Jo2pA De 501

[kore de ehnen]

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2020-03-11 | Diary
エンジニアやってます。かなりヘボいですが。
あと、音楽やってます。ひっそりと→YouTube
ときどき思いついたように自転車旅に出ます。あ、そういう感じの記事ここには書いてないな…。また、いずれ。
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白雨の蝉

2010-08-19 | Music


お久しぶりです。
久しぶりに曲を発表してみました。

初VOCALOIDです。面白い!

題名に蝉って入れちゃったので、やっぱ八月中に仕上げねばと言う、プレッシャーとの戦いでした。

是非聴いて下さい!
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Overture "Tralfamadore" その2

2010-04-13 | Diary


MySoundのサービス終了に伴い音源が消えてしまったので、YouTubeに寄生しまっす。
学生時代最後の曲。
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ブログを書こうと思った

2010-03-30 | Diary
 が、しかし書くネタなんてないじゃないかと言う事に気づく。

 昨日は日曜なのに家に引き蘢ってたからなあ。

 何なんだ一体。

 何がしたいんだ俺は。


 ブログが書ける人生を送りたい。
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スノボ

2010-03-07 | Diary
 さて、久しぶりの投稿です。

 去年の始めの方の更新を堺にご無沙汰しておりましたが、生きてますよ。僕は。

 昔の記事を改めて見ると、すんごい恥ずかしいですね。
 なにやってんだ、って思います。

 もしかしたら、この記事だって何年か後に読んだらそう思うのかも知れません。
 そうならないように書いてるつもりですが。

 さて、僕もいつのまにか社会人と言うものになってしまっていて、休日のありがたさを学生の頃以上に感じております。そんな休日を有意義に使うために一昨日から昨日にかけてスノボに行ってきました。

 スノボ、実は二回目なんですよねえ。あんまりウィンタースポーツってやったことなかったんです。家族で雪山に行くという習慣もなかったし、学生時代も何だかんだで行く機会を逃してました(一回だけ行ったけど)。

 そんな僕ですが何を血迷ったかスノボウェアを勢いだけで買ってしまい、もう行くしか道が残されていないという状況に陥ったのが一ヶ月ぐらい前のこと。(陥ったていうか、自分でそうしたんですが)勢いって怖いですね。何でオニールとか買っちゃってんの?お金ないでしょキミ?ってあの時の自分に突っ込んでやりたい。

 まあ、おかげでスノボに行かねばならないというモチベーションはうなぎ上りですよ。買っちゃったんだから仕方ない、って。そんな経緯が会って僕は会社の同期たちと岐阜に行って来た訳です。

 天候は残念ながら雨だったのですが、ごり押しで滑りました。
 うん、やっぱり難しいかった。なんで中級のコースとか行っちゃったんでしょうか。あんな所でターンしようものならド派手に転べます。上手い人たちにご迷惑をおかけしつつ何回も挑戦し続ける僕(と友人数名)なのでした。

 まあ、来年はもっと行こうと思います。
 上手く滑れるようになれば良いなあ。
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Vocalise

2010-03-02 | Diary
弾いてみました。
うん。ブランクを感じさせる出来上がり笑




よろしければお聴き下さい☆
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Overture "Tralfamadore" 【新曲発表】

2009-02-18 | Original tune
Overture "Tralfamadore"
(注:サービス終わってます2010.03.02追記)
成長を感じられるということは、幸福なことだ。
この曲では今まで書くことが出来なかったものを、つくりあげることが出来たような気がする。
それが、聴く人にどう響くのかは全く分からないけれども。

Overture "Tralfamadore" /2008.12完成
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こころ

2008-10-02 | Diary


全然関係ないんだけど、ふとヴォネガットの「一生は終わっていないが、物語は終わった」説を思い出した。もちろん、夏目漱石が「こころ」を執筆した時期の方が随分と昔ではあるのだけれども。それでも、僕はその説を連想せずにはいられなかった。

「先生」はKに対する懺悔の思いと、残される妻への思いの板挟みになた結果「死んだつもりで生きる」と決心した。そのとき、どこかにこんな文字が現れてしかるべきだったのだ。

 完

でも、そうはならなかった。そうならなかったのは二つの意味で不幸中の幸いだったと言わざるを得ない。第一に、そのシチュエーションは明らかにシュールすぎて場にそぐわないということ。それと、それではあまりに救いがなさ過ぎるという意味において。しかし結果的にそれは回避された。なぜなら「私」にとって「先生」は必要な存在だったからだ。まだ物語は続いていたのだ。

他人に欺かれ、自らも他人を欺き人間を信じなくなった「先生」にとって、「私」の存在は一縷の望みであったに違いない。「私」と「先生」の出会いがあるのとないのとでは、物語の持つ意味合いが大幅に異なる。僕にはそう思えた。無論、悲劇であることには変わりないのだけれども。

そこから見えてくるのは、時代が流れ、言葉や習慣が移り変わっても、根本にあるものは共有できるということだ。僕たちはこの悲劇から何かを汲み取ることが出来るはずだ。その「何か」をどのように呼べばいいのか僕には分からないし、その実態をつかんでいるわけでもない。それによってある者は落胆するかも知れないし、あるいは救われる者もあるのかも知れない。いずれにせよ、それは半永久的に汲み取られ続け、繋がっていく。それは何だか望ましいことのように思えました、とさ。
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セロは琵琶ではありません

2008-09-22 | Diary
僕がセロにであったとき、I先輩が言いました。
「これ、琵琶ちゃうよ」

見たら分かります。
でも似てますよね。ホントに。

だから、こんな絵にもなっちゃうわけですよ。

書かずにはいられない的な。
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スローターハウス5

2008-09-16 | Diary
作者のヴォネガットは現代アメリカ文学を代表する作家のひとり(昨年、亡くなったが)。

この物語は、こう始まるー
 聞きたまえー
 ビリー・ピルグリムは時間の中に解き放たれた。

そして、こう終わるー
 プーティーウィッ?

第二次世界大戦中、捕虜としてドレスデンの大虐殺を目撃してしまった著者。その凄まじい経験をもとに描かれたのが、本書なのだが、なぜか主人公が戦後UFOで主人公がトルファマドール星に誘拐されたり、飛行機事故で瀕死の状態になったり、突拍子のないことが起きる。そういう出来事を主人公のビリーは時間を縦横無断に駆け巡る。彼は、もう死んでしまったのだが、ある時間では生き続けている。だから嘆くことはない。そういうものだ。

ヴォネガットは、こんな風に運命に翻弄されるビリー(しかも彼はそれを完全に受け入れてしまっている)を通して、戦争をブラックユーモアで書き綴った。

印象的な場面がある。ビリーが戦争映画を逆まわしに見るのだ。戦闘機が次々と街を修復し、爆弾を吸い上げていく。その爆弾も工場で次々と分解され、原料は人の手に渡らない地下深くに葬り去られる。

戦争映画を逆まわしに見ると反戦映画が出来上がる、というのは新たな発見だった。

ともかく、一度読んで見れば、色々と思うところがあると思う。
プーティーウィッ?
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