世界メディア・ニュースとモバイル・マネー

世界のメディアから、「バーチャル・マトリックス・タイムマシン」に掲載するために集めた面白そうな情報を紹介します。

「戦争の残虐性どこまで伝えるべきか」

2016-10-16 00:18:10 | 戦争と平和
AFPは2016年10月15日に、紛争を報道するとき、どこまで衝撃的なイメージを伝えるべきなのか──仏北西部バイユー(Bayeux)で開かれた「バイユー戦争報道特派員賞(Bayeux-Calvados)」のイベントで先週、熱い議論が交わされたと報告した。

http://time-az.com/main/detail/57276

トルコやアフガニスタン、スリランカ、インドの紛争や紛争後の問題を報じてきたインド人写真家サミ・シバ(Sami Siva)は「難民たちが逃れてきた暴力を見せずに、彼らを受け入れるべきだと人々を説得できるだろうか?」と述べた。

しかし、イラクのクルド人写真家ユニス・ムハンマド(Yunes Mohammed)はこれに反論した。

暴力的な写真を報道することは、イスラム過激派の思うつぼだと主張した。

歴史的に見て、ナチスのユダヤ人に対する残酷行為ホロコーストの写真を全て隠して、これだけの効果があっただろうか?
現実として、米国とソ連によって隠された、ソ連によるポーランド大虐殺「カチンの森」の残酷さは、拭われてしまっている。

戦勝国と、敗戦国の行為が、これほど大きな差になった例は少ない。

被害者は、戦勝国だから許すというのだろうか?許されるはずがない。
また、その残酷行為を報告したのが戦勝国であったホロコーストと、敗戦国であったナチスであった「カチンの森」ということも、大きく影響している。

つまり、判断基準が歪んでいる!

さらに大きな問題は、Googleなどの民間企業が、独自に判断していることである。
司法権は、独立した団体が判断するべきで、営利組織がすべきではない。

ところで、このような問題を正しく判断を出来る人が、本当にいるのだろうか?

本質的に、報道写真とは何なのだ!気味悪いから写真を撮らないのか?
全く、偽善的で本質を忘れようとしている。

写真は、見る側の依存すべきだろう。撮る側やメディアを規制すべきではない。

これは衛星画像も同じだった。
綺麗に見せるため、分かりやすくするための加工は、結局間違っていた。
そのまま加工しないで公開し、ユーザー側で目的に合わせて加工すべきであった。
そして、いつでも、オリジナル画像に戻れるべきである。

戦場写真などの場合は、見る側の判断に委ねるべきである。

知識や経験のないものは、判断すべきではない。

それは社会を歪める!

Googleが判断しているのは、歪めた!それは、犯罪である。

見たくないものは、見る側で避けるべきで、オリジナルを消す権利は、誰にもない。
するべきことは、個人で判断できる教育である。

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 中国で、豪カジノ運営「クラ... | トップ | フィリピン実習生に、過労死... »
最近の画像もっと見る

あわせて読む