会社の旅行で「鉄」してきました(その2)

2007年06月29日 | 撮影(取材)日誌


6月16日~18日にかけて会社の旅行で「鉄」してきた内容で,
会社の旅行で「鉄」してきました(その1)
の続きになります.暇つぶし程度にご覧下さい.

◆2日目
この日,一般人(会社の方々)はバスで広島から四国松山まで観光しながら移動.
私は1日間バスでの移動にたえられないのと,四国初上陸が鉄道以外なのは許せないので単独行動の許可を得て広島から松山まで鉄道を利用して向かうことにしました.

ホテルで早々に朝食を済ませ,駅鉄をするべく広島駅へ.

昨日同様103系や115系など国鉄車両のオンパレード.

ラッシュ時間帯ということもあり(この日は日曜日ですが)103系2本併結の8両編成もやってきました.神戸方は岡山から転属のマスカット色,門司方は瀬戸内色の異色の連結.

個人的に瀬戸内色は好きで,数年前某鉄道模型メーカーT●MIX(あまり伏せ字になってないな)から発売することになった「115系瀬戸内色」を買おうと思っていたほど.しかし前面ラインのにじみがあまりにも酷く買うのは止めましたが.


駅に着いたのが7時15分位だったので,なんだかんだで約1時間ほど駅鉄をしていました.
乗車する列車がホームに進入,車両は115系3000番台のN-16編成です.毎度のごとくモハを選んで乗車,2ドアで転換クロスシートを装備したこの車両,モハは117系から改造された3500番台でした.

広島を定時に出発したこの列車,岡山までの直通列車で途中乗り換え無し.
海側の転換クロスシートに陣取り車窓を眺めつつ… (途中で何度か寝てしまいましたが)

この日先行列車が詰まっていて,この列車も影響を受け岡山には少し遅れて到着.
乗換列車との接続時間は10分,この10分で昼食調達と駅撮り少々を済ませなければならず落ち着いていられない状態.
結局岡山駅に到着したのは4分延,大勢の乗客で混雑したホームを進むのは困難,ホームにあった売店にはお目当ての弁当も無い状態.
そんなことをしている間に乗り換え列車の発車時間が迫ってきていて,駅撮りをするのが精一杯でお弁当は買えず終い.

この日のメインイベント「マリンライナーで瀬戸大橋を渡って四国へ
先頭にダブルデッカーの車両を連結したJR四国の5000系マリンライナー.5両編成のこの列車は前3両がJR四国の5000系,後ろ2両がJR西日本の223系5000番台.

予め手配しておいたこの列車のグリーン車指定券,以前このブログで画像を貼った切符を使うときがきました.
マリンライナー用のダブルデッカー先頭車は2階席がグリーン指定席,1階席が普通指定席で,運転席後ろの4席は「マリンパノラマ」と称するグリーン指定席になっています.

岡山-坂出間の僅か40分の乗車.ちょっとした贅沢.写真は本四備讃線の瀬戸大橋を通過中.気づけば四国に入ってしまい,あっという間に終わってしまいちょっと拍子抜け.
(トレインシミュレータでやったときより短い気がしたのは気のせいか…)
この列車もそうですが,JR西日本・四国両社の運転士がハッキリと指差歓呼をしていたのが非常に印象的でした.

四国で最初に降り立ったのは「坂出」.

買った切符は普通乗車券で,特例区間のこの駅では途中下車できず,次に乗る列車まで20分以上ホームで時間潰し.
岡山で昼食が手配できず,仕方なくホームの売店でおにぎりとお茶を購入.

お茶がJR四国限定販売で,「四万十茶葉使用 八十八茶」なるもの.しかし買ったみたものの,何故か勿体なくて東京へお土産でお持ち帰り.今この文章を書きながら飲んでいます.

坂出から乗車したのは高松発の松山行の7000系2両編成.
当初時刻表を見た限りでは(高松-)坂出-観音寺間,観音寺-伊予西条,伊予西条-松山間と乗り継ぐような感じでした.しかし実際は同じ車両が高松-松山間を運転していて,四国ではひたすら同じ車両にのって行くことになってしまいました.
なぜ同じ列車で列番が2回も変更になるのかは追って説明することにします.

写真は多度津駅停車する「快速サンポート」の133M.左奥には6000系の姿も見えます.


海岸寺-(津島ノ宮)-詫間間では線路際まで海が迫ります.
(この写真を撮ったちょっと手前では,右側に見える茶色い堤防の上に立って写真を撮っていた猛者を発見.危ないでしょ! 運転士も特に気にせず運転していたのにはビックリしましたが)


詫間駅では列車交換のため少々停車,向こうからやってきたのは奇抜な配色の113系.
どうせなら113系にも乗ってみたかった.


