京葉線201系『52+K2』廃車回送実施

2011年04月26日 | 201系
 京葉線の201系52+K2が4月26日,廃車のため長野総合車両センターへ自力で回送された.設定されたダイヤは新習志野発車は前回と同じであるが,長野に20時過ぎに到着するものとなった.
 
左:潮見-新木場,右:海浜幕張-検見川浜 2枚とも2010-10-23撮影


 今回廃車回送された編成は4月5日に廃車回送された編成と同様にシングルアーム式パンタグラフを搭載した編成である.そのため中央線内にある狭小トンネル通過に対応したものである.
 今月に2編成廃車されたことにより京葉線に残るのは2編成のみとなったが,こちらも近日中に廃車が確定しており同様に長野総合車両センターへ回送される.回送に際してはパンタグラフ等を換装する必要が生じるが,今回廃車回送された52+K2と前回の53+K3が搭載していたパンタグラフを流用し対応すると推測できる.

~廃車回送~
■回9571M(新習志野→誉田)
新習志野
 
蘇我
 
■回9572M(誉田→新宿)
 誉田で折り返し回9572Mとなり千葉へ.千葉からは錦糸町まで総武快速線,錦糸町から御茶ノ水間は総武緩行線,御茶ノ水からは中央急行線経由で運転された.

 写真はカナリア色時代に走りなれた緩行線を走る52+K2.砂埃等が付着し汚れが目立つ後ろ姿はとても寂しげな表情に映る.
御茶ノ水-秋葉原
 
■回9573M(新宿→長野)
 回9572Mまで前回とほぼ同じダイヤであったが,新宿以降のダイヤは大幅に変更された.回9573Mでは新宿発が11:55,長野着が20:07となり八王子や甲府,下諏訪など長時間停車が設定された.
 
写真左:立川到着,写真右:立川発車
 立川は下り1番線の発着で10分の停車だが,立川駅での旅客によるトラブルで発車が少々遅れた.

鳥沢-猿橋
 
春日居町-石和温泉

すずらんの里-青柳
 
下諏訪

長野
 

~外された部品類~

 今回の廃車回送で一番注目されたのが10両全ての行先方向幕装置が撤去されていたことである.撤去した個所にはガラス内側に「回送」と紙が添付されているだけであった.またクハの2エンド側にある所属表記の記入していある点検蓋が表記無しに4箇所全て交換されていた.先に廃車回送され長野総合車両センターに解体待ちで留置していた53+K3のクハ車運転台後部の点検蓋が表記の有無に関わらず全て取り外された状態であった.そのため前回廃車回送した53+K3から外してきた表記無しと差し替えた事は容易に想像がつく.
 この点検蓋は車体色はもちろん,所属を表す「千ケヨ」と「定員136」が表記され部品即売会等では人気がある.そのため行先方向幕装置共々区所内で記念として取り外したと推測できる.
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中央線から「朱色1号」が消えて

2011年04月23日 | 201系
はじめに
 2011年10月に中央線から201系が引退してE233系により統一されるとともに,ラインカラーであった朱色1号,いわゆるオレンジバーミリオンが中央線から消滅した.朱色1号は101系登場時に誕生し,半世紀以上にわたり中央線のラインカラーとして親しまれてきた. しかしE233系ではオレンジ色の帯が採用されたものの朱色1号ではなく明るいオレンジ色となった.
 首都圏で周りの電車が次々とステンレス車に置き換わる中,中央線と青梅線だけ最後まで車体全てを塗装した鋼製電車の201系で統一していた.特に中央線は新性能電車である101系が最初に投入されたと同時に車体色による路線識別,いわゆるラインカラーの発祥路線である.そのためか中央線と朱色1号は切っても切れない関係があるように思えた.しかし201系の後継車E233系は朱色1号を継承せず201系で半世紀以上にわたる歴史に終止符を打ったのは非常に残念である.
 そこで中央線から朱色1号が消滅することを契機に同線を支えたオレンジ色の電車3形式をネクタイピンにする企画が持ち上がった.201系生誕30周年記念と同様に私のところにデザインの依頼を頂いた.
 この企画は中央線201系引退目前の2010年夏頃から動き出し,つい先日完成品が手元に届いたのでそれまでの経緯云々も含めここで紹介しておきたい.

