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通勤特快

2007年09月28日 | 201系


 中央線,平日朝の通勤時間帯に設定される「通勤特快」,現在は5本が運転されている.
 後継車輌のE233系の増備により乗車機会が減った201系ですが,昨日(9月27日)の通勤特快に3本充当されているのを確認しました.(以下の写真は2007-9-27,国分寺にて撮影)

大月始発の782T,クハ201-13~のT101が充当.


青梅始発の780T,クハ201-49~のT126が充当.


最後の通勤特快となるのは高尾始発834T.クハ201-95~のT109が充当された.この前面行先表示に注目すると,「通勤快速 東京」の表記.フォント色は「通勤特快」と同色であり製作ミスであることがわかる.尚側面の一部にもこのミスがあるらしいが,当局は未確認.

このミス表示以前からあって,大分前に聞いてはいたものの,忘れていてげんけいは様蒼星石様などから聞き思い出しました.どうやら他の編成にもあったようです.

 E233系では採用されなかった種別ヘッドマーク.中央線の多種別のヘッドマーク表示は魅力であったが,徐々に目にする機械が減り貴重な存在になりつつある.E233系で採用されたフルカラーLED表示,種別ごとに色を変えているものの前面ガラスの形状からくる光の反射やLED独特の光源特性で遠くからでは見づらいことが多い.現在は駅の電光表示類も充実しているため以前ほど重要視されていないのかもしれない.

(2007-10-01 一部記事追記・修正)

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青梅・五日市線E233系到着

2007年09月27日 | E233系

 本日(9月27日),豊田電車区に昨日川重より発送された青梅・五日市線用E233系10両(6+4)が到着した.(写真は立川)


 注目されるのは先に登場している中央線用車輌との相違点だろう.しかし到着した車輌を観察してみると驚くほど中央線用車輌と相違点が無い.
 唯一異なるのが編成番号の表記程度で,6両編成が「青659」,4両編成が「青459」とされ,数字の前に付く記号に漢字が採用されている.従来の車輌はアルファベットが通常使われていたが,このような漢字表記はとても珍しい.
 尚数字は百の位が編成両数,下2桁が車輌番号となり,中央線用分割可能編成H43~H57の続番となる.(「青658+青458」は東急車輛の製造担当)

 現在の青梅・五日市線で活躍する201系では中央線用車輌とは完全に差別されており,運用も全く異なる.しかし今回落成したE233系は1号車に女性専用車,弱冷房車は4号車のみと青梅・五日市線用201系とはその内容が異なる.


最終目的地の豊田に到着した青梅・五日市線用E233系.先頭に立つのは貫通扉上部の塗りわけを省略したEF65-1119.


1号車クハE233‐59には今までに落成した中央線用車輌と同様「女性専用車」ステッカーが貼付済みとなっている.(立川)


4両編成下り方の10号車クハE232‐59.従来の青梅・五日市線用201系では弱冷房車設定になっていたが,E233系では設定されておらず4号車のみとなった.(立川)


車内も中央線用と共通の仕様で,出入側扉上部には液晶モニターを2個装備.京浜東北線で採用されたワイドタイプではなく今までどおりの仕様.(豊田)


運転台ユニットも特に変化は認められない.(豊田)


 現在の201系では運用上での性格が全く異なるためと,特殊な装備の関係で同一形式ながら完全分離されたが,今回到着したE233系「青659」「青459」を見る限り完全分離の運用するとは思えない.
 以下は当局の推測(妄想)だが,現在中央線の分割可能編成は15編成で平日のH運用は14あり予備や臨時設定を考慮した場合不足である.そこで青梅・五日市・八高線へ直通する運用を今回落成した「青編成」で受け持ち,今まで…
 >中央線車輌が支線の青梅・五日市線等へ乗り入れる
から…
 >青梅・五日市線用車輌が中央線へ乗り入れる
という形態にシフトさせそうな感じがしてならない.そうすれば中央線用分割可能編成は運用上余裕が出来るし,中央線と共通仕様にしたことや,H編成の数が少ないのも納得できる.
 特に現在の休日19Hはほぼ終日青梅・五日市線内封じ込めであり恰好のターゲットになりそうである.またホリデー快速などもその対象になりそうな感じである.