普通列車ながら110km/hまで出し快走する7000系.一応高松-観音寺間は「快速」の名前の付いた列車で,その名に恥じない走りでした.

高松から走ってきた「快速サンポート」ですが,ここで列車番号が133Mから4129Mへ変わります.

乗務してきた運転士がヘッドマークを外しています.
列車番号が変わるのは観音寺から先はワンマン運転になるためでした.
長くなってしまったのでこの先は後日UPしたいと思います.


次回は観音寺から先の松山までと,松山市電を少々取り上げます.

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第46編成廃車回送

2007年06月28日 | 201系

クハ201-59以下10連の第46編成(T132,ダイヤ改正前T33)が廃車のため長野総合車両センターへ回送されました. (いきなり大きい画像で済みません)

東京方の先頭車クハ201-59は電照式ヘッドマークを取り外された状態になっており,一部塗料が剥げ下地がむき出しになっている個所がありました.

電照式ヘッドマーク用電線孔はビニールテープで簡易的に塞がれていました.
(上記写真2点は豊田にて撮影)


高尾を通過し,長野総合車両センターを目指す回9941Mのクハ200-59以下10連

この第46編成は1982年11月新製で当初三鷹電車区へ配属された編成,オレンジ色のまま中央線用車両として活躍し続けました.
昨年は車体広告列車に抜擢されており,JTBのキャラクターを全ての車両にちりばめた楽しい外観になっていました.

2006-3-26:東小金井

車内に目を向けてみます.(以下の写真は全て2007-2-24撮影)

モハ201-136 東京寄車端部

車端部にある車両プレート.4両分の③④側にあるものです.
クリックで拡大
クハ201-59は何らかの理由でシールになっています.
あとの3両は一見オリジナルのものに見えますが,モハ201-136はレプリカになっています.
よくみるとモハ200-136,サハ201-65と比べると文字が太いのと,右端に粘着材と思われる跡が残っており製造時からのものではないことが判別できます.

鴨居部分の点検蓋

製造時期は一緒にも関わらず,右と左では左上の屋根Rと接する点検蓋縁取り金具の処理方法が異なります.
この編成全ては確認できませんでしたが,モハ200-136とサハ201-65に関してはクハ201-59と同様の処理で,モハ201-136が異端となっていた模様です.

クハ201-59乗務員室仕切扉

写真では解りづらいと思いますが,ドアが化粧板と同系の色で塗装されていました.塗り跡でそうであることが簡単に判明できました.

★今回は時間が無く簡単に済ませていただきました.

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515H~614H

2007年06月28日 | 201系
201系H編成が奥多摩発東京に2日連続充当されました.本日充当された編成はクハ201-108のH4でした.

青梅発下り初電515H,上りの512デ(右)と交換.


614H快速東京行.青梅で東京方に基本6連が連結され10両で東京へ向かう.
(写真は2枚とも鳩ノ巣にて撮影:2007-6-28)

なお本日は富士急から乗り入れる東京行に201系H1編成が充当された模様で,大多数の方々はそちらに向かったのか青梅線を走るこの列車を撮影している方は私の見た限り皆無でした.
(本日の富士急行線内情報に関してはげんけいは様よりメールにて頂きました)
(記事一部修正:2007-6-28 18:45)

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出入台付近に注目!

2007年06月26日 | E233系

中央線に続々と新製配置されているE233系.気づけば半数が入れ替わり,すっかり中央線の顔になった感があります.(私にとっては辛いところです)
このE233系,先輩格のE231系等と比べるとメーカー毎の差異が殆どなくメーカー間での標準化が図られているようです.
外観こそ屋根のビード数や太さ等幾つかの違いがありますが,車内に関しては殆ど変化点を見いだせません.

でも何処かに違いはあるはずと調査を続けていましたが,決定的な違いが見つかりましたのでここで調査内容の報告をします.

上記写真は側引戸出入台に設けられた点字ブロックで,楕円形の突起が設けられた黄色い床材が貼り付けられています.
この床材に各メーカー3社毎にによる違いがありました.

見にくい写真で申し訳ないです.
枕木方向の突起の数が川崎重工だけ9個他の2社は10個と数が異なります.レール方向の数については3社とも23個で同数でした.
また川崎重工では1個少ないので縁取りが出来ており,ここも2社異なるところです.

「じゃあ東急車輌と新津車輌製作所は一緒なのか?」
ということになりますが,顕著な違いがあります.それは戸袋内柱と床の接合部.

