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羽越地方で豪雨、死者・行方不明者183人。

2016-12-13 15:41:45 | 自然
国土交通省 北陸地方整備局は、1967年08月28日に「羽越水害」が発生したと報告した。
死者行方不明者90名、国道や鉄道などの交通網の途絶、家屋の流出、田畑への土砂堆積など、荒川流域全体に壊滅的な被害をもたらしたと報告した。

http://time-az.com/main/detail/57972

新潟県は、1967年08月28日の豪雨により、新潟県下越地方から山形県西部にかけての広い範囲で河川のはんらん、土砂災害が発生した。胎内川流域の胎内市(旧北蒲原郡中条町、黒川村)では、胎内川のはんらんや支流小河川の土石流により、あわせて死者・行方不明者42人、重軽傷者275人、住宅全半壊313棟、床上・床下浸水約6000棟という大きな被害を受けたと報告した。

山形県小国町は、1967年08月28日から1967年08月29日にかけて降り続いた雨は、本町で年間降雨量の4分の1日雨量に相当する532mmを記録し、小国町をはじめ、新潟・山形両県の4市8町に大きな被害を与えた。
町内の全河川がはん乱したのをはじめ、各所で土砂くずれが続出し、死者2名を出したほか、家屋の流失・浸水、農地の流失・欠壊、それに交通、通信施設が破壊されるなど未曾有の大災害をもたらした。その被害額は実に76億4,373万5,000円の巨額にもおよび、当時の小国町の予算の20年分が一夜にして流された。
泥沼と化した町の復旧から復興へ。この時の町民一人ひとりの心の結集が、今のまちの姿にあらわれている。羽越水害は後世につたえていかなけばならない大きな出来事のひとつになったと報告した。

また、国土交通省 東北地方整備局は、1967年08月28日未明、東西に延びる前線は東北地方南部から北陸地方輪島の北を通り、日本海北部に停滞していた低気圧に達して、いわゆる梅雨末期の気圧配置となり、低気圧が東に進むにつれ、前線は北上し、その活動が活発になった。このため、1967年08月28日早朝から降り出した山形県中南部の雨は、前線の動きにつれ、1967年08月28日夕刻から1967年08月29日未明にかけて激しさを増し、飯豊・朝日山系を中心とする西置賜地方では未曾有の集中豪雨となり、当時戦後最大規模といわれる被害をもたらしたと報告した。

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