■おまけ(連結器交換風景)
 川重から送られてくる車輌は遥々神戸から2日かけて輸送されており,その際JR貨物の電気機関車が牽引する.そのため機関車と連結する10号車クハE232は本来の密着式連結器を自動連結器に交換されており,豊田電車区到着後川重の作業員の手により交換が実施されている.
(新津も電気機関車牽引だが,双頭式連結器を装備したEF64‐1000のため交換不要)

到着間もないE233系,連結器は自動連結器.スカートには防護用のシート類で養生され傷をつけないようにしている.


自動連結器が取り外された状態.


フォークリフトで運搬中.鉄の塊で非常に重いので慎重に行われている.


ジャッキアップ機能の付いた台車に載せ車輌へ.写真でもわかるがかなり大変な作業.


本来の連結器が収まりピンやボルトで固定中.車輌のしたには1名潜り込んでいて計4名での作業.


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サハ201-55“東京総合車セ”へ回送

2007年09月27日 | 201系
 先週9月20日に廃車のため回送された第41編成の4号車サハ201-55は編成から抜かれ,豊田電車区へ残留していたが,本日(9月27日)に廃車を前提とした回送が実施され,同車は東京総合車両センター所属のクモヤ143に挟まれる形で豊田電車区~東京総合車両センターまで走行した.


クモヤ143-15を先頭とし「Mzc-T201-Mzc」の3両編成(2007-9-27西国分寺)

 このサハ201は近日実施される車体強度試験の種車となる.この試験には
8月30日に東京総合車両センターから大宮車両センター(東大宮)へ回送された209系900番台の9号車サハ209-901と幕張車両センターの113系モハ113-1085と共に供される模様である.(詳細な試験内容や実施場所については当局では情報を得ていません)


 編成から外れ僚車を見送ることになったサハ201-55.妻窓閉鎖・転落防止幌取付から妻面の清掃が省略され汚れが目立つ.その汚れが郷愁を誘う.(2007-9-20 豊田電車区)

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あれから1年

2007年09月26日 | 鉄玩,駅弁,雑誌など

 昨年の9月は色々ありました.

 まず私にとってもっとも大きかったのは,オレンジ色の201系に廃車が出たこと.
5日にクハ201-7611日には相方のクハ200-76が相次いで長野総合車両センターへ送られ解体されました.
 それまでは1989年12月の東中野事故で廃車になった9両と,その生き残りだったクハ201-3,末期は京葉線で活躍していた900番台10両の計20両でしたが,いずれも最後はカナリア若しくはブルーでオレンジ色ではなかった.(何れも登場時はオレンジ色だった)
クハ200-76

 もっともこのクハ201・200-76の2両は青梅・五日市線用で組み替え余剰として長年留置してあり,廃車されても仕方ない存在だったことは否めません.末期はオレンジ色が褪せてピンクに近い色になってました.

 21日には中央線用として実に27年ぶりとなる新型車両が登場し,第1号編成が東急車輛から豊田電車区へ回送されました.

 それから1年が経過し,中央線用201系の約6割が廃車され1年前とは大きく様変わりしてしまいました.

 実際中央線を利用している方なら身に沁みてわかると思いますが,201系の来ない事.想像はしていたもののいざ現実となると何ともやりきれない心境です.
 で,今月発売された鉄道ピクトリアル「中央線快速電車」に少々掲載させていただきました.時期が時期だけに非常に光栄に思えます.

 そんな最中,川重では青梅・五日市線用としてE233系が完成し,豊田電車区へ回送されるべく準備中のようです.青梅線,五日市線といえば101系~103系~201系と何れもお下がりの電車ばかりだったため,新車が直接投入されるとは一昔前までは誰も予想しなかったのではないでしょうか.

 なんか本当に201系が終わりなんだなぁとつくづく感じる今日この頃です.以上雑感でした.

このブログの表題で使っているイラスト,少し手を加えてみました.


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第41編成(除くサハ-55)廃車回送実施

2007年09月20日 | 201系

 クハ201-54~以下10連の第41編成(離脱前:T116,変更前T16)が営業運転から離脱,4号車サハ201-55を除く9両が廃車のため長野総合車両センターへ回送された.中央線用車両として10両編成以外のイレギュラーな輌数で回送されることは今回が初めて.上記写真は廃車回送当日の朝西所沢撮影した豊田電車区の様子.右側には取り残されたサハ201-55.こちらは後日東京総合車両センターへ回送され,その後各種試験に供される予定である.(試験地は不明)

 長野へ出発前の仕業点検中のクハ200-54~9両編成.
 この編成はT116を名乗っていた.廃車回送の2日前に離脱し,翌日豊田電車区内でサハを切り離す作業が行われ,同日中に掲出していた編成札も取り外された.

