EMERALD WEB ≪拝啓 福沢諭吉さま≫

政治・経済・生活・商品情報などさまざまな話題で情報を発信してます。

<資料>中国民主活動家締めつけ、毛沢東批判、抗日戦争の真実を語る:獄中老人、81歳の鉄流氏が日中戦争時代の毛沢東を批判

2017-07-15 23:47:19 | 資料

ノーベル平和賞の劉暁波氏が書いた「中共による抗日戦争史の偽造」

 2015/12/3(木) 12:00            遠藤誉 東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士

民主立憲を求める零八憲章を起草して投獄され獄中でノーベル平和賞を受賞した劉暁波は、投獄前に「抗日戦争中、中共軍は日本軍と戦わ

なかった」「嘘の宣伝を続ける中国政府は人民の信頼を得られない」と書いていた。


◆「零八憲章」とは

中国の作家・劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏は、2008年に「零八憲章」を書いたことで逮捕された。「零八憲章」は中国共産党の一党支配を終わ

らせるべきだとするもので、三権分立や民主化の推進あるいは人権保護などを訴えた憲章である。中華人民共和国憲法にも言論や報道ある

いはデモの自由は謳われているものの、一方では中国共産党を「中国を指導する党」と憲法で決めており、一党支配を批判する言動を行なっ

た者は法に依らない逮捕拘束をしているとして、新たな国家のための憲章を起草した。


発表したのが2008年であることから、「08」を漢数字で書き「零八」(ぜろはち)とした。12月9日に発表しているのでまもなく7周年となる。


2010年、獄中でノーベル平和賞を受賞したことで有名。刑期は2020年6月だ。

 

◆「中共による中日戦争史の捏造」を糾弾

劉暁波氏は2005年4月7日に「中共執政後対抗日歴史的偽造(中共執政後の、抗日戦争史に対する捏造)」というタイトルでアメリカにある中

文ウェブサイト「博訊boxun.com」に投稿している。これは『単刃毒剣』というシリーズの中の一つである。その概略を以下に示す。彼自身の

見解であり、筆者と異なっている個所もあるが、いっさい検証は行なわない。そのまま訳す。

――――――――――§―――――――――――

中共が政権を掌握してからの「嘘による統治」および「歴史の捏造」は、「日本の右翼による侵略歴史への改ざん」を遥かに上回るものである。

中共による自分自身の独裁統治に対する美化も、日本の右翼による軍国主義の美化よりもはなはだしい。


1949年に中共が執政を始めて以来、ひたすら中日戦争の歴史を歪曲してきた。日本人はアメリカに負けたのであって中国に負けたのではな

いことは前に述べた通りだ。国共による抗日戦争の歴史の中で、中共はただひたすら嘘しかついてこなかった。当時の日本人だったら誰でも

知っているだろう。戦っている相手は蒋介石であって毛沢東ではなく、日本が連合国の攻撃を受けて降参に追い込まれたとき、降参した相手は

国民政府(国民党の政府)であって、中共に対してではないことを。


もし日本軍が蒋介石を疲労困憊させていなければ、蒋介石の当時の実力と決意からすれば、中共を叩きのめすなど非常に容易なことで、中共

が政権を奪うなどということは絶対にありえなかった。これに関しては毛沢東も政権掌握後否定していない。だから(建国後)日本人に会ったと

きに、毛沢東は自らこの事実を持ち出したのだ。


1994年に中央文献出版社&世界知識出版社から出版された『毛沢東外交文選』によれば、


毛沢東は1960年6月21日に日本の左派文学者・野間宏らに会った時、日本の皇軍に感謝する話をした(省略)。


1964年7月10日に、日本の社会党の佐々木らと会った時も、佐々木が謝罪するので「謝罪などする必要はありませんよ。もし日本の皇軍が

中国の大半を占領していなかったら、われわれは政権を奪取することはできませんでした」「皇軍が来たからこそ、われわれは国共合作をする

ことができて、だからこそ2万5千まで減っていた(中共の)軍隊は、8年間の抗日戦争の間に、なんと120万人の軍隊に発展することができた

のです。皇軍に感謝しないでいいと思いますか?」などと回答している。


1972年に日本の首相・田中角栄がやって来たときにも、毛沢東は「日本が中共を助けてくれたことを感謝します。もし抗日戦争がなかったら、

中共は政権を掌握することはできませんでした」と語っている。


その一方で、中国は教科書に何と書いているのか?


