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2014 編成札複製プロジェクト!

2014年05月04日 | 201系
 201系H編成用編成札のレプリカ試作品が完成しました.

 昨年末のコミックマーケットで頒布した「キ7(H7)」のバリエーション展開で,「キ2(H2)」に関しては既に昨年製作していました.
 今回「1・3・4・フ」の文字(実物)が手配出来たので「1・2・3・4・7」と「キ・フ」を組み合わせた物を数種類試作しました.

 前回同様厚さ5mmのアクリル板で文字は彫刻機による彫り文字です.
 基本的な寸法(札外形・穴寸法)は同一とし,文字配置も基本的に統一して試作.番号によっては量産の際に若干配置修正を行う予定です.

 他の数字(5・6・8・9・0)についても用意できたら色々製作してみたいところです. 


〜札掛金具〜
 昨年のコミックマーケットで参考展示した札掛金具です.
 201系の発生品を複製したもので,実物とほぼ同一の仕様で製作しています.
 編成札と札掛金具についてはフックのピッチが異なる車両が存在していて,別の車両同士の部品だと札が掛けられないことも.この札掛金具のピッチは約13.6mmとなっており,先述の編成札もこれにあう寸法(実物の寸法)で製作しています.
(写真左:左側(札付き)実物・右側レプリカ,写真右:手前がレプリカ・奥が実物)

 札掛金具についてほぼ同一仕様と記しましたが,フックの溶接箇所が実物と若干異なります.
 実物のフックはL形金具に10mm程度で溶接を行っていますが,レプリカは20mm以上で溶接を行っています.これはフックの左右の誤差を無くすための措置です.写真の実物は左右で2mm程度長さが違うため札を掛けると少し傾いた状態になっていしまいます.
(写真:手前が実物,奥がレプリカ)
 塗色に関しては独特の色調を可能な限り再現しているので,使い込めば実物と見分けがつかなくなる…かもしれません.


 この編成札と札掛金具については今夏のコミックマーケットにて頒布を予定しています.札については「キ7」「フ7」「キ4」「フ4」「キ1」を基本に検討中です.要望が多い番号については製作を検討しようかと思いますのでメールフォームか簡易意見箱にでも希望番号を記入してください.
★編成札の製作希望番号についてはメールフォームか簡易意見箱へ.
メールフォーム     簡易意見箱(匿名)
注意:希望番号が必ずしも製作されるとは限りません

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201系の運転台、更にその後

2013年01月18日 | 201系
 年末年始の休暇は引きこもってGM西武30000系の加工とコレをやっていました.

 秋ごろに製作をお願いしていた運転台の部品が年末に届いたので既存の運転台ユニットに取付ました.
 今回製作したのは運転台左側にある乗務員間連絡装置や行路表灯が取り付けてある壁の部分.既存の運転台ユニットは取付準備工事(といっても固定用ボルト穴ですが)をしてあるので取付は簡単に済みました.
 機器の取り付け位置は実車図面ではよく分からなかったので,実車の写真を基に作図しています. また実車では薄緑色の化粧板上の取り付けてありますが,同等の化粧板は入手が難しいので全て鋼材によるものです.
 写真は運転台ユニットに取り付けて機器を実装した状態. 左側や右上に穴が開けてありますが,前者がアルミ帯板取付用で, 後者がこれからの拡張用です.
 拡張用は頭上の点検蓋やサンバイザーなどの取付ですが,図面描きが進まないので何年先かわかりません.
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クハ201-113

2012年06月23日 | 201系
 あれから1年…

 
  写真上:富士見-すずらんの里 2011-6-23(廃車回送)j-train No.43掲載
写真下左:誉田 2011-6-18(最後の分割運用,成東/勝浦行)j-train No.43掲載
写真下右:新木場-舞浜 2011-6-20(営業運転最終列車)

 JR東日本で201系が営業運転を終了したのが2011年6月20日,京葉車両センターから長野総合車両センターへ廃車回送されたのが同年6月23日.それから1年が経過しました.
 まだ1年しか経過していないのですが,個人的には既に5年以上経過してしまった感じを持っています.それほど空虚な状態を引きずっています.

 その201系が無くなって約1年経った先月,大宮総合車両センターの一般公開時に以下の物が販売されましたので購入しました.

