樹業人~風の通心

持続可能な社会や森林・建築・木製品について、気ままに こそっと考える為のネタ帳です。

イタドリの炊き方

2017-04-28 | ひとり言
イタドリを炊いたら、トロトロになったとお友達が言っていたので、
我が家の炊き方を母に聞きました。

イタドリを採ってきたら、なるべく早めに下ごしらえをする。
先は折って捨て、下から指を入れていく節をはねて
深めの容器に入れる。皮は、剥いても剥かなくてもよい。

たっぷり浸かるだけのお湯を沸かし、沸騰したら火を止め、
しばらく冷まし(80〜85℃位かな)、イタドリが浸るまでたっぷりかける。

浮いてくるので、水面から出ないようにお皿などで重しをする。


イタドリの皮の赤い模様が消えるまで浸しておく。
(一晩、12時間くらいまで放置しておいてもいい。)


その後、水を二時間おき位に3回くらい替える。
急ぐ時は、食べる長さに切って、水を出し流しにすると早い。

とにかく、酸っぱいととろけるので、酸味がなくなればよい。

身欠きにしんを短く切り、煮える程度の水から暫く炊いて、
だし汁とイタドリと醤油を入れて、味がつくまで煮る。

以上。
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ライフサイクルアセスメントと住まい

2017-01-14 | 持続可能な社会

一年に一度の投稿・・・。

ちょうど、このブログを書き始めたのが10年前。
環境の取組みをはじめて、バックキャストで考える事、資源の採取から製造 利用 廃棄までというライフサイクルアセスメントという思考が大切な事を学ばせて頂いた。

読み返してみると、なんと 当時は夢だと思っていた事が確実にかなっている!

例えば・・・
地元の木で出来た印刷用紙やコピー用紙が作れるようになって 使えるようになって
多賀町の広報誌にまで活用してもらえるようになっていたり
古い建物を活かす住まいづくりにも取組んだり
すっかり忘れていたが CO2も半分削減したり
http://blog.goo.ne.jp/jjjko0313/e/34d00c5c26fc712290c4485e719700f2
何より、ほぼ100% 国産材を使った家づくりが出来るようになった。

(すべて、他力本願だけど(笑)感謝・感謝)

森林の方も、まだまだではあるが地元の木が流通するようになり
森林所有者の把握にむけて国が動き出したというニュースも目にした。

ライフサイクルアセスメントから考えると 森林や木材は資源の採取に対してどうかという「はじまり」の部分になる。
建築は「製造・利用」に対して、どうかという取組みになる。
耐震や省エネというのも その中の一つの要素だ。
ここが、今 工務店として取組んでいるところ。

そして、昨年 廃棄に対して あまりにも無頓着だったという事に気づかせていただいた。建物を廃棄する(解体する)に至るまでのアプローチが出来ていなかった…。
ちゃんと分別して捨てるという意味ではなくね。

作る時から考えなくてはいけないのに。

わかりやすい話だと「空き家」の問題もその一つ。
これは、物の作り方や流通とか自社で何とかなる問題ではないけれど
「空き家」になる前に、出来ることがあるのではないか、私たちの業界は空き家予備軍を今もつくり続けているのではないだろうか…とか、問題の深さ広さの現実を目の当たりにしつつ、手探り中。

と、いう事で 今までの活動プラス、「まもる。つなぐ。しまう。」という最終ステップに取組みたいと思っております。

ザックリしすぎの宣言ですが・・・

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とりあえず 個人的なメモ 

2016-02-27 | ひとり言
ずっと、日本では「温暖化」って言うから、いや寒冷化だとか氷河期に向かっているとかという面倒くさい話になるんだよね。
研究者の方は別にして、安全保障 とリスク管理の為に各国動いたんじゃないのと前から思ってた。
資源の奪い合いで戦争、紛争がおきるし政治も不安定になる。
確実に気候変動は起きてるので、防止だけじゃなくて おきた時にどうするかって対策の方に力を入れないと。
 
CO2は、化石資源を使ってしまった事の目盛位の位置付けにしておかないと、本末転倒な事がおきる。
自社でCO2削減に取組んでいる担当者は、結構 そう感じてるんじゃないかな。
最初はCO2CO2って言ってたけど、50%削減に近くなった時に、本質は これじゃないなって 気がついたりするもの。

パリ合意は、そこの所に踏み込んでいるので、今までとは違う方向も必要なんだろうな。延長線上ではだめなんだろう。しかし、建物の断熱と森林への言及は まだ検証が薄い印象。とりあえず、日本にある資源で、基本的な営みができるようにしておく事が大切なんだろう。よその国に、おどされっぱなしはごめんだもん。
 
気候変動長期戦略懇談会からの提言
http://www.env.go.jp/press/102179.html

ゆっくり、読んでみよ。
備えなきゃ。
どんなに省エネなテレビを買ってもね、サイズ大きくしたら 全然 化石資源の使用量は減らないのよね。おんなじ事が、わが業界にも言えると思うし。水害にだって、備えなきゃ。森林で守りきれる雨量を超えたら、凶器になるし、防ぎきれない事も今までより起きる可能性は大きい。バランス 大切。