たとえば2003年に人民教育出版社から出版された『全日制普通高級中学教科書(必修)』の『中国近現代史』下巻を見てみよう。そこには抗

日戦争時代、いかに中共が積極的に日本軍と戦い、いかに主動的な役割を果たしたかが強調してあり、蒋介石・国民党軍の功績など、一文字

たりとも書いてない。


歴史教科書を書く中国の歴史家たちに聞きたい。


あなたがたはなぜ、日本の歴史改ざんばかりを責め立てて、中共がここまで嘘で塗り固めた歴史の偽造をしていることに対しては一言も言わ

ないのか?


なぜ中共の歴史の歪曲に憤慨しないのか?


この歴史家たちは皆、中共の意識形態(イデオロギー)部門が虚偽の歴史を製造する広大な工程に参画していることになる。


仮に、中共が国内だけにおいて嘘をつきまくり愚民を育てようとしているだけで、対外的には中日戦争時の歴史の事実を尊重しているのだとし

ても、中共の一貫した「嘘をつく」本性は、人の信頼を得ることはできない。


いったい誰が、毎日自国の民に嘘をつき続けているような政権を信頼することができるだろうか?


いったい誰が、この御用史学者たちが、対外的にだけは誠実で嘘をつかないなどと信じることができるだろうか?

――――――――――§―――――――――――

以上が劉暁波氏の論考の概略である。


昨日、本コラムで書いた81歳の鉄流氏の論考と共通しているのは、「このような嘘をつき続ける政権に、信頼性を抱くことができるのだろう

か?」という、中国人民としての怒りだ。


これらを見ると、日本の国民よりも中国人民の方が、よほど真剣に「中共が日中戦争史に関してついている嘘」に関して向き合っていることが

わかる。


その政権の中で生きている中国の心ある民は、命を懸けて「日中戦争史を捏造する中共の罪」を問わないと、嘘で固めた中共が統治する中国

の中で人間らしく生きていくことは不可能だと思い、闘っているのだ。この状況を変えなければ、中華民族の心は亡ぶと必死だ。


中共の老幹部が、筆者が『毛沢東 日本軍と共謀した男』を書いたことに対して「よくぞ書いた! 誰かが書かなければならなかったのだ!」と

言ってくれた言葉の重みが、ようやく理解できる。


日本人も、この現実に目を向けてほしい。

 

 

81歳の鉄流氏が日中戦争時代の毛沢東を批判――懲役刑を受けている獄中老人

2015/12/2(水) 17:00    遠藤誉   東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士

中国の作家・鉄流氏(81歳)は、投獄される前に「抗日戦争時の真相を明らかにするときが来た」というタイトルで、「日中戦争時代の毛沢東が

日本軍と戦わなかった」事実をネットで公開している。その概略をご紹介する。

11月30日付の本コラム「中国民主活動家締めつけに見る習近平の思惑」の最後に、81歳になって懲役刑を言い渡されている鉄流氏が、「日

中戦争(抗日戦争)時代に中共は何をやっていたのか」に関する事実を指摘していると書き、「これに関しては次回に回そう」とお約束した。

しかしIMFが人民元に関する重大な決定をしたため、そちらを優先して「次回」というお約束を破ってしまったので、同日に約束の記事を公開し

たい。

以下は、鉄流氏が2013年7月19日に「博訊」(boxun)というアメリカの中文ウェブサイトに投稿した論考である。原文をそのまま全て翻訳す

るのは長文になるので、要点のみを略記したい。鉄流氏が書いた内容が正しいか否かは検証しない。彼が書いた内容のみを以下に示す。

―――――――――――――――◆――――――――――――――

最近中国では、抗日戦争時代の歴史の真相に関して、現状を見つめようとする動きが起きている。

これまでは抗日戦争は毛沢東が指導したもので、第一線で日本軍と勇猛に戦ったのは中共軍であると教え込まれていた。抗日戦争時、

(国民党軍を率いる)蒋介石は四川省の峩眉山(がびさん)に隠れて下りて来ず、抗日戦争に中共が勝利したら、初めて下山してきておいしい

桃を食べようとし、アメリカ帝国主義の力を借りて内戦を起こしたのだと教えられたものだ。


私も若かったから、その宣伝にすっかり洗脳されて、一般人民と同じようにそう信じて疑わなかった。


しかし、抗日戦争の真相を明かそうという動きが出るにしたがって、そのような中共の宣伝部の物語はまったくの虚構で、日本軍と戦わなかっ

たのは国民党軍ではなく、中共軍であることが明らかになってきた。


詳細な資料によれば、1931年から1945年までの間に、中国と日本は22回の大型会戦を交え、1,117回の中型の戦役を戦い、28,931回

の小型の戦いを行なっているが、国民党軍の犠牲者は陸軍が3,211,419人で空軍が4,321人、海軍はほとんど全滅したに等しい。


一方、中共軍はその間、なにをしていただろうか?