 ご覧のとおりクハ201-113の車体外板と切抜文字です.(写真右は裏面)

 このクハ201-113はJR東日本最後の201系(クハ201-1除く)として6月20日まで京葉線で活躍したK4+54の蘇我方先頭車です.
 手元にある他の4枚と同様に周りを整形し全体を研磨しましたが,その前段として裏面の骨組の切除をしたわけですが固く厚い鋼板のため加工には非常に苦労しました.

写真右は切除した骨組みと外板

 今回のクハ201-113は今までのものに比べて車体外板部分が多いのが特徴で,重量もこの時点で9kg以上ありました.
 
 左の写真,歪な形になっていますが,実際は長方形に整形しています.ただ外板そのものがかなり歪んでいるため撮影する角度によっては写真のようになってしまいます.


 現在は他の4枚と一緒に保管しています.物が大きいだけに常時飾っておくわけには行きませんが,すぐ手の届くところに置いてあり時々手にとって眺めています.
 
 手元に5枚の切抜文字があるわけですが,この5枚は全て異なるメーカーで製造された車両のものです.そのため仕上げ方法など異なる箇所もありました.その辺を簡単に次回の記事にしようと考えています.

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最終編成の遺品

2011年12月07日 | 201系
 今年の下半期以降に購入した201系の部品で,ご覧のとおり運転台のマスコンとブレーキ弁の間にあるスイッチ箱です.
 今まで入手した201系の部品に関しては可能な限り車両特定をしてきました.最近では販売されている部品自体に取り外した際車両番号を記入しているものも見かけますが,全てがそうではありませんし廃車数が多い時期は皆無でした.
 このスイッチ箱も車番こそ記入していませんでしたが特定することが出来ました.左はクハ200-114(京葉線K4+54)で右はクハ201-128(中央線H7)で両者とも中央線と京葉線のどちらも最終編成の車両です.

 特定方法としては自分の撮影した写真を基に割り出します.特徴ある部分(ステッカー貼付や目立つ傷)があれば特定は簡単なのですが,全部が全部そうではないのが実情.なので細かい傷や塗装状態を写真から見つけ出して特定をします.

 左のスイッチ箱ですが,スイッチの上に「分割編成・サボ変更!」とステッカーが貼付してあります.一目でわかる大きな特徴ですぐに京葉線の車両と判断できます.ただこのステッカーを貼った車両は何両かあってすぐに車番特定とは行きません.
 まず京葉線で撮影した運転台の写真を見返してステッカーがあるものを選別,その後細かい部分を見て判断しました.写真を探して最初に見つかったのがクハ201-111でしたがステッカー貼付位置や塗装状態などが異なるので不一致.その後京葉線の最終編成K4+54の6号車であるクハ200-114と断定できました.
 
左がクハ200-114で右がクハ201-111(K3+53).ステッカー貼付位置や塗装の状態など異なる点が多い.
 もう一方のスイッチ箱は前者のように大きな特徴が無いので地道に写真と照合をするのですが,スイッチ箱の裏(枠取付面)に「1号車」と薄っすら書いてあったので廃車時期などからH7と当たりをつけ確認し,クハ201-128であることを写真と比較し確証を得ました.
 この2つのスイッチ箱に関してはヒントが比較的多く特定は楽でしたが,細かい部品に関しては難しく分からないままのものも多くあるのが実情です.ただここ数年は廃車数が以前より少ないため割り出しはやりやすいのも事実でした.
昨年10月に廃車されたH7の東京方先頭車クハ201-128の運転台

 先月開催された尾久車両センター公開でNFBパネルのATSスイッチカバーを購入したのですが,これも傷などからクハ200-128と断定できました.
 こういった細かい部品一つとっても車両が特定出来たということは非常に嬉しく感じます.特に201系の運転台は大好きなため実車写真を撮影していましたが,この様に後々役に立つとは当初考えてもいませんでした.そのおかげか今まで入手した部品の約半数近く(車番が最初から記入してあるものや切抜文字等含め)は車両が特定できています.普通の人より201系が好きなら当然調べたくなるものです.
 

■謎の文字
 京葉線の一部車両に添付されていた「分割編成・サボ変更!」ステッカーをよく見ると右下に小さく「カイロプラクティック」と記してあります.
 カイロプラクティックって何か意味があるのか?分割とか方向幕に関係するのか?
…意味が分からない.

☆追記☆
 カイロプラクティックとはJR社内で実施される小集団活動のグループ名らしいとのことでした.
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運転台の今後

2011年09月21日 | 201系
 JR東日本から201系が消滅すると同時に自分の身の回りで趣味以外で大きな転機を迎え生活スタイルがかなり変化しました.
 そのためブログ等の更新が激減したのですが,追い打ちをかけるように先月初めに自宅のノートPCが電源故障したようで起動すら出来ません.そのため撮影した写真の現像もロクにしていません.…といっても6月の京葉線201系廃車回送以降撮影したのは30000系関係だけなのでたいした量はありませんが.

 先述したとおり転機を迎え,このきっかけと201系消滅という節目により以前より進めていた201系運転台モックアップの作成を少しづつですが進行しています.現時点ではメーターパネル,マスコン,ブレーキ等最低限の部品を取り付けているだけですが,今までバラバラだった部品がこうして一つに纏まるのはとても感慨深いものです.しかし実車が西日本とクハ201-1を除きすべて廃車された事実も付きまとい筆舌に尽くしがたい心境です.


この写真は今の自室の状態.結構ゴチャゴチャしていますが気が向けばマスコンやブレーキを操作,201系に囲まれて結構幸せな空間です.
あこがれの場所だった201系運転台が手元にあるというのは幸せなんでしょう.きっと.

 さて昨年までの夏休み期間はだいたい201系撮影や乗車をしていましたが,それもなくなり同時に外に撮影に行こうという気力も消えました.ということで今年の夏休みは殆ど自宅で引き篭っていたのですが,最初の数日は運転台モックアップの配線改修を少し進めました.
 
 マスコンやメーターパネル等には購入当初は車両から取り外したままの電線が付属していましたが,どれも長年の汚れが付着しており一筋縄では綺麗にならない位とても汚いものでした.本来ならこれらの電線をそのまま使用するのがベストだとおもいますが,取り回しが大変な太い電線なので細いもの(2SQ→0.75SQ)に交換しました.
 メーターパネルのLED表示灯は特に汚れが酷い(参考写真→購入時の状態)ため基板も撤去し全て電線を交換し回路も独自のもので設計をすすめています.手元に実物の図面がありますが車両の図面を熟知できるはずもないので自分の専門である分野の電気回路に置き換えて回路を検討中です.

写真上左:マスコン内部
写真上右:メーターパネル表示灯
写真右:ブレーキ弁内部


 今は左側の壁と足元の点検蓋枠を主に設計していますが,先月の東京総合車両センターで日除けを購入したのでそれを取り付けたいとか色々と思うところもあってなかなか製作まで踏み切れませんが,締切があるわけではないのでゆっくりと納得のいく物を作っていこうと思います.

 
 左が今回製作したモックアップ台枠の発注図で右が組立図.実際に製作し組み立てから分かる不具合が多くありました.また色見本を基にマンセル記号で塗色を指定しましたが,大分色調が異なっており自前で調色して再塗装も必要で今後の課題としていきたいと思っています.
 あとお気づきの方もいると思いますが,足置きから床の高さまでは省略してあります.これは重心が高くなってしまうためで,仮に高くした場合地震等を考慮した場合基礎部分を大きくしないとならないためです.もし必要なら主枠の下に嵩上げの台枠を入れて対応も出来るので現状はこのまま.
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運転台、その後

2011年06月27日 | 201系

 仮組状態でこんな感じ.
 このあと細部の塗装や微調整など色々手を加えていきます.
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サハ201-38 ビフォーアフター

2011年06月15日 | 201系
  before

  after


さらにbefore→画像(2007-11-27記事)


加工に使った切断砥石
←before   ←after
結局使った刃は7枚…

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電照式ヘッドマーク蛍光灯点灯化

2011年05月27日 | 201系
 以前入手していた電照式ヘッドマークの蛍光灯の先ほど配線しました.
 京葉線K1+51の廃車回送や30000系ヘッドマークの話題など先に書くべき記事がありますが,今日はこの電照式ヘッドマークについてです.


 この電照式ヘッドマークは2008年10月に開催された長野総合車両センター公開で購入したものです.購入の経緯などは以前の記事を参照してください.
電照式HM、落札したのは私たち 2008年10月23日
 その時の記事を見れば分かりますが,購入したときの状態が最悪でした.一応購入後直ぐに応急処置的に付属する電装部品を取り外し,本体の分解と清掃を実施.内部も白色で軽く再塗装しておきました.それから早2年半が経過し気づけばJR東日本の201系が本当に最後になってしまいました.
 その最後の編成も6月からのさよならヘッドマーク付の運転まで走行しないような状態なので,この機会に保留状態の電照式ヘッドマークの改修に着手した次第です.

 元々早急に改修するつもりであったのですが,販売されるまでの保管状態が悪く内部に雨水が浸入し錆が発生していました.蛍光灯用の部品も例外ではなくこのまま電気を流すと危険な状態だったので,蛍光灯を点灯させるには部品交換が不可欠でした.

 そこで問題になるのが安定器で,蛍光灯を点灯させる必須部品.この手の部品に実装される安定器は特殊で当然一般市場で入手が難しい.
 電子部品で困ったら秋葉原ですが,秋葉原でも安定器単体を扱う店が少なく取り寄せが殆どでした.そんな状態で年月が過ぎ,今年の始めに会社事務所の蛍光灯器具を更新することになり撤去した蛍光灯器具から安定器を入手することに成功しました.中古品ですが…
  
  

…で,それから約半年.ようやく今蛍光灯が点灯するようになりました.

 配線した状態は写真の通りで,安定器がオリジナルでは蛍光灯1本に対し1個だったものを,蛍光灯2本1組の安定器に変更.それにあわせて配線もオリジナルとは全く異なります.安定器自体がかなり大きいため設置する場所に苦労しましたが,試行錯誤の末特殊な金具(配線端子取付用レール)を介在して取付ました.
 配線と器具の関係上中継端子を新設し,ついでに蛍光灯のスイッチも取り付けました.蛍光灯は紫外線を出すため幕の劣化促進につながるため極力使用を控えたいためスイッチでオフできるようにしてあります.本来ならヘッドマークの外に設けたいところですが,今回は暫定的に内部に設けました.
 真ん中の写真は蛍光灯用の電源供給線です.ヘッドマークの蛍光灯は指令用回線と同じであり駆動モーター等と同じ電源になります.電照式ヘッドマークでは蛍光灯はヘッドマーク外枠にあり幕装置とは別となります.しかし電源は幕装置からとなるためその間を接続する必要があり,オリジナルでは中継端子が設けられネジ式の端子で電線が接続されています.
 ヘッドマーク外枠と幕装置に関しては割りと取り外す機会も多いため指令線同様にコネクタ式に変更してあります.赤黒の電線が蛍光灯用電源で,幕装置に用意したコネクタに接続するようにしてあります.写真右が外枠と幕装置を接続した状態です.

 とりあえず課題であった蛍光灯の点灯は出来たので次は自立して設置出来る台座と指令線の接続方法の改善が課題となります.接続方法の改善はコネクタを何箇所が設けて対応する予定で近日中に秋葉原に部品調達してこようと思っています.自立式の台座は作図がほぼ完成したので折を見て発注しようと考えていますので,完成した際は何れ….

 中央線の201系を語る上で不可欠なヘッドマーク.最初は幕装置のみでしたが,やはり外枠に入った状態で掲出するヘッドマークは一味違うと痛感させられました.
 一人で運搬するのは大変な代物ですが,201系至上主義者としては手元においておきたい部品の一つだと思いました.
■関連記事
 電照式HM機械のプラグ化 2007年11月21日
 201系の方向幕を動かす 2008年04月11日
 電照式HM、落札したのは私たち 2008年10月23日
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京葉線201系『52+K2』廃車回送実施

2011年04月26日 | 201系
 京葉線の201系52+K2が4月26日,廃車のため長野総合車両センターへ自力で回送された.設定されたダイヤは新習志野発車は前回と同じであるが,長野に20時過ぎに到着するものとなった.
 
左:潮見-新木場,右:海浜幕張-検見川浜 2枚とも2010-10-23撮影


 今回廃車回送された編成は4月5日に廃車回送された編成と同様にシングルアーム式パンタグラフを搭載した編成である.そのため中央線内にある狭小トンネル通過に対応したものである.
 今月に2編成廃車されたことにより京葉線に残るのは2編成のみとなったが,こちらも近日中に廃車が確定しており同様に長野総合車両センターへ回送される.回送に際してはパンタグラフ等を換装する必要が生じるが,今回廃車回送された52+K2と前回の53+K3が搭載していたパンタグラフを流用し対応すると推測できる.

〜廃車回送〜
■回9571M(新習志野→誉田)
新習志野
 
蘇我
 
■回9572M(誉田→新宿)
 誉田で折り返し回9572Mとなり千葉へ.千葉からは錦糸町まで総武快速線,錦糸町から御茶ノ水間は総武緩行線,御茶ノ水からは中央急行線経由で運転された.

