTFlM3pfMjMwMTExODAyNDQ5NDA5

朝倉郡筑前町役場
http://www.town.chikuzen.fukuoka.jp/

朝倉市役所
http://www.city.asakura.lg.jp/

朝倉郡東峰村
http://www1.vill.toho.fukuoka.jp/



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 前回お知らせしました通り、今回は「地球市民どんたく」というイベントにおじゃましました。横ではアジア太平洋フェスティバルの歌や踊りや屋台などもあり、NGOなどの活動紹介ブースもとても盛況になりました。以前みなさんにご紹介しましたバンベンさんも、モンゴル岩塩を携えて出品しており、「1億年前の塩だよ〜」という呼びかけが効いたのか、売れ行き好調のようでした。
 我々が、キャラバンカーで周りを回っていると、ある男性がおもむろに車の横に来てドアをノックしたので、「何だ!?」と思ったら、「シニアボランティアの募集要項ください。」という声が。「積極的だな〜と感心してしまいました。」

 福岡は、地理的に中国・韓国にとても近い存在で、古くは時の権力者たちも、中国・韓国との政治や交易としての場―アジアの玄関口として、福岡を重く用いたそうです。
 そう言われてもあまりピンと来ないので、地図を開いていると、本当に近い!それもそのはず、福岡から飛行機で東京までは1時間30分以上かかるのですが、ソウルまでは1時間ちょっとで着くのです。
 特に長崎県の対馬は歴史上、唐・新羅からの防衛線となったとか、元寇の際に侵略されたとか、アジアとの多くの関わりを耳にしてましたが、地図で見ると丁度日本と韓国の間くらいにあって、「なるほどこの近さなら」と思わされます。
 そんな福岡に滞在されているアジアの方々からも、「福岡と自分の国はどこか似ている」といった感想が少なからず出ているようです。
 今日のイベントは、そんなアジアの風の一端を感じることのできるものでした。このイベントは、毎年行われていますので、みなさんも是非足をお運びください。

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               協力隊の説明      塩のブース       塩の試食
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               地雷撤去の実演
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               ヴェトナムの歌手


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 たまには、青年海外協力隊に関係ない話をしようと思います。

 「THE BIG ISSUE JAPAN ―ビッグイシュー日本版」という雑誌があります。表題どおり、ホームレスの人たちが売る雑誌で、彼らの就業機会を生成する事業です。1冊300円で、160円が販売者の収入になるそうです。これは慈善事業ではなく、ビジネスなのだそうです。
その公式ウェブサイトには、
「ビッグイシューは事業性に賭けて、NPOではなく“有限会社”を選びました。大きく事業をすることは、ホームレスの仕事をたくさんつくることだからです。」
と書いてあります。
これは、『政府の限界は「皆に同じように与える」』と言うBIG ISSUEの創設者、ジョン・バードの考えが基なのだろうか。

 私は興味を持ちました。そして、東京のある販売者を30分見続けました。一冊も売れませんでした。そしてその時は買いませんでした。同情で買うのは嫌だったし、雑誌の殆どは表紙が有名な俳優やミュージシャンで覆われており、あまり面白そうに感じなかったから。
 でも、福岡に帰って来てから買ってみました。販売者の人と話したり、パラパラとめくってみると面白そうだったから。今号の特集は土。土の生命力や美しさなどを面白く描いており、勉強になりました。
  福岡では天神や博多、西新などの7ヶ所で売られています。

 一つ、驚いたことがあります。これを書くにあたって、家で「THE BIG ISSUE」を読んでいました。すると、陶芸作家・宮本ルリ子さんという方の記事が、土の特集の一ページを担っていました。面白いもんだなあ、と思いながらその人のプロフィールを読むと・・・。「青年海外協力隊員として、フィリピンへ」。「え?」
  冒頭に書いたことは本気だったのですが、結果的に青年海外協力隊が出てきてしまいました。不思議なものです。


ついでに、ひとつイベントのお知らせをしておきます。

地球市民どんたく2008 (NGOなどの活動紹介ブース展示およびワークショップ)
・会場:福岡市役所西側ふれあい広場北側緑地(福岡市中央区天神1-8-1)
・日時:平成20年10月9日(木)〜13日(月・祝)5日間  11時〜18時

アジア太平洋フェスティバルのステージや屋台に隣接するイベントで、青年海外協力隊関連や国際NGOなどのブースがあります。国際活動に興味がある人は是非見てみてください。我々キャラバン隊も13日(月)には現れますよ!