デザインについて
 この企画の趣旨は中央線のラインカラーである朱色1号を纏った同線の電車,101系・103系・201系を並べたいというものであった.通常この手の企画なら単純に3形式を並べ,その趣旨の文章,この場合なら「chuo-line 101・103・201」とか「Good-bye ORANGE」等の文字を横に並べるのが通例となる.ただこの3形式は中央線と並行する中央総武緩行線でも使用,103系においては首都圏のほかの路線や関西圏でも使用されておりバリエーションとしてカナリアやスカイブルーの展開も容易に考え付いた.そのためあえて表面に文字は入れないでデザインで中央線を表現しようと考えた.

 中央線の特徴として御茶ノ水から三鷹まで急行線と緩行線の複々線区間で,中でも四ツ谷や御茶ノ水付近は両線区が入り組んで複雑な線形となっている.そこで御茶ノ水付近をネクタイピン上に再現し中央線をさりげなく表現することにした.
 
 デザインはCADで行い元々ある201系の図面を基に101系と103系を作図,屋根Rの違いや101系らしい表情の再現に注意した.表現した線形は下り線を光沢,上り線を艶消し仕上げとし差別化した.この表現方法についても製作サイドとの打合せを何度か行い確実に仕上げるよう進めた.

 並べる車両については時代考証等の点から当然全て国鉄時代とし,201系量産車が登場し3形式が同時に使用されていた1981年頃とした.そこで選定に困るのが103系で当時中央線では低運転台と高運転台が使用されていた.中央線の個人的なイメージとしては低運転台でクモハが2両入った編成だが,101系と並べた際に顔が似ているため変化が無く面白みにかけるため高運転台を選定した.
 また今回国鉄仕様のため以前製作した201系のようにスカートが無いため床下の台車や排障器等細かく表現する必要があり若干苦労を要した.特に101系や103系は201系のように資料が多くなく苦労したが偶々東京総合車両センター公開で撮影していた写真が役に立ったのは幸いだった.

完成したネクタイピン
 以前四季彩で失敗したことを踏まえ,私が描いているイメージに近づけられるよう緻密に作図を行った.また企画を提供して頂いた天賞堂のT氏には最大限配慮して頂き,デザイン提出後は何度か製作サイドとの打合せを行い納得のいくものに仕上げようと進めた.その甲斐あって試作品として出来てきたものはデザイン画を綺麗にトレースし,仕上げなども思い描いたものに限りなく近く満足できる仕上がりだった.

 出来上がった製品は床下の表現が相変わらず秀逸であった.車体も101系,103系,201系のそれぞれをデザイン画通り再現し各形式の顔を再現できていた.今回一番の肝である線形のデザインも打合せ通りの出来で全体を通し非常に満足できる仕上がりとなった.

バリエーション
 オレンジの中央線と併走する中央総武緩行線用のカナリアに関しては当初から生産を予定していた.国電といえばオレンジ・カナリア・スカイブルー・ウグイス・エメラルドグリーンの5色である.しかし5色全て纏った形式は103系のみで101系や201系は限られた色しかなったが,遊び心というか某模型メーカーのようなフライング的な例もあるので今回一気に5色全て生産することとした. スカイブルーは違和感を感じないが,さすがにエメラルドグリーンの201系は不思議な感じである.
 
 以前製作した201系や四季彩でも少数生産したのが女性用ネクタイピン.最近は鉄道会社でも女性社員が増え車掌や運転士として見かける機会も増えた.そんな中で少なからず要望があったのが女性用ネクタイピンで通常の男性用とは逆向きにクリップが取り付けてある.それ以外は通常のものと変わらない.

中央線にこめた思いを裏面に
 表面にはあえて文字を入れなかったので裏面に今回の趣旨である中央線から朱色1号が消滅する旨を記載することしたが,さすがに中央線伝統のオレンジ色に対して簡単な一言では足らないため文章を決めるのに時間がかかった. 入れたいキーワードを書き出して簡潔で中央線や朱色1号に対する思いもこめたいと試行錯誤.最終的には…
 朱色1号“オレンジバーミリオン”
   首都圏通勤輸送の主軸を担った半世紀
 中央線快速電車-101系・103系・201系-

の3行を入れることにした.
この文章はオレンジ色のものに関して入れてあり他の色には入れていない.