 回送は通常の回9941Mで実施され,豊田~長野間を9両編成で走行するシーンが見られた.抜かれた4号車は「弱冷房車」のためドア上のシールの無い姿となった.

鳥沢‐猿橋間の新桂川橋梁を渡る同編成.


信濃境‐富士見間の立場川橋梁.雲ひとつ無い青空の下オレンジ色の車両が駆け抜ける.


列車交換のためスイッチバック駅の姨捨に進入.


対向列車の「快速みすず」が発車した後,スイッチバックの上長野へ向かう.

 今回の廃車回送取材にあたりG氏,T氏,S氏には多大なご協力を頂きました.この場にて改めて御礼申し上げます.

 今回回送された編成は昭和56年度3次債務の近畿車輌製で,前回廃車された第39編成(クハ201-52~)と同じグループ.新製から2004年3月の武蔵小金井電車区所属車集約までは同区の貫通編成ラストナンバー編成だった.

阿佐ヶ谷‐荻窪2007-2-15


四ツ谷‐(信濃町)新宿 2007‐7‐9

■車内

①乗務員室仕切りにあるプレート.オリジナルのものが残っていた(2007-8-19)
②同車の後位側(高尾寄)はシールになっている(2007-8-19)
③2号車の東京寄はオリジナル(2007-8-19)
④8号車高尾寄は1号車と同じく専用のシールに(2006-7-29)
⑤1号車クハ201-54の点検ブタ周り(2007-8-19)
⑥クハ201-54運転台.前回廃車車輌同様近車製で,パネル止めねじ周りは欠き取られたタイプ(2007-8-19)

(2007-9-22 4:55写真1枚追加)

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軽装車の車両番号表記

2007年09月14日 | 201系


この車両は青梅に留置中のモハ201-282.(2007-8-19撮影)

通称「軽装車」と呼ばれるグループの車両で,JR東日本にはクハ201・200-144~155,モハ201・200-282~299が配置されており,現在は青梅・五日市線用として全車健在.
(クハ201・200-135~143,モハ201・200-264~281,サハ201‐92~100はJR西日本所属)

軽装車の特徴としてはいくつかあるが,車体に限って言えば,側窓が上段下降・下段上昇式から上段上昇・下段上昇式へ変更(これに伴い上段窓はバランサー廃止),屋上ベンチレータをFRP製から鋼板製へ変更,車両番号表記をステンレス切抜文字からレタリング文字に変更などがある.

この写真の車両中央部,車両番号表記に注目していただきたい.表記が右によっているのがわかると思う.

車両中央部分の拡大.車両番号右にある塗装剥がれ後の補修も気になるが,明らかに右側によった車両番号表記が確認できる.右端の文字はドアコックギリギリ.


車体中央となる側窓のセンターピラーから基準線を記してみた.

一般量産車ではステンレス切抜文字で,このようなことは無いが,モハ200-219のような永久的なエラーもある.201系以外の通勤電車等はレタリング文字なのでそういう車両も存在するかもしれない.

これとあわせ車体端部に記されるエンド表記も車両によって位置が大きく異なるものが存在する.こちらは日を改めて紹介したい.


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第39編成廃車回送実施

2007年09月13日 | 201系

クハ201-52以下10連の第39編成が本日(9月13日)廃車のため長野総合車両センターへ回送された.
この編成は離脱前までT115を名乗っており,離脱後は豊田電車区で編成札を取り外した状態で留置されていた.しかし廃車回送実施時には乗務員の計らいで簡易の編成札が取り付けられ,豊田を出発した.

この写真は廃車回送当日の朝(6:18)の写真.編成札は外された状態.

簡易の編成札は諏訪湖花火臨で使用されたものと同等のダンボール製(ダンボールの下地にカラー印刷の緑地+白文字)のものが用意されていて,今回のために製作された模様.
廃車回送の様子はげんけいは様のブログ“とれふぉとブログ”でご覧いただけます.
 >とれふぉとブログ
201系T115(T15)編成廃車回送」

本日実施された廃車回送の状況はbunchann様,げんけいは様よりメールにて頂きました.この場にて改めて御礼申し上げます.

