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四季彩の今後

2008年09月29日 | 201系

 8月16日から再度青梅線で営業運転を再開した四季彩.10月は専ら訓練等に供されることになっているため,同月青梅線内定期旅客運用は数日程度となる模様.なお10月25日には『小さな旅』パンフレット(2008.10→2008.11:埼玉・栃木エリア版)等で告知されている通り鉄道博物館の試運転線を運転する予定になっておりこちらも注目される.
 10月度の運転に関しては可能な限り取材し当ブログでも掲載する予定.

■9月28日の四季彩

沿線に咲いた真っ赤な曼珠沙華と四季彩.(912デ:日向和田~石神前)

 
9月運転最終日は天候がイマイチであったが,沿線にはチラホラとカメラを構えるファンの姿が見られた.(両方とも川井付近 左:1513デ,右:1612デ)
(上記写真は2008-9-28撮影)

■今回の運転から

降りしきる雨をかき分け四季彩が突き進む.
(2008-8-24 1212デ:御嶽~川井)


早朝設定される四季彩による青梅発立川行.
(2008-9-7 512デ:福生付近)


暑さもすっかり落ち着いた9月.透き通るような空の下四季彩が走る.
(2008-9-23 1513デ:二俣尾~軍畑)


★2008-9-29 20:20記事一部追記修正


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デジタル無線試験・ハンドル訓練

2008年09月25日 | E233系
八高線E233系デジタル無線試験
 9月25日に八高線(八王子~高麗川間)で青梅・五日市線用E233系4両を使用したデジタル無線試験実施の試運転列車が1往復運転された.
 列車は八王子から八高線に入線したため,通常の乗り入れ列車とは異なる方向で運転された.

小宮で定期電車の八王子行の交換待ちを行うE233系.車両は青464が使用された.


小宮を出発した試9193M.先頭車両には数名の係員が乗車していた.


高麗川から折り返しの試9292Mで八王子まで運転された.(小宮~拝島)


ハンドル訓練(立川~西立川短絡線)
 同日立川~拝島間を青梅・五日市線用E233系6両を使用したハンドル訓練が実施された.主な目的は立川~西立川間の短絡線走行のようで2往復運転し,うち訓練は1往復実施された模様.

立川から到着した回9303Mの青664.訓練は拝島から出庫し,立川→拝島→立川の1往復が訓練として運転された模様.

 
拝島で折り返し準備中のE233系.立川へは回9402Mで運転される.途中西立川で25分程度停車し,短絡線を経由し立川へ向かった.
(写真上・左下:拝島,右下:西立川)


訓練を終え拝島へ回送される回9503M.この時点で運転士1名のみで訓練は実施していないことが判断できる.(西立川)


写真は全て2008-9-25撮影

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空から見る中央線

2008年09月22日 | 撮影(取材)日誌


 j-train No.31に掲載した豊田車両センターの空撮写真です.
 201系が3編成確認できます.左から青3,H1附属,H4.撮影を敢行したのが今年6月12日,青梅・五日市線用4両+4両の廃車回送実施日でした.

 この空撮に至るまで色々とありましたが,とりあえず写真を羅列しますのでご笑覧下さい.空撮の経緯のなどは最後の方に記しておきます.

◆豊田車両センター
 
豊田車両センター全景.平日の午後,ラッシュ前でそれなりに車両があり留置してあった.

 
鳥の目線で見た201系.今はもう青3もモハ201・200-1,クハ200-1はいない.

◆日野→立川
E233系を追っかけて立川へ.

右が日野駅側


多摩川の立川(北側)寄り


新奥多摩街道をオーバーパス.写真上部の川は残堀川.

◆国分寺駅

201系が上り副本線に停車している.ここから三鷹まで201系の追跡.

◆国分寺→武蔵小金井

高架線と地上仮線


豊田車両センター武蔵小金井派出所.今やE233系で占められたここは数年前まで201系の聖地だった.

◆武蔵小金井駅
 
駅前開発中の武蔵小金井を南口側から望む.駅舎の形状や工事状況がよく分かる.

