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豊臣秀吉が大坂城から京都の聚楽第に移った。

2017-05-17 23:34:29 | 人物
聚楽第は、関白になった豊臣秀吉が政庁兼邸宅として1586年03月(天正14年02月)に着工され、1587年10月(天正15年09月)に完成し、九州征伐を終えた秀吉が1587年10月14日(天正15年09月13日)に、大坂城から京都の平安京大内裏跡に建てた政庁・邸宅・城郭「聚楽第」に移った。

http://time-az.com/main/detail/59825

1588年5月9日(天正16年4月14日)には後陽成天皇の行幸を迎えて饗応し、天正少年使節や徳川家康の謁見もここで行われた。

1591年12月(天正19年10月)に秀吉が豊臣氏氏長者・家督および関白職を甥(姉・日秀の子)豊臣秀次に譲ったあと聚楽第は秀次の邸宅となった。

しかし、秀吉は1595年07月(文0禄4年05月)に秀次を高野山に追放して切腹させ、1595年08月から聚楽第を徹底的に破却し、竣工後8年で取り壊された。

聚楽第趾の緯度、経度
35°01'30.4"N 135°44'56.0"E

聚楽第趾の緯度、経度
35°01'29.7"N 135°44'45.6"E

聚楽第 天守の位置の緯度、経度
35°01'35.9"N 135°44'51.1"E

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