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藤田航空機が八丈富士に激突。19人全員死亡。

2016-10-18 19:59:21 | 観光
藤田航空のイギリス製レシプロ4発機デハビランド DH.114 ヘロン(de Havilland 114 Heron/登録記号:JA6155)が1963年08月17日に、東京都八丈島空港を羽田空港へ向け離陸し、管制塔へ離陸報告直後、消息を絶った。

http://time-az.com/main/detail/57295

当日は東京浅草の旅行会一行41名の団体客がおり、さらに定期便として運航されるはずのヘロンより大型のフォッカー F27 フレンドシップ(Fokker F27 Friendship)が定期点検中で使用できなかったため、当時東亜航空に貸し出されていたJA6155を返却させ、団体客らはチャーター同然のヘロン3機で東京へ帰った。

事故当日、八丈島は濃霧に覆われ視界が悪かった。
午後2時24分、操縦乗員2名、客室乗務員1名、当時62歳であた旅行会の主催者ら乗客16名、計19名を載せた1番機(JA6155機)が離陸し、続いて2番機、3番機が離陸したが、後続2機が羽田に到着して、予定の午後3時39分を過ぎても1番機が到着しなかった。3時間分の搭載燃料が枯渇する午後4時半、遭難が確実となり大規模な捜索が始まった。
また同日、沖縄本島と久米島を結ぶ定期旅客船「みどり丸」が那覇沖で横波を受けて転覆沈没する惨事が発生していた。

捜索に関し、事故当日に山で炭焼きをしていた人から「衝撃音があった」という通報情報が、捜索本部に伝わっていなかった点、捜索した航空会社、海上保安庁、航空自衛隊などの連携がなかった点、空港周辺を捜索しなかった点が批判された。

藤田航空は1963年11月01日に、全日空に吸収合併された。

八丈富士の緯度、経度
33° 8'20.81"N 139°45'53.39"E

1963-08-17---沖縄で離島連絡船「みどり丸」が強風により転覆。112人死亡。

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