広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

E5系+E3系試運転

2010年01月28日 | JR(国鉄)関係
 E5系が27・28日に試運転のため東京へ上京したので撮影してきた.今回の試運転ではE3系が併結されたが詳細な事については専門外のため割愛,27日に撮影した写真を何枚か羅列するので興味があれば見ていただきたい.写真は全て2010-1-27撮影,特記無き写真は全て大宮.

E5系+E3系試運転
 
 仙台から臨回電9630Bで上京したE5系+E3系.大宮では定期列車待避のため15番線に入線した(写真左).今回は東京と上野の入線試験のようで,東京-上野間を数往復運転,27日は東京駅に22~21~20番線と入線した(写真右:東京)

E2系
 
こまち併結列車(写真左)とE2系単独の列車.両方ともパンタグラフが低騒音碍子のシングルアーム式で1000番代の編成.

200系(・○・)
 
 当日の撮影目的はE5系とこの200系.0系亡き後丸い鼻と丸い瞳をもつ最後の形式.0系には及ばないが十分にかわいい.

E1系・East-i
 
 初のオール2階建て新幹線電車のE1系.個人的には登場時の旧色が好きだった.
 この日は昼過ぎから撮影を開始,E5系の到着する15時過ぎまで約3時間弱大宮で撮影したが,東北新幹線と上越新幹線が合流する駅であり,列車が頻繁に発着するため退屈することなく撮影出来た.13時過ぎには運良くEast-iも撮影することができた.


 余談だが新幹線は大好きでイカロス出版が発刊している『新幹線エクスプローラ』は創刊号から入手している.今月発売したので14号目となったが今後も楽しい誌面を期待している.
 今日別件で『新幹線エクスプローラ』『j-train』編集担当者様と電話で話をしたが,その担当者様もE5系撮影で大宮にいたと聞かされ驚いた.自分は13・14番線にいたが,編集担当者様は15・16番線で撮影していた.E5系撮影目当てで多くのファンが集まっていたため全く気づかなかった.

 普段201系や西武30000系ばかり撮影している自分にとって,久しぶりの新幹線撮影はちょっと緊張のような違和感を覚えた.
★このブログやHPに関するコメント等はメールフォームか簡易意見箱へ.

この記事をはてなブックマークに追加

三鷹-国分寺間上り線高架化

2009年12月23日 | JR(国鉄)関係

 中央線三鷹-国分寺間の上り線が12月6日から高架線へ切り替えられた.これにより同区間は上下線とも高架線となり,武蔵境・東小金井・武蔵小金井の各駅は全て新ホームとなると共に,三鷹-国分寺間にあった踏切は全て廃止された.

オブザベイション 
仮上り線は12月5日をもって閉鎖された.
写真左:東小金井,右:武蔵境 2009-12-5撮影

 
踏切が廃止されたことにより周辺の交通渋滞解消されると共に踏切支障による列車遅延や事故が無くなる.写真左は仮上り線最終日の天文台踏切(武蔵境-東小金井間).
 工事のため列車の運用変更があり,留置線の確保が必要となる.写真右は東小金井下り中線入線する253系特急電車で,留置線拠出のため中野から一時的に豊田車両センターへ回送,翌6日に再度中野へ回送された.

 
 5日21時から切替開始のため,快速電車は東京-三鷹間で折り返しを実施した.201系H7は変57T運用に充当され東京-三鷹間を走行,通常は停泊しない新宿で一夜を明かした.写真は快速三鷹行として運転された快速電車のE233系と201系.(四ッ谷)

 
 工事開始から三鷹-国分寺間では単線運転を実施したが,同時にバスによる代行輸送も行われた.各駅に停車する各停と三鷹-国分寺間ノンストップの急行が運転された.写真は三鷹駅付近で撮影

■切替工事完了
 工事は予定通り完了した模様で試運転電車の試9608H・試9636T運転後に営業列車が運転された.
 上り線が高架線に切り替えられ東小金井の上りホーム下り方から午前中に綺麗な編成写真を撮影が可能となった.高架化工事期間中に武蔵小金井入出区の都合による運用増のため残された201系も無事に走行した.
 高架切替時にはダイヤの一部改訂が実施されたが運用数は変化していないため来年3月ダイヤ改正までは201系2編成が残る公算が高い.