地雷線や遊撃戦などはやっているが、いったいどこに決定的な大型会戦をやったことがあるのだろう?


1935年に紅軍(中共軍)が陝北(延安)にたどり着いた時、1万にも満たない兵士しか残っていなかったというのに、1945年8月に抗日戦争が

終わった時、中共軍は百万の大軍に成長していた。(抗日戦争の犠牲になって)減ったのではなく、増えたのだ。


国民党軍は日本軍と戦って、上将21人、中将73人、少将167人が戦死したが、中共軍で戦死した将軍は何人いるだろうか?


2人いるが、戦った相手は日本軍ではなく、国民党軍だ。抗日戦争中に(国共合作をしながら)中共軍は国民党軍と戦って戦死した。


毛沢東は抗日戦争において「兵力の10%だけ抗日戦争に使い、20%は国民政府(蒋介石)に妥協し、70%は発展すること(中共軍が強大に

なること)に使え」と命令した。抗日戦争が終わってから、おいしい桃を食べに来たのは蒋介石ではなく、毛沢東だ。


毛沢東は抗日戦争中、以下のような指示を出している。


1. 一部の者は日本軍が占領する地域は少なければ少ないほどいいと考えているようだが、日本により多くの地域を占領させてこそ愛国だ。さもなかったら、蒋介石の国を愛することになってしまう。中国には「蒋・日・我(毛)」という三国志がいるのだ。


2. 冷静になれ!抗日戦争の前線に行って抗日英雄になるな!日本軍との正面衝突を避けよ!蒋介石が(国共合戦のために)中共軍に前線に行って戦えという命令を出して来たら、色々な口実を探して先延ばしして実行するな。日本軍が大々的に国民党軍を殺してこそ、われわれ(中共軍)は抗日戦争の成果を座して待つことができ、国民党から政権を奪うことができるのだ。


3. 我が党の武装力を強大化させるために、抗日戦争中は体力を温存させて、抗日戦争後に全国の政権を奪還しなければならないのである。


毛沢東はまた建国後に以下のようなことを言っている:


私は日本の友人たちと話をしたことがある。彼らは「日本の皇軍が中国を侵略して、非常に申し訳ない」と言った。私は彼らに「とんでもない!

あなたがた皇軍が中国の大半を占領しなかったら、中国人民は団結して蒋介石に立ち向かうことができなかった。そうなれば、中国共産党は

政権を奪取することはできなかった。だから日本の皇軍は中国共産党人にとっては良い教師であり、大恩人だ。救いの神だということもできる」

と言ってやったんだ。


現在、中共でさえ認めている日中戦争時における厳然たる事実なのに、一部の左傾文人たちが歴史を改ざんし捏造しようとしている。映画やド

ラマもそうだ。お前たちには良識はあるのか?人格はどこにいったのだ?


抗日戦争の真相を明らかにしない、もっとも大きな弊害がどこにあるかを指摘しよう。


執政党がいつまでも大嘘をつきながら国を統治しているということは、その党には嘘で固めた統治能力しかないからだ。


この嘘をつき通すとすれば、それは国家を統治する党ではなく、ゴロツキか卑しい下品な奴に成り下がったということになる。


中国にはいま、なぜ信仰がないと思っているのか?


執政党である中共が嘘をつき通している中で、国人は信仰を持つことができるだろうか?


皇帝が新しい衣に着替えたところで、いかなる役にも立たない。


歴史の真相を見つめてこそ、国人は新しい衣を着た皇帝を許すことができるのだ。


以上である。

 

中国民主活動家締めつけに見る習近平の思惑

2015/11/30(月) 7:00      遠藤誉  | 東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士

民主活動家・郭飛雄氏に6年の懲役刑が言い渡された。起訴時にない罪名が加わっている。筆者の親友で81歳になる鉄流氏の逮捕および懲役刑ととも

に、習近平は何を恐れ、中国で何が起きているのかを解きほぐそう。

 