この編成1号車クハ201-52,後位側の車内プレートはレプリカのものが取り付けられていたが,末期は写真のようにずれた状態になっていた.しかしかなり強固に取り付いており,手で触った程度では取れる気配は無かった.左側の点検ブタ部分も併せて写真を掲載しておく.



いずれもクハ201-52.(2007-5-13撮影)


同じくクハ201-52の運転台.

2007年5月10日に実施された“クハ201-11以10両廃車回送実施”で少し触れたメーターパネルのパネル留ネジの切り欠き.この車両はネジの周りを若干であるが綺麗な円を描いて干渉を避けている.近畿車輛製は切り欠き有りと無しが存在するが,一連してプラスのなべネジが使用されている.

右上に目を向けるとLED化されている運行番号表示の設定器があるが,現在使用していたものとは別に取り付け穴がある.

このクハ201-52と相方のクハ200-52は試作タイプが取り付けられており,平成7(1995)年度に量産化へ施工された際に不要になった穴と推測できる.なお試作タイプを取り付けたのはこの車両のほかに12,47(共にクハ201・200)の計6両であった.(参考文献:JR電車編成表’04夏号・JRR)


朝日を浴び西国分寺に進入する各駅停車東京(2006-5-5)


中央特快として高架区間を駆け抜ける(阿佐ヶ谷‐荻窪 2006-12-18)


高架になったばかりの武蔵境へ進入する(2007-7-1)


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八王子跨線橋から

2007年09月12日 | 撮影(取材)日誌
  

この写真は八王子駅の改札内コンコースから横浜線へつながる跨線橋からの俯瞰写真です.
屋上機器類の写真を撮るため数時間ここにいました.その間来るのはE233系ばかり.もっとも目的はE233系の屋上機器の撮影ですからいいのですが.

午後の早めの時間は正面に日が当たって綺麗に撮影でき,お手軽な撮影スポットです.この写真はダメですが,少し流し気味に撮ると良いでしょう.
但し人目に付く場所なので“鉄ちゃん活動”を一般の方々に見られるのが嫌な方には適しません.

(写真は2007-9-8撮影)


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201系国鉄仕様

2007年09月10日 | 鉄道模型


KATOから国鉄仕様の201系中央線が発売になりました.すでに手元にある方も多いと思います.当局も先週土曜日に例の店で購入してきました.

今回は国鉄仕様ということで,
 ①列車無線アンテナ 無
 ②戸袋窓 有(未閉塞)
 ③スカート 無
 ④電照式・差込式ヘッドマーク 無
となっています.

新製された当初は当然列車無線アンテナは無いわけですが,国鉄末期からは順次取り付けが開始されたので,この時代を望む方はアンテナを調達してくれば再現可能です.(「さよなら国鉄」のヘッドマークをつけるといいかも)
ちなみに②~④は全てJR化後に施工された工事です.

セット内容は以前お伝えした通りの第8編成のクハ201-14~4+6の分割編成がプロトタイプとなっています.実車は今年7月に廃車になっており,霜取りパンタグラフを装備したH20でした.

列車無線アンテナが無いということで,当然屋根には“取付穴”はありません.しかしボディーから屋根板を外せば裏側にガイド穴があるので,国鉄末期以降の姿も手軽に再現できます.

今回の製品では,信号炎管が装着済みになっています.シールだけ貼ればすぐに走らせることが可能になっています.

妻面は窓が塞がれていない状態で,以前発売した京阪神緩行線用201系(ブルー)と同じ.要するにクハの屋根板以外は基本的にそれと一緒で,塗色変更がメインとなっています.

左がJR仕様,右が国鉄仕様.残念ながら妻窓には窓ガラスがはめ込まれていない.
パンタグラフは三鷹電車区から武蔵小金井電車区へ転属直後の時代設定のため,PS21(模型はPS16)となっています.またクーラーは鋼製キセのAU75DMが全車に装備されています.

