「さよなら中央線201系」について

2010年10月19日 | 201系



 閲覧頂きありがとうございます.
 いつも閲覧いただいている方には更新が全くない状態が続き大変申し訳なく思っております.ここ最近は中途半端に忙しい状況であり,中央線201系引退も迫り落ち着かない状況でブログの更新が手に付かない状況でした.

 今後の方向性としては2010年4月から実施されてきた「さよなら中央線201系」キャンペーンで運転したさよなら運転(ラストラン)について201系資料館でページを新設し纏めようと考えております.
 全行程の運転記録を写真と共に掲載し資料性を持たせたいと考えていますが,着手はこれからになりますので早くて年内の公開となりそうです.
 さよなら運転の概要は各ブログやHPで公開されており,今更私が公開する必要性も薄いと思いますが公開した際にはご覧頂ければ幸いです.


~以下雑記~

 鉄道趣味を30年以上続けてきましたが,本当に好きな車両が引退を迎えたのは「中央線201系」が初めてでした.
 ブルートレインや特急列車,103系が引退しても残念な気持ちがありましたが,ここまでやるせないというか表現しようがない気持ちになったのは初めてです.
 
 文章にしてしまえばこれだけなのですが未だに中央線から201系が完全に引退たことが信じがたい状況です.

 幼少の頃から今まで人生を支え,鉄道趣味を続けてきたのも中央線の201系あってのこと.多くの鉄道趣味の友人を与えてくれ,更には私には関係ないであろうと思っていた雑誌掲載も出来たこと,今の仕事をしているのも201系あってのこと.
 
 10月に入り中央線の201系には多くの鉄道ファンが乗車・撮影をしていましたが,この中でよく耳にしたのが「引退は時の流れだから…」等.私には時の流れで済ませられるような心境ではなく,これから何を支えにすればいいのか.まだ京葉線や西日本では活躍しており201系だから中央線と同じく分け隔て無く好きな訳ですが,物心が付くか付かないという頃から慣れ親しんだ中央線201系はやはり特別な存在だったと痛感させられています.
 10月17日のラストラン乗車時,もう松本に到着しようとしたときは流石に少し泣きそうになりましたが,本心は今も実感がわかないということ.今この文章を書いている時点では怠さが抜けない,ため息ばかり出る…そして真綿で首を絞められるような感じで徐々に引退の事実が鮮明に刻み込まれており
後から津波のように悲しみや辛さが押し寄せてこないか心配です.

 ラストラン直前の10月14日,最後の中央線快速電車としての営業運転日でした.
 最終電車となった東京発豊田行1915Tには平日の通勤時間帯で多くの乗客が乗車するなかに混じり鉄道ファンも多く乗車していました.終着駅の豊田ではホームに入庫するH7を見送ろうと多くの人があふれていました.今までこういう状況はブルートレインや特急列車の引退の事で201系に無関係だと思っており実感の沸かない異様な光景でした.
 ホームで見送るファンからは月並みなかけ声で「ありがとう!」「おつかれさま!」とかありましたが,こと201系に関してはそんなチープな言葉で済ませてはいけないと私は感じました.少なくとも「今までありがとうございました」と土下座しても足りないくらいです.

写真上:ラストランを終え長野総合車両センターに到着した201系H7編成 2010-10-17
写真左:中央線快速電車としての最終電車の1915T快速豊田行 2010-10-14吉祥寺


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