3枚とも東小金井にて.2009-12-6撮影

 
同じく東小金井の上りホームで上り方も撮影出来るが午前中は逆光,午後も正面に日が当たる程度.(2009-12-6撮影)
武蔵境の下り方も編成写真が狙えるが信号設備等の処理に工夫が必要となる.(2009-12-9撮影)

■高架化記念ヘッドマーク

 E233系2編成に高架化記念ヘッドマークを掲出し運転した.東小金井 2009-12-9撮影

★このブログやHPに関するコメント等はメールフォームか簡易意見箱へ.

この記事をはてなブックマークに追加

新宿構内跨線橋架替工事切替に伴う中央線運用変更

2009年11月07日 | JR(国鉄)関係


 11月6日夜間から8日早朝にかけて新宿構内にある跨線橋架替工事の切替が実施され,7日は全日にわたり中央線の快速が運休した.これにより中央線快速電車は終日各駅停車で運転,201系はH4が変21T運用に入り白昼「各駅停車」表示で運転した.
 
写真左:9721T(東京754→青梅926) 立川
写真右:9920T(青梅931→東京1059) 西立川

 
写真左:9121T(東京1104→豊田1212) 立川
写真右:9220T(豊田1224→東京1329) 立川


 
 終日快速が運転されなかったため中央・総武緩行線も大幅にダイヤが変更された.一部は早朝深夜しか乗り入れを行わない三鷹以西へも運転され,209系500番代が朝間に立川まで運転された.(写真左:立川)
 ダイヤが変更されたため列車番号も通常とは変わり9000番代となり,列車番号が表示されるE233系やE231系では通常と異なる事が認識出来た.
 
写真左:飯田橋,写真右:代々木

 新宿駅が工事で中央線特急ホームが使用できないため中央線の特急「スーパーあずさ」「あずさ」「かいじ」は中野発着に変更された.日中に実施する跨線橋架替工事の切替は今回で最後のため中野行表示は見納めになる可能性も高い.(写真:立川)
写真は全て2009-11-7撮影
★このブログやHPに関するコメント等はメールフォームか簡易意見箱へ.


この記事をはてなブックマークに追加

中央線開業120周年記念

2009年04月11日 | JR(国鉄)関係
 中央線新宿~立川間が4月11日で120周年を迎えるため各種キャンペーンやイベントが開催された.特に立川駅の駅ナカであるエキュート立川では4月6日からトレインフェスタとして魅力的な限定商品の販売なども開始されいる.また記念のメダルとクッキーも中央線の駅売店で販売が開始され人気を博した.

エキュート立川
 立川のエキュート3階(改札外)には以前鉄道博物館で展示されていた201系正面モックアップが展示されて注目を集めている.

 設置されたモックアップの行先方向幕と電照式ヘッドマークは3分ごとに変わるものの,連動しておらず写真のようなちぐはぐな表示なっている.

 4階には同じく鉄道博物館で開催された企画展の縮小版が用意されており,簡単な写真展示や歴史年表のパネル展示と201系の部品が展示されている.


 
 側面方向幕やマスコンなど制御増幅器(車掌マイク)などがショーケース内に展示されている.これらの展示は5月6日まで予定されている模様.

車両センター見学団体列車
 開業記念日である11日には八王子支社の車両センターである三鷹と豊田を183系を使用して巡るツアーも実施された.使用された車両は183系のOM103で記念ロゴを中央に配したヘッドマークが用意されている.


上記写真は全て2009-4-11撮影
 
記念メダル・中央線クッキー
 冒頭にも書いたが4月6日より中央線の新宿~高尾間の快速電車停車駅では3枚組の記念メダルと201系を模した中央線クッキーの販売がキオスクとニューディズで開始された.
 
 メダルは中央線の快速電車として活躍した(活躍中)主役3形式をかたどり,裏面には共通で「祝 中央線開業120周年」と記される.一方クッキーの外箱は201系を模しているが,各所に不可解な点が多い.今年3月のダイヤ改正により寝台特急『富士・はやぶさ』が廃止となったが,その際に販売されたものとクッキーを流用しているようで,片方に分散クーラーを搭載,もう片方がパンタグラフを2基,また床下もパンタグラフ2基の方は台車が多く明らかに車体のみを差し替えたことがわかる.車両型式番号も『クハ200-180』と今回の120周年と全く絡まない,尚かつ存在しない番号にするなど意図がわからない.その他色々あるがおまけとしてステッカー付属するなど一つは手に入れておきたい商品である.
 おまけのシールには120周年記念ロゴや電照式ヘッドマークなどが収録されている→画像

 この2点の販売は無くなり次第終了となっていたため,現在では殆どの販売箇所で売り切れた模様である.


