世界メディア・ニュースとモバイル・マネー

世界のメディアから、「バーチャル・マトリックス・タイムマシン」に掲載するために集めた面白そうな情報を紹介します。

イギリスとロシアが「英露協商」を締結。

2016-12-31 20:53:17 | 戦争と平和
ヨーロッパ諸国のうち、大西洋に面して海に出やすいイギリス、フランス、オランダは早くから海外進出していたが、内陸にあるドイツ、オーストリア、イタリアはかなり遅れ、そのため産業革命にも出遅れていた。

http://time-az.com/main/detail/58193

ところが後発のドイツが工業分野で世界をリードするようになり、「世界の工場」と言われ、世界をほぼ支配していたイギリスは焦った。

ヨーロッパ諸国の産業革命の進展は、最後に残された大陸のアフリカに向かって一斉に植民地争奪戦を激化した。

イギリスが推進したカイロ(Cairo)、ケープタウン(Capetown)、カルカッタ(Calcutta)を鉄道で結ぶ植民地政策「3C政策(3C Railway plan/Cape to Cairo Railway)と、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世によって主導されたベルリン(Berlin)、ビザンティウム(Byzantium、イスタンブールの旧名)、バグダード(Baghdad)を鉄道で結ぶ植民地政策「3B政策」で、イギリスとドイツは、対立した。またドイツの「3B政策(3B Railway plan/Berlin-Baghdad Railway)」は、日露戦争に敗れたためにアジアの侵略を一時中断して、バルカン半島への侵略にシフトしていたロシアとも対立していた。

ドイツはオーストリア、イタリアと三国同盟を結んだ。

イギリスはロシアと、アジアにおける両国の利害対立から、カージャール朝(قاجاریه‎)イラン、アフガニスタン、チベットに関して1907年08月31日に、「英露協商(Anglo-Russian Entente/Англо-русское соглашение)」を締結し、これにより、ロシアとフランスによる1894年の「露仏同盟(Франко-русский союз)」イギリスとフランスで1904年に結ばれた「英仏協商(Entente Cordiale)」と合わせて、ドイツを包囲する「三国協商」が成立した。

ヨーロッパの他の小国のほとんどは両陣営のどちらかと同盟関係を結び、緊張関係が高まっていった。

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「9」と「9.0」は違う? | トップ | 強いアメリカ復活!? »
最近の画像もっと見る

戦争と平和」カテゴリの最新記事