防ぐのでなく、何かあっても立ち直りやすい(直しやすい)というのも、大切な条件になるんだと思う。きっと。
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うっ ありがとうございます。

2016-02-01 | ひとり言

なかなか、更新できないまま 放置しているこのブログに 沢山の方が今も訪れて頂いていて とても恐縮しております。

すみません。ありがとうございます。

わからない事があって 検索して 自分のブログが出てきたりして 一人 PCの前で赤面したりする事もシバシバ。
全然、進歩してないなぁとか ずっと同じ事 言ってるんだ 私・・・とか 古いアルバム見てるようです。

書きたい事、いっぱい ためてるんですげど。

とりあえず、元気です。

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横ぐしと 森林と 地方創生

2014-09-04 | ひとり言

ローカルアベノミクス、地方創生。ぜひ、期待したい。

自民党の政調会長になられた稲田さんが、おっしゃっていました。

うろ覚えですが「省庁をまたぎ(枠をとっぱらい) 横ぐしをズバズバっと・・・」

そうなの! それをしないと、いくら バイオマス発電とか、CLTとか言っても、山から木は出てこない。
その前に 森林においては、まずは 所有者、資源量、資源の質の把握なくしては!
基本的なことが、ちゃんとわかってないのに、計画も振興もない。

前にも書いたので しつこいですが。
http://blog.goo.ne.jp/jjjko0313/e/bb68c958e166c3901579f3e99982d6dd

所有者がわからない森林が増えるという記事や、Uターンした若者が頑張って所有者を探し、説得してまわり、集約化したという記事を読んだ。

所有者が何人いるのかは、公開された数字が出てこない。農林センサスの数字で計画しては、誤る。1haとか2ha以下の人は含まれていない。相続でどんどん分割されている。
実際は300万人とも言われている。すごい人数である。

最近は、個人情報保護法もある。Uターンした若者や 交通費、電話代、おみあげも自腹で動いておられる村の誰か、問題意識のある町の森林担当者、そんな方々に依存している状況だと思う。

森林組合に、それを押し付けるのも無茶な話だし、管轄は林野庁ではなく、国交省だし、所有者との連絡網が確保できているのは 税金の担当だし、公務員の人が動ける体制をつくるのは違うところだし、最終的には法務局に届けないといけないし・・・。

ズバズバっと、ぜひ 横串をさして欲しい。

あーそれと、コストを下げる努力は必要。だけど、コストを下げて、木をたくさん使ってもらえればいいというのは、大間違い。コストを下げた分は、山に還さないと持続できない。働くこともできない。植林もできない。放置。悪循環。

皆伐のルールや面積や計画性も、一般には見えない。規制がないのかと思える。
コストを下げろだけ言った時に、どうなるのか 簡単に想像できる。
しつこいけど、山に還さないと。

付加価値をつける。
というのも、片方では 低炭素の名のもとに 木が見せられない家にせざるを得ない工法を強いられる状況にある。なんで、日本の木を使うのかを考えて欲しい。
見えなくなったら、どこのどんな木でも良くなる。
死節のある集成材をパテで埋めてる柱なんて、あかんでしょ。
日本の木を使う意味がない。付加価値以前の問題かも。
日本の木の良さを活かす人、価値を認めてまっとうな価格で買ってくれる人を増やさないと。
グローバルな価格に合わせという人より、そういう人を大切にしなくちゃね。
付加価値をつけるというのは、そういう事だし、そういう人がいるのに、ほったらかしになってるもの。新しいもの、違うところばかり見ていては、一番のお客さんをなくしていくのよね。

電気だけの事を考えていては、いけない。エネルギーは資源の中の使い方の一つだし、日本には資源もないけど、捨てるとこも もっとないという事を考えなくては。

80年かけて、育った木は最低80年使う。40年の木は、40年で捨ててしまえばいいかと言えば そうではなくて、建築には、いっぱい化石資源が使われている。コンクリートや石膏ボード、造成もおおかたの断熱材も山を削ったり掘ったりしてつくられている化石資源。

と、期待を込めて 暴走気味に書いてみました。
閣僚 記者会見を聞きながら。

と、農林水産大臣の会見が始まった。

農山漁村を活力ある・・・。

需要の開拓。大規模化。集約化したら、林業は えらい遠くの他県まで木を運ばなくてはいけなくて、運賃に消えるんだけど。製材屋は林業よりも、絶滅危惧種。近くのものは、近くで加工、近くで使うといういう視点もいるのでは。

安くしろ ではなく、材価の回復。すばらしい。そうするには、どうしたらいい?
しかし、関税の問題・・・。関税がかけられないなら、輸出で利益の出た企業から、ガッツリwinwinで その分を還元してもらうという風(実際、補助金でそうなっているとも言えるけど)に 明示をすると 色々変わってくる気がするのだけど。補助金という名前じゃなくてね。