東急車輌
新津車輌製作所
写真で解るように東急車輌は接合部を床材と同じ色で目地詰めされており,新津車輌製作所は何もされていません.(川崎重工も新津車輌製作所と同じ)

細かい違いですが,今まで車内に関しては同じと言われてきたE233系だけに嬉しい発見でした.
他にも車内の些細な違いがあるか引き続き探してみようと思います.


★もう一点
これは各メーカーで同じなのですが,ドアレールに取り付けられた金具.

先頭車であるクハE233,クハE232(0・500番台共)だけバタツキ防止の金具が取り付けられている事.これはE531系でも同じようで,何故先頭車のみに取り付けられているのか興味深いところです.

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201系のホリデー快速おくたま・あきがわ号

2007年06月25日 | 201系

201系による「ホリデー快速おくたま・あきがわ号」が23・24日の両日,H5編成(クハ201-115~)で運転されました.
23日は1・2号の07H,翌日24日は09Hで5・4号に充当されました.

古里駅を通過するホリデー快速おくたま2号,左は4号となるE233系H43.(2007-6-23)

巷の噂に201系による分割併合をするH運用は6月末までらしく,来週30日の土曜日は三鷹-国分寺間高架化切替によりホリデー快速は運休となりますのでこの両日がホリデー快速としての最後の運用になる模様です.
しかし現在のH運用は平日14あり,E233系の分割編成は15編成で予備は1編成しかなく,分割併合のない運用は幾つかあるものの,今年3月のダイヤ改正以前のような余裕がないため,故障等の不測の事態を考えると今すぐに完全な撤退は考えにくいと思います.
(中央線用201系分割運用充当終了日の情報に関して,当局では確証のとれる情報が無いため断言は控えています.)

とにかく中央線を含めオレンジ色(関西圏除く)の201系に残された時間は僅か.


おくたま1号の運転を終え青梅電留線に入線するH5基本編成(2007-6-23)


午後の折返しおくたま2号までひとときの休息.梅雨なのに青空が広がる青梅にて.

◆以下は6月24日(日)に運転されたホリデー快速おくたま・あきがわ5・4号

武蔵増戸に入線する「ホリデー快速あきがわ5号」


上り列車と交換のため暫し停車(武蔵増戸)


雨の降りしきる中,ホリデー快速おくたま4号として運転するため拝島から回送されてきたクハ200-115以下6連.(古里)


雨で濡れたホームがヘッドライトを反射する.(川井)



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臨時快速「四季彩河口湖号」運転

2007年06月23日 | 201系


201系四季彩を使用した富士急行線に乗り入れる臨時列車が立川-河口湖間に1往復運転されました.(上記写真は相模湖にて下り列車を撮影)

四季彩の富士急行線乗り入れは1月末から2月中旬に運転されて以来で,今年2期目の運転となります.今回は河口湖ハーブフェスティバル開催にあわせての運転で,明日24日と来月7~8日の4日間運転が予定されています.
ちなみに6月30日,7月1日は中央線三鷹-国分寺間高架化切替が予定されており,その関係で運転が設定されていないと推測できます.


GWに運転された「快速 むさしの奥多摩号」から新規の方向幕が製作されており,「快速 四季彩河口湖号」のコマは営業運転で初の披露目となりました.写真はクハ201-134で,左の絵柄は富士山と河口湖であると思われ,ガラスに貼り付けられた季節毎の絵柄がよいアクセントになっています.


復路は比較的遅い時間に設定され,同じく富士急行線に乗り入れるホリデー快速河口湖2・4号の後を追ってのダイヤ設定になっています.(写真は西八王子に進入する上り列車)

この記事の写真はすべて本日(6月23日)撮影分.


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H1付属編成@八高線

2007年06月22日 | 201系

H1編成が前日(6月21日)に21Hに充当しているのを確認したため,翌日高麗川行のある23H運用に充当されると思われたので前日一緒に撮影した げんけいは様味醂醤油様の3人で金子駅付近にて高麗川行201系を撮影してきました.


金子駅で1本目の快速東京行E233系と交換.今月末で201系の分割運用は終了となる予定でこの光景も過去のものになります.


金子-東飯能間にて撮影.


朝早くから げんけいは様味醂醤油様お疲れさまでした.

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115系訓練車運転

2007年06月21日 | JR(国鉄)関係
6月21日,品川-豊田間に豊田電車区115系訓練車が回送されました.

東小金井にて撮影

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青梅・五日市線用車両TK入場

2007年06月21日 | 201系

6月21日,青梅・五日市線用車両4両編成が東京総合車両センターへ入場しました.
青梅・五日市線用車両もいよいよカウントダウンが迫ってきた感があり,この様に複々線高架上を4両や6両で駆け抜ける姿もそろそろ見納めになりそうです.
(上記写真は阿佐ヶ谷付近にて撮影)

今回入場したのはクハ201-80+モハ201-176+モハ200-176+クハ200-80の青4編成.