■本日の訪問先

九州産業大学
http://www.kyusan-u.ac.jp/

久留米工業大学
http://www.kurume-it.ac.jp/

八女市役所
http://www.city.yame.fukuoka.jp/



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若者  


今、若者に元気が無いと言う。

「最近の若者は積極性が無くなりました。」「最近の若者は何かをやってやろう!という気概やチャレンジ精神が無くなった。」という類の言葉を、このキャラバン隊に乗り始めてから何度となく耳にしました。

 果たして本当にそうなのか?私は半分は本当で半分は間違いだと思います。何故かと言えば、確かに表現力として、自分を主張したり何かに積極的に取組むという姿勢は目に見えづらくなりました。けれども同じ日本人、同じ若者の本質なんてそう簡単に変わるとは思えません。変わるのは、『社会』や『生活環境』なのです。
  極端な話、幕末の志士から見れば、現代の大人も若者にも同じく、「俺らは脱藩や死の覚悟を持って、大事にあたったのに、最近のものは積極性がない」と言う先人もいるかもしれません。
 
  考えても見ると、現在の社会のように、黙っていても食べ物が出てくる。黙っていても物を買ったりサービスを受けたり出来る。みんなが親切にしてくれる(ある意味で)。家にいても情報収集や買い物が出来る。という社会の中で育ち、教育された人間に、積極的で感情の起伏が激しくなれ、なんて言う方もある意味無茶だと思います。
  何故そう思うかと言うと、私がいたモンゴルでは「待っていても誰も何もしてくれない」社会だったのです。店などでは、ずーっと並んでいても『声』を出さなければ、何も買えない。どんな場面でも『発言』する必要があるのです。その社会が良いとは言えませんが(言わんでも分かるやろが!と何度思ったか・・・)、意思疎通が活発になるという良い面もあります。

 そういう意味では、いつの時代も変わらない若者たち。その奥にある心は、それぞれの時代に合わせて映し出されるのだと思います。それを揺り動かす一つの選択肢として、青年海外協力隊というのも面白いかもしれません。


それでは久留米の様子を写真でごらんください。ちなみに久留米はB級グルメ(ラーメン、焼き鳥、焼きそばなど)のメッカを自称しており、『B-1 グランプリ』なるものが近々11月1日と2日に行われます。

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久留米市役所     久留米大学      聖マリア学院大学  

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インドカレー BISHNU(ビスヌ)

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久留米商店街

本日の訪問先

久留米市役所
http://www.city.kurume.fukuoka.jp/

久留米大学
http://www.kurume-u.ac.jp/

聖マリア学院大学
http://www.st-mary.ac.jp/



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本日の訪問先

九州大学
http://www.kyushu-u.ac.jp/

福岡大学
http://www.fukuoka-u.ac.jp/

福岡女子大学
http://www.fwu.ac.jp/

西南学院大学
http://www.seinan-gu.ac.jp/

福岡看護助産学校
http://www.kyumed.jp/nursing_school/



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姓を副島、名を雪菜と言った。

我がキャラバン隊の紅一点でもあります。

と、その前に断っておきます。今日も訪問先で素晴らしい沢山のことがありました。しかし、全てを紹介出来ないのは本当に残念ですが、皆様にはこの場を借りて御礼申し上げます。

さて、ある訪問先の方がこのような質問をされました。

「青年海外協力隊の魅力って何ですか?」

 我々は青年海外協力隊を広報して回っています。この時も、ポスター貼りやチラシ配布をお願いした折に頂いた質問でした。先方からすれば、あまり知らない事業を仲介して広報する立場。その『魅力』を問うのは至極当然の成り行きでした。しかし、はて、改めて問われますと、私なぞは何も考えずに「外国へ行ける」と応募してしまったクチなので、恥ずかしながら魅力について思考したこともなく、一同も同様なのか定型のような一般的フレーズを捻り出したのです。

