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パーマカルチャー?究極のシンプルライフ?

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「パーマカルチャー」っていう言葉、聞いたことありますか? やっとさ馴染んできた「ロハス」という言葉が自然に使えるようになったと思いきや、こんどはこのパーマカルチャーという奴が登場してきました。ロハスの先にある究極のシンプルライフというようなイメージらしいのですが・・・・。
登場したての頃は「ロハス」も「???」という感じでしたが、振り返ってみると感慨深いです。
団塊の世代が大量にリタイアしはじめ、社会的要因に大きな変化が起きるとされた「2007年問題」。その頃には、退職世代が、帰郷したり、田舎や別荘地でゆったり生活を楽しむ、ダッシュ村のような自給自足的なライフスタイル、そのような生活指向を「スローライフ」と称してブーム化し始めていました。
「スローライフ」は「スローフード」からきたとも言われます。その語源に近い「スローフード」からも分かるように、20世紀的な効率・大量生産の「ファーストフード」的ライフスタイルに対比して使われました。有機栽培・地産地消・医食同源などという言葉も包含しながら、ゆったり落ち着いた健康的な生活様式を表すものとなりました。
私が、山口県の田舎に移住したいと言いだした頃も、さんざ「スローライフでっか?」と周囲から訊かされたものでした。日本スローライフ協会なるものも出来たらしいですが、定義らしい定義のない「スローライフ」というイメージだけのバズワード的なものになっています。
「ロハス」(LOHAS)という言葉は、「スローライフ」より一歩踏み込んだ「健康と持続可能性を重視するライフスタイル」という少し定義っぽいものを感じさせます。たしか、スローフード運動を推進していたの月刊誌『ソトコト』が2004年頃この言葉を取り上げ「ロハス特集」を組んだ頃から、注目を浴びた言葉です。
山口県に移住後、自然薯栽培の仕事に取組み始めた頃で、これは「山芋にピッタリだな!」と飛びつき、スローフード協会をのぞいたり、ネットショップの名も「ロハスな自然薯」と命名したり、マーケティング的にも大いに活用させていただきました。
「じろさん本舗」販売拠点の一つ「島地温泉」も「ロハス島地温泉」と冠しております。これも偶然ですが、当初は説明しづらかったこの「ロハス」も最近はすっかり世間に浸透してきて、意味は分からずとも「健康的な」とか「エコロジカル」とかいうニュアンスは多くの人に通じるようになりました。
と!思っていたら、冒頭の「パーマカルチャー」って奴です。「ロハス」って言葉も、元々はマーケティングから産み出された言葉で、定義が定かではないバズワードとも言えます。理念的に体系化されたものではありません。要はこれからの時代どういう商品が売れるのかを突き止めたものが「ロハス」的なものでした。
一方、「パーマカルチャー」とは、パーマネント(永続的な)・アグリカルチャー(農業)・カルチャー(文化)を合成した造語で、環境問題や農業に取り組んでいたオーストラリアのビル・モリソンとデビッド・ホルムグレンが体系化したものです。簡単に言うと、「農業を軸とした、持続可能なライフスタイル」または「農業版サステナビリティな生き方」というのでしょうか、「サステナビリティ」の ”S” はロハスの ”ス”で、持続可能性という奴です。
この考えは、特に目新しいというものではなく、平たく簡単に言ってしまうと「ムダをしない」とか「もったない」とか「恊働・分かち合い」「エコな生活」という感じでしょうか。このライフスタイルの実現形態として、提唱者のビル・モリソンも大いに評価したのが、かつての日本の集落・里山です。それぞれが自給自足的な生活を可能にしていた農的な(ダッシュ村的な)文化とその継承です。
この考えが日本にも逆輸入されて、最近脚光を浴びはじめていますが、日本では里山ではなく、都市でできるパーマカルチャー的な暮らしを求める"アーバンパーマカルチャー"という生活スタイルが浸透しつつあります。小さなところでは、マイバックやマイボトルという行動様式や、大きいところでは太陽光や雨水を利用する家を建てるっていうのもパーマカルチャーって奴なんでしょう。
まあ「エコ」っていう言葉でも良いようですが、「エコ」っていう言葉だけでは、「ふるさと再生」「誇りの再生」へ集約されていく言葉としては迫力・パワーが足りません。
「「農」とは、やはり「産業」ではなく、「生き方」でありその「継承」なのです。と「集落営農」の項でのべましたが、「農的文化」を見失った都市遊民がパーマカルチャーを獲得するのは、至難の業かもしれません。「生き方」と「継承」を真剣に考え直すような事態、既存の価値観が大きく揺らぐような事態に直面して、はじめてパーマカルチャーへの手がかりを掴もうと腕を伸ばすのでしょう。
大震災と原発事故に直面している今こそ、正にその時なのですが、未来へ生き伸びる為の手立てを掴みとる兆しは残念ながら中々見えてきません。
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★どこでも空き地を見つけて耕そう!屋上菜園、ベランダ菜園、プランターでも野菜を作ろう!自分たちが食べるために!