◆東小金井→武蔵境
 
東小金井付近から武蔵境・三鷹を望む.ちょうど武蔵境に進入する西武多摩川線101系が見え,奥には三鷹車両センターも確認できる.


 主な空撮はこの位です.
 以下は空撮に至るまでの簡単な経緯です.時間があればどうぞ.


■Episode1 空撮のお誘い
「廃車回送の空撮をしませんか?」
 この空撮計画は201系族掲示板管理人のcharm1氏の提案でした.
 j-train『さらば中央線快速の覇者201系』の中で豊田車両センター201系廃車回送全掲載を前号のNo.30から開始し,No.31でも青梅・五日市線と残りの中央線車両を掲載することにしていました.その中で空から廃車回送を撮影して掲載すれば凄いインパクトになるのと共に,おそらく初めてであろう鉄道趣味誌の「廃車回送」空撮の掲載という非常に魅力的な企画でした.
 charm1氏はフライト当日のプランを事前にパイロットと打ち合わせ,撮影場所とダイヤを私が提示し綿密な計画を立てて頂きました.

■Episode2 無理ですか?
 しかし当日は朝から激しい雨.電話で航空会社に連絡するも「フライトは非常に厳しい状況」との判断.それでも我々は一度空港に足を運び今後の天候などを航空会社の方から詳しく説明していただきました.
「飛ばない勇気も必要」
と航空会社の方の言葉.確かに天候回復は厳しい状況で,廃車回送列車の発車時間は刻一刻と近づく.ここ(空港)で粘っていても埒があかないので諦めて急いで車で山梨県へ向かうことにしました.

 高速道路を使い一旦大月で降り,長時間停車のある猿橋で撮影.その後先回りし長坂~小淵沢へ向かうことに.移動の車中charm1氏は諦めきれない様子.当の私も楽しみにしていた企画であり気持ちは同じでした.この企画にはもう一人賛同し,同行してくださった現役JR運転士のM氏も一緒で当然M氏も同じ考えでした.

■Episode3 諦めきれない
 車を西へ進めるに従って東京ではあれだけ酷かった雨も小淵沢が近づくにつれ青空が覗いてくる….
 小淵沢に着くころにはすっかり雨は止んで青空に….
「これなら飛べるか?」
 charm1氏は携帯電話で航空会社に連絡し,こちらの天候状況を説明し午後以降に飛べるか交渉.一方私は電話交渉で運転が出来ないcharm1氏に代わり氏の車を運転する.この左ハンドルの車は何度か運転しているが未だに怖い.(色々な意味で)

 長坂~小淵沢間廃車回送を撮影後すぐに東京へ戻ることにした我々.フライトを完全に諦め長野県まで追いかける選択しもあったが,僅かな望みに賭け却下した.(長野以遠はげんけいは氏・味醂醤油氏が向かっているので任せた!)
 小淵沢は青空でも東に向かうにつれ天候は徐々に悪くなるが「西から確実に回復しているので空港到着前後には雨は止みます」と戻る車内で再び必死に電話交渉をするcharm1氏.おそらく航空会社の方も対応に大変だったでしょう.

■Episode4 廃車回送は無理、でも…
 車を走らせ調布空港に到着した我々一行.朝対応していただいた航空会社の方が応対してくださり,Charm1氏は今西の方から戻ってきた時の天候を説明,何とか飛べないか必死に交渉.あわよくば今から廃車回送を追っかけて長野県上空で撮影出来ればと考えていましたが,このとき時間は15時.今から飛んでもかなりの時間を要する事と,今朝の天候状況で飛行機のパイロットは不在だったこともあり,断念するしかない状況でした.
 この日対応してくださった航空会社の方はパイロットではあるものの,飛行機ではなくヘリコプターのパイロット.我々の熱心さか若しくは同情心からか,折角なのでヘリを出して飛びましょうという話になりました.