眠たい。閣僚会見って、録画?これを聞き逃すと、フィルターがかかった情報しか入らないしなぁ。
有村さんまで、起きていられるか。

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多賀の森林 1

2014-02-11 | 多賀の森林

忘れないうちに、メモしておきます。

多賀町には、大まかに3つの谷があり その一番北 芹川の上流 河内の風穴から少し行った所にある妛原(あけんばら)で、ずっと林業をされている藤本さんに会いに行ってきました。 以前にブログ 妛原ホタル狩りと霊仙 にも書いています。

多賀町史で、昭和15年に48,370棚の薪炭材を伐ったという記録があり、その「棚」という単位の基準が いくつかあるようで、私の父が知らないかという問い合わせがあったのですが、昭和11年生まれの父は詳しくはわからないという事で、山や林業の事をよくご存じの藤本さんに聞きに行ったのでした。

残念ながら、藤本さんは 父より少し若かく「棚」という単位の事も聞いた事がないと。

その他にも、色々お話を聞いたので「ひとり森の聞き書き甲子園」をしてみましたw

炭にする木は「バイタ」と言ったそうです。炭は、供出品で県から検品する方がこられて、簡単に売れなかったそうです。
藤本さんは、昭和12年か13年のお生まれなので、昭和15年の頃の話かどうかは不明。
戦争の時もまだ小さかったので、内容によっては その後 聞かれた話もあるかもしれません。
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事前に私なりに、昭和15年の時代背景を調べてみました。
昭和15年 日中戦争 多賀では 富之尾で亜炭の採掘がおこなわれていた頃でしたので、それが関係するのかと思っていましたが、こんな資料を見つけました。昭和15年の新聞記事。

切符制へ 木炭の山
この冬は心配無用 生産地に聴く

都市で暮らす皆さんに燃料を届ける為に、各地の森林では 炭用の木が伐採され炭の増産が行われたようです。奥山にも入り、炭焼きは行われました。戦後は、こういう山に植林をしていった訳です。
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藤本さんいわく、船や飛行機など戦争に必要な資材として、大きな木は特に強制的に搬出しなければならなかったとの事。
炭窯には、200貫出し、120貫出し という大きさがあった。
200貫出しには 長さ6尺の木(バイタ)を立てて入れた。窯の前に、横向きに1窯に入れる木を積んでいたそうで、父は それを「棚」と呼んでいたのかもという見解でした。窯の大きさが違えば、立てて入れるので「棚」の大きさが違うのも納得できるとの事。
その1俵=4貫目 つまり200貫の窯からは 良い木がやけた時は、50俵 イマイチの木の時は 45俵。樫・ナラ・ホウソ・ジョウボ・イツキなど。
(樹種については、地域の呼び名もあるかも。人によっては、ホウソがコナラで ミズホウソがミズナラだという方もいて、ではナラは何?wと、未だ私の中で解決できていません)

割り木(薪)は、自分たちが使うのと 3尺2寸に伐り 彦根などに売りに行った。割り木山というのを持っている人がいた。
(彦根のある地区が、多賀の山を持っていたりするのも、エネルギーの確保の為だったのですね)


芹谷地区では、炭はこうのくらに集めた。炭は基本は公的にしか取り扱えない。闇でお米と交換するという事もあったらしい。

植林につても聞いてみました。

多賀で植林が始まったのは、明治33年 郡林(営林)で 水害が多発した為だという。
高室・大君ケ畑・霊仙などの奥山になる。
大正7年には、県営林 108haを植林(白谷かな)分収林で、木を育てるのは県の資金、売れたら 7割が県 3割がその森林の所有者に支払われたという。
民間の場合は、家の近く 出しやすい所に植林はしていたが、そう量的には多くなかったそうだ。

ここで、驚いたのが 芹谷地域で初めて植林されて育った木を買ったのが 私の祖父なのだそうだ。
昭和35年か36年。3町歩 約3haに育った木を570万円で買ったそうだ。
45年前後の樹齢という事になる。当時の感覚からすると、高く買ってもらったと いう事らしい。
裕福だった記憶がないので(笑) 孫としては どうやって そんなお金工面したのだろうと思う。
(地元の木が手に入らなかった少し前、そういや 父は相場の何倍もの価格で入札を落としたと後から知った。県の山だったらしいが、色々な同業の方に迷惑をかけたかもしれない。どうも、血 みたいなので許して欲しい。当時は、最近の価格を知らなかっただけだと思う。本当は 父がつけた金額でさえも、かかった経費を思うと、どうなのかはわからないが、真っ当な木材価格に近かったのではないだろうかと、今なら思える。)

話は、それてしまったけれど、その後 拡大造林で 色々な所に植林されるようにはなったが、その前には雑木が生えていて、それは都市部や紙などのチップ用に伐採された事は、皆さんに知っていて欲しいと思う。植林をしすぎた、自然を破壊したと一方的に攻めるのは簡単だが、需要に動かされ翻弄させられてきたのは森林の方ではないかと思う。