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「パーマカルチャー」っていう言葉、聞いたことありますか? やっとさ馴染んできた「ロハス」という言葉が自然に使えるようになったと思いきや、こんどはこのパーマカルチャーという奴が登場してきました。ロハスの先にある究極のシンプルライフというようなイメージらしいのですが・・・・。
登場したての頃は「ロハス」も「???」という感じでしたが、振り返ってみると感慨深いです。
団塊の世代が大量にリタイアしはじめ、社会的要因に大きな変化が起きるとされた「2007年問題」。その頃には、退職世代が、帰郷したり、田舎や別荘地でゆったり生活を楽しむ、ダッシュ村のような自給自足的なライフスタイル、そのような生活指向を「スローライフ」と称してブーム化し始めていました。
「スローライフ」は「スローフード」からきたとも言われます。その語源に近い「スローフード」からも分かるように、20世紀的な効率・大量生産の「ファーストフード」的ライフスタイルに対比して使われました。有機栽培・地産地消・医食同源などという言葉も包含しながら、ゆったり落ち着いた健康的な生活様式を表すものとなりました。
私が、山口県の田舎に移住したいと言いだした頃も、さんざ「スローライフでっか?」と周囲から訊かされたものでした。日本スローライフ協会なるものも出来たらしいですが、定義らしい定義のない「スローライフ」というイメージだけのバズワード的なものになっています。
「ロハス」(LOHAS)という言葉は、「スローライフ」より一歩踏み込んだ「健康と持続可能性を重視するライフスタイル」という少し定義っぽいものを感じさせます。たしか、スローフード運動を推進していたの月刊誌『ソトコト』が2004年頃この言葉を取り上げ「ロハス特集」を組んだ頃から、注目を浴びた言葉です。
山口県に移住後、自然薯栽培の仕事に取組み始めた頃で、これは「山芋にピッタリだな!」と飛びつき、スローフード協会をのぞいたり、ネットショップの名も「ロハスな自然薯」と命名したり、マーケティング的にも大いに活用させていただきました。
「じろさん本舗」販売拠点の一つ「島地温泉」も「ロハス島地温泉」と冠しております。これも偶然ですが、当初は説明しづらかったこの「ロハス」も最近はすっかり世間に浸透してきて、意味は分からずとも「健康的な」とか「エコロジカル」とかいうニュアンスは多くの人に通じるようになりました。
と!思っていたら、冒頭の「パーマカルチャー」って奴です。「ロハス」って言葉も、元々はマーケティングから産み出された言葉で、定義が定かではないバズワードとも言えます。理念的に体系化されたものではありません。要はこれからの時代どういう商品が売れるのかを突き止めたものが「ロハス」的なものでした。
一方、「パーマカルチャー」とは、パーマネント(永続的な)・アグリカルチャー(農業)・カルチャー(文化)を合成した造語で、環境問題や農業に取り組んでいたオーストラリアのビル・モリソンとデビッド・ホルムグレンが体系化したものです。簡単に言うと、「農業を軸とした、持続可能なライフスタイル」または「農業版サステナビリティな生き方」というのでしょうか、「サステナビリティ」の ”S” はロハスの ”ス”で、持続可能性という奴です。
この考えは、特に目新しいというものではなく、平たく簡単に言ってしまうと「ムダをしない」とか「もったない」とか「恊働・分かち合い」「エコな生活」という感じでしょうか。このライフスタイルの実現形態として、提唱者のビル・モリソンも大いに評価したのが、かつての日本の集落・里山です。それぞれが自給自足的な生活を可能にしていた農的な(ダッシュ村的な)文化とその継承です。
この考えが日本にも逆輸入されて、最近脚光を浴びはじめていますが、日本では里山ではなく、都市でできるパーマカルチャー的な暮らしを求める"アーバンパーマカルチャー"という生活スタイルが浸透しつつあります。小さなところでは、マイバックやマイボトルという行動様式や、大きいところでは太陽光や雨水を利用する家を建てるっていうのもパーマカルチャーって奴なんでしょう。
まあ「エコ」っていう言葉でも良いようですが、「エコ」っていう言葉だけでは、「ふるさと再生」「誇りの再生」へ集約されていく言葉としては迫力・パワーが足りません。
「「農」とは、やはり「産業」ではなく、「生き方」でありその「継承」なのです。と「集落営農」の項でのべましたが、「農的文化」を見失った都市遊民がパーマカルチャーを獲得するのは、至難の業かもしれません。「生き方」と「継承」を真剣に考え直すような事態、既存の価値観が大きく揺らぐような事態に直面して、はじめてパーマカルチャーへの手がかりを掴もうと腕を伸ばすのでしょう。
大震災と原発事故に直面している今こそ、正にその時なのですが、未来へ生き伸びる為の手立てを掴みとる兆しは残念ながら中々見えてきません。
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大震災のあった今年は、パーマカルチャーやダッシユ村のような里山のくらしをひろめる必要を感じてます。
活動を応援してます。
一応、非公開分を何通かいただいております。
これより、 原則的にunknownでの投稿は非公開、バンドル名のある分は公開するよう心がけます。
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