恵比寿にて

定番撮影場所の恵比寿ではこの列車を撮る人は皆無で,bunchan様と味醂醤油様の我々3人だけでした.原宿には5名程度狙っている方がいました.その中にはげんけいは様も混ざっていました.

げんけいは様 とれふぉとブログ
 201系TK入場・豊田訓練車返却etc

味醂醤油様 西多摩車輌工場業務日誌
 回送2題

この日,愛用している70-200mmF2.8のレンズが死んでしまいました.ここに掲載している写真は死んだレンズを使い完全に装着しないで絞り解放のMFレンズとして撮影しました.苦肉の策です.
幸い何とか見られる程度に撮影できたので良かったですが,修理に出すため当面は代用のレンズで出動になりそうです.

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第28編成廃車回送

2007年06月21日 | 201系


6月21日,クハ201-38~の第28編成(T105,ダイヤ改正前H5)が廃車のため長野総合車両センターへ回送されました.
(上記写真は高尾を6分ほど遅れて通過,一路長野を目指す回9941M)

東京方の先頭車クハ201-38は電照式ヘッドマークが撤去された状態で回送されました.これは
4月19日に実施された第3編成に次ぐものです.

この編成の廃車回送により中央線用車両が離脱した車両数は転属も含め300両目(30編成:廃車28編成,転属2編成)で,6月21日現在の中央線用201系は29編成290両となり廃車実施前の昨年9月(分割25編成,貫通34編成=59編成590両)と比べ残存率が5割を下回りました.
後継車輌のE233系は分割15編成(H43~57),貫通15編成(T1~14,17)の30編成300両にまで増えており中央線車両だけ見た場合勢力が逆転しています.

いつもお世話になっている
ONDA201様イナ@ペン様の両ブログでも書かれていますが,屋根上に取り付けられているクーラーがそれまでの鋼製キセからステンレスキセへと変更され201系のイメージを大きく変化をさせた編成でもあります.

お二方のブログも是非ご覧下さい.
■ONDA201様 201系のブログ
 
T105編成(Tc-38)廃車回送の情報
■イナ@ペン様 イナの独り言
 
201系量産車『第28編成』廃車回送される(2007-6-21)

この第28編成は昭和56年度第1次債務車(※)ですが,このグループ内の番号順では8番目にあたります.しかし落成日は他の編成よりも早く製造日は6月6日となったため実質的にはこの第28編成が変更車両第一陣になっています.

変更されたクーラーはAU75Gとされ省エネ・保守の省力化と製造メーカー間の互換性を考慮,大きな特徴は無塗装とされたステンレス製キセになったことです.またそれまでのAU75Dとも車両への取付に互換性を持たせているため,新製時はステンレスキセ,現在鋼製キセになって活躍した車両も多く存在していました.

※昭和56年度第1次債務車
クハ201・200-29~43
モハ201・200-61~90
サハ201-35~38
の10編成100両で全車東京西局配属.現在活躍しているのは青梅・五日市線用青61,青2と京葉線用K1+51編成の20両のみ.このグループからの仕様変更は上記記載のクーラーのみ.

話を今に戻します.
この編成中間に組み込まれているクハには差込式ヘッドマーク台座が残る唯一の編成であり,この編成廃車後は現存する分割編成は全て撤去後の車両になりました.

当日高尾での取材にはbunchan様と味醂醤油様には色々とお世話になりました.この場にて御礼申し上げます.

味醂醤油様 西多摩車輌工場業務日誌
 
回送2題

~最近の写真から~
2007-2-25(河辺)
まだ分割運用に充当されていた時期.
ホリデー快速おくたま号に充当され夕方の上り列車充当まで河辺駅に留置される基本編成.

2007-2-15(阿佐ヶ谷-荻窪)
元気に高架線上を駆け抜ける同編成.

2007-4-1(高尾)
3月改正から分割運用見直しによりT運用が増えた.
その結果季節臨時を思わせるような80番台の運用が出来た.

2007-4-13(武蔵小金井電車区)
傾きかけた春の日差しをうけ午後のひとときを後輩のE233系と過ごす.

2007-4-28(西国分寺)
中央特快に充当される同編成.何気ない日常の風景だったが今この車両は長野で解体を待つだけ.

◆記事掲載日は6月22日ですが,廃車回送の記録とするため21日の記事とさせていただきました.
参考文献はこちら西東京鉄道管理局:参考文献


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