 写真はカナリア色時代に走りなれた緩行線を走る52+K2.砂埃等が付着し汚れが目立つ後ろ姿はとても寂しげな表情に映る.
御茶ノ水-秋葉原
 
■回9573M(新宿→長野)
 回9572Mまで前回とほぼ同じダイヤであったが,新宿以降のダイヤは大幅に変更された.回9573Mでは新宿発が11:55,長野着が20:07となり八王子や甲府,下諏訪など長時間停車が設定された.
 
写真左:立川到着,写真右:立川発車
 立川は下り1番線の発着で10分の停車だが,立川駅での旅客によるトラブルで発車が少々遅れた.

鳥沢-猿橋
 
春日居町-石和温泉

すずらんの里-青柳
 
下諏訪

長野
 

〜外された部品類〜

 今回の廃車回送で一番注目されたのが10両全ての行先方向幕装置が撤去されていたことである.撤去した個所にはガラス内側に「回送」と紙が添付されているだけであった.またクハの2エンド側にある所属表記の記入していある点検蓋が表記無しに4箇所全て交換されていた.先に廃車回送され長野総合車両センターに解体待ちで留置していた53+K3のクハ車運転台後部の点検蓋が表記の有無に関わらず全て取り外された状態であった.そのため前回廃車回送した53+K3から外してきた表記無しと差し替えた事は容易に想像がつく.
 この点検蓋は車体色はもちろん,所属を表す「千ケヨ」と「定員136」が表記され部品即売会等では人気がある.そのため行先方向幕装置共々区所内で記念として取り外したと推測できる.
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中央線から「朱色1号」が消えて

2011年04月23日 | 201系
はじめに
 2011年10月に中央線から201系が引退してE233系により統一されるとともに,ラインカラーであった朱色1号,いわゆるオレンジバーミリオンが中央線から消滅した.朱色1号は101系登場時に誕生し,半世紀以上にわたり中央線のラインカラーとして親しまれてきた. しかしE233系ではオレンジ色の帯が採用されたものの朱色1号ではなく明るいオレンジ色となった.
 首都圏で周りの電車が次々とステンレス車に置き換わる中,中央線と青梅線だけ最後まで車体全てを塗装した鋼製電車の201系で統一していた.特に中央線は新性能電車である101系が最初に投入されたと同時に車体色による路線識別,いわゆるラインカラーの発祥路線である.そのためか中央線と朱色1号は切っても切れない関係があるように思えた.しかし201系の後継車E233系は朱色1号を継承せず201系で半世紀以上にわたる歴史に終止符を打ったのは非常に残念である.
 そこで中央線から朱色1号が消滅することを契機に同線を支えたオレンジ色の電車3形式をネクタイピンにする企画が持ち上がった.201系生誕30周年記念と同様に私のところにデザインの依頼を頂いた.
 この企画は中央線201系引退目前の2010年夏頃から動き出し,つい先日完成品が手元に届いたのでそれまでの経緯云々も含めここで紹介しておきたい.

デザインについて
 この企画の趣旨は中央線のラインカラーである朱色1号を纏った同線の電車,101系・103系・201系を並べたいというものであった.通常この手の企画なら単純に3形式を並べ,その趣旨の文章,この場合なら「chuo-line 101・103・201」とか「Good-bye ORANGE」等の文字を横に並べるのが通例となる.ただこの3形式は中央線と並行する中央総武緩行線でも使用,103系においては首都圏のほかの路線や関西圏でも使用されておりバリエーションとしてカナリアやスカイブルーの展開も容易に考え付いた.そのためあえて表面に文字は入れないでデザインで中央線を表現しようと考えた.

 中央線の特徴として御茶ノ水から三鷹まで急行線と緩行線の複々線区間で,中でも四ツ谷や御茶ノ水付近は両線区が入り組んで複雑な線形となっている.そこで御茶ノ水付近をネクタイピン上に再現し中央線をさりげなく表現することにした.
 
 デザインはCADで行い元々ある201系の図面を基に101系と103系を作図,屋根Rの違いや101系らしい表情の再現に注意した.表現した線形は下り線を光沢,上り線を艶消し仕上げとし差別化した.この表現方法についても製作サイドとの打合せを何度か行い確実に仕上げるよう進めた.

 並べる車両については時代考証等の点から当然全て国鉄時代とし,201系量産車が登場し3形式が同時に使用されていた1981年頃とした.そこで選定に困るのが103系で当時中央線では低運転台と高運転台が使用されていた.中央線の個人的なイメージとしては低運転台でクモハが2両入った編成だが,101系と並べた際に顔が似ているため変化が無く面白みにかけるため高運転台を選定した.
 また今回国鉄仕様のため以前製作した201系のようにスカートが無いため床下の台車や排障器等細かく表現する必要があり若干苦労を要した.特に101系や103系は201系のように資料が多くなく苦労したが偶々東京総合車両センター公開で撮影していた写真が役に立ったのは幸いだった.

