2007年~2008年

2007年12月28日 | HP更新履歴


 2007年は当サイトのメインである201系の中央・青梅・五日市線が後継車輌のE233系へ置換えが進み激動の1年となりました.
 現在中央線の殆どはE233系で運転しており201系は2007年末は8編成が残るのみとなり完全撤退も時間の問題.青梅・五日市線も6両単独運用にE233系が充当され時期を見て4両編成も動き出すと思われます.おそらく2008年3月若しくはその前に一波ありそうです.
 そんな2007年でしたが当局も可能な限り取材を敢行したつもりですが,振り返ってみれば思い残す事が多くあります.三鷹~国分寺間高架化工事完成までの予備として201系は2本残る予定のですが,事実上豊田車両センター201系は最後の年となるはずで気を入れなおして取材したいと思います.

 2007年に発売された鉄道ピクトリアルには少々私の記事を掲載して月刊誌の方では皆勤.11月号の特集「中央線快速電車」では表紙を飾る事が出来たのは2007年一番の快挙と言ってよいと思います.また注目の新型車両E233系中央線についてイカロス出版の「E231/E233 Hyper Detail」で22ページにもわたり執筆させていただいたのも大きな出来事でした.2008年も出来る限り調査研究していけたらと思います.

◆2007年 2大執筆雑誌◆
左:鉄道ピクトリアル 2007‐11(電気車研究会)
右:E231/E233 Hyper Detail(イカロス出版)

 2007年も鉄道本部報ならびに西東京鉄道管理局をご覧頂ありがとうございました.2008年もよろしくお願いいたします.

★この記事をもって2007年の更新は終了します.2008年は1月7日以降更新予定とします.

 上記雑誌に訂正個所がありました.

■鉄道ピクトリアル 2007‐11
 P38:中段左側写真キャプション
  × 諏訪湖花火大会で久しぶりに単独4連となったT108付属編成.
  ○ 諏訪湖花火大会で久しぶりに単独4連となったT109付属編成.
 P39:左側上から2段目写真の日付
  × 2007-7-15
  ○ 2007-7-14

■E231/E233 Hyper Detail
 P18:右側中段キャプション
  × 一方東急・川重は腰部分から雨どいに下部まで…
  ○ 一方東急・新津は腰部分から雨どいに下部まで…
 P26:最下段写真キャプション
  × …同じ試験内容。その後、甲斐やまと~笹子間で…
  ○ …同じ試験内容。その後、甲斐大和~笹子間で…

 お詫びして訂正いたします.
西東京鉄道管理局
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クハ201-34~6連廃車回送実施

2007年12月27日 | 201系
 青61編成として青梅・五日市線用で活躍していたクハ201-34~6両編成が12月27日に廃車のため長野総合車両センターへ回送された.先月から始まった同線用車輌の廃車はこれで4本目(6両×4編成)となった.
 同線用車輌は運用範囲が限定されていたため,中央線用とは異なり高尾以西に存在する狭小トンネル通過非対応のパンタグラフPS21を装備.そのため前回までは長野総合車両センターへの廃車送り込みは,中央線用として新津車輌製作所で製造されたE233系の牽引で使用した電気機関車(EF64-1000番代)を使用して日本海周り(上越線・信越本線経由)で運転(配給輸送)された.しかし今回の廃車に際してはパンタグラフをPS21からPS35Cへ換装のうえ自力で回送された.

 今回のパンタグラフ換装しての自力回送は冬季の雪による輸送障害を懸念しての措置であり,一部で言われている機関車牽引の際にあった一部ファンの騒ぎによるものが原因ではない.現時点では春先には再び機関車による牽引が再開される模様.

回9941Mとして長野まで運転されたクハ200-34~の6連.青梅・五日市線用車輌が高尾以西の山線区間を走行するのは今回が初めて.(2007-12-27 上野原)
【鉄道ピクトリアル(2008-3)掲載写真】

 12月上旬,廃車前に離脱した同編成は長らく武蔵小金井に疎開留置された.交換されたパンタグラフは横を走る中央線車内からも確認できた.

