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沖縄からの学童疎開船「対馬丸」を米国潜水艦が撃沈!約1500人死亡。

2016-11-05 23:00:22 | 戦争と平和
サイパンが玉砕し、米軍がサイパンからB-29爆撃機を出撃させることで、無着陸で北海道・東北北部を除く日本のほぼ全土を空襲できるようになった。

http://time-az.com/main/detail/57533

これを受けて政府は、沖縄県知事泉守紀に宛てて『本土決戦に備え、非戦闘員である老人や婦女、児童計10万人を本土または台湾への疎開をさせよ』との命令を通達した。

また、沖縄本島などへ展開させる兵員や軍需物資の輸送も同時に行う事となり、往路は軍事輸送、復路は疎開輸送に利用することになり、学童疎開命令が出された。

米国の潜水艦ボーフィン(USS Bowfin, SS-287)がが1944年07月16日に真珠湾を出撃して、1944年08月10日に、南大東島に停泊中の機帆船2隻を雷撃で破壊して、その後は奄美大島、徳之島、伊平屋島、与論島近海で哨戒を行っていた。
1944年08月19日朝には沖縄本島北西海域で船団を発見し、浮上攻撃を試みたが逃げられていた。1944年08月21日は久米島北西海域で哨戒を行っていた。

1944年08月22日22時9分、ボーフィンは艦首発射管から魚雷6本を発射し、実際に被雷したのは対馬丸だけであった。

攻撃された対馬丸は見張員が魚雷発射を確認し、魚雷は1本。対馬丸の船首前方をかすめ去ったが、続く3本の魚雷が対馬丸の第一、第二、第七船倉左舷に命中した。
間を置いて、別の魚雷1本が対馬丸の第五船倉右舷に命中し、ボーフィンの魚雷命中から11分後の1944年08月22日22時23分頃、対馬丸は大爆発を起こして沈没した。犠牲者数1,476名を出した。救助されたのはたった177名(学童は59名)であった。

沖縄県公文書館には、米国国立公文書館から収集した「海軍軍司令部長室記録群」の「傍受無線翻訳文及び第2次世界大戦関係雑書、1940年〜1946年」の中に、対馬丸に関する記録がある。

「無線傍受翻訳 対馬丸 1944年8月16日」 閲覧用資料コード:0000036968
また、「米国潜水艦戦時哨戒報告書、1941年〜1945年」には、米国潜水艦ボーフィン号の対馬丸撃沈に関する報告書などがある。

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