完成したネクタイピン
 以前四季彩で失敗したことを踏まえ,私が描いているイメージに近づけられるよう緻密に作図を行った.また企画を提供して頂いた天賞堂のT氏には最大限配慮して頂き,デザイン提出後は何度か製作サイドとの打合せを行い納得のいくものに仕上げようと進めた.その甲斐あって試作品として出来てきたものはデザイン画を綺麗にトレースし,仕上げなども思い描いたものに限りなく近く満足できる仕上がりだった.

 出来上がった製品は床下の表現が相変わらず秀逸であった.車体も101系,103系,201系のそれぞれをデザイン画通り再現し各形式の顔を再現できていた.今回一番の肝である線形のデザインも打合せ通りの出来で全体を通し非常に満足できる仕上がりとなった.

バリエーション
 オレンジの中央線と併走する中央総武緩行線用のカナリアに関しては当初から生産を予定していた.国電といえばオレンジ・カナリア・スカイブルー・ウグイス・エメラルドグリーンの5色である.しかし5色全て纏った形式は103系のみで101系や201系は限られた色しかなったが,遊び心というか某模型メーカーのようなフライング的な例もあるので今回一気に5色全て生産することとした. スカイブルーは違和感を感じないが,さすがにエメラルドグリーンの201系は不思議な感じである.
 
 以前製作した201系や四季彩でも少数生産したのが女性用ネクタイピン.最近は鉄道会社でも女性社員が増え車掌や運転士として見かける機会も増えた.そんな中で少なからず要望があったのが女性用ネクタイピンで通常の男性用とは逆向きにクリップが取り付けてある.それ以外は通常のものと変わらない.

中央線にこめた思いを裏面に
 表面にはあえて文字を入れなかったので裏面に今回の趣旨である中央線から朱色1号が消滅する旨を記載することしたが,さすがに中央線伝統のオレンジ色に対して簡単な一言では足らないため文章を決めるのに時間がかかった. 入れたいキーワードを書き出して簡潔で中央線や朱色1号に対する思いもこめたいと試行錯誤.最終的には…
 朱色1号“オレンジバーミリオン”
   首都圏通勤輸送の主軸を担った半世紀
 中央線快速電車−101系・103系・201系−

の3行を入れることにした.
この文章はオレンジ色のものに関して入れてあり他の色には入れていない.


201系のネクタイピン,その後
 最初に手がけた201系並びのネクタイピンはかなり好評のようで度々再生産を行った.基本はオレンジとカナリアの並びとなるが,何種類かカラーバリエーションも増やし色々楽しんでいる.
 
 バリエーションも左側が電照式ヘッドマークを装備した形のため中央線用に限定される.そのため右側の色を変えて現在もかろうじて活躍しているスカイブルーの京葉線,オレンジ色で原型の前面に近かった青梅線用をイメージした2種類を生産した.(写真左) このほかに個人的な趣味で中央線用の電照式ヘッドマークに白色を入れ特快系に.また緑色を入れホリデー快速のイメージで計3種類生産した.(写真右)さすがに文字は入れられないので遠目から見たイメージで.

いつでも身に付けられるように
 私はスーツを着る機会が殆ど無いためネクタイピンを持っていても持て余しているのが現状.そこで裏面に針を立てたピンズを生産した.ピンズにすることで鞄や普段着に取り付けることが出来るようになった. また電車のタイピンということで明るい車体色であり普段の服装のアクセントにはちょっと目立ちすぎる感もある.そこで車体色を入れない無色タイプも生産した.
 
 車体色は入れないが201系はブラックフェイスのみ,101系・103系は前面窓ガラスのみ黒を入れている.あえて車体色を省略したことで細かい彫刻が際立ちより魅力的なものになった.
 元々冠婚葬祭にも付けられれば…という考えだったが今では無色のピンズは普段着のアクセントとして常に取り付けており個人的には非常に気に入っている.

■最後に
 中央線の歴史的出来事である朱色1号消滅という瞬間をネクタイピンの製作という形で残せたことは中央線で育ってきた私にとっては大変意義があった.今回もこのような企画を提供していただいた担当のT氏には大変感謝してる.

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