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初の皇族首相、東久邇宮内閣が発足。

2016-10-18 16:00:09 | 政治
皇族・陸軍大将の東久邇宮稔彦王(Higashikuninomiya Naruhikoo/1887 - 1990)が第43代内閣総理大臣に任命され、1945年08月17日に初の皇族首相である、東久邇宮内閣が発足した。

http://time-az.com/main/detail/57307

その前の鈴木内閣は、もともと終戦内閣として組閣され、終戦の詔書を発して間もない1945年08月17日に内閣総辞職した。

東久邇宮内閣は、後任人事については、敗戦処理という困難な仕事を遂行するため、強力な権威と実行力を必要とし、これまでも何度か、国民及び軍人を強力に統制するため、皇族であり、現役の軍人であった稔彦王の首相待望論が持ち出されてきたが、その都度、内大臣木戸幸一の反対により阻止されてきた。

そのため、次期首相に推挙された稔彦王は、就任を拒んだ。

しかし、こと終戦にいたって、軍、特に、陸軍の中堅幹部の暴走を抑えて、政府秩序を再構築し、国民を統合して荒廃した国土を復興するためには、皇族が政府の先頭に立って、政治を行うしかないと考え、首相への就任を承諾し、戦前から親交のあった近衛文麿を相談相手とすることで政治面の補佐を受けることになる。

このような中で、GHQから1945年10月04日に伝えられた「政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の撤廃に関する覚書」、人権指令。いわゆる「自由の指令」への対処が問題となった。

この指令は、人権確保のため、治安維持法、宗教団体法などの廃止や政治犯・思想犯の釈放、特高警察(特別高等警察)の解体や内務大臣ら内務省幹部の罷免などを内容とした。
東久邇宮内閣はこの指令の実行をためらい、内閣総辞職に至った。
在任期間は54日間で史上最短。最後の挙国一致内閣でもある。

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