◆民主活動家・郭飛雄氏の懲役刑――新公民運動が真の理由

リベラルな論調で知られる広東省の新聞「南方周末」は2013年の新年特集として「中国の夢、憲政の夢」というタイトルの記事を出そうとしていた。

「憲法に基づいて自由と民主を実現しよう」という内容だった。胡錦濤元総書記が2012年11月8日の第18回党大会で繰り返し主張した「政治体制改革」

を習近平政権が実現するか否か、その決意のほどが試される記事であったといっていい。


ところがこの記事は中国共産党広東省委員会宣伝部によって掲載を禁止され、「こんにちの中国は民族復興の偉大な夢に最も近づいた」という中国共産

党礼賛記事に置き換えられるという「事件」があった。(この事件に関しては2013年1月9日付けの日経ビジネスオンライン<中国に言論の自由はいつ来

るのか?>で詳述。)


このとき街頭で抗議活動に加わった者の中に、郭飛雄(本名:楊茂東)という民主活動家がいる。彼は1966年生まれの弁護士で(華東師範大学卒)、新

公民運動に参加している民主活動家でもある。「新公民運動」とは、「自由、正義、愛」による公民の権利を守っていこうとする新しい民主化運動で、孫文

が書いた「公民」という文字をロゴにしている。2010年ころに、法学者の許志永氏(エール大学客員教授)や王功権氏(ベンチャーキャピタリスト)など、エ

リート層が始めた運動だ。

2014年1月27日付の<「新公民運動」に怯える習近平政権――提唱者に懲役刑>に書いたように、習近平政権になってから、提唱者はつぎつぎに捕

えられ懲役刑を受けている。


郭飛雄氏が初めて目を付けられるようになったのは、2005年4月末に「日本の右翼の反動的な言論に抗議する」ということを口実にして、「五四抗議デモ

を行なうこと」を北京市公安当局に申請したからだ。申請は不許可になっただけでなく、「民衆を扇動して公共の秩序を乱した罪」により15日間、拘留され

た。


「五四運動」というのは1919年5月4日に、北京大学の学生を中心に行われた反日デモに端を発し,全国的な規模に拡大した反日(反日本帝国主義)お

よび民主運動である。1921年の中国共産党誕生のきっかけを作ったのだが、現在の中国は「五四運動」の日である「5月4日」を、1989年に天安門事

件が発生した「6月4日」と同じくらいに警戒している。


なぜなら中国共産党政権には「真の民主」がないからである。


この郭飛雄氏、その後、広東省に活動の拠点を移して民主的活動をやめなかったため、2007年に5年間の懲役刑を受けて、2011年9月12日に出獄し

たばかりだった。


しかし2013年元旦の「南方週末」事件だけでなく、同年4月にも武漢、長沙、広州など中国の8つの都市で「役人の財産を公開しろ」という運動を同時に

起こしたため、その組織的な責任者として、同年8月8日に拘束されたわけである。このときの罪名は「民衆を扇動して公共の秩序を乱した罪」だった。こ

の罪名による最高刑は懲役5年。


ところが今年11月27日、広州天河区法院(地方裁判所)は、検察が起訴していなかった罪名である「騒動を起こした罪」を加えて懲役6年の実刑判決

言い渡したのである。なぜなら彼は新公民運動の有力な推進者だからだ。「南方週末」事件は口実で、真の理由は「新公民運動」なのである。


同時に新公民運動の仲間である劉遠東氏には3年、孫徳勝氏には6カ月の懲役刑が言い渡された。また女性コラムニストの高瑜氏も国家機密を海外に

漏えいした罪により5年の懲役刑が26日に決定した。

 

◆81歳の「五七老人」鉄流氏(作家)が懲役刑という異常

「五七老人」とは、1957年に毛沢東が発した「反右派闘争」で不当に逮捕された者のうち、今もまだ生き残っている老人たちのことを指す。

「反右派運動」というのは、毛沢東が1956年に「言いたいことは何でも自由に言いなさい」と知識人たちに呼びかけておきながら、彼らが寄せた意見が中

国共産党や毛沢東の独裁を批判したものであったために、意見表明をした全ての者を「右派」として逮捕投獄した運動である。


その中の一人に鉄流氏(本名:黄沢栄)(1933年生まれ)がいる。筆者の友人だ。


知識人で新聞記者でもあった鉄流氏は1957年に投獄され、毛沢東が死去し文化大革命が終わった後しばらくしてから1980年に釈放された。壮年時代

の23年間を獄中で過ごしたことになる。


1957年に投獄された知識人は年長者が多い。獄死しているか、釈放されても高齢だったため既にこの世にいない。


わずかな生存者も年々減っていくため、有志たちが自らを「五七老人」と称して集まり、2008年7月10日から『往事微痕』(過去の傷跡)という文集(小冊

子)を作るようになった(この小冊子の表紙画像は『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』のp.301にある)。自分たちの牢獄における生活や投獄前後