 そこで今、非常に単純明快な解答『とにかく楽しい』を皆様に贈ります。

 これは2006年の夏から2年間、ブラジルで日系人の通う幼稚園で活動したユッキーナ(私はこの名で呼んだことはない)に初めてお会いした時に、彼女が連発していた言葉です。「とにかく楽しいことしか無かった」と。
  これは非常に珍しく、大抵の人間は初めて触れる異文化社会に喜怒哀楽の針をぶん回し、時には激しく憤りを感じるものなのです。(いや、「時には」じゃないな・・・。)
  とにかく前向きなユッキーナ。ブラジルでの活動では、幼稚園児だけに留まらず、活動の幅を広げてその両親たちまで巻き込んで「よさこい」の教室を開き、ブラジルの片田舎に「よさこいブーム」を巻き起こしたそうです。本人によれば、「みんなの交流の楽しい場を作れた」。ユッキーナを見てると、何だか自分のモンゴル時代まで全て楽しかったような気になります。

 しかしこれは、あくまでたった一人の物語。100人いれば100人にとっての『魅力』がある。そんな常識に囚われない未知の世界への挑戦。これこそ、協力隊の魅力なんじゃないかなと思います。

 ユッキーナはこの秋、再びブラジルへ旅立ちます。そう、最も効果的で最も身近な国際平和への道を歩みに。

姓を Pires de lima 、名を Yukki-na と言う。

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本日の訪問先

糟屋郡篠栗町役場
http://www.town.sasaguri.fukuoka.jp/

社団法人 福岡県専修学校各種学校協会
http://www.fsk-net.or.jp/index.php

福岡商工会議所
http://www.fukunet.or.jp/index.shtml

社団法人 福岡青年会議所
http://www.fukuoka-jc.or.jp/index.html

社団法人 福岡中小企業経営者協会
http://www.chukeikyo.com/db/cat43/

福岡県協力隊を育てる会
http://f-sojocv.org/



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 私の今週の目標は本を1冊読むこと。私は本を読むのが遅いので大変です。とまあ、3年ぶりにけやき通りをバイクで駆って、愛しのキャラバンカーに今朝も辿り着きました。そして本日訪れたのが、直方市役所飯塚市役所糸田町役場の3庁舎でした。ちなみにかの有名な大関・魁皇は直方市出身です。(モンゴルでは日本人力士の中で一番人気があります)

「何でそんなに減ったんですか?」

とは飯塚市長。

 そうなのです。そもそも私たちがこのようにキャラバンカーで全国を回って広報している理由は、青年海外協力隊への応募が減ったからです。平成15年の約1万人に対して、平成19年は何と約4000人。この減り方は異常なのですが、ついには市長の問いに我々は明確な回答を出せなかった。少子化、若者の意欲減退、危険なイメージの浸透、グローバル化による協力隊の価値の薄れ、広報力の低下など色々言われているが、本当の事は誰にも分からないのである。
 
 「今の学校教育の中に、ボランティアや地域社会に関わるプログラムが取り込まれていない。だからそういう若者が育つはずもないのでは?時間はかかるけど、原点を変えないといけない。10年後を見据えて。だから私は10年がかりで今市役所を変えているんです。」と、ボランティア活動をすると単位を出している大学の例などを交えて意見を頂きました。

 「だから、みなさんも全国を回るのは大変でしょうから、文部省に行けば事は済みますよ。ははは。」と冗談を仰り、場は笑いの雰囲気に包まれましたが、市長の目は真剣だったように私には見えました。

 