201系のネクタイピン,その後
 最初に手がけた201系並びのネクタイピンはかなり好評のようで度々再生産を行った.基本はオレンジとカナリアの並びとなるが,何種類かカラーバリエーションも増やし色々楽しんでいる.
 
 バリエーションも左側が電照式ヘッドマークを装備した形のため中央線用に限定される.そのため右側の色を変えて現在もかろうじて活躍しているスカイブルーの京葉線,オレンジ色で原型の前面に近かった青梅線用をイメージした2種類を生産した.(写真左) このほかに個人的な趣味で中央線用の電照式ヘッドマークに白色を入れ特快系に.また緑色を入れホリデー快速のイメージで計3種類生産した.(写真右)さすがに文字は入れられないので遠目から見たイメージで.

いつでも身に付けられるように
 私はスーツを着る機会が殆ど無いためネクタイピンを持っていても持て余しているのが現状.そこで裏面に針を立てたピンズを生産した.ピンズにすることで鞄や普段着に取り付けることが出来るようになった. また電車のタイピンということで明るい車体色であり普段の服装のアクセントにはちょっと目立ちすぎる感もある.そこで車体色を入れない無色タイプも生産した.
 
 車体色は入れないが201系はブラックフェイスのみ,101系・103系は前面窓ガラスのみ黒を入れている.あえて車体色を省略したことで細かい彫刻が際立ちより魅力的なものになった.
 元々冠婚葬祭にも付けられれば…という考えだったが今では無色のピンズは普段着のアクセントとして常に取り付けており個人的には非常に気に入っている.

■最後に
 中央線の歴史的出来事である朱色1号消滅という瞬間をネクタイピンの製作という形で残せたことは中央線で育ってきた私にとっては大変意義があった.今回もこのような企画を提供していただいた担当のT氏には大変感謝してる.

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京葉線201系『53+K3』廃車回送実施

2011年04月05日 | 201系
 京葉線の201系53+K3が4月5日に廃車のため長野総合車両センターへ回送された.

廃車回送のため中央線を下る京葉線用201系の53+K3(上野原 2011-4-5)

編成(←蘇我    東京/長野→)
付属『K3』:Tc201-111,M201-225,M'200-225,T'c200-111 +
 基本『53』:Tc201-112,M201-226,M'200-226,M201-227,M'200-227,T'c200-112

概要
 京葉線では昨年夏からE233系が営業運転に投入され同線用205系が順次離脱したが,201系は分割併合運用に充当されるため引き続き使用されてきた.しかし今年3月からE233系分割編成が営業運転に充当されるようになり余剰となった201系は廃車されることとなった.
 京葉線では平成22年度末現在,201系は分割編成が4本使用されてきた.うち2編成はパンタグラフをシングルアーム式で中央線高尾以西運用可能なPS35Cに換装していた.このパンタグラフ換装は廃車回送を見据えたもので,今回廃車回送された53+K3はパンタグラフ換装編成であった.

 廃車回送は以前実施された際とは異なり幕張車両センターへ疎開せず,直接所属区所である京葉車両センターから実施された.運転経路は新習志野から外房線誉田へ回9271M,誉田から新宿へは総武線経由の回9372M,新宿からは回9573Mとして中央線・篠ノ井線経由で長野まで運転された.
稲毛海岸
 
富士見-すずらんの里

下諏訪-岡谷
 
明科-西条

 京葉線の201系は今年上半期までにすべて廃車されることが決定しており,現在も成東・勝浦運用(83・85)に充当されている54+K4もE233系の所定本数が揃い次第分割併合運用から離脱するものと思われる.
(上記写真はすべて廃車回送時,2011-4-5撮影)


廃車回送直前の53+K3
 

 廃車回送目前の3月31日には新習志野-千葉みなと間で試運転を実施している.この53+K3は長期間本線で運転しておらず回送前の足馴らしの試運転であったようだ.
 また廃車回送の4月2日に確認した際にはドア窓等に貼付している広告ステッカ類が剥がされ廃車回送の準備が整っていた.
写真左:海浜幕張2011-3-31,写真右:京葉車両センター2011-4-2


変更されていた編成札
昨年末に確認した際クハ200-112に掲出している編成札の書体が変化し札自体交換されていた.