この記事をはてなブックマークに追加

南武線『西府駅』開業

2009年03月14日 | JR(国鉄)関係

 3月14日のダイヤ改正にあわせ南武線分倍河原~谷保間に西府駅が開業した.

 西府は本宿と共に南武鉄道時台に分倍河原~谷保間に存在した駅(停留場)だが,昭和19年に南武鉄道が国有化された際に廃止されている.以降地元住民にとって西府駅の復活は念願であった.JR化後に西府駅復活が具現化し,2年前に工事着工し今回無事開業に至った.

■駅・ホーム概要
 
 駅舎はガラスを多用した近代的な造り.ホームは相対式で1番線が川崎方面,2番線が立川方面となっている.
 ホームは4月1日から首都圏で実施する全面禁煙を踏まえ既に禁煙とし,喫煙所は設置されていない.
 
上左:南口駅前ロータリーと駅舎,上右:立川方から見たホームと駅舎
下左:2番線立川方から川崎方を撮影,下右:1番線川崎方から立川方を撮影

■駅舎(コンコース)内
 
 コンコースは高い天井で開放感のある造り.改札横には売店(KIOSK)があるが,改札外からのみの利用となる.なお駅業務は委託されている.


 開業記念式典は同日10時から開催され府中市長やJR八王子支社長らの祝辞,くす玉割などが行われた.生憎雨の中の開催であったが多くの人が開催セレモニーに参加,駅開業に寄せる地元の期待が大きさが分かる.

 記念式典にあわせ駅前広場では地元自治会等による模擬店などが出店された.鉄道グッズ販売も行われ,西府駅開業を記念して製作された定規が販売された.
 

 鉄道グッズ販売ブース(左)とそこで販売された定規(右).
 定規は見る角度を変えると駅名板と209系が交互に見えるもの.



 西府駅開業に伴い立川方にあった踏切が閉鎖(廃止)されている.

☆写真は全て2009年3月14日撮影

★このブログやHPに関するコメント等はメールフォームか簡易意見箱へ.

この記事をはてなブックマークに追加

西国分寺~立川間下り線高架化

2009年01月11日 | JR(国鉄)関係

 中央線三鷹~立川間で実施されている連続立体化工事において,1月10日夜間から翌11日朝にかけて切替工事が実施され西国分寺~立川間の下り線が高架線へ切替られた.同区間は高架橋建設のため2005年9月から従来の線路から北側に敷設された仮線を使用(下り線は2006年10月~)していたが,今回の切替により仮線を走るのは上り線のみとなり,一時的に地上区間は単線となり踏切による遮断時間も削減される.
 高架切替工事は予定通り完了したため,11日午前6:40頃から今回の工事区間唯一の高架駅となる国立駅は下り高架ホームが使用開始され,営業列車1本目が6:47に入線した.

                          201系も高架線切替初日から走行した(11日 7:16)

 切替は10日の終電前(21時頃)から実施され,西国分寺~立川間は10日21時~翌11日7時頃まで運転を取りやめ,武蔵野線・南武線経由等による振替輸送やバスによる代行輸送が実施された.そのため中央線は東京~西国分寺間と立川以西で分断されたが,東京~国分寺間では国分寺で,立川以西では立川折り返しで運転,列車ほぼ通常通りの本数が運転された.また国分寺~西国分寺間では国分寺下り方と西国分寺に亘線が無いため,駅間を1閉塞として上下線各1本の列車を配置し単線による折り返し運転を実施した.

 
 国分寺では下り本線の2番ホームと上り本線の3番ホームを使用して国分寺~西国分寺間の列車が運転された.写真右は『各駅停車西国分寺』表示で出発を待つ上り線使用の列車.上り線にはT21,下り線にはH54が充当された.
 上り本線からの西国分寺行列車の出発には手信号代用器が使用された.(写真右)

 
 西国分寺駅では特に係員は配置されず,無線により出発合図が指示された模様.(左:下り線,右:上り線.共に西国分寺)


 運転された列車は行先表示にそれぞれの駅名を掲出.一部列車では列車種別が無表示であった.


