図書館の冒険

蔵書数約100万冊の図書館の書棚から出会った本を紹介するコラム的書評

「60年代ポップ少年」スピンオフで“貸本屋”

2017年03月20日 | Weblog
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ぼくらの時代には貸本屋があった―戦後大衆小説考
菊池 仁
新人物往来社


でかというと、作中に出てくる“貸本屋”の話から
思い出がわらわらと湧き上がってきたので……

昭和の庶民文化を支えた
というと、おおげさかもしれないが
少なくとも、私の少年期の読書(といってもその多くはマンガだけど)
を支えてくれたのは貸本と図書館(こちらは冒険小説)だ

ところで、本書の著者は、きわめて丹念に貸本屋について自身の記憶を
交えながらたどっている
「60年代ポップ少年」の著者、亀和田さんもそうだが
菊池仁さんもなぜこうも、何十年も前のことを良く覚えているのだろう?
もっとも、こうした本を著すには、そうした才能が必要なのかも知れない

まあ、私の漠然とした記憶も、読むにつれて少しずつよみがえってくる

冒頭は著者が子ども時代を過ごした横浜の貸本屋か「一二三堂」の
記述からはじまる
店舗の様子が細かく記されているのはもとより
「一二三堂」のおばさんの人物説明がとても興味深いのだ
というのも、私の良く通った貸本屋にも、店主の“おばさん”がいて
イメージが重なるからだ

本書によると、戦後の昭和二十年代から貸本業が一種の流行となって
全国に広がったらしい
この原動力となったのが、それまで貸し出すにあたって保証金を
預かる形から、身分証明を提示して登録制にし、つまり信用貸しのシステム
をとるようになってかららしい

何のことはない、TSUTAYAの実質的な生みの親じゃないか

で、この仕組みを作ったのが、あの“暮らしの手帖”の花森安治氏の弟、
花森安三郎氏だったのだ
と、一族で発想が豊かだったのかもしれない

話を戻そう 貸本屋のおばさんだ

私が足しげく通ったのは、生まれ育った世田谷区代沢の小さな商店街
に張り付くようにあった区立小学校の通用門すぐ横にあった3~4坪
ほどの貸本屋だ



しいて言うとこんな雰囲気だった……かな

店舗の右奥に小さく張り出したカウンターにいつも座って店内を
見張っている
小学生やら大人の出入りがけっこうあって、目を離すと万引き
されかねないから当然だ

本書の著者は、小学校五年生の時思い切って店の敷居を跨いだ
と書いてある 
私はその当時まだ幼稚園生なので、もちろん貸本屋とは無縁である

「60年代ポップ少年」もそうなのだが、本書の著者とも
8年というなんとも微妙な年齢差があるので(親子ほどの差はないので
まあ、4人ほどの兄弟の長兄と末弟という感じか)
一時代の端緒から末期までが見られて、とても面白い
「60年代…」からスピンオフしていくモーメントが働く理由が
ここにあるのだ


以下続く


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