やはり、山とずっと向き合ってこられた方は、林道のありようについては とても心配されている。
しかし「木を安定して安くだせ」という要望により、林道をつくる事が大切になっている。
そういう川下の要望が、どういう山づくりにつながるのか、知った上で 利用する側もどうするのか考えなくてはいけないと思う。林道が よい 悪い という二極の話ではすまされない。
林道は、必要である。しかし、手間暇・コストをかても、その山を知り、できるだけ山を傷めない方法を模索している方々を無視して 型にはめた制度を強要する事は 非常に危険だと思う。

事件は、現場(末端)でおきている。
 
まずは、木材から作られる製品を安く提供する為に、安く木を出す事を市場の原理で強要する事が、企業努力だという流通のあり方を変えないと、まずい。少なくとも、コストを抑えた分は、山側が受け取るべきで、為替の変動や諸外国の事情で変動する輸入木材を引き合いに出して、たたくなど 企業としては最低の行為だと思う。
(もちろん、このあたりでは、あいさつのように「勉強して」というし、少しでも安く というものも探す。それをどうしていくかが、悩ましい所ではある。)
出来るだけ、山・森林を傷めない(つまり、川下の私たちの安全を守ろうと努力している)森林資源の利用が優遇されるには、どうすればいいのかと考えていかなくてはと思う。

藤本さんとの出会いは、森林からではない。バーで知り合った方々とのホタル狩りのイベントで お家を借りたご縁による。そこで、初めて 仕事をしていた頃の亡き祖父の話を聞いた事が始まりだ。
先日も、木炭自動車の件で すばらしい出会いがあった。父に話すと、祖父は 木炭バスの燃料を確保する為に動いていたと、その時知った。
広葉樹などの地域の森林に目を向けたのも 自分でエネルギーを確保したいという事もあるが、サントリーのミズナラ樽のウィスキーを知った事にもよる。

積極的に自ら動いた訳ではなく、普段の生活からは想像できない偶然のすばらしい出会いから(ほとんどが お酒絡みw) 森林にかかわるようになり、今に至っているのは どうも 祖父に操られている気がしてならない昨今である。

たぶん、何かをさせようとしているのだろう。お酒で釣って・・・(笑)

そうそう、馬搬ももちろんしていて このあたりでは のたびき と言ったそう。
これは、谷が違っても 同じ言い方でした。

写真で 藤本さんが手にされているのは 滋賀県立大の学生が Taga-Toun-Project で作成してくれた地域の教科書 多賀編 です。この冊子の「山の暮らし」の所に、藤本さんのレポートが載っています。もっと、もっと 色々聞いておかなければならない話がある。

いそげ! 私! 

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森林の一丁目一番地

2013-12-16 | 持続可能な社会
最近、頭がショートしそうになる位、林野の政策を読む機会に恵まれている。実に色々な事に配慮されているなぁと関心すると共に、どんな素晴らしい計画を立てても、現場では実行する為に根本的に必要な森林所有者の把握もできていないのにどうするんだろうと気になって仕方がない。

どれだけ、国産材の安定供給を叫んでも 基本的には所有者の了解なしに木は伐れない。
森林所有者の把握が、一丁目一番地である。わが町では、半分弱位がつかめてないかもという感じらしい。これは全国的に特別な事ではない。結構に地域がかかえている問題だ。全国では300万人の森林所有者がいる事になっているらしい。(未確認情報ですが)1m2以下の所有者もけっこういるとの事。

現実の森林は一つなのに、森林簿、法務局のデータ、森林組合の施業履歴などリンクしていないデータがいくつもあり、既に亡くなられた人(見るからに明治生まれとわかるお名前)が所有者という割合は相当高いし、面積も地図も実際とは随分違う。図面のようなものもあるけれど、昔のことなのでザックリ「このあたり」というだけで、そもそも、税金をとる為に庶民の所有にしたらしいので、少なめに申告してあったりもする。
森林簿というのは林野関係の行政が持っているデータで、かなり色々なデータが収集されていて、それを元に計画もされているのだと思うのだけど、計画は持主がわからなくても出来るので市町村によっては所有者の欄がないものもあるとか。

例えば、今、間伐が必要な樹齢50年の森林。30才で植林した人は80才。
山の場所は知っていても、日に日に山に行ける体力はなくなってくる。五年が勝負。それを逃すと、そのツケは所有者ではなく行政に回ってくるのは明らかだ。所有者がわからない森林は、誰がどうするの?所有を放棄されても困る。皆が近所の人とは限らない。遠い所の人が相続して分割されたり名字が変わったり、持主間では売買されていても登記されていない場合もあるそうだ。

これは、林野庁や森林組合だけではどうにもならない。というか、そもそもそれ以前の問題で責任を持つのは違う部門だと思う。そのデータが整った上で、本業の林業に専念してもらうべきなのではと思う。

隣地があるので個人で頑張っても限界がある。個人情報保護法を作ったところや管轄している部署に動いてもらわねば、どうしょうもない。所有者は全国に散らばっているので、森林のある市町村だけで何とかなるものでもない。市町村の担当者が他の地域を訪ねて行っても教えてもらえない事もある。
それでも探す手立てやヒントは、やはり地域の高齢者に聞くのが一番だったりする。