 西国分寺・日野・立川では各駅間に代行輸送バスが用意された.

 バスの行先表示には『JR中央線代行輸送』と表示されていたのが大きな特徴であった.写真は西国分寺駅発国立駅経由立川駅行の京王バスで西国分寺駅付近の出発場所.(11日早朝撮影)

 切替終了後試運転列車が運転された.その後多くの乗客を乗せた営業列車が到着.
 
 営業列車1本目はE233系T32の豊田行(写真左).
 国立駅高架ホーム下り方からは富士山が望める(写真右,2枚とも11日撮影).

★特記無き写真は1月10日撮影


この記事をはてなブックマークに追加

おくたま紅葉号

2008年11月30日 | JR(国鉄)関係

 11月29・30日の二日間,新宿から奥多摩へ直通運転する快速「おくたま紅葉号」が運転され,大宮総合車両センターの183系特急色6両を使用して一往復運転した.充当された車両は夏に快速「おくたま・みたけ探訪号」と同様に両先頭車に特急シンボルマークが取り付けられたOM103であった.「おくたま紅葉号」と列車愛称が用意されたがヘッドマークや側面方向幕は「快速」表示であり味気ないものであった.(30日の上り列車に関しては側面方向幕を「快速 新宿」で表示)

川井駅を通過する下り「おくたま紅葉号」,杉が多い奥多摩の山々だが,沿線には紅葉した木々を多く見つけることが出来る
.(2008-11-29撮影)

 
 下り列車運転後は回送で一旦青梅電留線に引き上げ,夕方奥多摩へ再度回送される.写真左は奥多摩から回送され青梅に入線中(2008-11-29撮影).写真右は青梅に留置中の状態でパンタグラフは上昇したまま.(2008-11-30撮影)



この記事をはてなブックマークに追加

新宿駅跨線橋架替工事(中央線運用変更)

2008年11月15日 | JR(国鉄)関係
 11月15日にJR新宿駅構内にある跨線橋架替工事のため同駅を発着する路線の一部は初電から終電まで運休や発着駅変更が実施された.
 中央線快速電車は終日快速運転を中止し各駅停車で運転された.中央本線の特急(スーパーあずさ・あずさ・かいじ)に関しては中野駅発着に変更された.

右の写真は朝8時頃の工事個所の様子


201系
 中央線用201系は2編成共運用に充当された.
H4
 前日からの流れで変69T運用に充当.午前中は主に青梅線内で運転されていたが,10時台に青梅を出発する9068Tが東京へ乗り入れる初めての列車となった.
 
写真左:青梅線内運用に充当されるH4.この列車は466T~967Tまでは通常のダイヤで運転されていた.
写真右:9068T東京行(福生~羽村間)

 
東京から折り返し各駅停車豊田行として運転され,豊田車両センターへ入区した.(2枚とも9269T 立川~日野)

H7
 こちらもH4同様前日の流れで変67Tへ予定通り充当,豊田を6時台に出発する9666Tで東京まで運転された.(トップの写真参照 武蔵小金井にて)
 その後青梅まで運転し,東京~豊田間を2往復し豊田車両センターへ入区した.
 
写真左:9767T東京発青梅行(水道橋)
写真右:9966T青梅発東京行(西立川)

 
写真左:9167T東京発豊田行(立川)
写真右:9266T豊田発東京行(立川~日野)


写真:9367T東京発豊田行(国立~立川)

E233系
 当日の列車番号は9000番代若しくは8000番代が付されていた.E233系では列車番号が全て表示されるので通常の運転とは異なることが容易に判断できた.
 
写真左:9674T(武蔵小金井)
写真右:9032T(福生~羽村間)
 
写真左:立川へ到着する直前の立川止まりの列車.既に行き先は折り返し列車である「各駅停車東京」が表示されている.
写真右:下り列車の各駅停車表示は途中駅(吉祥寺付近)で表示しなくなり,行先のみの表示となる.(2枚共 国立~立川)

中央総武緩行線

 同線は三鷹~御茶ノ水間は中央線車両と共に運転された.写真は中央総武緩行線用209系の立川行電車.(水道橋)


この記事をはてなブックマークに追加

川越車両センター一般公開

2008年10月18日 | JR(国鉄)関係

 10月18日に川越車両センターを一般に公開する『川越車両センターまつり』が実施され,同車両センター所属車両をはじめ201系四季彩や最近配置されたばかりの多目的試験車『mue train』も展示され注目を集めた.

 四季彩は車内を開放し食事や休憩が可能な車両に,写真左の八高・川越線209系は洗浄線通過体験の車両に使用され構内を走行した.


 209系を改造した多目的試験車,一般に公開されるのは初めて.このほか埼京線用205系,クモヤ143,ジョイフルトレインの「ニューなのはな」も展示された.会場では無料で遊べるイベントが多数実施され家族連れで賑わった.
 このイベントは事前の告知が積極的に行われていなかったため,来場者数は他のイベントに比べ少なく会場は和やかな雰囲気であった.



この記事をはてなブックマークに追加

訓練車新旧交代

2008年10月07日 | JR(国鉄)関係

 JR東日本八王子支社の訓練用電車を置き換えることになり,長野総合車両センターで209系を種車として改造された2両編成が八王子支社訓練センターに配置された.
 この209系を種車とした訓練車は,先に登場した大宮支社と横浜支社用の訓練車と同等の仕様で,ラインカラー帯は八王子支社の主力路線中央線と同じオレンジ色(E233系)が巻かれた.改造は従来同様中間モハユニットを先頭車改造したもので,台車にチョーク書きで「モハ209-40」(1号車パンタ付車),「モハ208-40」(2号車)と記されており,今回の種車がそれと推測できる.
(上記写真は5日23:00撮影の新秋津.新型訓練車と旧型訓練車が少しの時間だけ並ぶ)


 オレンジ単色の帯を巻いた209系.今までの登場した中で最も映える配色になった.

 
左:パンタグラフや主制御機器等を搭載した1号車(種車:モハ209)
右:補助電源装置など搭載している2号車(種車:モハ208)

 
左:車体中央には大きく「HACHIOJI」と記され,車両番号は既存番号の部分が研磨され号車表記のみが記されたのも従来通り.
右:中央線の狭小トンネル通過対応のためパンタグラフ摺板は外された.
(上記5点は青柳にて撮影)

 今回はJR貨物のEF64-1022が先頭に立ち,控車に『リゾートゆう』のマニ50-2186が連結され長野総合車両センターから新秋津まで運転された.
青柳 
 
山梨市では1時間程度停車した.


■旧型訓練車105系廃車のため長野総合車両センターへ輸送

 一方旧型訓練車の105系は,廃車のため長野総合車両センターへ送られることになった.横浜支社の訓練車は痛みが酷く本線走行が不可能だったため,現地にて解体されたが八王子支社の車両に関しては自力で運転可能な程状態は良いので,機関車により解体場所の長野総合車両センターへ輸送される事になった.
 新秋津で新型訓練車を輸送し終えたEF64とマニ50は,そのまま105系を連れて長野総合車両センターへ帰路を辿った.105系訓練車を連結した列車は新秋津を6日未明に出発し,八王子で早朝まで停車.5:40に八王子を出発し長野総合車両センターへ向かった.

八王子に停車中の105系他2両


空が明るくなり始めた5:40に出発.(2点とも2008-10-7:八王子)

 105系は高尾以西狭小トンネル非対応車のため,209系同様パンタグラフ摺板を撤去,避雷器も取外された.またクハ105のクーラーは両サイドファン部分のキセを取り外し,中央部分のキセについてもつぶした状態にされた.このクハ105は相方のクモハ105より若干車高が高いため,狭小トンネル内で架線との離隔が確保できない恐れがあったためこのような措置がとられたと思われる.
 
左:キセの一部が外され,中央がハンマーなどで叩かれた跡が確認できる.
右:車内には取外されたクーラーキセが積み込まれていた.

パンタグラフは摺板のみならず避雷器も外した.

クーラーキセやパンタグラフ摺板取り外しは6日の日中に実施された.前日の5日は手付かずの状態で訓練センター内でクモヤ143-18と連結されていた.
■参考写真(2008-10-5撮影)
>キセ取り外し前のクハ105クーラー
>摺板・避雷器取り外し前のパンタグラフ周辺

★この記事の写真は特記無きものは2008-10-6撮影


この記事をはてなブックマークに追加