図書館の冒険

蔵書数約100万冊の図書館の書棚から出会った本を紹介するコラム的書評

「さらば国分寺書店のオババ」 売らないで良かった

2017年04月04日 | Weblog
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さらば国分寺書店のオババ―スーパーエッセイパート1 (センチュリー・プレス)
椎名 誠
情報センター出版局


椎名誠の本は、新刊が出るごとに
購入していたので
つい十年前くらいまでは、本棚に“どかっ”と並んでいたのだが
息子の成長に従って、お父さんの家庭内における地位はどんどん低下していく
に、つれて“どかっ”が“どん”になり、

この近年は“まあ、一般的家庭としてこのくらいあっても良いんじゃない”
というくらいに減ってしまったのだ

えーと、これは日本中で証明された、家庭内父子相関二元二次方程式という
どうにも抗えない天秤秤の動作を表す、まあ恐ろしい原理なわけですね

つまり、この本邪魔じゃない? 子供の本が置けないのよね
参考書とか、図鑑とか、ね? これだけ増えてるの
だから、スペースが必要なのよね

と、妻にねちこく言われると これはもう抵抗ラインがぐっと下がってしまい
――ちなみに、妻はほとんど読書をしない人なので、こんな並べてるだけの
物体に何の価値やあると、顔中でアピールするのです――

で、なんとなくこのへんで手打ちにしてよ……とういう、自己申告するから
許してねみたいな、まるで焼き鳥屋の親爺が
はい、うちはいつも青色申告してますから、もう税務署さんには敵いまへんな
という態で、大方の蔵書を段ボールに詰めて
ブックオフという、十羽ひとからげの引き取り屋に売ってしまったのだった
が、本書だけは何となく(売ってはいかん、これは残しとけ)という
脳内のお告げに従って残しておいたのだった

ところで、人が本を残しておく理由はなにか? と、立ち止まって
――別に、走っていないか
考えてみると

この歳になって、しかもこのブログを書くようになってわかったのだが
とっておいた本を読み返すと、その時のことを思いだすのだな
それも、様々な感覚が本の背景に蘇るからなんだと、つくづく実感するのである
図書館に頼るという手もあるが、初版当時の本は、まず普通の図書館では
文庫に置き換えるか、よほど名を成した本でないと廃棄されてしまう

本書の場合も、その後文庫化されているので、内容の確認はできるが
手に持った感じや重さから伝わる感覚は、当初の本からでないと解らないものだ
特に、これはあまり重要視されていないのだが、
奥付の広告や出版元の同時期の本の情報は、そのデザインやコピー(広告分)の
表現などは結構参考になるのだ

で、なにを思い起こすんだよ 本題になっていないよ
という重大な問題がハッキリしたところで 続きは次回
この本の背後には私の人生最悪の恋愛経験が隠されていたああ!
ぜいぜい。 では、また






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