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米国とソ連の「ホットライン」は赤い電話ではなかった!

2016-12-28 19:52:11 | 戦争と平和
History Channelは2016年08月30日に、モスクワとワシントンの間の24時間いつでも「ホットライン」を設定する協定にサインした2ヶ月後にの1963年08月30日に、システムは有効になった。

http://time-az.com/main/detail/58158

ホットラインは、米国とソ連の政府の間のスピード通信を助けて、偶然の戦争の可能性を防止するのに役立つと思われた。

1963年06月に、アメリカとロシアの担当者は、モスクワとワシントンの間のいわゆる「ホットライン」を設立することに合意した。

1963年08月に、システムはテストされる用意ができていた。

アメリカのテレタイプマシンは、ワシントンからメッセージを受け取るために、クレムリンに取り付けられた。ソ連のテレタイプは国防総省に取り付けられた。

ポピュラーな信念に反して、米国のホットラインはホワイトハウスではなく、国防総省にある。
両方の国家は、メッセージを判読するために、エンコード機器も交換した。

メッセージはその時翻訳される必要があるけれども、1つの国家からの別のものへのメッセージには単に数分かかる。

メッセージは、長さ10,000マイルのケーブル接続メッセージが妨害できず、無許可の人員により読まれることを保証するための方法に沿った「スクランブラー(scramblers)」で伝えられる。

1963年08月30日に、米国はその最初のメッセージをホットライン上のソ連に送った:「迅速な茶色のきつねは怠惰な犬の後ろ1234567890を飛び越える。(The quick brown fox jumped over the lazy dog’s back 1234567890.)」。

メッセージは、それぞれが順調にあるとわかるために、テレタイプマシンのすべての手紙と数キーを使った。

モスクワからの帰りのメッセージはロシア語であったけれども、それは、またソ連のテレタイプのキーのうちのすべてが作動していることを示した。

わたしは、テレタイプではなく、最初から電話だと信じていた。

それも、本当に赤い電話だとおもっていた。

そして、ホワイトハウスではなく、国防総省だった。

2004-10-10---映画「Dr. Strangelove(博士の異常な愛情)」が40周年を向かえた。
1963-06-20---米国とソビエト連邦は、「ホットライン」を設立することに合意。
1962-10-28---キューバのミサイル危機は平和に決議された。
1962-10-22---キューバでソ連ミサイル基地建設を発見した。
1962-08-30---ホワイトハウスとクレムリン間にホットラインを開設した。
1960-08-11---CIA、ソ連がベルリン北近郊に核ミサイルを設置したと報告。
1959-07-26---カストロはキューバで反乱を開始した。
1959-02-16---カストロが革命政権の首相に就任した。
1956-12-26---革命を始めるため、カストロがキューバに到着した。
1953-07-26---モンカダバラックを攻撃し、キューバ革命がスタートした。

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