それから、糸田町長さんは自身の体験からこんな名言を。

「1年に一回だけ、クリスマスカード一通だけでいいから続ける。それが人間の結びつきを保つ」

 何と、町長さんは1963年に1年間デンマークで農業を学ばれたそうです。未だ日本が低開発国と呼ばれ、他国から援助してもらっていたその時代に、デンマーク政府のお金で。正に『協力隊の逆版』と、我々は思わず言ってしまいました。
そしてそれから45年間。一回も欠かさず、毎年16家族とクリスマスカードのやり取りをしていたそうです。そして最近、奥様と二人で約30年ぶりに(1980年にも一度渡航)10日間のデンマーク旅行を楽しんで来られたとか。そして、その16家族を全部回った。
「たったのクリスマスカード一枚だけど、それが無かったらこうして再会することなんて有り得ませんよ。」
45年前、夢を持ったある青年は一ヶ月もかかる船旅を経てマルセイユに上陸し、デンマークへ。そんな時代だった。そして青年はある町の長となり、再びデンマークを訪れた。その胸中は計り知れません。

私もモンゴルへ手紙を書こうかな。


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直方市役所にて      直方市庁舎玄関      飯塚市長、熱弁を振るう



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今日は日曜日なのでのんびり休みました。と言いたいとこですが、こういう広報に携わるものにとっては休日は絶好の機会。というわけで、本日は「福岡県協力隊を育てる会 設立30周年記念事業」におじゃましました。

下に内容を記載します。


■記念講演
「協力隊今昔物語 −福岡青年、世界に羽ばたく−」
元ペルー大使・(社)協力隊を育てる会副会長 青木 盛久 氏

■エイズ予防啓発の歌「ディマクコンダ」歌とトーク
山田 耕平 氏(平成15年12月〜平成18年3月村落開発普及員としてマラウイへ派遣)

■記念講演
「協力隊経験を活かして社会起業家へ」
坂本 毅 氏(平成3年〜平成6年日本語講師として中国へ派遣)

■記念式典

 本当にどれも面白い内容だったので、全てについて書きたいのですが、字数の関係もあるので主観的に一つについてだけ書きます。
それは、上から3つ目の坂本毅さんの講演について。
 簡単に言うと、彼は個人事業をやっています。どのようなものかと言うと、「中国内モンゴル自治区オルドス」という所で進んでいる砂漠化の改善のために植林などをしています。
 そして、ここがちょっと普通と違うところなんですが、「たんなる慈善事業ではない」ということです。では事業の資金源は何か?オルドスの特産品(岩塩など)を日本に輸入して、その売上金で活動しているのです。つまり、オルドスはオルドス自身によって自己修復しているのです。
  たいていの大企業は近年、商売をするために慈善事業をしています。しかし、これは逆。慈善事業をするために商売をしているのです。面白い。
  そんな彼が今日講演をしました。私は、実はモンゴルへ行く前(3年くらい前)に坂本さんと何度かお会いする機会がありました。その時、「ひとまず10年を目標にしています。10年後に、オルドスに緑が返ってくれば良いなあ」っていつも言っていたものです。
 
  今日の壇上で彼はこう言いました。
 
  「これを始めた時は、10年後にオルドスが緑に包まれるなんて全然想像できなかった。けど、それから3年。今なら、10年後にはオルドスに緑が返ってくるんじゃないか?本当の本当にそうなるんじゃないか?って少し実感できるようになった。」

 僕は3年という月日の長さと短さを同時に味わった気がしました。3年ぶりに会った坂本さんは、あの時と変わらぬままの姿でいる。ひょっとしたらタイムスリップしたんじゃないか?って思えるくらいに。でも、彼があの時描いていた物語は、しっかりと時を刻んでいた。その瞬間、「ああ 俺は帰って来たんだな」と思いました。


坂本さんについての詳しいこと、「バンベン」とは何か?はホームページ「オルドスの風」をご覧ください。
私のお勧めは「体験記 オルドスの風」。

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講演の様子          講演後、商品を売る坂本さん(大盛況)


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山田耕平ライブ        耕平さんのCDを買う協力隊OV(サインも貰う)



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みなさんこんにちは。青年海外協力隊応募促進キャラバンカー(於:九州)。本日も福岡県内の自治体を訪問させて頂き、青年海外協力隊を広報して参りました。