それを専門に動ける職員さんの余裕もないだろう。各省庁が一丸となって全国に指令を出し、予算をつけてもらえないと市町村も動けない。国土の7割もある森林。そのうち、民有林で把握できていない森林がどれくらいあるのか。国家の問題である。先延ばしにすればする程、困難になっていく。そういう政策もあるけれど、ちよっと利用しにくい。

とにかく、きちんと計っている時間はない。登記なんてしようものなら相続問題になるし、きちんと決めるとなると隣といさかいがおこって、これも進まない。又、登記してしまうと簡単に売りやすくなってしまう。
そっこん税金にはリンクさせないと約束しないと、協力もしてもらえない。

山を知っている人の寿命と体力。これが優先事項だと思う。時間に限りがある中で、やらねばならない事を想像すると、単年度の政策ではなくせめて五ヶ年計画。
ちゃんと出来ている市町村と全くできていない所、所有者のありようも違うだろう。どこにお願いすればいのかわからないが、各市町村がPDCAで計画をたて実行にうつせるようにサポートして頂きたい。

森林においては、これからますます市町村の役割が大きくなってくるのではと思うし、期待したい。

今度の予算で、こんな政策がでてくるとうれしいのだけど。。。もう 決まっているのよねー。たぶん。
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最近

2013-12-04 | ひとり言

しばらく、投稿しないとテンプレートがなくなってしまうのね・・・と気がつきました。テスト投稿です(笑)

見えている地元の山の木が材木屋でも手に入らないと気がついて、山に近づいてみたら、それはぐちゃぐちゃに絡まってしまった糸の塊でした。
少しずつほぐしてみると糸がブチブチに切れていました。
続く。

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手先は器用だけど、なんとく不器用な素敵な女子たち

2013-05-27 | ひとり言

23、4才だった随分昔、東京から帰ってきて、実家の仕事をしながら、週に二日、設計事務所で勉強させて頂いていました。でも、やはり 刺激のない日々というか、縄張りでガチガチしている感じで閉そく感を感じ始め、「あっ、面白くないのを地域のせいにしてないで、自分で勝手に面白くなればいいんだ!」と気がついて、たまたま、喫茶店でアルバイトをしていた女の子に、フリーマーケットやドライブインシアターの話をしたら「わー、おもしろそう!」というので、「やりたい?」「うん!やるやる!」「じゃ、お友達、集めてきて」なんてことになって、滋賀県ではたぶん初めてのフリーマーケットとドライブインシアターをやりましたの。
今から考えると、横着なイベントでしたが、かなり楽しくて、少し波風がたった出来ごとでした。

それから、ずいぶんと時がたち・・・facebookで、その女の子たちとつながり それぞれ とっても「らしい!」生き方をしていると知りました。


しゅーちゃんは、子育て中。お洋服を作っていました。近江八幡の尾賀商店のイベントスペース(?)を借りて、展示販売するというので、先週行ってきました。



写真が下手で、服の良さが伝えきれませんが、着心地がよい生地と、彼女らしいとても細やかなこだわりが素敵な服でした。ひと目で、ファンになってしまいました。もう少し高くしてもいいよ!!と、思わず言ってしまったほど、丁寧なつくりと良心的すぎる価格でした。

作り手から、顔の見える形で 直接 何かを買うというのは、なんとも いい感じです。  

そう、会った時には、ちよっとウルッとしました。それなりに、お互い色々あったしね・・・(笑)
相変わらずの、ここちよい空気と気配りは変わってなくて、その後、建築士の資格もとった事、フリマをやった事をお子さんに話している事などを聞き、ほっとして うれしかったです。

29日まで、やっているので お時間のある方は、ぜひ!

安高製作所
http://yasutakasei.shiga-saku.net/

開催場所は 近江八幡の 尾賀商店内のidea です。


そこには、先に話の出た 喫茶店でアルバイトをしていた女の子 ハッタがつくったものも一緒に販売していました!
自分で作った有機栽培の野菜や果物と、こだわりの国産調味料でつくられたジャムとチャツネ。

高知の山で旦那さんとこだわりの農業しているという認識だったので、実は ちゃんと生きていっているのだろうかと、心配してました(笑) かなり、思い切った人生を選んだのね・・・と。
が、その筋では有名な梼原町ではないですか! 地域の生態系や自然資源と共存する農法を目指している とHPには書いてあります。うんうん、らしい、らしい、OK! 応援!