 廃車を2日後に控えた12月25日,回9925Mとして武蔵小金井から豊田車両センターへ返却回送が実施された.シングルアームパンタグラフを上げ,編成札を掲げて本線を走行するのはこれが最後.(特記無き写真は2007-12-25撮影)
国分寺

豊田

豊田車両センター
豊田車両センターへ到着した青61編成はしばらくの間パンタグラフを上げたまま留置されていた.


換装されたパンタグラフPS35Cは201系T編成で使用していた物と思われるが,上枠上部が白色に塗られていた.おそらく何かの識別のためだと思われるが詳細は不明.


25日に実施た返却回送時はモハ201の車輌番号には高尾以西運用可能車輌の証“◆”は記されていなかったが,廃車回送に際してたった1日のために書き加えられていた.(2007-12-25 上野原通過中)




「青梅・五日市線」のステッカーが白く色落ちしてしまった状態のクハ201-34.梅をあしらった専用ステッカーもこうなると淋しい.(2006-12-2 河辺)


拝島で出発を待つ青61編成.現在五日市線は殆どがE233系による運転で,このようなシーンを見るもの難しくなった.(2007-11-15)
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特別な列車

2007年12月25日 | 撮影(取材)日誌

 駅などで撮影している際に一般の方から

 「何を撮影しているんですか?」
 
とか…
 「お召し列車でも来るんですか?」

という感じの質問をされる事が多々あります.

 私は昔から撮影といえば201系ばかりで,滅多に他の形式や特別な臨時列車を撮りに行く事が無いためこれらの質問は非常に困ります.
 お召し列車を撮影しているなら答えは簡単なんでしょうが,私の主な撮影対象は201系.

先日も大月で通快河口湖・大月の折り返しの6両編成高尾行を撮影中に清掃作業員の方から
 「特別な列車でも撮るんですか?」
と質問され,私の答えは
 「この電車(201系)撮ってるんですよ」

その際撮影していた高尾行電車.(2007-12-20 大月)

 この返答に清掃作業員の方は不思議そうな顔をするわけです.これは仕方の無い事です.
 一般の方から見ればいつも走っている中央線の電車,何も特別なものは無い.

 今でこそ風前の灯となった中央線の201系,撮影する人も多く,一般の方でも「無くなるから撮ってるんだな」と容易に想像できると思います.しかし数年前は返答に不思議な顔どころか….

 ただ言えることは
「自分にとって201系はお召し列車やどんな特急列車とも比にならない特別な電車である」
という事.
 これは一般の方にはわからない事でしょうが.

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第73編成廃車回送実施

2007年12月20日 | 201系

 クハ201-95以下10連,4両+6両の分割編成が12月20日,廃車のため長野総合車両センターへ回送された.同編成は今年3月以降分割併合を行わないT編成へ編入し武蔵小金井電車区所属時以来のH10からT109へ改番され活躍.T編成に編入された分割編成としては最後まで残った編成となる.
 この編成の廃車により中央線用201系は8編成を残すのみとなり,内7編成は分割可能編成のH編成(H1~H7),残る1編成は10両貫通のT102(クハ201-19~)のみとなった.尚今年の中央線用車輌の廃車回送はこれが最後となる見込みである.

廃車回送として運転された回9941M.松本へ到着した際の一コマ,8月の花火大会臨を彷彿とさせるシーン.(2007-12-20 松本)


2号車にはモハ201-201を連結.車輌的に大きな特徴は無いがその番号故に注目の車輌だった.(2006-10-08 東小金井)


ホリデー快速おくたま号に充当されるH10基本6連.この時はまだ中間のヘッドマークを掲出していた.(2004-06-06 拝島)


平日昼間の花形運用のひとつ「中央特快 大月行」.山線区間もいつも通り150kwのモーターを唸らせ駆け上がって行った.(2007-10-21 高尾)


初冬の17時,空は既に暗い.帰宅の途につく乗客を乗せて走る通勤快速.(2007-11-01 中野)


紅葉も終わり間近な高尾の山をバックに一路東京を目指す「通勤特快 東京行」.この722T(722M)運用は大月からの直通列車.(2007-12-07 高尾)


12月の初旬には運行番号設定器「省エネ201」のヘッドマークを模したステッカーが貼付されていたが,すぐに剥がされた模様で廃車回送時には剥がした跡が確認できた.(2007-12-09 立川)


クハ201-95の運転台,メーターパネルの庇は直線的でメーター固定パネルと庇部分の離隔が狭い.


