第1編成(基本6両)廃車回送実施

2008年01月31日 | 201系

 量産車第1編成の基本6両が廃車のため,長野総合車両センターへ1月31日回送された.

10両で青梅線を走るクハ201-1以下10連のH1(福生~羽村 2008-1-26)

 H1は廃車回送に先立って,29日に6+4(東京基準)から本来の組成である4+6へ組替を実施.今回廃車されたのは赤字で示した以下の6両.


 この第1編成は1981年7月に東急車輛で製造された量産車第1号のトップナンバー編成で,三鷹電車区に配属された.それから26年以上に亘り中央線の快速電車として過酷な運用に耐えてきた.
 1983年3月,三鷹電車区に貫通編成を投入したことで,この編成は武蔵小金井電車区へ転属.1997年頃までH17を名乗っており,その後編成番号整理によりH1になった.

 2004年には豊田電車区転属,昨年3月のダイヤ改正から後継車両のE233系が分割併合運用を開始した事に伴い,多くのH編成は10両固定扱いのT編成へ編入された.H1はE233系と同じ分割位置に編成を組替えてE233系と共通で運転された.

 分割位置を4-5号車から6-7号車へ変更した事で,クハ200-1にあった弱冷房車がモハ201-2に変更になっている.また東京方だった付属編成は高尾方に変更,トップナンバーだけで組成された4両編成は終了したかに思えた.
 しかし今年に入った頃からH1を元の組成へ戻すという話が持ち上がり,トップナンバーだけの4両へ戻し基本6両のみを今回廃車する事になった.尚トップナンバーの4両の処遇は今のところ不明である.


廃車回送ダイジェスト~(撮影2008-1-31)

■豊田車両センター

最期の日となった31日,製造当初の6両に戻されたクハ201-2~.

■大月~初狩

通いなれた大月.その先は諏訪湖花火大会などで走行の実績がある.
  
差込式ヘッドマーク台座が無く,汚れたスカートでオリジナルに近い.

■信濃境~富士見

青空の下,立場川橋梁を通過する.花火大会で一昨年に走ったのは記憶に新しい.

■明科~西条



東京とは比べ物にならないくらい寒い筑北地区を駆け抜ける.線路周りには残雪が残る.

■長野~長野総合車両センター

日が沈み気温がマイナスに近づいた長野.長野駅に到着して数分後には自力で長野総合車両センターへ入線する.
  
墓場の入り口となる入換信号機は45度を示し進入可能(左).ゆっくりとセンター内へ進入,自力で走る本当に最後の場面.(右)

■長野総合車両センター

長野総合車両センターへ到着して30分も経たない内にスイッチャーで解体待ちの線路へ移動される.パンタグラフが下ろされた201系.筆舌に尽くしがたい瞬間.

入換途中に通過するポイント.激しくきしみ音を出す201系の車輪,私には悲鳴にしか聞こえなかった.


1月17日に回送されてきたクハ201-19~のT102と並んだクハ201-2~.
元T102は未だ重機により解体されておらず,10両全ての姿を確認できた.しかし解体待ちの同車は一部は方向幕などの部品が外されており,中でもサハ201-6の車両番号は切り抜かれた状態だった.


 


この記事をはてなブックマークに追加

モハ200-233の傷跡

2008年01月28日 | 201系


モハ200-233.現在も現役で活躍するH5編成の9号車.(2006-8-1 拝島)

 中央線H5編成は1997年10月に大月構内でE351系と衝突,大掛かりな復旧がされたのは有名な話である.中でも10号車クハ200-116のエンドマーク②は車体中央よりに再取付されているのはその証でもある.

 この9号車のモハ200-233もクハ200と8号車モハ201共々大きなダメージを受けた.

 ここで注目したいのが①-③側の車両番号.こちら側は事故でダメージを受けた側となるが,他車とくらべ文字の雰囲気が異なる.
 上記写真からは“ハ”の左側の部位が若干上に付いていて違和感を覚える.それと合わせて近くから観察すると判るが,切抜文字自体がオリジナルの状態と異なる.
モハ200
モハ201
上がモハ200-233,下がモハ201-233のそれぞれ①-③側の切抜文字である.
 
 モハ200-233の方は通常の車両に比べ文字表面が平面でシャープな印象を受ける.一方オリジナルの方は若干丸みを帯びている.文字に映し出された光でその状態が判ると思う.
 
 推測に過ぎないが復旧の際に一旦文字を全て取外.新規の切抜文字,若しくは元々の文字に付いた傷が無くなるまで研磨し再度取り付けたのどちらかだろう.
 おそらく前者と思われるが,それは見ただけでは断言できない.


この記事をはてなブックマークに追加

西武30000系登場

2008年01月28日 | 西武30000系『スマイルトレイン』

西武鉄道の待望の新型車両30000系が日立製作所から甲種輸送され,1月27日到着した.