原材料から、何もかも ハッタの手づくりかと思うと、一瓶一瓶が愛おしくなってしまいました。パッケージも、とても 細やかな気配りがしてあります。

いやー、まだ かぼちゃのチャツネとジャムしか食べていませんが、これまた ハッタのこだわりがよくわかる美味しさです。チャツネ、イケマス!! おすすめ。
彼女が撮った写真のポストカードも、日々の暮らしの中で出会った、私たちが見逃しそうな景色です。わかりにくいけど、下のヤギ(めいちゃん)の手ぬぐいも、彼女のデザイン。



展示のようすは、こちらを

お店 谷川農園 めいちゃんとみちくさ のHPは こちら 
屋号の由来 が また いいです。
webでの販売もしていますので、ぜひぜひ。


ここまで書いてみて、気がつきました。手先が器用で、センスがあって、生き方が不器用な女の子に私はどうも魅かれるようです。(あっ、そういう意味ではなくて・笑)
こういう彼女たちの生き方が、少しずつ未来をゆるく作っていってくれている気がするからなのですよね。

松は、最近 鳥取に行ってしまったけれど、なぜか高知の梅原真さんに スギバラをつけていたり、

奈緒ちゃんは、岡山の西粟倉で家具をつくっていたりと、

最近「ものづくり」をしていない私は、彼女たちの生き方がとっても、素敵に思えます。

きっと、別々に出会った彼女たちだけど、いつか つながる気がします。なんとなく、かすってるもの(笑)

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未来の森林

2013-04-21 | 持続可能な社会

●まえがき(笑)
冊子を出すにことになって、私なりに一生懸命考えたのだけど、ズバッ! と却下になったので、せっかくなので 超個人的に ここに書くことにしました

確かに、公に出すには 無茶だったかもと思うけど もう 色んなものを犠牲にしてひねり出したのよ・・・。ハハハッ。でも、このブログもボチボチしか 書けないので 何日かかる事やら。長くなるんだろうなぁ。言いたい事、溜まってるし。

●本文
やる気がない森林所有者 という言葉を最近目にするようになって、私の周りをリサーチすると やる気がない 以前の問題で「どこから、取りかかればいいのか わからないだけ」の人も結構いたりする。口では言わないが、みんな自分の家の山の事は気になっている。

だいたい、わが家の色んな話を総合すると、今みたいな広い範囲の植林なんてした事がなかった爺さんに連れられて、父が手伝いに行ったという感じで、早 その父も75才を超えている。早くに祖父が亡くなったというのもあるけれど、そもそも 杉・桧の育て方の伝承なんて うちの近所にはなかったんだもの。下草刈りはしたぞ! と言っていたので、間伐をしているかは かなり怪しい。 その後、たぶん 誰も教えてくれなかったんだろうと思う。教えてもらったとしても、とても、山仕事をしにいく時間もなかったしね。 材木屋が皆 儲けていた訳ではないのですw 大勢の子どもを育て、会社を存続させるのに精いっぱいという、そういう時代だったの。責められない。

会社勤めの林家の人も、そうそう休めない時代だった。森林をなんとかしろというのなら、育休のように、本当の「木育休」というのが正々堂々と取れるようにしないと なんて思ったりする。

この間、お会いした隣村の年配の人が、「木を売ったのは、自分らの世代が最後やろな」と言われたので、その頃はどこに売っていたのかと聞いたら「あんたのとこ」と言われ、地域での役目が今はたせていない事を心苦しく思った。といっても、つながりが切れている訳ではなく、木が1本邪魔になるからとか、治山工事の為の伐採の時も声をかけて頂いた。
今は、材木の価格が安いからと言われると胸が痛んだりもするけれど。

拡大造林が終わり、木を育てているという事は、建築材になる木は少なくなっている訳で、少しずつ製材屋も市場も素材屋さんも、廃業していった。本来であれば、伐り出した丸太を近くで、色々有効に使い販売する事で、原木を少しでも高く買える場所=木の出口がなくなったとも言える。それも、木がまだ細いうちは、難しい。

そして、地域では木を売ったことがない山主と買った事も売った事もない森林組合が残ったという感じに近い。森林を育てる事が仕事だった森林組合に、いきなり商売感覚を身につけろというのも無茶な話でもあるし、市場に売るのが原則なので、地場の製材所は通り過ぎていく。

やっと柱材がとれる大きさに育ったけれど、まだ、梁材は難しい。多様な木材の加工場をつくるには、この地域ではまだリスクが多い。出てくる木も出口もまだ少ないから。だから、何をするにも遠くまで運ばなくてはならない。輸送にかかる経費に、消えていく。地域材と他の地域の国産材の使い分けが、現段階では必要になる。林業の方にがんばってもらっても、その先も同時に歩幅を合わせていかないと、ビジネスとしては危うい。木は動いても、林業や製造業が苦しくなっては意味がない。

そんな現状の中で、自分たちの事を棚にあげながら、山主の方にメッセージを伝える言葉をさがさなければならなかった。昔の丸太価格が良かった時を知っている方にも 木を植えすぎたと避難され「やる気」がうせた方にも、林業はダメと刷り込まれている次世代の担い手にも、意識を変えて頂かないと、待ったなしで、未来に健全な森林は伝えられない。

自分の頭を整理する為にも伝える言葉をひねり出したのが これ↓


●盛況だった戦後の林業は、例えていうなら先祖の貯金(森林資源)を使って得たものです。

●当時の植林は、減った元金を元に戻すものでした。おかげで先進国の中ではトップクラス、国民が心配する事のない量にまで成長しました。

●これからは「利子」=「森林の成長量分」を上手く使い、若い木から高齢の木、針葉樹と広葉樹がバランス良く分布する健全な森林を将来にわたり持続させる仕組みを、地域で考え、守り育んでいく事が大切なのではないでしょうか。


 

確かに、もう少し 熟成させないと 万人受けしないとは思うけど、近江商人の土地柄には悪くないアプローチだと思うのだけど やっぱりだめかしら?(笑)
そもそも、林業は「業」なんだもの。お金の話を少しでも、からませたかったのと、時間軸を変えるにはどうすればいいのかと、相当 苦しんだ。お察しの通り、簡潔に文を書くのが、めちゃくちゃ苦手な私にとっては、苦行のような日々。文才もコピーライトのセンスもない。

それで、「利子」というのが、どういう事なのかという事をグラフもどきにしたのが 下のグラフ。
実は、6年以上 同じ事を言い続けていると気がついた。  
2007年の記事 間伐だけでいいの? でも、今回は 一歩 進んだのですよ。
手に入ったデータが100年もなかったので、限界はあったけどね。


もちろん、私は専門家でもないし、もっと色々な事を考慮しなければならないし、バランスがいい持続可能な森林の姿が、どんな形なのかわからない。そもそも、元のデータは ザクッとしたプロットだと思うし、杉と桧、育ち具合などで伐採できる林齢は違う。もっと、言えば、実際の森林は、林齢で面積をズバッと分けられるものでもないし、面積でカウントできる森林のありようが良いのかというと、疑問も残る。実際の現場では、かなり難しい事も理解できる。本当は、資源量の方がよかったかな?とも思ったり。

だけど、森林林業白書で これに近いグラフを見た時は うれしかったのよ。国も考えててくれたんだぁと思って。未来が、見えないと動けないもの。自分たちの世代で、結果が見えるものではないからこそ、バックキャスティングで計画するって大切なのよね。

間伐しましょうなんて、最近 言われ出した感があり、植えろと言われ一生懸命植えたのに、今度は、植えすぎたと言われ、次は木は伐るなと言われ、手入れをさぼった・やる気がないと言われている山主にとっては、「荒れているから間伐しろ、手出しは少ないから」と言われても、何のモチベーションもあがらないし、きっかけにもならない。余程、大儲けできるならば別だけど、そうでないのなら、先祖と子孫と世間の皆さまの為と思わないと、やっていられないのが森林を持っているが今は「業」としていない多くの個人の山主の気持ちではないだろうか。

あくまで個人的にではあるけれど、木を使わせて頂いている「業」として、地域に対して、環境に対して、未来に対して負荷をかけていない森林から出された木であるということは大切だと思っている。でも、一番は、良い住まいをつくること。その為には、良い木は欠かせない。だから、今のコストや量重視の林業の流れには、不安を覚えることもある。それも、私たちが真っ当な価格で木材を買わない事が原因でもあるのが歯がゆいが、直接 買わない限り 原木価格がどうなっているかなんて、さっぱりわからなくなっている。もちろん、その木が生えていた山がどうなっているのかをつかむことは難しい。かといって、森林認証を受けた森林の木じゃないと使わないなどと 個人の山の集合体に望めば、ますます、山が動かなくなる( これは、ここの地域の場合ですけどね) 林業と言っても、様々なのである。

だけど、将来は、森林にかなり依存する世の中になる可能性があると思っているので、今のうちに、ルールを決めておいて欲しいと思っている。 ちなみに建築でも発電ではなく、製造業の資源。発電にいきなり丸太を使うなんて、資源の有効活用という点では非常にもったいないと思っている。何かに使った後に燃やせないものか。せめて、丸太ならば、熱エネルギー。樹木は、字のごとく「樹脂」がつくれる持続可能な資源でもあるのよね。構造材や内装材だけでなく、設備機器や配管・接着剤にとっても、重要な資源となりうる可能性がある。

戦争は 資源の奪い合いでおこり、国民は その時の自分の暮らしを守る為に「伐れ!」と言い、マスコミは今とは逆の事を言っていて、政府がそれに応じてきた。その結果が、現在のバランスが悪いグラフの形になったのだと思う。
伐れと言ったり、植えすぎたと言ったり、伐るなと行ったり、そんな事に右往左往していたら、人間とは違う時間軸で存在する森林は守れないと、過去は教えてくれている。もう、お殿様がいる訳ではないし、やっと、ちゃんと、しばらく心配がない資源量を確保できた今だからこそ、未来への手立てを考えておかければ・・・と。このままでは、今の続きの価値観で 産業の為と乱伐を許すことになるやもしれない。

終戦後の森林政策を、今の現状から責める意見もよく聞くし、批判する方が受け入れられやすい世の中で、判で押したような批判には少々ぐったりするようになってきた。
あの頃の状況を思えば、かなりベターな政策で、少なくとも今よりは、未来に対してのリスクマネージメントができていたように思う。
もし、木が輸入できていなかったら、どうだったか。森林に手を入れず、針葉樹を植えず、天然に任していたら?少なくとも、細いながらも、植林した事に対して、文句をいう人などなかったのではないか。山を削らずにいたら、多くの人が暮らしている場所は、田んぼのままだし、木造だけでなく、コンクリート造も鉄骨造も 建物を建てるには 相当苦労したはず。

