スイングマンの外言

一日の終わりに、お酒を飲みタバコを吸うと、頭の中にいろんな事が浮かんで来ます。でも次の朝には忘れているので・・・・

お祭りやってました。

2017-07-15 20:39:04 | 日記

毎日、猛暑を通り越して酷暑が続いておりますが、各局様に置かれましてはいかがお過ごしでしょうか、体調などを崩さず、おそらくは、炎暑になるであろうこの夏を乗り切って頂きますよう切に願っております。さて、最近、忙しくてブログもサボり気味でしたが、何かネタを探そうと〝ふらっ〟とドライブに行ってきました。さすがに二輪は諦めて四輪で・・・

 

 

しばらく走ると道路には沢山の車と、黒山の人だかりが、この暑い盛りにお祭りかと思い当局もつられてちょっとよってみる事に・・・

 

 

 

 

登米市南方にある奥州三十三観音十番札所大嶽山興福寺と言う所でした。

 

 

 

 

 

四国のお遍路さんは全国的にも有名ですが、ここ東北にも巡礼の旅ってあったんですねえ、

 

 

 

六角堂というちょっと変わった建物があります、このお寺の特徴みたいです、

 

 

 

 

ステンドグラス調の窓があったりして、ちょっと気になりましたが・・・

 

 

 

 

何となく、和洋折衷と言う感じもしないではありません。

 

 

もっと奥に参道を登っていくと、

 

 

 

こんな感じで、もうこの辺では汗だくです、噴出しています。

 

 

最後の階段を登って、

 

 

やっとつきました、本堂です、さっき巡礼の噺に触れましたが、札所は福島から確か岩手の二戸まであるとか、少数派ではありますが、マニアックな人たちがアワード達成を楽しんでいるとか・・・?  当局はムリムリ  HI  HI     外国人向けにネットで発信したりすると一気に賑わったりするかも・・・

 

 

しかし、この本堂の雰囲気どこかと似ているなと思い、関係者に聞いてみると、やっぱりそうでした、奥州藤原氏、平泉の中尊寺と縁(ゆかり)があるようで、雰囲気がそっくりです、何でも、中尊寺にいる七人の住職の一人がここの大住職との事、歴史はかなり古く平安時代前までさかのぼり、この辺一帯を治めた豪族、坂上田村麻呂、中国から来た彫刻師そして、伊達家の統治と時代の変遷を経て今日まで脈々と続いていると言う。説明をして頂いたのは地元教育委員会のかなりマニアックな方だったので素晴らしいお話を聞く事が出来ました。ですが一割ぐらいしか覚えていません、集中力散漫、話す方も、聞く方も、汗だく話す方の額の汗しか記憶にありません・・・・失礼

 

 

 

こんな、出店の風景も最近では本当に珍しくなりました、懐かしさを覚えました。あっ、そうそう、このお祭りの正式名称〝奥州鎮護、大嶽山観世音開帳、三十三年一絵の秘仏〟だそうです、要するに、三十三年に一回のお祭りだったんですねえ、

 

 

これは、前回三十三年前に行われたお祭りのときに本堂にお供えしたタイムカプセルの中身だそうです、新聞の見出しが今とあまり変わっていないような気もしますが・・・HI・・HI

 

 

各局は、三十三年前いくつだったんでしょうか・・・?  ♪あの時君は~若かった~♪・・HI・・HI

登米市、キリシタンから仏様まで色んな歴史があるんですねえ、汗だくになって帰りました・・・ではまた・・・VA・・・E・・・E・・・END

 

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