糟屋郡粕谷町、糟屋郡志免町、糟屋郡宇美町。の3町を訪問させて頂きました。3町とも、糟屋郡です。

「郡域には粕屋炭田と呼ばれる炭田が広がっており、かつては石炭産業で栄えたが、1960年代にエネルギー源が石炭から石油へ移行したため郡内の炭鉱はすべて閉山し、人口・産業などの面で衰退した。その後、隣接する福岡市の発展により、ベッドタウンとして人口が増加に転じた。」

--- フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 糟屋郡ページ より


私たちは、以前から地方の町を回っていて、皆さん口を揃えて「人口が減りっぱなしです。」と深刻な過疎化をずっと見て来ました。
だから、比較的人口が増えている糟屋郡を見た時に、何も考えずに純粋にある町長さんに対して、
「人口が増えて良いですね〜」
と言ってしまいました。

ところが、ベッドタウンとして急にマンションや団地が出来て若い人を中心に人口が増える。そしたら、今まで空いていた学校が急に足りなくなる。少ない予算で無理して学校を建設する。でも、新しく来た人たちは子供が育つと簡単に出ていく。無理して作った学校がまた空く。

「人口が増えるのも、良い面ばかりじゃないんです。」

なかなかに衝撃的な事実でした。


一方で、粕谷町の副町長さんによれば、町の予算で青少年を海外に送るプログラム「青年の翼」「少年の船」のOB・OGらが地元で色んなことに取り組んでいるそうです。「Yosakoiかすや祭り」もその一つと仰ってました。

その副町長さんの言葉
「このプログラムは無駄な取り組みではなかった」と静かに噛み締めるように。
「出来るだけ町内に青年海外協力隊をハッパかけます!」と元気に跳び上がるように。



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一言  


今日は本当に悩みました。しかし思い切って、今日の構成は『今日お会いした方々の一言集』にしようと思います。簡潔から、事象を捉える。それでは6+1名の勇士を想像してください。尚、訪問先は大野城市役所、春日市役所、筑紫郡那珂川町役場、筑紫野市役所です。


 「それで、皆様方(九州海外協力協会)はどのような団体ですか?」
 
  ---大野城市長

 (全ての訪問先で、青年海外協力隊の事業を説明して回っている中、協力隊事業がどうしたという以前に、まずは実際に眼前で喋っている訪問者自身とそれを取り巻く状況を理解しようとして)

 

 「一方で、グローバル社会になり、気軽に誰でも海外に行けるようになったというのも、一つの要因かもしれませんね。」
 
  ---春日市長

 (青年海外協力隊への募集者が減少しているという話を知り、我々に理由を質問してその答えを聞いた後に、すぐさま自分自身の分析結果・独自の見解を述べた際の言葉として)

 

 「何も無いんです。(清々しく)」

 ---那珂川町長

 (我々の発した質問、「那珂川町で観光名所はどこですか?」という問いに対して)
  これに関しては無粋ながら、少し補足させて頂きます。那珂川町は川や池などの水辺環境がとても豊かで、トンボやドジョウ、アユをはじめとした生物多様性の町でもある。そういう意味で、余計な人工物が---と解することも出来るのでは?

 

 「私には若者の意欲が下がったとは思えません。」

 ---筑紫野市長

 (青年海外協力隊に応募する人が減少した理由として、「若者の元気が無くなった」と多くの人に言われているという話が出た際に)

 

 「カリブ海の小さな島に、今この瞬間も人々が生きている。それを知ることが出来ただけでも生きる喜びとなりました。」

 ---青年海外協力隊OV 派遣国:ドミニカ国 職種:エイズ対策

 (あるインタビューで、青年海外協力隊の魅力について問われた時の答えとして)

 

 「教えるということは、学ぶこと」

 ---日系社会青年ボランティアOV 派遣国:ブラジル 職種:幼稚園教諭

 (自身の活動の中で、「よさこい」を現地の人に教えた時に、まず自分が学んだという経験から)

 

 ・おまけ
 
  「固麺やないと、食べても食べても減らんけん、ぐぅわーってなる」
  (固麺じゃないと、食べても食べても減らないから、気持ちが荒ぶり昂まる)

 ---あるキャラバン隊員

 (ある有名なうどん屋(麺が特殊で出汁をよく吸う)で、麺の固さを選んで注文した後)



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