■Episode5 確実に撮れる201系は
 最初は普通の遊覧飛行というパイロットの提案でしたが,我々は鉄なので線路の上,あわよくば201系が撮影したいと考えます.そこで現在本線を運転しているのは「H7」1本だけで,これを空撮しようと企てました.朝の運用から考えるとこの時間東京都心を走行中で時刻表から場所を特定しました.しかしこのときサミット開催目前,テロ警戒などで厳しいことから都心を飛ぶのは難しいとパイロットから言われ,考えた結果「豊田車両センターにしましょう.」と私が提案しました.
 豊田車両センターはこのときトップナンバーのH1附属と青梅・五日市線青3が廃車回送前で確実にいること.それにデジタル無線取付・要検で出場したばかりのH4もいるはずで201系が確実に撮影出来ると考えました.
 目的地を豊田車両センターに決めた後はとんとん拍子で話が進み,パイロットが飛行計画を作成し諸手続を.用意されたヘリは黒いボディーの4人乗りでした.乗り込んでヘッドフォン+マイクを頭に付けて準備を済ませTAKEOFF!

■Episode6 トップナンバーを空から

 ヘリは初めての搭乗.フワッと浮いてググッと上昇するのは何とも不思議で癖になりそうな感じでした.
飛び立ってすぐに京王線が目に入ってきます.そして府中本町構内に止まっている武蔵野線205系とその脇を通過する南武線205系をワクワクしながら眺めていたら,あっという間に豊田車両センター上空に到着しました.到着してすぐは雨上がりの空で空気が霞んで視界は良くない状況でしたが,何周か上空を回っている間に霞が取れていくのが実感できました.

 眼下にはオレンジ色の車体3本を確認,H1附属,青3,H4の3本.上手い具合に3本纏まっていたので非常に撮りやすかった.僅か10分ほどの時間でしたが豊田車両センター上空を何度か回りながら夢中でシャッターを切りました.
 おそらくこの日豊田車両センター付近住民の方は10分もヘリが上空を飛んでいるので何かあったのかと思ったのではないでしょうか.まさか車庫の電車を撮っていたとは誰も思わないでしょう.

 この撮影をした次週にはH1附属は編成をバラされクハ201以外の3両は青3と長野総合車両センターへ廃車回送されてしまったので,我々にとってトップナンバー4両最後の姿になりました.

■Episode7 
 時間的な制約から10分ほどで豊田車両センターを後することになりましたが,パイロットから「中央線を通って行きますか?」と提案が.これには正直驚きました.パイロットには半ば無理にお願いしたような格好でフライトしていただいた状況で,撮影が終わった後は早く帰りたいだろうと思っていたので,中央線を通りながら帰る遠回りなルートにしてくださるとは思ってもいませんでした.
 当然この提案に甘えて,「是非お願いします」と二つ返事で.どうやらパイロットも乗り気で,豊田の先で電車を見つけるや否やピッタリと併走して立川まで.出身が立川の私にとって住み慣れた街を上空から見た,しかも電車と併走するなど夢のような時間でした.

■Episode8 幻の201系
 パイロットの左側(助手席)にはcharm1氏,後部座席パイロットの後ろに私,その隣にはM氏が座っていて交互に撮影出来るように機体を動かしながら中央線を上って国分寺へ.すると助手席のcharm1氏が「201系がいる!」と騒ぎ,見ると201系が国分寺上り副本線に停車しているのが見えました.本来なら201系は東京都心を走っていている為,ここにいるはずの無い予定だったのでM氏は「幻影でも見て管理人さんとうとうイッちゃったかと思いましたよ」と.
 どうやらこの日は運用変更があり201系が国分寺にいた.本当に運が良いとしか言いようのない状況に3人は興奮状態.パイロットも空気を読んだらしく(職業柄さすがです)必死に国分寺から三鷹まで追跡してくださいました.
 高架工事真っ最中の豊田車両センター武蔵小金井派出所や武蔵小金井駅など貴重な写真が201系と一緒に撮れたのは言葉に出来ないくらい貴重な体験でした.

■Episode9 次は
 201系を見送って調布空港へ進路を.途中で201系を見つけ追跡したため少々時間がオーバーしてしまいましたが,パイロットも我々も満足.聞けばこのパイロットの方は追っかけフライトは何度か実施したことがあるようで,海沿いとか何度も飛んでいる話を聞きました.なるほど,撮影がしやすかったのはその経験値があったからですね.

 着陸し最後にヘリをバックに記念撮影しました.その後3人で興奮冷めやらぬ状況で武蔵境の居酒屋で反省会を.普段お酒をあまり飲まないM氏もこの日ばかりはハイテンションで飲んでいました.私とcharm1氏もいつもよりお酒が美味しいので結構飲んでしまいました.
「次回は●●線でやりましょう!」

 空撮って癖になるかもしれません.普段と違う緊張感と見慣れぬ目線で見る鉄道はとても新鮮です.

■Episode10 j-trainは関係無い 
 今回の空撮,j-train No.31を見た方から色々な感想をいただきました.
 その中で「空撮は編集部(イカロス出版)で企画・チャーターしたのか」とありましたが,j-train(イカロス出版)は一切関係ありません.ただ企画として廃車回送空撮見開き2ページ掲載を事前に打ち合わせしていました.実際は豊田車両センター見開き2ページになりましたが,j-train『さらば中央線快速の覇者201系』を締めくくるのには最高の写真だったと今は思います.また何かの機会にこういう事が出来ればいいなぁと考えています.
 最後まで読んでいただいた方,ありがとうございました.J-trainに掲載した空撮写真の壁紙を用意したので興味ある方はダウンロードしてください.

画面サイズ 
1024×768  1280×1024 1680×1050


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101系改造車甲種車両回送

2008年09月19日 | 西武その他形式他


 9月19日に武蔵丘から三岐鉄道譲渡用101系改造車がE31電気機関車により小手指車両基地へ回送された.

 編成は以下の通りで,池袋方に部品取り用に供されると思われるオリジナルの101系2両が連結された7両編成.
←所沢                              飯能→ 
E31+クハ1238+モハ238+クハ1751+モハ781+クモハ751+E34
(太字が三岐鉄道改造車)
 
 この列車は武蔵丘から所沢へ第1832列車で運転.所沢で折り返し第1831列車として小手指まで運転された.一旦所沢まで運転したのは,この列車の運転時間帯に小手指駅で入庫のための折返し時間が確保できないためと思われる.
 

見事上り列車に被られたが,三岐鉄道用の塗色が確認できる.

(写真上:西所沢付近,下:西所沢~小手指)

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51・K1デジタル無線対応工事TK入場

2008年09月16日 | 201系


 京葉線用201系がデジタル無線対応工事のため東京総合車両センター(TK)へ入場した.今回入場したのは分割可能編成の51・K1であった.
 この編成は5月末頃に編成の組み替えを実施,当ブログでも組成変更内容を掲載している.今回の入場に際しては組成変更したのままの状態で入場をしている.
 京葉線201系の組替状況 (2008-6-2)
 京葉線201系の組替状況(追加調査) (2008-6-9)

 


写真 上:蘇我,中左:稲毛付近,中右:船橋付近,下:恵比寿~目黒

 過去2回実施したデジタル無線対応の為の入場の際にクハ4両は幌切りが実施された状態で回送されているが,今回付属4両(K1)に関しては幌が連結されたままの状態であった.



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さらば中央線快速の覇者201系

2008年09月12日 | 201系


 2008年2月発売のj-train No.29(イカロス出版)から3回にわたって掲載させて頂いた『さらば中央線快速の覇者201系』が先月発売のj-train No.31を以て一連の掲載を終了しました.わざわざ書店まで足を運んで閲覧・購入して頂いた方には深く感謝いたします.
 まさか私が201系のことで特集記事を纏めることになるとは夢にも思っていませんでした.はっきり言って最後まで出来るか心配で仕方なかったのですが,皆様の温かい応援や協力で何とか最後まで仕上げることが出来ました.御礼申し上げます.