あるいは釈放された後の扱いなど、ありのままの事実を綴ったものだ。費用は互いの持ち寄りで、出版するたびに筆者も一部もらっていた。鉄流氏の望

みは、「いつかこれを日本語に翻訳して、世界の人に、中国で何が起きていたのか、何が起きているのかを知らせてくれ」というものだった。


その宿題を抱えつつ、目前の執筆に没頭している内に、2014年8月15日を最後に、頻繁に来ていたメールがピタリと止まってしまった。


9月18日になると、その仲間からメールがあり、9月14日に鉄流氏が投獄されたという。そして鉄流氏の家にあったパソコンなど、すべての資料が北京の

公安局に押収されたとのこと。


メールは多くの民主活動家にCCする形で送られてきていたので、筆者のメールアドレスもメール内容も、すべて当局に押さえられてしまっているだろう。

このルートのCCメールは、以来、一斉に遮断されてしまった。


2015年2月25日になると、他のルートから鉄流氏に2年6カ月の懲役刑が出されたという知らせがあった。


81歳の老人に、である!


形式上の罪は、彼が無許可で『往事微痕』を販売していたという「違法経営」というから噴飯ものだ。細々と出していた小冊子は事実を歴史に刻んでおき

たいという遺言状のようなもので、有志が金を持ちあって無料で配布していたのに過ぎない。


巻頭言を書いた謝韜(シェ・タオ)氏(1922年生まれ)は、筆者がいた中国社会科学院の社会科学文献出版社の編集長をしていたこともある中共の老幹

部で、筆者の親友だった。2010年に88歳で他界されたが、こういった老幹部の仲間たちは、今もなお生きながらえながら、現在の中国共産党政権のあ

り方を批判して続けている。


それは中国を愛するがゆえに批判しているのだ。

 

◆習近平は何を恐れるのか――?

ひとことで言えば、習近平は一党支配体制が崩壊するのを恐れている。自分がその崩壊を招いた最後の「紅い皇帝」になることを恐れている。(反腐敗運

動を権力闘争だとする日本の中国研究者は、中国の現実を分かっていない。胡錦濤政権のチャイナ・ナイン時代と習近平政権のチャイナ・セブン時代が

根本的に違うことを理解していないのだ。その視点では習近平が何を怖がっているか、これら知識人の逮捕で何が見えるのかを分析することはできない

だろう。)


一連の逮捕に関して特徴的なことが見えてくる。それを列挙する。

1. 先ずはエリート層が6.7億人に達する網民(ネット市民、ネットユーザー)のオピニオンリーダーになることを恐れている。特に新公民運動はエリート層がけん引している新しい形の民主化運動だ。これが広がらないうちに何とか芽を摘み取りたいと思っている。幼児や高齢者を除けば、まもなく7億人に達する網民の数は、意見を表明できる人民の数の圧倒的多数だ。次の民主化はネット空間から起きることを習近平も知っているのである。だからオピニオンリーダーとなり得るエリート層を逮捕する。


2. 鉄流ら、高齢の発信者は、残り時間が少ないことを覚悟し、恐れを知らない。命を賭けて真実を残そうとしている。鉄流はネット空間で情報を発信する作家なので、逮捕される寸前にもチャイナ・セブンの一人でイデオロギーを統率する劉雲山を激しく批判する論評を発表している。政府を批判する知識人は逮捕するという習近平の方針だ。毛沢東帰りの特徴の一つである。


3.最後の理由は、11月24日付の本コラム<中共老幹部が認めた「毛沢東の真相」――日本軍との共謀>でも書いたように、中共の老幹部たちが「中国共産党がかつて何をやったかを明らかにする運動」を始めたからである。鉄流氏も「日中戦争時代に中共は何をやっていたのか」に関する事実を指摘している。これに関しては次回に回そう。

(なお、「チャイナ・ナイン」は胡錦濤世間時代の中共中央政治局常務委員9人のことで、「チャイナ・セブン」は習近平時代の中共中央政治局常務委員7

人のことを指す。いずれも筆者が命名した。)

『アジア』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 米大統領が仏ファーストレデ... | トップ | <韓国報道>過去の独裁政府... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

資料」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL