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仕事か家庭かの二者択一 均等法前も今も変わらず

2017-02-13 12:57:32 | 労働
男女 ギャップを斬る(池田心豪)
 
シェアツイートクリップ2017/2/12

 風邪の季節真っただ中、保育園児をもつ共働き夫婦にとっては子どもの体温を見るのが怖い時期である。ただの風邪ならまだ良い。インフルエンザになると熱が下がった後もしばらく登園できない。

 私自身の幼少期を振り返るとインフルエンザにかかったことはない。正確にいえば熱が出てもインフルエンザの検査を受けた記憶がない。解熱剤を飲んで一晩寝て熱が下がれば保育園にも学校にも行っていた。それどころか朝熱があっても解熱剤で熱を下げて保育園に行かされていたらしい。その話を母から聞いたときはさすがに驚いた。

 保育園といえば普段は父と登園していたが、ある日母と登園したときのこと、開園前の園庭に私を放り込んで母は出勤したという思い出もある。男女雇用機会均等法制定のずっと前、ワークライフバランスという言葉も当然なかった1970年代の話である。結局、母は3人の子育てと仕事を両立して管理職になり、定年まで勤めた。

 女性活躍の歴史はしばしば85年の均等法制定を起点に語られる。だが、実は前史がある。

 均等法は勤労婦人福祉法という法律を改正してつくられた。72年制定の同法に努力義務として「育児休業」という言葉がすでに載っている。公務員の教師・看護師・保育士については、75年に育児休業法が制定されている。先進企業の育休制度導入はさらに前、高度成長期の60年代にさかのぼる。

 多くの女性が結婚や出産を機に家庭に入ることが当たり前だった時代から、長く働き続けてほしいと使用者が思う女性労働者にはその道が用意されていたのである。だが、母と同じような逸話を持つ当時の女性の話から察するに、その道は平たんでなかったようだ。

 均等法は総合職と一般職、正社員とパートといった形で女性に分断をもたらし、結果として男女格差解消に役立っていないとの批判がある。だが、その前から仕事と家庭のはざまで女性の意欲と能力を試して振り分けることは行われていたようだ。

 線引きの基準は時代とともに変化しているが、基本的な図式は今も変わっていないように見える。これを是認せず、誰もが仕事で活躍できる政策を推進することが重要である。


いけだ・しんごう 1973年生まれ。4児の父。企業の子育て支援や女性労働問題を研究。厚生労働省「今後の仕事と家庭の両立支援に関する研究会」(2014~15年度)メンバー。労働政策研究・研修機構主任研究員。

〔日本経済新聞朝刊2017年2月11日付〕
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