 せっかくなのでこの特集に当たって色々と裏話っぽいことを.

自分が書くんですか?
 j-trainで201系の特集を企画しているという話を聞いたのが昨年11月頃.その頃は丁度『E231/E233HyperDetail』を仕上げている真っ最中.依頼を頂いた中で20ページを超える初めての大きな仕事で,それなりに一生懸命やっていました.
 それが大体まとまったころ編集担当者から
編集部:「j-trainで201系の特集を考えているんです」
みたいなことを言われて
自分:「そうなんですかぁ… で,どなたが記事書かれるんですか?」と他人事のように聞き返すと
編集部:「是非石●さんにお願いしたいんですけど…」
自分:「はっ??」

 てっきり自分は関係ないと思っていて,写真くらいは使って貰えるかなぁ…くらいに考えていたので面食らいました.
 
 201系の記事となれば大御所と呼ばれる方々沢山いらっしゃって,まさか自分に白羽の矢が立つとは全然考えてもいませんでしたし.
 確かに夏頃に鉄道ピクトリアルの『中央線快速電車』の特集で6ページほど“中央線に残る201系の今”として執筆していましたが,あれは当時のあるがままを記しただけで特に大した内容でもないので正直j-trainの特集を受けるのに抵抗がありました.(本当に出来るのかと…)
 
 まぁ,でも折角の依頼ですので出来る限り頑張ってみますみたいなことを言って依頼を受けました.

 最初に特集の趣旨として201系は全国的ではないので「第2特集」にするとのこと.これは『売り上げ』に響くので上編の際は第1特集を『蒸気機関車』にして,表紙を201系にする.
 こうすることで201系に興味を持っている方は表紙につられて手にする.またそれ以外の人(蒸気機関車目当て)は特集の大きな文字で手に取るといった戦略のようです.「なるほどな」と思いました.
 第2特集とすることで一回のページ数は限られるので数回に分けて掲載する事になり,結果自分の負担も軽減し比較的余裕のある(と言っても大変でしたが)ペースで進められました.

なぜT102なのか
 この上編では10両貫通編成の『T102』を 取り上げました.何故マイナーなT102と思った方もいるはずです.答えは簡単…

『予定していた取材の日,H1が運用変更で豊田車両センターにいなかった』
 
 当然の流れとしてトップナンバーの『H1』を取材しましょうかと打合せしていましたが,そういう理由でT102になってしまいました.(豊田車両センターの取材は編集部が実施しており私は直接関与していません)
 結果としては他誌では取り上げられることのないであろう比較的地味な存在の『10両貫通編成』を,しかも最後まで残った10両貫通編成という意義のある企画になったのは良かったと思っています.
 時期的にも『T102』の廃車回送も掲載出来,色々な意味で『T102』にして良かったとしみじみ思います.

 『T102』のモハ201・モハ200の一部には積算電力計が床下に取り付けてありましたが,あえて触れませんでした.j-trainはスタンス的に“広く浅く”の方向で,鉄道ピクトリアルの“狭く深く”と指向性が異なるので床下の些細な差異については突っ込みませんでした.
 j-train No.29掲載


j-trainだから出来たこと ~今までに無いものを!~


◆その1「方向幕全掲載」
 時期的に201系の廃車は佳境を迎え,それと同時に廃車から外した部品がイベントなどで売りに出されていました.当然私としても可能な限り入手したいと考え,方向幕を前面と側面を購入しました.それに指令器も.
 そこで,良い機会なのでその方向幕を使って「中央線方向幕全種類」掲載をしました.今まで方向幕全てを掲載した雑誌はあまり見なかったので,行先種別が多く非常に興味深い中央線201系をやろうと編集部に提案し上編(No.29)に掲載しました.
 実際前面と側面は自分が指令器を使って1コマずつ撮影しました.01~70までと最初と最後の「これ以上巻くな!」も含め全部で150枚ほど.地味に疲れる作業でした.
(その副産物として201系資料館にページを新設しました)