 日立製作所のある笠戸から新秋津まではJRの機関車で牽引.新秋津で西武の機関車E31重連に付け替え,小手指まで運転された.
 前面にはシートが掛けられているが,特徴的な前照灯や尾灯ははっきりと判る.6000系・20000系が採用してきたブルーと白のラインから,腰板部分にブルーとグリーンのグラデーションのフィルムが目新しい.またドア端部の黄色いラインも目立つ.

編成は
←西武新宿(飯能)                        本川越(池袋)→
Tc38101+M38201+M38301+T38401+T38501+M38601+M38701+Tc38801
の4M4T.
(Tc=クハ,M=モハ,T=サハ)

 当面は小手指車両基地内で誘導障害試験などを実施,以降営業運転に向けた試運転を実施する模様.

 今回の甲種輸送や30000系細部については“とれふぉとブログ”でをご覧下さい.
とれふぉとブログ「西武30000系甲種」


電動中間車のモハ38701.パンタグラフ無し,SIVを搭載する.



台車は6050系以来使用してきたモノリンク式.形式はSS175系
電動車用はSS175M,付随車はSS175T.従来の番号区分からサフィックスによる識別に変更された模様.


パンタグラフは20000系と同様と思われるシングルアーム式.モハ38601とモハ38201が装備する.


モハ38701の床下に艤装されるフィルタリアクトル.


車内は従来にないバケットタイプ.背ずり上面が湾曲したものは珍しい.
(走行中の車両を撮影したためブレていますがご勘弁ください)


一夜明けた28日朝,小手指車両基地の検修庫内に30000系が入っているのを確認.
前面には白いシートが掛けられ特徴的な前面を見る事は出来なかった.


この記事をはてなブックマークに追加

Bトレのクモヤ143

2008年01月21日 | 鉄道模型

昨年末に親しい友人からいただいたものです.

 東海道線120周年記念イベントとして開催された国府津車両センター見学会で販売されたクモヤ143のBトレイン2両セットです.
 イベントに参加された方の中には買った方もいらっしゃると思います.ちなみに私はこのイベントには参加していません.(201系のほうが優先ですし,はがき出すのが面倒で…)

 ただの白い箱に手作り感たっぷりの包装紙を巻いただけのものです.この中には色違いのクモヤ143が入っています.

 内容は通常販売されているものと同じ構成.話題の湘南色と一般色の2両が入っています.

 とりあえず組立.今は手元に交換用パンタも無いので素組みです.

 編成ものと違い1両単位で動かせるのでマスコットとしても重宝しそうです.是非とも近い将来動力ユニットを組み込んで走らせて見たいと思います.
 素組みなら僅か5分程度で1両組みあがりますから,気分転換には最適かと.

 東急の電車市場でも通販しているようですから欲しい方は要チェック.(包装紙は無いようです)
 ただ通常売っているBトレインよりかなり割高なのはいただけませんが.


この記事をはてなブックマークに追加

中央線最後の貫通編成(T102)廃車回送実施

2008年01月17日 | 201系


 クハ201-19以下10連(T102)が廃車のため長野総合車両センターへ回送された.写真は明科~西条間を走行中の同編成.


西条へ進入,“T2”の編成札レプリカが取り付けられている.


この駅では数分の停車時間が設定される.運行番号が“02T”,編成札には『惜別T102』.


西条を定時で発車,窓ガラス中央には『25年間ありがとう T102編成』の張り紙.

■廃車回送当日の豊田車両センター
 
長野総合車両センターへ回送直前,今日で長年住み慣れた豊田を離れる.その奥には次世代の中央線を担うE233系とE257系(写真左).この日は通称“廃回レーン”の留置ではなく2本奥に留まっていた.
(上記写真は全て2008-1-17撮影)


 1981年12月に日本車輌で新製,中央線用として豊田電車区へ新製配置された.生涯オレンジ色の車体で中央線の通勤・通学輸送を支え続けた.分割民営化直前のダイヤ改正の際一度武蔵小金井電車区へ転属したが,2年後の1988年には再び豊田電車区へ帰郷した.

 この編成の廃車により中央線用の10両貫通編成は消滅,同時にJR東日本から朱色1号のサハ201も消滅した事になる.またT編成の象徴であったクロームグリーンの編成札も見納めとなった.

 モハ-31とモハ-33の4両には積算電力計が搭載してあった.クハ201のスカート切り欠き共々特徴ある編成であった.

積算電力計を装備したモハ201-33.パンタ側,台車と妻面の間にある箱がそれ.

 中央線に残された201系は全て分割可能編成のH編成,H1~H5,H7の6編成60両ののみとなった.


~最近の写真から~
■T102を名乗った時代

中央特快として高架区間を疾走するT2.貫通編成ならではの美しい編成美は魅力的だった.(2007-3-1)


早朝深夜に運転される各駅停車.このクハ201-19のスカートには独特切り欠きがあった.(豊田~八王子:2007-10-4)


豊田を出発した列車は一気に勾配を駆け上がりS字カーブへ,浅川を渡れば八王子市.(豊田~八王子:2007-9-30)


■T2だった頃

一時期クハ200の右側ワイパーは銀色のアームだった.(西荻窪:撮影日不明)


「ADトレイン」のステッカを掲げるT2.(国分寺~西国分寺:2004-9-12)


この記事をはてなブックマークに追加

クハ201-146以下6連(青67)廃車回送実施

2008年01月15日 | 201系


 青梅・五日市線用201系青67編成(クハ201-146~6連)が廃車のため長野総合車両センターへ1月15日に回送された.
 写真は回9941Mで長野総合車両センターへ回送中の同編成で,前回同様パンタグラフをPS35Cへ換装している.以前の記事で冬季期間実施する青梅・五日市線用車両廃車回送についてパンタグラフ換装を行うと記したが,同線用車両廃車回送終了までパンタグラフ換装し自力回送される模様である.
 

 川重製 1984年12月製造.新製配置:中野電車区(中央総武緩行線用)
 2001年7月朱色1号へ塗色変更され,青梅・五日市線用として豊田電車区へ三鷹電車区より転属.転属当初は青79を名乗り,後に青67へ変更されている.

立川~西立川:2006-12-31
 立川~青梅間は多くの列車が4両編成と連結し10連で運転される.青梅・五日市線用車両は中央線と違い併結相手は決まっていない.

武蔵増戸:2007-2-25
 6両編成の十八番である五日市線運用.現在は殆どE233系で運転されている.

東青梅~青梅:2007-11-24
 朝日を受けて走る立川行電車.青梅線のダイヤで性能を持て余し気味.201系の本領が発揮できないのは残念だった.

2005-11-5
2008-1-6
 両方とも青梅構内で休憩中の車両たち.並ぶ相手が201系からE233系へ代わり,山中を走るローカル線の雰囲気が一変した.
 
■青梅・五日市線車両廃車回送記録(当該記事にリンク)
 2006-09-05 クハ201-76
 2006-09-11 クハ200-76
 2007-11-07 クハ201-150~6連(青69)
 2007-11-21 クハ201-152~6連(青70)
 2007-12-05 クハ201-144~6連(青66)
 2007-12-27 クハ201-34~6連(青61)
 2008-01-07 クハ201-148~6連(青68)
 2008-01-15 クハ201-146~6連(青67)
 2008年1月15日現在6編成36両+予備車2両 計38両廃車.

       凡例
        △=事業用電車による配給輸送
        ▲=機関車牽引による配給輸送
        ◇=パンタ換装の上自力回送


 


この記事をはてなブックマークに追加

209系900番代が廃車のため長野へ

2008年01月11日 | 新系列通勤車(除E233)
 209系の試作車であるウラ90編成(クハ209-901~)が1月11日,廃車のため長野総合車両センターへ配給輸送された.
 209系は自力で走行が出来ないため,留置先の東大宮からEF64-1031が全区間を牽引,その任を勤めた.主な経路は武蔵野線~中央線~篠ノ井線経由.
 
 209系は中央線の高尾以西にある狭小トンネル通過にパンタグラフが対応していないため,12月14日に実施された同系量産車の時と同様に舟部分のみ撤去された状態で回送された.
(パンタグラフの参考写真→とれふぉとブログ 209系ウラ37編成長野へ

新秋津を通過する209系試作車.現在のJR東日本通勤型電車の礎を築いた画期的な車両は,16年という短い人生で幕を下ろした.

最後部には反射板が取り付けられた.短いスカート(簡易排障器)は試作車の象徴.


 この編成は昨年8月30日に東京総合車両センターからサハ209-901を抜かれた9両で東大宮まで自力で回送(→
209系試作車大宮へ疎開:2007-8-30記事)されており,約4ヶ月間留置されていた.
 
 尚長野総合車両センター内では201系共々重機による解体が進められている.

(この記事の写真は全て2008-1-11,新秋津で撮影)
 

この記事をはてなブックマークに追加

第92(新H6)編成廃車回送実施

2008年01月10日 | 201系


 クハ201-126~の分割編成10両が廃車のため長野総合車両センターへ回送された.今回廃車となったの昨年3月改正から分割位置を変更した7編成の内の1本で,改正以降は新たにH1~H7まで付番され,E233系と共通で分割併合運用を行ってきた.この編成はそれ以前はH16を名乗っていたがこの改正以降はH6へ変更された.
 この新H編成の離脱・廃車はこれが初めてとなる.中央線用201系最後の牙城が崩れ始めた.
 
 今回の廃車回送もそれまで同様自力回送とされたが,当日中央本線の115系が運転支障を起こし,この回9941Mは定刻より1時間ほど遅れて豊田を出発した.上記写真の上野原通過時も所定より1時間遅れて通過した.
 その先で特急退避する駅では既に追い越される列車は先行しており,殆どの駅は無停車で運転された模様.

信濃境~富士見間を走行する回9941Mの同編成.通過時刻は定刻より約30分延,この時点で遅れを30分程度回復している.
 山間にこだまするMT60の音で橋梁にさしかかる前に201系の接近がわかった.聞きなれたモーター音も何れは過去のものに.

明科駅に到着した同列車.明科到着はほぼ定時の到着となり,この駅で特急列車の退避を行った.

退避中のクハ201-126~.車掌側窓に編成札が掲げられた.これは上野原通過時には無かったもの.

写真で確認する限り紙製の編成札である.組み替え前の編成番号の“16”は心憎い演出.
 この後明科を定刻で出発,一路長野総合車両センターへ向かった.
 それにしても最後の運転で1時間の遅れ回復を見せた走りには感慨深いもがある.幾ら途中駅での長時間停車が無くなったとはいえ,201系の素晴らしさを感じた最後であった.

(上記写真は全て廃車回送実施時に撮影:2008-1-10)

最近の写真から
~H6編成時代~
2007-7-19:豊田
高速でホームへ進入する.最後の最後まで力強い走りを見せてくれた.

2007-9-27:国分寺
こんな日常の風景もあと少しで見納め.1年前は必ず乗れた201系,今はそれが嘘のよう.
【E231/E233 Hyper Detail(イカロス出版)掲載写真】

2007-5-3:三つ峠~寿
新H編成となってからは下り方が4連になった.休日の河口湖発東京行の中央特快はヘッドマークが後ろになってしまった.
【鉄道ピクトリアル(2007-11)掲載写真】

2007-7-21:秋川
ホリデー快速みたけ号は下り列車で電照式ヘッドマークが先頭になった.
【鉄道ピクトリアル(2007-11)掲載写真】

2007-8-5:御嶽~川井
旧東川井信号場を通過する“ホリデー快速おくたま号”.


~H16編成時代~
撮影日不明:阿佐ヶ谷~荻窪
まだクハ201にジャンパ栓が装備されていた時代.通勤特快も当然201系だけだった.今は201系が充当されるのも極めて稀.

2005-5-5:拝島
休日の風物詩,拝島での分割併合作業.201系ならではの光景はいつ見ても飽きない.
 まだ差込式ヘッドマークが掲出されていた時期,緑色の“ホリデー快速おくたま号”のヘッドマークが見える.

2006-6-7:四ツ谷~信濃町
通勤ラッシュの始まる夕刻,安全・正確な運行をすべく乗務員2名が指差確認を行う.

2006-6-9
東京駅は高加減速性能の電車に対しては第一場内はG現示で進入する事が出来る.シーサースクロッシングを制限の60km/hで駆け抜け一気にホームへ進入する.


この記事をはてなブックマークに追加

携帯用待受画像

2008年01月09日 | 鉄玩,駅弁,雑誌など
 携帯電話用壁紙として201系のイラストを公開します.お年玉企画というわけではありませんが,良かったら使ってみてください.

 

上記画像をクリックすると別窓で320×240の画像が表示されます.あとは携帯電話などへ保存して下さい.他のサイズはよく分かりませんので今回はこの1サイズのみとしました.
 保存・設定方法やその他諸々については各自で.当局に問い合わせを受けても一切お答えしません.
(最近はこういう事を書いておかないと色々と面倒なのであえて書かせていただいています)

 今回はホリデー快速おくたま号と通勤特快の2種ですが,状況をみて他のバージョンも公開していこうかと思っています.

この記事をはてなブックマークに追加

お知らせ

2008年01月07日 | HP更新履歴


 昨年は稚拙な記事とお見苦しい写真の当サイトをご覧頂ありがとうございました.
 今年も及ばずながら中央線と青梅・五日市線の201系を主体とし,時折模型等も取り上げて行こうと思っています.
 しかしながら所用で多忙な時期が続きサイト更新が以前に比べ更に少なくなる事が予想出来ます.可能な限り更新をしていきますが,その辺もご承知の上暇つぶし程度でご覧いただければと思います.
 
 昨年も一時的にブログのコメントを休止しましたが,本日7日より再びコメントを一時的に休止いたします.再開時期は今のところ未定です.
 尚どうしても当局へ意見やお叱りがある場合はメールフォームをご利用下さい.
 >>
西東京鉄道管理局 ご意見箱
 可能な限りお返事いたしますが,ご希望に添えないこともありますので予めご承知おきください.
 
 本年も西東京鉄道管理局をどうぞよろしくお願いいたします.


この記事をはてなブックマークに追加