同編成の高尾寄り先頭車(クハ200-95,96)は屋上に搭載する無線アンテナが正面から見て若干左に寄って取り付けられている.中間クハでは顕著にその違いが分かる.

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E231/E233 Hyper Detail

2007年12月19日 | 鉄玩,駅弁,雑誌など

 イカロス出版から「E231/E233 Hyper Detail」が今月18日に発売されました.
 
 JR東日本の新系列通勤・近郊電車について纏めた一冊で,今まで有りそうで無かった鉄道雑誌です.
 収録形式は209系,E217系,E231系,E233系,E501系,E531系.俗に言われる「走るんです」シリーズの電車です.そんな「走るんです」電車も深く見ていけば色々と面白い部分も多く,趣味的にみても魅力は多いのかと思います.
 今回発売されたこの本はそれらについてマクロ的に取り上げたものです. この系列に興味ない方にはどうでも良い雑誌ですが,中央線の201系が引退し233系に統一間近,当系列の元祖209系も廃車が始まった今,ある意味もっとも旬な車輌たちかもしれません.

 

 及ばずながら私も一部執筆させていただいております.価格は2300円と少々高いのですが興味のあるかたは手にとってみては如何でしょうか?
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疎開中のE233系4連

2007年12月14日 | E233系
 現在投入が進められている青梅・五日市線用E233系,昨日(13日)には川重製造の最後となる編成が到着し置換えも佳境には行っている.運用面では11月5日からの6両単独運用に充当され順次運用本数を拡大している.製造時6+4両の10連で,運用につけない4両編成は豊田車両センターや拝島構内に留置している.

 同線の4両編成は分割・併合を行うため,201系からE233系への置換えは一気に実施しなければならず,当面はこの状況が続きそう.また置換え後は103系の時のように201系がここに留置される可能性もある.

拝島の北側(上り方)にある引き上げ線には現在4両編成2本が留置されている.(12月13日現在).奥に見えるのが青460,手前が青461.両者ともピカピカのまま.


通常正面からじっくりと撮影する事は困難で,行先表示器が消灯してはいるが貴重なシーン.

尚この場所には立ち入り禁止のロープが張ってあるので立ち入ったりしないように.
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第36編成廃車回送実施

2007年12月13日 | 201系

 クハ201-49以下10連の10両貫通編成(T126←T26,ムコ配置時H39)が廃車のため長野総合車両センターへ回送された.これにより中央線用の201系は分割可能編成H1~H7と固定編成T102,T109の9本のみとなった.尚10両貫通編成としてはT102(クハ201-19~)が残るのみ.

甲府に進入するクハ200-49~10連.右には特急ふじかわ号の373系.


乗務員交代を終え出発を待つ.見る限り美しいオレンジ色の車体.


回9941Mは定時に出発,一路長野へ向かった.豊田出発時に降っていた雨は途中から上がり甲府到着直前には一時薄日が差した.

▲上記写真は全て2007-12-13甲府にて撮影



高尾4番ホームに到着するT126.行先は既に折り返しの東京に変更済み.(2007-7-12)


豊田電車区で後輩のE233系と並ぶ.(2007-9-27)


定番の撮影ポイントの阿佐ヶ谷-荻窪.美しい編成美の貫通編成,シングルアームパンタのPS35Cがスマートさを強調する.(2007-11-9)


クハ200-49の車内.乗務員室扉はペンキ塗りされ異色を放つ.


クハ201-49の運転台.時計置には“49”の表示.(乗務員の許可を得て車外より撮影)


ステンレス切抜文字の車輌番号.上から1号車,2号車,9号車.
(注意:撮影環境の違いで色調が異なる)

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半自動ドアスイッチ

2007年12月10日 | 鉄道模型


 発売から大分経過しましたが,昨日E531系サロ2両セットを引き取ってきました.これで15連モノクラスから脱皮できます.問題は余ったサハ2両….

 プロ(個人的主観ですが)なあの方が最近ブログで取り上げた電通車輌の半自動ドアスイッチステッカーです.この機会に一枚所望してみました.

 とりあえずサロだけに貼ってみました.左はノーマル,右が貼ったもの.銀と青帯の無機質な車体にキラリと光る小さなアクセントは一味違う仕上がりしてくれます.
 KATO製のE231系近郊形・E531系は予めスイッチがモールドされているので厚みのあるこのステッカーを貼るとオーバーな感じもします.

 このステッカーの内容量は205系用が66個で8両分+2個余り,E231系・E531系用は117個.現在の15連は普通車13両+サロ2両で112個必要となるので5個は予備となります.

 現時点でサロ2両貼ったので残りの普通車に100個以上切り出し+貼り付けの作業が残っています.この系統の車輌はE231系が2本あるのですが当面後回しになりそう.

 

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微妙な切り欠き

2007年12月09日 | 201系

11月29日に廃車回送されたクハ201-60~のT133編成.写真はクハ201-60を正面から撮ったもの.T102編成のクハ201-19スカートの切り欠きがあることはこのブログで以前に扱ったが,この車輌にも僅かながら切り欠きが存在した.

で囲った部分,若干削られているのが分かる.他にもありそうなので調査してみたい.
この程度だと注意しないと見逃す.この辺の加工はスカートを取付てからの現物あわせのようだ.もっとも現在ではJR東日本に所属するクハは京葉線非分割編成の71以外使う事は無いのだが.

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クハ201-144以下6連廃車回送実施

2007年12月05日 | 201系

 クハ201-144以下6連の青梅・五日市線用車輌(青66編成)が廃車のため長野総合車両センターへ回送(配給輸送による)された.今回も先頭に立ったのはEF64-1031で前回,前々回同様.
 この車輌は東京西鉄道管理局へ配属された最初の軽装車で,現在も営業運転に使用されている青6編成(クハ201-145以下4連)と共に中野電車区へカナリア色で中央総武緩行線用に投入された車輌.1986年3月には三鷹へ転属,2001年にはオレンジ色に塗り替えられ青梅・五日市線用として豊田電車区(現豊田車両センター)転属した.オレンジ色で活躍した期間は僅か6年半程度,新製からはたったの23年での廃車となった.

豊田へ入線し出発を待つ.今回の配給ではLED式の後部標識灯が採用された.


最初の停車となる大宮操車場(さいたま新都心).特急色のEF65-501と並ぶ.


機関車と連結しているクハ201にも後部標識灯があらかじめ取り付けられ新潟での方向転換に備える.幕板部分に凸凹した状態が見られたが,車体自体は程度は良く塗り直せば美しい外観を得られたはずである.(大宮操)


パンタグラフが下ろされ機関車に引きずられる201系の様子は魂が抜かれたような感じを受ける.大宮は僅か2分の停車時間で北上していった.
(上記写真は全て2007-12-5撮影)


単独6連で五日市線を走る.6連の離脱は3本目となった今,6連単独運用でE233系が占める運用は半数以上になった.当面五日市線内では201系の姿を見るのが困難になりそう.(2007-3-11)


早朝の拝島で出発を待つ青66編成.この日から青梅・五日市線用のE233系が営業を開始した.(2007-11-5)


朝焼けの中拝島へ進入中の同編成を先頭とする10連.末期は塗装面の状態は酷かったが,車輌外板自体に痛みは無かった.(2007-11-15)



青梅・五日市線用の特徴であるテプラによる表示も健在だった.

クハ200-144の携帯電灯(カンテラ)入は嵩上げされた特殊タイプが装備されていた.相方のクハ201は通常のタイプ.
 またこの編成2号車のモハ201-282は当ブログ
2007年9月14日の記事でも述べているが①-③(チョッパ制御装置側)の車輌番号表記がずれている車輌であったのも他にはない特徴であった.

 

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