いまある問題は、木を使わなかったことによるが、それも、まだ育っていなかったし、例えば北欧材が入ってきたのも、森林の時間軸でいうと ほんの最近のこと。切り替えるなら「今でしょ!」と、いう感じで 遅くも早くもない気がする。

これからは、石油が輸入できなくなったらどうするか、石灰が日本から採掘できなくなったらどうするかなど、今の木材の需要だけで森林の事を考えてはいけない未来が待っている気がする。(たぶん)

上のグラフは、エクセルで数字をあっちやったり、こっちやったりしてつくったのだけど、数字だけでも、かなり難しい。あー伐りすぎかな(エクセルの中で)と思ったけれど、成長量の6~7割位の伐採→植林量に結果的なりましたの。そっか、木は成長するんだとあらためて実感しました。素晴らしい資源。
ただし、バランスが取れた後の持続可能な年間の伐採量は、そう多くはないのではないかという感じもした。まぁ 幸か不幸か人口は減っているし、日本の森林がまかなえる日本人の数という視点から考えてみるのも悪くない。(誰か、計算してくれないかしら)

ただ、しばらくの間、これだけの量を伐って育てるという事は、「使う人々」がいないと伐れない訳で、私たち、建築業者も、競争力も大切だけど 未来の資源に責任を持つという姿勢を問われているというのが、よく理解できたグラフでもありました。

コストダウンからもたらされる結果が与える森林・林業への影響もだし、将来の化石資源の枯渇の問題にも 正面から向き合うということも大切だし、間伐でも、皆伐でも 育てる経費を考えたら「いるもんはいるという原木の買取価格」にして、未来を見据えた森林を育てて頂けるようにしないと、子供や孫の世代に、あの頃の日本人は何やってたんだと言われるような気がする。

牛丼屋さんみたいに、価格競争で値段を決めてはいけないのだよ、森林資源を使っている会社は・・・と思うけど、建築にも企業間の競争はあるし、なかなか難しいのも現実。
林業の問題ではなく、国家の問題なので(と、とりあえず言いきってしまうw)、経済活動の中でみんなで、その分をプラスすればいいのだけれど、鎖国している訳ではないので、それも難しい。

それが経済活動の中で自主的にできないというのならば、関税に手を加えるのが一番なんだけど、他産業の為にそれも許されないだろうし。本当は、政府が政府たる存在感を一番出せるのが、関税のコントロールなんだけど、それも放棄しそうだし。はてさて。

●あとがき
自然を守れ、土砂崩れ、水の枯渇も水害も起こすな、多様性のある森にしろ、動物も守れ、でも、動物の被害は減らせ、CO2は吸収させろ、花粉は減らせ、地域も活性させろ・・・私は、更に もう少し15年位までは目のつまった丸太を育てて欲しいとか、やっばり 死節はあかんでしょ とか、固い釘のきく国産の下地材はないのかとか、堅い多様なフロアー材を育てて欲しいとか そんな事も思ったりする。

そこに、更に コストダウンしろなんて とても 言えない。負担しますので、どうぞよろしくお願いします という気持ちになる。

最近、同じ事に同じお金を使うにしても 変えた方がいいと思う言葉がある。

「補助金」「貢献」
恵んでやっている感のする言葉は、失礼だとさえ思う。
貢献というのも、本来は本業で当たり前にしなければならない事が多い。

後は「間伐材」「温暖化」
これは、又の機会にでも。

と、ここで 自分の家にも山があることを再び思い出した。まずい。やる気のない山主からは、やっぱり脱却しないと(笑)
最近、結構 わかりやすい資料を見つけましたの(難しいけど・笑)
林家のための森林経営計画ガイド

再生プランが批判されていて、そりゃもっともだ!と思った事もあったけど、資料を読む限り、何が問題なのかよくわからなくなってきた(笑) どこで、何が 変化してしまうのだろう。。。
伝わり方の問題?補助金の出し方がリンクしてないから?
地域にも、個人にも配慮されている感じはするし、当町も着々と動き出している。
イコールフィッテングというのも、なくなってないはずで 森林組合の独占を推奨しているとも思えない。PDCAで、直していけばよいのでは。そう、簡単ではないだろうけど。何にしても、時間はかかる。

とりあえず、この資料を見て、どこで、つまづくのか、何が大変なのか、どういう弊害があるのかわからないけど「わが家の森林経営計画」というのをやってみてもおもしろいかもと思った資料でした。 まずは、きっかけが大事ですもんね。

あー 長くなった(笑) 何日かけて、書いた事やら。分厚い書類が某所から、届いたので とりあえず、しばらく加筆できないので、これでアップします。分けるとぜったい、下書きのままなので、長くなってごめんなさい。しかし、自分のブログは、気楽でいいなぁ。

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