写真左は2010年12月31日に撮影した53+K3で,編成札の書体に違和感を感じる. 写真中は変更された札で裏面に表記されている「ケヨ70」が透けて見える.写真右はそれまで使用していた札で明らかに書体が異なるのが分かる.

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あっという間に平成23年度

2011年04月02日 | 撮影(取材)日誌

 久しぶりの更新がエイプリールフール用のネタでした.すみません.
 4月1日の記事で使用した写真は3月31日に海浜幕張で撮影した試運転です.画像をちょいと加工しました.


 東北太平洋側での地震・津波+α(αが大問題)で関東圏は計画停電とかで電車もまともに走れない状態,普段の生活も脅かされる中で趣味も満足にやっている余裕はさすがにありません.
 仕事も地震の影響でゴタゴタ.うちの会社は仙台に営業所がありますが復興+JRの復旧で色々大変なようです.

 ついでなんで最近の事など.

■久々の写真大量掲載

 3月14日に「首都圏新系列車両PROFILE」がイカロス出版から発売されました.
 編集担当者様から写真提供の依頼を受けて150枚を超える写真をとりあえず提出しました.提出した写真の殆どは201系撮影ついでのものばかりで,路線がだいぶ偏っていました.
 
 実際に見本誌を頂いて表紙をめくってビックリ.見開きで目次のバックに写真を使われていました. この写真は2010年1月1日に立川~日野間で撮影したもの.当然201系目当てですが.
 それとE231系の項で使用されている三鷹車両センターの写真ですが,よく見ると201系が2本映っています.201系好きとしてのせめてもの抵抗(?)です.
 
写真左:P2~3で目次の背景として使用された立川~日野間の写真
写真右:三鷹車両センターの紹介でP46で使われているが,実際は201系がメインで撮影したもの.

 このほかにも中央線E233系,中央総武緩行線E231系など全部で20枚以上が掲載されていました.またコラムとして1ページ使って以前発売した「E231/E233 Hyper detail」の一部抜粋も掲載されています.この部分に関しては2月末にいきなりゲラが送られてきて初めて掲載すると知った部分でした.

■鉄コレ201系

 今年1月にようやく発売したトミーテックの鉄道コレクションの201系.昨年夏に発表して以来待ち焦がれた製品で大量に買いました.
 暇を見て少しずつ手を加えていますが,なかなか進まないのが現状.試作・H7各1編成はとりあえず走行できるように輪軸交換,TNカプラー化,パンタグラフ交換をしてあります.

 
ヘッドライトのパーツ交換,ドア戸当りゴムの色入れ,各部墨入れ,側面方向幕は前面だけ行先を替える目的で白色で塗りつぶし.パンタグラフは試作はKATOのPS17(事実上のPS21),H7はTOMIXのPS23を舟体交換したものに交換.


■運転台製作
 昨年末にここで記事にした運転台機器を取り付ける台枠ですが,あれからさらに試行錯誤して少しずつ進めていきました.ここに来てようやく発注できる状態まで作図が完了しました.
 
 左が組み立てた状態,この台枠だけでざっと60kg弱.
 まだ左側壁や足置き場などの作図が手付かずなので暇を見つけて進めていきます.

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【リバイバル】53+K3がオレンジ色に

2011年04月01日 | 撮影(取材)日誌

☆4月1日はエイプリールフールです☆

 京葉線で現在も活躍している201系のうちシングルアームパンタグラフを装備した53+K3編成がオレンジ色に塗り替えられ試運転を実施されたようだ.
 同編成はここ最近営業運転には供されていなかったため動向が気になっていたが,京葉車両センターで簡易的に塗装変更が実施されていたようだ.

 オレンジ色となった事で廃車回送もこの色のまま実施される見通しで,再び中央線をオレンジ色の201系が疾走する姿を見ることが出来そうだ.

…だったらいいのにねぇ.


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