紅葉座

be not a sheep, be a goat...

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2017年08月13日 06時09分13秒 | 更新(+雑記)


来週ゼロのレビューを出せたら出す予定です。昔の詩も整理しないと・・・。




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今回は最近見た実写映画のレビューを三つ。



■「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」


映画館でリバイバル上映をしており、見ようと思いつつ見たことがなかったので見ることにした。

非常に有名かつ評価の高い作品であり、それは見ていても納得できる。この映画には様々な魅力が詰まっており、一生に一度は見ておくべき映画だと思う。

非常に示唆に富む映画であり、個々のシーンや台詞も良かったが、ただ、私には全体の流れがやや単調にも感じた。

余談だが、隣に座っていた初老の男性は最初から最後まで寝ていた。これもまた得がたい経験だろう。




■「ザ・マミー/呪われた砂漠の王女」


元々トム・クルーズが好きという、ただそれだけで見に行くことにした。

この映画を見ながら考えていたのは、トム・クルーズの魅力はどこにあるのだろうかということだった。映画自体、ストーリーはやや物足りなかったものの飽きることはなかったのだが、頭のどこかでは彼本人に意識が向いていた。

思い返せばこれまでも、彼の映画を見ているときは映画そのものだけではなく、体を張って演技をする「トム・クルーズ」という人自身にも意識が向いていたように思う。彼はほとんどスタントを使わないことで有名であり、鍛え上げられた体がその過酷さを物語っている。CGを駆使するアクション映画が一般的になって久しいが、彼は常に自分の肉体で演技することを忘れていない。彼の演技を見ていると、そう信じられるのである。

また、彼のインタビューを読めば分かることだが、彼は常に「観客を楽しませること」に重点を置いている。今作のパンフレットのインタビューだけでも、『人を楽しませる様々な方法についてもよく考える』、『観客を楽しませることが僕の最大の目的だ』といった言葉を見つけることができ、そんな彼をアレックス・カーツマン監督は『観客の立場で物事を考える俳優』と評している。

そんな彼の映画だから見に行ったわけだが、映画自体もエンターテインメントという感じで決して悪いものではなかった。いわゆる「ゾンビもの」は過食気味ではあるのだが、この映画に出てくるものは動きが特徴的で新鮮味があった。特にアマネット役のソフィア・ブテラの演技は、まさに生き返った死者という感じが出ていて良かったと思う。ダンサーでもある彼女だからこそできた表現だろう。非常に魅力的だった。

ジキルの存在はストーリーの中ではやや浮いている印象だったが、シリーズの出発点として『長期的に見るとジキル博士と他の邪悪なキャラクターにはつながりがあることがわかる』(パンフレット、ラッセル・クロウ)というので、今後の作品にも絡んでくるのだろう。

この映画自体は良かったが、今後どうなるかは未知数なシリーズという感じでもある。




■「ボンジュール・アン」


たまにフランスが舞台の映画を見たくなる。今回はたまたま紹介記事を見かけて足を運んだ。

自然、芸術、そして食事。酸いも甘いも知り尽くした男女による、カンヌからパリへのロードムービー。特に派手な事件が起こるわけでもなく、非常にゆったりとした気分で見ることのできる作品である。反面、退屈な人にはとことん退屈に感じる映画であろうことは想像に難くない。『最近多くつくられている、中毒性のある、アドレナリン的な映画ではない』(パンフレット、p.8)という言葉の通りだろう。

だが、決して何もない映画でもない。会話を味わいながら旅を楽しむことができるのなら、それは最高の贅沢だろう。寄り道に次ぐ寄り道で一向に目的地に着かないのも、『廻り道こそ人生を豊かにするもの』(パンフレット、p.5)という言葉そのもののようである。

この映画は、エレノア・コッポラが自身の実体験を元に脚本を執筆したという。肝心の監督が見つからず、夫のフォード・コッポラに背中を押され自ら監督として撮影することになったというが、その廻り道もなければこの映画は生まれなかったということだろう。

映画の最後は意味深に終わるが、余韻は悪くない。アンの選ぶ未来は、彼女の笑顔とともにある。

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