 
付属の説明書(表紙)とシール.
シールには,
 特別快速 東京
 特別快速 奥多摩
 特別快速 御嶽
 特別快速 武蔵五日市
 (快速)東京
 (快速)武蔵小金井
 (快速)高尾
の7種類が収録,またそれに合わせた運行番号表示も収録.(ヘッドマークも付属)
当時は特別快速は終日特別快速のみの運用で,運番も50~番台だったので,下半分にある“23H”等は適合しないことになりますので,こだわる方は注意です.
このシール,収録数はそこそこあるのですが,運番の数字,書体が実車と異なるので気に入らない.特に“1”,実車は“│”ですがシールは“1”で大きく異なります.
(編成番号札運番下に表現されていますが,武蔵小金井転入当時は「20」ではなく,「18」だったはず.)

今は色々なメーカーからシールが発売されていますので,それらを使うのもOKでしょう.当局は鳳車両製造を一環して使用しているので,今回もこれを使用しました.

運番の書体,上の写真と比べると違いがよく判ると思います.
付属のヘッドマークは「特別快速」「特別快速おくたま」「特別快速みたけ」「特別快速あきがわ」の計4種類.特に「おくたま・みたけ・あきがわ」は101系から受け継いだデザインのもの.このデザインを付けていたのは比較的短い期間だったので,マニアックな選択でしょう.(右下に“ビバホリデー”と表記してあれば尚良かったのですが)

電照式ヘッドマーク・スカート付きという現在の姿からみれば,特に若い方にはあっさりとしすぎているように思えるかもしれませんが,201系といえばこの姿.今の姿も格好良いですが,「特別快速」の大型ヘッドマークを掲げて走っていた時代は何よりも格好良くて憧れの的でした(これは私のなかで).

モデルの設定は国鉄時代,保安装置も当然ATS-PではなくATS-B・S併設の設定.

ということで,ATS-Pの機器類を撤去しました.(写真上が加工後,下が製品のまま)
そのままではガランとしてみっともないのでATS-Sの車上子を取り付けました.これと合わせて列車選別車上子も取り付けてみました.前位の台車とATS-S車上子の間にあるのがそれです.

 
状態の確認のため未塗装です.(左の写真は実車.左がATS-SN,中央が列車選別)

レール方向に支持柱があるATS-S車上子に対し,列車選別車上子は枕木方向に支持柱があります.
支持中の配置や形状が実車と異なるのですが,雰囲気重視.
タバサのATS車上子に中央部にピンバイスで穴開け,それっぽくしました.

あまり弄繰り回す時間も無いので,この程度.あと付属のヘッドマークは101系に使用した金型で整形されているため肉厚で,そのままでは違和感があるため耐水ペーパー(#600)で半分程度の薄さにし,取り付けてあります.


個人的には今のJR仕様より,この国鉄仕様が欲しかった.
遥か昔,カタログに発売予定として掲載されて以来20年(だったかな?),長かった….とりあえず自分の好きな姿の201系が製品化したことには感謝したいですね.なんとか3編成増備したので,当面はこれで遊べそうです.

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第31編成廃車回送

2007年09月06日 | 201系


↑篠ノ井線 坂北‐聖高原間

 クハ201-44以下10連の第31編成(T124←T24)が廃車のため9月6日,長野総合車両センターへ回送された.
 関東甲信地方に接近中の台風9号の影響で,中央線は一部区間で運転見合わせを行ったが,廃車回送の回9941Mはほぼ定時で運転された.

 今回T124だった第31編成が離脱したことにより,中央線用201系は200両を切って19編成・190両にまで勢力が落ちた.廃車開始前の59編成・590両と比べると3割程に減少したことが判る.
 JR東日本全体では392両(中央線190両,青梅・五日市線用122両,京葉線用80両)が残っており,東京西局(国鉄)に新製配置された794両(試作車含)と比較しても5割を割り込んでしまい,いよいよ201系もその姿を見ることが難しくなってきた.まだE233系が投入されていない青梅線・五日市線では201系営業車両の廃車はまだ始まっていない.しかし一旦始まればあっという間に置き換わってしまうだろう.


◇取材後記◇
 今回の取材では
とれふぉとブログの管理人(げんけいは)様と聖高原で合流.以降帰宅するまでお世話になりました.げんけいは様は同区間の別の撮影ポイントで回9941Mを撮影していますので,是非ご覧下さい.(とれふぉとブログ:201系T124(T24)編成廃車回送
 台風の影響で帰り道の立たれた私(18きっぷの人)にとって車で来ていたげんけいは様のお陰で助かりました(あてにして現場へ行ったのもありますが).この場にて改めて御礼申し上げます.


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