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イタリア人宣教師シドッチが屋久島に上陸。

2016-12-20 22:30:32 | 人物
シシリーのパレルモ(Palermo)で生まれたイタリア人宣教師ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティ(Giovanni Battista Sidotti/1668年 - 1714)が1708年08月29日に、髪を月代に剃り、和服に帯刀という侍の姿に変装して屋久島に上陸した。

http://time-az.com/main/detail/58060

すぐに島の百姓に見つかり、言葉が通じないことで怪しまれ、ほどなく役人に捕らえられて長崎へと送られた。

1709年には、江戸に護送され、時の幕政の実力者で儒学者であった新井白石から直接、尋問を受けた。

新井白石は、ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティの人格と学識に感銘を受け、ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティも新井白石の学識を理解して信頼し、2人は多くの学問的対話を行った。

ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティは、新井白石に「宣教師が西洋諸国の日本侵略の尖兵である」という誤解を説得し、新井白石もそれを納得した。

切支丹、特に伴天連の断罪という従来の幕府の規定を破り、新井白石は意見上申で、幕府に本国送還を上策として訴えた。
中策では、囚人として幽閉する。これは簡単なようで実は難しい。
下策では、処刑。これは簡単なようで実に、簡単。

用心した幕府は中策を採用し、ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティを茗荷谷にあった切支丹屋敷へ幽閉することに決定した。

新井白石は、ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティとの対話から得た知識をまとめ、『西洋紀聞』と『采覧異言』を著した。

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