◆その2「廃車回送全掲載」
 今まで車両の廃車はひっそりと行われており,雑誌に掲載されるのはその一部だけ.もっとも101系や103系などは廃車期間も長く色々と難しい点も多いと思いますが.
 豊田車両センター201系は比較的廃車開始から終焉までが短期間であること,今まで25年以上にわたり中央線を支えてきた功績を全車両同等に称えるため,j-trainの紙面を借りて全掲載することにしました.
 幸い一人では難しい廃車回送撮影も協力して頂いた方のお陰で無事完了できました.

◆その3「今まで分からなかったことを」
 201系は車両数こそ1000両程度と103系などと比べると少ないですが,その時々,線区によって色々な改造がされました.掲載した減流値増加とかドア弾き金具などがそうですが,一番知りたかったのは『ジェット音』について.
 今まで音はすると記されても原因については不明のままで,原因追及をしたい自分にとっては『課題』でもありました.
 実際検修OBの方に聞けばあっさりと答えが返ってきました.喉のつかえが取れた瞬間でした.今まで東京総合車両センター公開時に係の方に聞いても「そんな音聞いたことない」と言われたりしていましたが,それも含め原因がはっきりしたのでj-trainやって良かったと本気で思いました.

◆その4「空から」
 8月21日に発売した補足編,ご覧になって驚いた方もいたでしょう.
『豊田車両センター空撮』
 見開き2ページで豊田車両センターを上空から撮影した写真を掲載しました.
 
 j-train No.31は前号までで上編・下編と一応纏まった形になっていますが,廃車回送の実施時期が6月まであったこと,前回までに掲載する予定の『編成表』などのデータが誌面の都合上掲載出来ないこともあって補足編として補うことにしました.

 で,あの写真です.

 はっきり言って自分でもどうかしてると思いました.撮った後,撮影でご一緒する方々に言いたくて,またブログに掲載したくて仕方ありませんでしたがグッと2ヶ月以上我慢しました.本を見たとき驚いて貰いたくて.


 今回はこの辺でお終いにします.長々と駄文をお読み頂きありがとうございました.近日中にこのブログで空撮の写真を公開したいと考えており現在準備中です.
 j-train,3号に渡って購読して頂いた方,改めて御礼申し上げます.今後もj-trainでは何かしらやるかもしれませんのでその際は是非目を通して頂ければ幸いです.
 


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青梅線踏切事故当該車

2008年09月09日 | E233系
 9月8日夜に青梅線青梅~東青梅間の踏切で起きたトラックとの衝突事故.被害を受けた青梅・五日市線用E233系は,一夜明けた9日に事故現場から最寄りの河辺駅まで移動し留置された.
 事故の内容や原因等は各種メディアで報道されているとおりで,ここで述べるまでもないので事故にあった車両について少しばかり取材してきたのでここに写真を掲載する.

河辺駅下り1番線(副本線)に一日中留置された事故の当該車両.立川方が青661,青梅方が青466の10両編成であった.衝突したのは上り列車で,立川方のクハE233-61で,以下5両が大きな被害を受けており車両には生々しい傷跡が残っている.


最も被害の大きい先頭車両のクハE233-61.スカートは無く,前面ガラスは破損している.前面オオイのFRP部も下部が大きく損傷を受けている.前から2つめのドアは車体が歪んだためか閉まりきらず段ボールで閉塞されている.


妻面に大きな傷跡が残った4号車モハE233-261の立川方.ドア横の半自動スイッチも削がれて無くなっているのが分かる.


左からモハE232-61,モハE233-61,クハE233-61.吹寄部分には横に伸びた傷が確認できる.破損の大きい窓ガラスは段ボール若しくはガムテープで応急の補修がされている.


床下機器は先頭車以外見る限り大きな損傷は無かったが,先頭車は先頭連結器周りやコンプレッサーなど大きな被害を受けていた.

 この車両は10日未明にかけて河辺から移動される模様であるが,詳細な行き先は不明.とりあえずは復旧及び今後の処遇検討のため東京総合車両センターに搬送されると思われる.
 なお青梅方4連は無傷のようであるが,事故の衝撃を少なからず受けているため直ぐに本線復帰は出来ないと思われる.


写真は全て2008-9-9(18:30~19:00頃)撮影.一部は許可を得て駐輪場内敷地から撮影.

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新作花火競技大会 E233系

2008年09月06日 | E233系


 9月6日に長野県諏訪湖で『第26回新作花火競技大会』が開催され,8月の諏訪湖祭湖上花火大会同様豊田車両センターからE233系が20両が貸し出された.今回も先月の諏訪湖祭同様中央線用H編成(基本+付属)と青梅・五日市線用(6両・4両 各1)が使用され,前者がH55(川重),後者のうち6両は青661(川重),4両は青465(東急)であった.

 今回の写真は駅で撮影したものばかりとなったが,運転の記録ということを主眼に,参考まで幾つかを掲載する.

1本目送込回送・分割
 
 大会当日の午前中に豊田を出発し長野県へ向かった1本目のE233系は中央線用分割可能編成のH55であった.今回は豊田10:19発と比較的遅い時間帯に出発が設定された.列車番号は回9607Mで富士見まで運転された.この列車は到着した富士見で分割を実施し,前4両が『ナイアガラ1号上諏訪行(9609M)』として,後ろ6両は『ナイアガラ3号松本行(9629M)』としてバラで運転を開始した.
(写真左:中線に到着する回9607M,右:分割し上諏訪へ向かう4両 富士見)

 
 先行して出発したH55付属4両は到着した上諏訪から松本までは回送(回9611M)され,折り返し『スターマイン2号上諏訪行(9610M)』に.一方6両は終点松本で折り返し『スターマイン4号上諏訪行(9630M)』に充当された.
(写真左:9610M,右:9630M 下諏訪)


 夏も終わり季節は秋へ….それを惜しむかのように真っ青な空と白い雲が信州の空を彩った.(下諏訪)




 
 E233系による小淵沢行や岡谷行も設定された.小淵沢行はH55付属使用で松本始発『スターマイン10号(9612M)』で,岡谷行きH55基本使用で富士見始発『ナイアガラ9号(9631M)』で運転された.この両列車は下諏訪で交換を行っている.
(写真上:小淵沢行9612M,下左:岡谷行9631M,下右:下諏訪で交換を行うE233系 下諏訪)

 夕方には青梅・五日市線用E233系も到着し,中央線用H55同様富士見で分割が実施された.こちらは4両編成は青465,6両編成は青661であった.

 青梅・五日市線用は豊田14:01発,富士見17:03と例年と比べると貸し出し開始時間が非常に遅い.おそらく201系からE233系へ置き換えを実施し,予備車両(編成)に201系時代ほど余裕がないための措置だと推測される.ちなみにこの青梅・五日市線用車両はこの貸し出しが終了し翌7日に豊田へ帰還した際,そのまま青梅線03運用へ充当されている.(9月7日の503電車にて確認)
(写真:富士見に到着する青梅・五日市線用E233系の9707M)

 日が沈み花火大会が開催され会場へ向かう乗客が落ち着いてもなおE233系や115系などによる臨時列車は引き続き多数運転された.
 
 上諏訪発着19時台の臨時列車は松本から富士見(一部信濃境)間を結ぶ列車が運転された.E233系は上りの『花火2・4号』がその列車に該当した.写真左はH55付属で運転された松本始発富士見行『花火4号(9614M)』.
 富士見発上諏訪行の『ナイアガラ29号(9633M)』では上諏訪到着後に篠ノ井線村井まで回送された.その後折り返して上諏訪まで回送後,『花火10号(9634M)』として富士見まで運転された.なお村井での折り返しはこれ1本のみの設定となっている.
(写真左:下諏訪に到着した9614M 左:村井で折り返し準備中の9624M)

 先月の運転では見られなかった篠ノ井線明科行が設定されていたのも特筆される.

 今回明科行下り臨時列車は2本設定されたが,2本ともE233系により運転された.1本目は上諏訪発『ナイアガラ35号(9615M)』でH55付属が充当された.(写真;塩尻にて)


 花火大会終盤の20時後半以降の下り臨時列車(ナイアガラ35号~)は一部を除き上諏訪始発とされた.諏訪湖周辺では降っていなかった雨は,塩尻周辺では大雨となっており時折稲光も確認できたが,列車の方は大きな遅れもなく運転されていた.写真は雨の降りしきる塩尻に停車中の松本行『ナイアガラ37号』と到着したばかりのクモハ123ミニエコー.

 
 2本目の下り臨時列車の明科行は上諏訪発『ナイアガラ39号(9731M)』が終点松本で列車番号変更の上,松本発明科行になるところであったが,列車は既に『明科』を表示しての運転となっていた.左は塩尻に到着した9731Mのナイアガラ39号(本来は松本行),右は松本で列車番号を9233Mに変更し出発を待つ明科行.
 鉄道側の都合によって同一車両の運転で列車番号変更等で乗客へ困惑を招くような要因をつくるのは好ましくない.乗客側からすれば同一車両の運転であればこの様な措置がベストであると思われ,『明科』を表示した乗務員の判断は一般の乗客からみれば最善であったはず.

 
 一通り運転を終えたE233系は松本で併合作業を実施した.写真は中央線用H55で,併合作業は22:40頃に実施,1時間ほど停車した後豊田へ回送され翌7日に到着した.青梅・五日市線用も同様に松本で併合し日付の変わった7日に松本を後にした.
(写真左:付属4両が基本に連結する 右:10両になって出発を待つH55 松本)

★写真は全て2008-9-6撮影


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鉄道のカードダス

2008年09月01日 | 鉄玩,駅弁,雑誌など

 201系がラインナップされているので頑張って出るまでやってみたが,なかなかお目当ては出てこない.別段欲しくない車両のカードは平気で3枚とかダブる(被る)始末(←お約束)

 写真は集めたカードの一部.ダブったものは除外してある.ダブりはこれの半分ぐらいある.

 カードダスの存在は知っているものの,今まで縁のない生活をしていたため今回発売していた鉄道のが初めて買ったもの.この鉄道カードダスは新幹線から蒸気機関車まで55種類ある.その内10種類はレアカードで,金メッキの箔押ししてある所謂『キラカード』.
 
 自分の欲しいカードは『201系』と『281系はるか』それと『新幹線0系』.

 でも結局281系と0系は出てこなかった.いい加減相当な額をつぎ込んだし,最重要の201系が出たので打ち止めにした.0系はレアカードで箔押しした新幹線ロゴが魅力的だったので欲しかったが281系共々断念した.


 これがお目当ての201系

 当然最もメージャーな中央線なのだが,差込式ヘッドマーク・スカート無しのJR化後割とすぐの写真が使用されている.普通に考えれば電照式ヘッドマーク・スカート付きの現行仕様だと思っていたのでだったので正直驚いた.

 カードダス自体は子供向けであろうから写真の選定としては芳しくないと思うが,自分的には大歓迎.少し鋭い子供なら「今走ってる中央線の201系と顔が違う」ときっと気づくと思う.

 カードダスなので当然カードゲームをするわけだが,その対戦方法は『最高速度』『先頭車両定員』『先頭車両長』『先頭車両自重』『運行開始(年)』の5項目から一つ選び,互いのカードで数値の高い方が勝ちというルールのようだ.生憎自分は対戦相手も対戦する気もないので 単なるカードコレクションになった.
 
 そのほかJR北海道の『DMV』やJR東日本の『EF55』などもあり結構マニアックなラインナップ.ちなみにJR西日本『大阪環状線103系』もあり,レアカード設定になっている.

TOP TRUMPS - TRAIN
http://www.carddas.com/toptrumps/jr/product.html


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